ハワイランド
ハワイランドに行く日曜日。老師が通う電器店の社長が迎えに来た。ディーゼルエンジンの臭いがしたので、マイクロバスかと思ったが、幌付きのトラックだった。幌の中の荷台にベンチのように座るスペースが作られていた。間違いなく、違法だよね?荷台に人間は不味いでしょ?シート自体いい加減なので、当然シートベルトなんか有る訳が無い。ただ、驚いていたのは僕と花音だけで、他の皆んなは、サッサと乗り込んだ。二人乗りの本来の座席には運転する社長と奥さん、奥さんは、エリー位のお嬢ちゃんを抱いていた。そこで既に定員オーバーじゃない?今更文句言っても、仕方が無いので、黙って荷台のベンチに座った。
ガタガタと揺れて、目的地に到着。てっきりホテルやプールのあるお菓子屋さんの施設の前身かと思っていたが、そこから、もう少し石狩寄りの別の場所だった。中島公園のプールが50円なのに、ハワイランドは1500円。日曜でもガラガラ、3姉妹を連れた家族とダブルデートっぽい男女4人と僕等だけだった。
因みに、家族連れの母娘は全員ワンピース、デート女子は二人ともビキニ。社長の奥さん、お嬢ちゃんもワンピース、僕達が2対2なので、6割がワンピースって事になる。老師は想定外だとガッカリした様子だった。先週はビキニ率が数パーセント位だったと思うので、老師が仕事だったのは幸運だったのかも知れない。
「流石にもうすぐ潰れる施設だね。」
ポカポカの南国空気や本物の椰子の木とか、かなりお金が掛かっているだろうし、植物の事を考えると、冬場だってハワイの気温が必要だろう。その暖房費を含めた経費は相当な額が必要だろう。経費を考えると必要な収入はどうしても高額だろう。それでガラガラだと料金を上げるしか無いのかな?さらにお客さんが減るよね。まあ、今日の所は存分に楽しんでおこう。社長のお嬢ちゃんは、エリーが同じ年頃と思ったようで、一緒に遊んでいた。エリーは中身は大人だとは言えずに彼女に合わせていた。
「あやちゃん、幼稚園行ってるの?」
「ううん、まだなの。4才なの。」
コッチの時代では、1年しか幼稚園に通わないらしく、来年入園するそうだ。3年が当たり前になるのはまだ先のようだ。
葛根湯トリオは相変わらず、ガチで泳ぎ、老師は僕のビキニ姿を堪能していた。今回は、皆んなのチケットをゲットして来たご褒美なので、気付かないフリをしておいたが、あまりにもガン見しっぱなしなので、プールに入って視線を避けた。しばらく花音と水遊びして、ビーチチェアに寝そべった。優雅にトロピカルな飲み物でも欲しい所だけど、普通のジュースの価格がとんでもないので、気分だけハワイを味わう事にした。
気になって、レストランのメニューをチェックするとなかなかの価格だったのでランチは帰りに食べようと午前中で引き揚げる事にした。
帰り際フロントで、『カランカラン!おめでとうございます!』社長の奥さんが、何か当たったみたいだ。グラニュー糖をスプーンで掬って宝石をゲット。結構なサイズだってので大喜び。ただ、当たったのは石だけで、指輪や、ネックレスに加工するのは有償で、最低でも3万数千円との事。宝石だけ貰って行く訳にはいかないようで、権利を放棄して帰って来た。
まあ、プールはキレイだったし、面倒なナンパにも会わずに済んだので、それなりに楽しめたかな?またトラックに揺られた。
正直もう少し、リゾート気分を味わえると思っていたので、やや不完全燃焼。社長もそう思ったのか、僕等のモヤモヤを汲み取ってくれたのか、途中市場に寄って、豊平川の河川敷に連れて来てくれた。トラックの荷台から荷物を降ろして、ササッとジンギスカンの準備をしてくれた。お馴染みのタレがこの時代にもあってビックリ。後で聞いたら、その時点で10年以上のロングセラーだったようだ。味も多分変わっていない。変わっているのは肉の方で、ラムではなくマトンだった。噛みごたえ噛みごたえがあるというか、結構固い。あやちゃんは噛み切れず、苦戦していた。
「エリーちゃんは、お箸も上手だし、キレイに食べて偉いのね!」
