更衣室
学校に慣れるのは、まあ想定内の苦労で済んだ。想定外なのはマサミが僕たちとほぼ同レベルで順応していた。女の子に囲まれて興奮している様子も無いし、誰々が何カップだとかニヤニヤしながら鑑賞している感じでも無かった。明日は体育の授業があるので、マサミの更衣室デビュー。僕はもう心配無いと思ってるけど、花音はまだ疑っている。
道場に帰ると花音は、
「ねえ、銭湯行こうよ!」
「えっ?俺、誘われてる?」
マサミが狼狽えた。
「うん、3人で行こっ!」
この前は、僕がマサミを誘ったら、変質者を見るようにマサミを睨み付けていたのにどうしたのかな?学校で女子として振る舞っているので同性と認めたのかな?
銭湯に着いて、僕と花音はいつも通りにサッサと裸になり浴室に入った。マサミは、
「直ぐ行く!」
と言いながら、なかなか服を脱がない。様子を見ていると、少しの間、鏡とにらめっこして、いきなり慌てたように脱ぐと、落ち着きなく近付いて来た。そのまま目を合わさずに、黙々と身体を洗って、シャンプー、リンス全て済ませると、ドブンとお湯に浸かってサッサと出て行った。
「44年に行ったばかりのエイミーみたいね!あの調子なら、体育の時も問題なさそうね。」
夜、部屋で過ごしていると、花音のマサミに対するスタンスがハッキリ違っいた。マサミも始めは居心地悪そうにしていたけど、花音の意図が伝わったようでリラックスすると、前からの友達の様にお喋りしていた。
翌日、ジャージを持っての登校。2時間目が終わって、ドキドキの更衣室。マサミは意外と平気にしていた。ドキドキしていたのは僕と花音だけで、無事に体育の授業が受けられた。
元の時代では、ジャージの伸び縮みする生地は当たり前だったけど、44年の頃は、綿素材のダブっとした体操服だった。50年にくると、デザインは置いておいて、凄く動きやすくなっていた。
動き易さで一番驚いていたのはマサミだろう。僕もそうだったけど、女子の身体って柔らかいんだよね。肌もそうだけど、関節の柔軟性が段違いなんだよね。マット運動だったけど、華麗にクリアしていた。確かマサミはマット運動とか、跳び箱とか嫌いだった筈。3、4時間目の体育を無事終え、制服に着替えた。2回目なので然程気にしていなかったけど、マサミはバタバタを着替えて更衣室を飛び出した。
お弁当の時も、午後の授業もマサミの様子が固かった、他のコは気付いていないようなので、僕らの気のせいかな?道場に帰ると、
「視覚、聴覚は慣れて来たから、平気だったけど、嗅覚は気にして無かったからな、ちょっと平静を保つ自身がないから慌てて出たんだ!」
花音はイヤな顔するかと思ったけど、
「頑張ったんだね!」
しっかり褒めていた。
「もう大丈夫みたいだね、英太と比べると、正路は普通にオスだったもんね!もっと騒ぎがあると思ったのにね!」
エリーは含みのある言い方で、一件落着宣言をした。
電話のベルが鳴った。鳴り止んで少しするとちーちゃんの声。
「エイミー、お電話よ!」
バイトの面接を申し込んでいたスーパーからの連絡で、履歴書を提出していて、明後日の放課後に面接してくれる筈だった。
『都合が良かったらこれから来てもらえる?』
3人とも書類選考で合格らしい。
急いでスーパーに行くと店長さんが、
「バイトリーダーの大学生がもう少しで来るから、ちょっと待っててね。」
慌てて説明していると、他の店員さんに呼び出されて走って居なくなった。
5分も経ったかな?息を切らして、キレイなお姉さんが飛び込んで来た。
「久しぶりね!」
えっ?見覚えの無い美女はニコっとして、僕と花音の手を握った。不思議そうにしている僕らに、
「私よ、私!竹田睦美!」
「えっ?むっちゃん?」
マシンガントークで、僕らが居なくなった時の話をしながらタイムカードを押して更衣室へ。クリーニングの袋に入った制服を配って、自分は、トレーナーとGパンを脱いで、
「マサミちゃんね?あなたは『はじめまして』だよね?」
下着姿のお姉さんに握手を求められ、マサミは真っ赤になって背中を向けた。
「むっちゃん、着替え済ましちゃおうよ!」
「それもそうね!」
水色っぽいグレーのスカートとベスト、白のブラウスに水色のリボンを合わせて出来上がり。僕らもすぐにお揃いになったけど、マサミはブラウスのボタンが反対でちょっと苦戦していた。
着替えが済むと、
「雨丸マサミです、よろしくお願いします。」
「こちらこそ、よろしくね!」
改めて握手を求め、今度はしっかり成立していた。
倉庫や調理場、従業員トイレ等のバックヤードの説明を聞いて、レジの操作説明。バーコードもQRコードも無いので全て手入力。結構な労力だけど、プリペイドカードもスマホ決済も無いので操作自体はそんなに大変じゃ無いかな?1時間程練習して、現場に出てベテランさんの横で見学。30分位で交代、実際のお客さんの実際の商品を扱った。レジの操作は思ったほど難しく無かったけど、レジ袋が紙で出来ていて、容量がピンと来なかった。迷ったら大きい方を着ければ良いって言われても、ほぼ全部迷うので慣れるのはちょっと時間が掛かりそうだ。
この時代のスーパーは6時で閉店、レジ締め、品出し、掃除をして7時で勤務終了。レジ締め以降は、作業服に着替えたい位のハードワークだった。仕事が終わって更衣室。むっちゃんの他に大学生らしいお姉さんと主婦なのかな?オバちゃんって呼ぶのはちょっと躊躇う位のお姉さんがいた。マサミはまた落ち着きなく速攻で着替え、俯いたまま更衣室を飛び出した。
前のバイトのコが急に辞めたことと、仕事を覚えるまで、当面は定休日の水曜日を除く平日の4日間、4時から7時の勤務になった。時給230円で3時間だと690円か。最初は詰めて働くけど普通は週3、土曜の午後と日曜も合わせて1万には届かないだろうな。
道場に帰って、
「学校の更衣室より緊張してなかった?」
花音は心配そうにマサミに聞いた。
「うん、女子の匂いは学校より薄かったんどけど、化粧の匂いが混ざって、艶っぽく感じたのと、バイトリーダーの下着がえっちだったでしょ?」
確かに、むっちゃんのは、面積少なめでフリルとかでデコレーションしてあったもんね。僕らの着けているのは、機能重視って言うか、飾りっ気の無いシンプルなやつだもんね。まあそれも、そのうち慣れるだろうから心配要らないね。




