ビキニ
すっかり暑くなり、制服は白に替わった。気になっていたのがプール授業。プール自体は好きだし、泳ぎもまあ、得意なので、今までなら楽しみなイベントだったけど、水着の事を考えると憂鬱だった。花音に話すと、余計な心配だったようで、ホッとしていると、
「ガッカリした?」
花音がツッコミを入れてきた。学校にはプールは無いし、近くにある公園の体育館はオリンピックに向けて建設中。夏はプール、冬はスケートが出来る予定だが、完成は来年らしい。プールで遊ぶなら、中島公園にあるそうで、花音はすっかりプールモード。ヤブヘビを突いてしまったようだ。
「コレ!似合うよきっと!」
土曜日の午後を待って、デパートに水着を見に来ていた。マネキンは皆んなビキニだったが、ハンガーの商品はほとんどがワンピースで、残りも、ビキニと言うよりセパレートって言う感じ。アッチの時代の陸上選手より露出は少なかった。
若者が押し寄せるビーチなら、ビキニも浸透しつつあるようだが、この時代の札幌市民には、ブラウン管の中のモノと言う認識のようだ。エリーはすぐにピンクのワンピースを選んで試着。あっという間に決定していた。花音は、高校生になったらビキニデビューとアッチの時代では友達も盛り上がっていたそうだが、プールに行った時のビキニ率の低さを想像して決めかねていた。先に僕のを選ぶ事になり、一番シンプルな紺のワンピースを選んだ。
「お客様のサイズですと、在庫のあるワンピースでは無理かと・・・」
店員さんは申し訳無さそうに、バックヤードに引っ込んだ。しばらくして出て来た店員さんは、期待を外して手ぶらだった。
「こちらでしたら、丁度かと思います!」
3体のマネキンから面積少な目のビキニを脱がし、試着室に押し込まれた。一番布地の多いモノを着てカーテンを開けると、
「おっ!なかなか!じゃあ次ね!」
エリーがカーテンを閉めた。3着試着しなきゃ駄目なんだね。抵抗するのも無駄なのでサッサと着替えた。さっきのとあまり変わらない感じの2着目にはほぼ反応せず、一番露出の多い三角の布を紐で繋いだようなモノを見ると、
「スマホ使えないのが残念だね!」
エリーはイチオシだと言うが、花音のサポートもあって、最初のモノに決定した。
花音は、かなりワンピースに傾いていたけれど、僕だけじゃ可哀そうだと、ハンガーの中では露出多め、と言っても、アッチの時代ならやや控えめ程度のビキニを選んでくれた。
「水着だと、差が目立っちゃうね。」
花音は僕と見比べる。確かに間違いじゃ無いけど、裸や下着の時は極力目を逸していたから、正確なサイズを認識していなかったけど、水着なら安心して視界に留められるので、落ち着いて見ると、それなりに成長しているのに気が付いた。英太の頃の感情が湧き出るかと思ったけど、意外と冷静でいられ、男に戻れるのか、一層不安になった。先ずは3人分決定しあとは、老師とピーさん達の分。ウエストを計って来てあるので、デザインは特に関係ない海水パンツ青、紺、黒の三択、皆んなお揃いの黒をゲット。明日は工場のバイトが入っているので、デビューは来週かな?
僕達はキャラメル工場、ピーさん達はビール工場でバイト。すっかり慣れて、学校の掃除当番のノリで熟す。平日はいつものように学校に通い、道場では、稽古と宿題、それとちょっぴり期末テストの対策で次の日曜を迎えた。老師は電器屋さんの仕事が休めず、英造さん千鶴さんも加えた8人でプールに向かった。更衣室で一足先に女子だけでお披露目。千鶴さんはアッチの時代で言う『スク水』だった。路正ってこういうのも結構好きなんだよね。前は、なんとも思わなかったのに、そういう視線がどんどん不快に思えて来た。
「すっ、凄いね!あっごめんなさい、思わず触っちゃった!」
ややキツイからか、収まりきらなかった分が谷間をクッキリさせて、更に目立っていた。千鶴さんは謝りながらも手を離さなかった。本人は気付いていなかったらしく、少し経って、まだ触っていた事に気付いて、真っ赤になっていた。更衣室なので、他のお客さんも当然女性なんだけど、周りの視線を集めているのがハッキリ感じ取れた。バスタオルを羽織って、プールサイドでピーさん達と合流した。
英造さんは、やっぱり三択だったようで紺を選んでいた。周りを見渡すと大人は紺か黒、子供は青か紺って感じ。ファッション性は微塵もなかった。
「じゃあ、準備体操だよ!」
エリーの号令で、羽織っていたバスタオルを外すと、
「俺、もう体操したから!」
セブンがそう言ってプールに飛び込むと、ラヴとピーさん、英造さんまで、『俺も』と続いた。男子の気持ちも解っちゃう僕としては、気付かぬ振りを通すしかないが、バスタオルを外した時に感じた視線と、男性陣の違和感のあるポーズは、僕に反応して下半身に反応があったとしか考えられない。残された女性陣は気付いているのか、気付かぬ振りなのか定かではないが、千鶴さんはしっかり理解しているようで、やれやれって呆れた様子だった。
体操を済ませると、エリーと花音は浅いプールに移動。カナヅチの花音に泳ぎを教えるそうだ。因みに、浅い所じゃないとならないのは、エリーの都合。
