令和発
何が起きた?地震かと思ったけど、今まで居た学校も無いし、倒壊した建物も見当たらない。僕、四月一日 英太は、呆然と辺りを見渡した。
今までの事を整理しよう。中学校の体育館で格闘技を披露。実家が格闘技の道場を営んでいて、門下生の発掘に借り出されている。数年前から、海外の格闘技が盛んになって来たことと、次期師範の母が、護身術のPRで有名になってしまい、ワタヌキ流は女性の格闘技という間違えた解釈がひとり歩きして、入門者が激減している。僕は継ぐ気ないし、去年までは強制的に門下生として稽古してきたけど、高校生になってようやく自由を与えられ、マンガ研究同好会、漫研に入った。
漫研の筈だが、顧問の先生が格闘部と兼任で、実家の道場の門下生、姉弟子にあたるお姉ちゃんで、男子がいないから助っ人に連れて来られている。一通りのカタを披露し、質疑応答。終了後は中学生を帰して畳を片付ける。女子は器具室で着替え、僕は体育館の隅っこで着替えた。
グラリと揺れ気を失う。
畑の真ん中で目を覚ます。少し離れてダブダブの大人のスーツを来た幼女と、屈強なアスリート風の男子3名、女性用の下着を穿いて転がっている。女の子のスーツは姉ちゃんのじゃないかな?パンツ男達はしっかり鍛え上げた筋肉だった、変態じゃなければそれなりの男なんだろう。女の子を起こすと、やはり姉ちゃんだった。パンツ男達は目覚めると、パンツ1丁に気付き、キャッと言って胸を隠した。その後、自分のカラダを見て驚く。何が起きたのか解らない様子なので、姉ちゃんと一緒に器具室にいたはずの格闘部員の名前を呼んだ。それぞれ返事をするので幼女化した姉ちゃん・富山 絵里(顧問の女性教師)と男性化した格闘部の女子部員だと気づいた。
葛西 凜は、男のカラダの方が、技を出しやすそうだと、カタを披露、
根岸 愛梨は、拳を握って、チカラコブを確かめたり、自分のシックスパックに見惚れている、
湯原 菜々美は、下着の中を確かめた、急に大きくなって下着に収まらなくなりパニクっていた。
みんな大変だなあと思っていると、姉ちゃんが、僕が英太なのか確かめる。返事をすると声が高く、カラダは縮んでいた。姉ちゃんほどダブダブではないが動くとずり落ちそうだ。いつもなら『先生と呼びなさい』って叱られるが、そんな余裕もないみたいだ。元々、道場に通っていたお姉さんでずっと『姉ちゃん』だから、なかなか変えられない。
筋肉男子に取り囲まれ、カラダを触られた。バリトンの良く通る声で『カワイイ』を連発し、隅々をチェック。味わったことの無い感覚に驚き、触られた場所を確かめると、トレーナーに大きな膨らみが2つ出来ていた。嫌な予感がして股間を確かめると、普段付いていたものが無くなっていた。
遠くに見える手稲山の景色なんかからは、さっき迄いた場所だと思うが、住宅街の外れの学校にいたはずが、かなり遠くまで、畑が続いている。
僕の服を部員で分ける。凜にジャージ、愛梨に道着、菜々美には制服。キツそうだが、細マッチョが女性用の下着でうろつくよりはマシだろう。
先生は自分のジャージを着て、スーツを僕に貸してくれた。トランクスのままで、上は着けないつもりだったが、男子になった3人は僕を取り押さえて無理に着けようとする。
「ねえ、ちょっと待ってよ、自分で着るから!このカラダだと、か弱い女の子が、マッチョな3人に襲われているようにしか見えないよ!」
慌てて開放してくれた。心は着せ替え人形で遊ぶ女の子だけど、筋肉の鎧を纏った3人は、なかなかそうは見えないだろう。姉ちゃんのをなんとか着けた。かなり窮屈だがブラブラさせておくよりはマシな気がした。
取り敢えず道場に向かう。
畑を抜けて住宅街に辿り着くと住所表記に『区』がない。市内局番が二桁だった。政令指定都市になったのが昭和47年だった筈なので、それより前の時代にタイムスリップしたのかな?
そう思って周りを見ると街灯も信号もほとんど無く、バス停に見慣れないデザインのバス。車掌さんがいて、お客さんは中でタバコを吸っている。電柱はおなじみのコンクリートもあるが、木製の物の方が多かった。なんとなく正露丸の臭いがするが、気のせいだろうか?
