着付け教室
普通の毎日が戻ってきた。休みが日曜日だけって言うのは、やっぱり物足りない。学校ではやっと期末テストのピリピリが生徒達にも伝わって来た。中間試験で目立ち過ぎたのでまあボチボチでいいかと思っていたけど、あの時ノートを見せて貰ったコ達が、休み時間の度に試験対策を聞きに来る、中間でお世話になっていて無視する訳にも行かないので面倒をみる。そうすると丁度良く復習が出来て、自然と試験対策が出来てしまった。花音も同じ感じで、お互い誰かに捕まって勉強を教えていたので、学校ではほとんど話せなかった。道場に帰ってから、休み時間の報告をしあって、試験勉強の代わりにしておいた。
土曜日迄ビッシリそんな状況が続いて、少なくとも、高校受験を含めた過去の試験勉強よりみっちり勉強した気がした。
「半ドンだからって遊びに行かないでしっかり勉強するのよ!」
担任の森先生がホームルームの後、そう言って、生徒達を送り出した。
「半ドンってなんですか?」
先生の解説によると、オランダ語の日曜日が『ドンターク』で、半分休みなので『半ドン』との事。物心ついてから、週休2日が当たり前だったので、あっちの時代では死語になっていた。
午後は、ゾウさんと、ちーちゃんの試験勉強に付き合う。『ゾウさん』とは、英造さんの事で、エリーが付けたあだ名であっと言う間に浸透していた。
中3のゾウさんは英語と国語が苦手で中1のちーちゃんは、数学が苦手。家計を任されて居るので数字には強いと思ったけど、ソレとコレとは違うようだ。
花音がゾウさん、僕がちーちゃんを担当、本職の数学教師は、葛根湯トリオを担当する。
勉強を始めて見ると、ゾウさんも、ちーちゃんも他が優秀で、苦手と言っているところが普通って感じだったので、ちょっとの説明で随分吸収した様に見えた。僕自身も学校の休み時間で教えるスキルが上がったのかもしれないな。二人ともコツを掴んだようで、取りあえずミッションクリア。
日曜日は、急遽キャラメル工場のバイトが入った。他の高校も殆ど同じ日程で期末試験なのでラストスパートをかけたい人がバイトをキャンセルしたらしい。ある程度余裕もあるし、朝から夜までビッシリ勉強する気力も無いので丁度良かった。僕等に回ってくるまで、かなり断られたみたいで、特にアピールしないのに試験期間ボーナスと言って、いつもより多い、日給800円頂けるそうだ。因みに、ビール工場の方も同じ理由で葛根湯トリオが呼び出されていたけど、割増は無いみたいだ。いつもの様に仕事を熟して、短い週末を地味に終了した。
月火水と試験、木金土で答案が帰って来た。結果は、中間の時と変わらない。ただ違いがあったのは、休み時間に試験対策のアドバイスをしたコ達が大幅に成績を上げたようで、一部の先生方はカンニングを疑っていたそうだ。担任の森先生が、休み時間の勉強風景を見ていたので、職員会議で説明してくれたそうだ。カンニングの疑いは晴れたようだが、学校行事や部活に一生懸命で勉強は二の次みたいな森先生に矛先が向いて、『担任がこうだと、しっかりした生徒が育つのかも知れませんね!』頭を掻いてさっさと逃げて来たそうだ。
追試も補習も無い我がクラスは終業式まで怠惰な日々を過ごせるのかと思っていたけど、9月に行われる学校祭の準備が始まった。うちのクラスは茶屋をするそうだ。超人気の役割で、クラス代表が抽選で勝ち取ってきたとの事。
「喫茶店じゃなくて茶屋なの?」
むっちゃんの説明によると、中庭の用具入れの小屋が茶屋に改装出来る様になっていて、時代劇のワンシーンが楽しめるそうだ。着物の衣装が人気の理由かな?
ちょっと困ったのが野点イベント。茶道部の先生がみっちり仕込んでくれるそうなんだけど、お茶の作法どうこう言う前に、正座が辛い。あっちの時代では、和室が無い家も珍しく無いから日常正座することなんて無かったからね。こっちに来てからも、食事の時は何とか頑張っているけど、それ以外はミカン箱(ダンボールじゃなく木製)に座布団でカウチ代わりにしている。
お茶の稽古が始まった。茶道部の先生は教壇に立つと、
「窓側の後ろから2番目のあなた、立って下さい。」
いきなりの指名に驚いて立つと、
「あなた、茶道か華道の経験おありですか?」
「い、いえ、道違いで武道を少々。」
「なるほど、そうですか。背筋がキレイですね、道には通ずる物があるのかも知れませんね。ではあなたにお願いしようかしら。」
野点担当に抜擢されてしまった。他、生徒同士の推薦で、花音とあと4人が決まり、居残り特訓を受けることになる。
初日は着物の着付け。茶屋の娘達も着物だが、野点担当は、ちょっとゴージャスな着物が用意されていた。緊張して羽織ると、やけに丈が長い。セブンが着て丁度いいんじゃ無いかな?