千鶴さんと二人残され、水に入ろうとすると、早速ナンパ。葛根湯トリオが居ればかなり効果のある虫除けになるのに、離れて数分での来襲だった。軽く受け流すと、
「男に興味ないんなら、そんなスケベな水着着るなよな!」
捨て台詞を吐いて撤収してくれた。水に入ると、少しは目立たなくなったので、プカプカと漂うようにのんびり泳ぎを楽しんだ。英造さんを捕まえて、ナンパの話をして、千鶴さんのガードをしっかりするように伝えた。葛根湯トリオは、ガチで競泳しているので、虫除け効果は、期待出来そうもなかった。英造さん、千鶴さんとプカプカして、競泳組の体力が削れるのを待った。
スイスイと水中から誰かが近付いた。水しぶきと共に現れたのは、花音だった。
「お待たせ!凄いでしょ?体力凄い事になってるから、きっと泳げると思ったんだ!」
嬉しそうに笑うと、キレイなフォームで去っていった。プールサイドでは、エリーが親指を立てていた。
ひとりになると、またナンパ。丁度近くを猛スピードで通過したピーさんを捕まえて、虫除けに使う。効果は抜群であっさり撤退していった。
「もう2回目、ちょっとは気に掛けてよね!」
プっと頬膨らませると、
「ゴメン、ゴメン近くにいるようにするよ!その格好でそんなに可愛い顔したら、水から上がれなくなっちゃうから、エイミーもちょっとは、気を使ってくれよ。」
海パンを膨らませていた。
水泳指導を完了したエリーは、もう満足したようで日陰でのんびり。9年間、プール授業で叶わなかった泳ぎを覚えた花音は、思い切り泳いでいた。さっきは潜水して進み、たまに息継ぎに浮かぶような泳ぎだったが、いつの間にか、色々な泳法をマスター、既に個人メドレーを泳いでいる。
英造さんは、千鶴さんのナイトに徹し、ナンパ騒ぎはあれ切りだったようだ。エリーの所に集まって休憩すると、
「私も、水着買おうかしら。」
千鶴さんは、花音を見つめながら呟いた。
「着て見ようよ!」
花音は千鶴さんの手を引いて更衣室に向かった。身長が結構違うから、花音が千鶴さんのワンピースは無理かと思っていたが、身長差は、脚の長さだったので、余裕で着られたようだ。見た事のあるようなスク水の花音と、バスタオルを羽織ってもおどおどして、恥ずかしがるのを超えて、怯えた様子の千鶴さんが登場した。早速ナンパらしき男達が寄って来ると、英造さんはダッシュで割って入り、手を繋ぐと、ナンパ未遂の男達に殺気を放った。無事ナイトの任務を果たして、皆んなの所に戻って来ると、エリーにバスタオルを奪われた千鶴さんのビキニ姿がお披露目された。葛根湯トリオはそれほどの反応は示さなかったが、英造さんは、硬直して、瞬きも忘れていた。海パンが盛り上がるのを隠しもせず、千鶴さんをみつめていた。その盛り上がりが無ければ父さんは、産まれて来ないし、そうなれば僕も産まれないので、必要な事なんだけど、もう少し周りを気にしたほうが良さそうだよね。その後もう少し水遊びをして道場に帰った。
「デパートに寄らなくて良かったの?」
花音の問に、
「うん、今のまだ着られるし、もう少し周りでビキニが増えてからにするよ!」
千鶴さんは、真っ赤になって答えた。あんなに恥ずかしがると、それよりずっと布地の少ない水着の僕は、露出狂みたいに思えて、微妙な感じだった。
道場に帰ると、老師が不貞腐れているものだと読んでいたけど、想定外のご機嫌だった。
「コレ貰って来たよ!来週行こうよ!」
老師が掲げていたのは、『茨戸ハワイランド』のチケットだった。映画になった福島の施設みたいなものらしいが、このあと数年で潰れるそうなので、詳しいことは解らない。大きな体育館の中にプールがあって、周りを椰子の木とかの南国植物で囲っているそうだ。老師の働く電気屋さんも普段は日曜日は定休日なので、来週は一緒に行ける筈。中島公園よりはきっとリゾートっぽいと思うので、かなり期待できるんじゃないかな?
それにしても、老師っていうか、正路の変わりっぷりには驚かされるな。アッチの時代でプールに誘ったときは、
「運動嫌いの俺が、プールなんか行ったら、水着狙いの変態だと思われるだろ!」
と言って断られたんだよね。今は2次元のコンテンツが圧倒的に不足しているから、3次元にシフトしたんだろうか?ある意味進歩なので、来週が余計に楽しみになった。葛根湯トリオは、リゾート感のあるプールの方が、見応えある水着に出会えそうだと鼻息を荒くしていた。ほんの数ヶ月前まで女子だった事実が、全く無かったように男子の思考で生活しているな。元に戻った時の事を考えると、ちょっと心配だな。花音とエリーは、千鶴さんをいつの間にか『ちーちゃん』と呼ぶようになって、水着の新調を勧めていた。花音達の意見に傾いて来たちーちゃんだったが、
「花音ちゃんは、高校生になって初ビキニなんでしょ?千鶴もそうしたら?」
英造さんが、まさかの反対意見。プールサイドでの反応から考えると、他の男に見せたくないって考えだよね!想定外のどんでん返しにこっそり聞き耳を立てていた葛根湯トリオが残念な様子。老師は意外な事にノーダメージの様子。僕の水着がターゲットだから気にならないのかな?それとも、『スク水』が見たいのかな?まあ、ちーちゃんは元の水着って事で決定したようだ。