奥さんが驚いていた。エリーは一般的な5歳児を演じていたがボロを出してしまったようだ。さっき社長が、
「ジンギスカンにはビールが欲しいけど、帰りの運転があるからな。」
って言ったときも、
「オートマ限定なんです、トラック乗ったことないし。」
なんて言って、不思議がらせていた。この時代、マニュアル車が当たり前だし『オートマ限定』っていう免許も存在していない。幼児の意味不明な言葉として、気にしていない様子だったので、そっとスルー出来た。
「河川敷って火を使っても大丈夫なんですね?」
「えっ?駄目な所ってあるの?他所の家の庭とかは不味いけど、火事出さなきゃ文句言われる筋合じゃないでしょ?」
あっちの時代なら、火を使ってもいい場所って決まっていて、花見のシーズンだけOKとか、厳しいルールがあったから、こっちも同じだと思っていた。桜の頃には、キレイな観られる公園でジンギスカンを焼くそうだ。
トラックには釣り竿も積んであり、社長と老師と英造さんは釣りを始めた。葛根湯トリオは走り込み、ちーちゃん、花音、僕は、エリーが続ける5歳児の演技をチェックして楽しんだ。所々、面倒見の良いお姉さんや、高校教師の顔が見え隠れするので、
「うちの娘、大丈夫かしら?エリーちゃんとひとつ位しか違わないでしょ?大人と子供みたいよね。」
4歳児の標準が解らないからなんとも言えないし、エリーが特別な事知らせる訳にもいかないので、聞こえなかった事にしておいた。葛根湯トリオがロードワークから帰って来たので、釣果ゼロの3人は竿を納めた。ガッカリした様子を想定していたが、釣りは釣果が全てではなく、計画、作戦、準備等のプロセスを楽しむものと社長が教えてくれた。残念な顔が、ちょっぴり透けて見えた気がしたが、気付かないフリをしておこう。
社長は手際よく竈を解体し、荷物を纏めた。葛根湯トリオが荷物をつみこんで、僕達も荷物になった。またしばらく揺られて道場に到着。
「そりゃあ、気の毒な事しちゃったな!」
今日の報告を聞いた師範は、道場の屋外の空きスペースでジンギスカンが出来るので、来週にでも社長を誘おうと言っていた。
「ここからなら、歩いて帰るから、酔っ払い運転の心配も無いからな!」
きっと喜んでくれるだろう。
「それに、エリー、歳の近い友達が出来て良かったな。まあ、幼稚園に行くようになれば、いっぱい出来るから心配しなくてもいいんだけどな。」
自由な幼女時代を謳歌しているエリーにとっては、面倒な子守りにしか思えないだろうが、元の時代の情報を知らせるのは最小限に留めていたので、元が大人だった事は伏せてあるので、仕方が無い。
僕は、ちーちゃんと台所に直行、今日は帰ってから料理しなくてもいいように、カレーを作ってある。炊飯器にはタイマー機能はないし、電子レンジも無いので、ご飯だけはこれから炊かなければならない。ジンギスカン食べたのがお昼にしては遅い時間だったし、結構な量を頂いたので、少し少な目を提案したが、
「男の子の胃袋、ナメちゃ駄目よ!」
ちーちゃんの意見で、いつもと同じように炊飯器ギリギリに炊いておいた。
「ただいま!腹減った!」
葛根湯トリオに影響され、老師と英造さんも走りに出ていた。
「あと15分待ってね!」
ちーちゃんは『ほらね!』って感じでニッコリ笑って、カレーを温まり具合を確かめていた。
いつものように食卓を囲み、ご飯もカレーもいつものように消費されていた。台所を片付けと、朝とお弁当の下ごしらえをしながら、
「ちーちゃんの言うとおりだったね!」
「この大きさだもんね!」
アルマイトの巨大な箱を箸で鳴らして微笑んでいた。
部屋に戻るとエリーが微妙な表情だった。
「子供と遊ぶのは嫌じゃ無いんだけど、このままだと、あっちの時代より、『面倒見のいい女』になりそうだよ!丁度いい感じにグレたり出来ないかな?」
微妙な表情にピッタリな微妙な事を言っている。性格なんて、そうそう変わるものじゃ無いので、仕方が無いと言って、また『しっかり者のお姉さん』、『頼れる先生』になると思うんだよね。花音もそう思うと言うと、エリーはガッカリした様子だった。