「エイミー、おはしょり!」
『お手』でも、『おすわり』でもない、『おはしょり』ってなんだ?先生が手伝ってくれて、裾の長さを決めると、余った部分を腰の高さで折り畳んだ。
「これが『おはしょり』ね!」
紐で止めると、次は上半身。いつも道着を着ているので、問題無しと思っていたが、
「やっぱり、そう来ると思ったわ。」先生は笑って衿の部分を直してくれた。様子を見に来た森先生まで笑っていた。道着の時より、ゲンコツ1つ分、首と衿に余裕を持たせるのが『ヌキ』というキレイな着方だそうだ。一度完成するともう一度始めから。おはしょりは意外と簡単にクリア出来たが、ヌキの加減が掴め無い。何とかカタチになって、先生に仕上がりを見てもらうと、森先生がさっきより楽しそうに大笑い。
「お茶の亭主さんってより、花魁さんの方が似合いそうよ、キラキラの簪とかなかったかしら?近う寄れ、卯月太夫!」
どうやらヌキ過ぎていたらしい。茶道部の白井先生は、目で森先生を制して、着付けを直してくれた。
僕がモデルのゲームキャラに『エイプリール』って名付ける老師と、花魁風の僕を『卯月太夫』って呼ぶ先生のセンスが近くてちょっと面白い。何度が練習して、花魁にならずに着られる様になった。
「では、畳み方を説明しますね!」
先生は魔法を使った様に、着物を長方形に変身させた。畳紙という着物を包む紙にピッタリのサイズだった。一度広げて、タネ明かししてくれたが、結構複雑だった。山折・谷折とか書いてあれば有り難いんだけどね。何とか畳紙のサイズに出来上がって、本日の特訓は終了。
道場に帰って、茶屋の特訓が着付け教室だった事を話して、
「着るより畳む方が難しかったな、明日畳める気がしないよ!」
弱音を吐くと、数学のお返しと言って、ちーちゃんが補習を開いてくれた。何度も付き合ってくれて、かなり自信が付いてきた。小さい頃色々教えてくれたおばあちゃんが、40数年後のちーちゃんだと思うとなんとも言えない不思議な感覚だった。
葛根湯トリオが項垂れた。
「学校祭の日程、丸カブリじゃん!」
ただでさえ浮かれる学校祭なので、思春期の男女を隔離する学校側の、作戦なのかも知れない。老師はニヤニヤを隠そうと頑張っていたが、
「老師はエイミーのお茶飲みに行くんでしょ?」
エリーのツッコミに思わず顔面の筋肉を緩めてしまった。セブンは、
「俺達の学校祭、見に来てくれるよね?」
老師は、一応頷いていた。
「お茶の道具はあるわよ、私は習った事無いから、揃っているかどうかは微妙だけど、練習なら出来ると思うから、ピーさん達は、うちでご相伴になるといいんじゃない?」
ちーちゃんは、納戸に茶器を探しに行ってくれた。ついて行くと高級感のある桐の箱がいくつかあって、緊張しながら持ち出した。
「千鶴、英美、ちょっと来なさい。」
茶器を居間に置いて、師範の部屋について行くと、押入れから、畳紙を幾つも出して、
「小夜が、英造の嫁にって遺した着物だ。未来の話はご法度らしいが、ゆくゆくはお前達の物になるんだから、先渡ししてもバチあたったりはせんだろう。」
曾祖母の実家は、師範の師匠の由緒正しき道場らしいので、この着物もさっきの茶器も、嫁入り道具だったんだろうな。
着物をちーちゃんの押入れに仕舞って、居間で茶器のチェック。エリーの知識では充分だと、やや自信無く判定。お茶の練習に進んだら解るから焦る事も無かったんだけどね。一安心して部屋に帰った。
「ねえエイミー、師範が物分り良すぎて不安なんだよね。英太のお父さんの漫画描いていた時の編集担当って知っている?」
花音が不思議な質問をした。
「花音のお母さんだよね?前に花音から聞いたんじゃなかったかな?」
「うん、正解。じゃあ、その漫画家さんと、編集担当さんが付き合って居たの知ってた?」
「えっ!それは初耳!」
「で、師範がね、道場を継ぐ気が無いんなら、英太のお母さん・晶子さんと結婚してお嫁さんに道場を継がせるって言って、二人の仲を裂いたそうなの。こんなに物分りのいいおじいちゃんだったら、英太のお父さんとうちのママ結婚しちゃいそうだよ!そうしたら私達、産まれて来ないかも知れないよ!」
それは困るので、ちーちゃんにこっそり頼んでおこう。
ついでに、ゾウさんとちーちゃんの結婚前のゴタゴタについても話してくれた。師範はすっかりちーちゃんが嫁に来るものだと思っていたし、お互いに好き合っているのも解っていていたけど、小さい頃から一緒に育ってきて急に夫婦って恥ずかしいから、二人とも『義兄妹に恋愛感情なんて無い』って言っていたそうで、それを鵜呑みにした師範が、二人に見合い話を持って来て、見合いをしたあと本心を打ち明け、断るのに苦労したらしい。
「まあ、きっと何とかなるよ!もう寝るよ、それよりアポロ11号だよ!7月20日は覚え出るんだけど、日本の日付けだったかな?アメリカの日付けだったかな?まあ、いっか、おやすみ!」
エリーが重たい空気を跳ね飛ばす明るい声でオヤスミ宣言。考えても無駄なところは考えずにキチンと睡眠するのが得策だろう。豆電球も消して目を閉じた。