しばらく歩いて道場に着いた。廃材を貼り合わせた壁に鉄板葺きの屋根。じいちゃんの古いアルバムで見た道場だ。中では稽古の真っ最中。休憩時間を、見計らって、
「英造さんか千鶴さんいますか?」
祖父と祖母の名を上げた。
2人が出てくると、祖母・千鶴と、女子になった僕がそっくりでみんなが驚いた。
稽古を見学して、祖父・英造の部屋で、事情を話した。千鶴(祖母)は師範(曾祖父)に報告すると言うが待って貰った。
僕がふたりの孫で、何十年か未来から来た事を話すと、僕がおばあちゃんとそっくりな事と、愛梨の着ている道着が、自分がデザインして将来、ここの道着にしようと思っている物その物だったので、直ぐに信じてくれた。
師範への報告を待って貰ったのは、ふたりの結婚が認められる迄、紆余曲折があったらしいから、いきなり、ふたりの孫が現れると、騒ぎになりそうなので別の設定が必要だと告げた。道外から研修旅行に来た事にしておいた。
僕は姉ちゃんのパンプスを履いて来たが、他の4人はスリッパで、洋服も無いので調達したいが、お金は令和の物しかない。紙幣は勿論代わっている、諭吉様もただの紙きれだ。硬貨は代わっていないのもあるが、平成は不味いだろ?祖父母の年齢を聞くと1969年に来たらしい丁度50年前だ。昭和44年より古い硬貨は十円玉が3個、五円玉が2個、一円玉が6個の計46円。これじゃ何も買えないな。取り敢えず空き部屋に泊めて貰う事にして、今後の事を考えよう。
元と今の性別で分けて、女から女の姉ちゃん、女から男の凜と愛梨と菜々美、男から女の僕は1人部屋にしてくれた。今の性別で分けて姉ちゃんと同室も緊張する。沢山部屋が空いていたので、贅沢に使わせてくれた。ひとまず落ち着いて眠りについた。
翌朝、おばあちゃんは、古着を調達してくれていた。玉葱農家のバイトを斡旋してもらい、早速今日から働かせて貰える。姉ちゃんはどう見ても子供なので働けず道場でおばあちゃんの手伝い。
玉葱農家の日当は600円、高いのか安いのか判らないが、見慣れない青い五百円札と赤茶の百円札で支払われると、一万五千円位貰った感じがした。あと何日かの季節限定らしいが、予備知識もないし、銀行口座も無いので、すぐに雇ってくれるありがたいバイトだった。
畑の帰りに、学生服姿のおじいさんを発見。背負っていたリュックに、ゲームキャラクターの美少女格闘家のマスコットがぶら下がっていたので、親友の雨丸 正路と判断した。声を掛けると逃げ出したが、追いかけて、スマホのゲームの話をして、僕だと信じて貰った。話が通じると、正路の態度が変わり、親友からのお願いだと言って、胸を揉ませて欲しいと頼み込まれたが、菜々美の背負い投げでおとなしくなった。
靴を買いに1キロほど離れた商店街に向かう。途中、うちの高校の制服を来た女子を発見。向こうからか駆け寄ってきた。
「英太どうしたのその格好?」
なにも言わずに僕だと気づく。幼馴染の薬師 花音は女子のままで見かけの年齢もそのままだった。花音は変身してしまった他のみんなも直ぐに誰かわかっていた。僕は、たまたまスリップのときに一緒にいたからそう思っただけで、いきなり会ったら絶対に解らない自身がある。
おばあちゃんの貯金でみんなの靴や着替え、生活用品を揃えた。花音と正路も、着替えを買って、道場でお世話になる。
道場に戻ると、師範が出迎えてくれた。
挨拶すると、じっと目を合わせ、
「何か深い事情がある様だな、英造と千鶴が信用しているようだから置いてやる。」
研修旅行がウソだって、バレバレだな。
夕食をいただき、部屋に戻って花音と正路とそれぞれどうしていたかを報告しあった。
正路は高校で帰りのバスを待っていたところ、あのグラリにあったそうだ。暗くなってから気が付き、スマホを確認したら圏外で、たまに見かける車のナンバーが、【札 5】で全てフェンダーミラーだったので、昭和40年代にタイムスリップしたことを確認したそうだ。因みに令和の場合、【札幌 5XX】でドアミラーだ。農家の納屋で明るくなるのを待って、歩いて来たそうだ。ギザジュウ(周りがギザギザの十円玉)が好きで、見つけるととっておく習慣があったので、120円ほどあったので食堂が開くのを待ってラーメンを食べてきたそうだ。正路は、今現在が同性の凜達の部屋は緊張するって言うし、元は同性だった僕の部屋だと、身の危険を感じる。正路にももう一部屋貸して貰った。
花音は、図書館でグラリ。自宅に向かって歩いたが、そのはずの所が、畑だったので、スクラップ置き場の車の中で一夜を過ごしたそうだ。道場に行けば、僕らに会えると思って、向かっていた筈が、元々方向音痴なのに加え、目印が当てにならなくて彷徨っていたそうだ。結果オーライで合流できたからよしとしよう。因みに、姉ちゃんと同室で問題なし。
他に飛んで来た人いるのかな?正路がいたバス停には他に人は、居なかったみたいだけど、花音が居た図書館には、他の利用者もいたし、僕らの居た中学校も他の人もまだ居たから、一緒に飛んで来た可能性も考えられる。
取り敢えず、玉葱のバイトでおばあちゃんからの借金を返して、帰る方法を探る。あと、他に飛んで来た人も探す。元の時代に帰ったら、男に戻るのかな?姉ちゃんは、かわいいからまだいいけど、正路は気の毒だよね。格闘部員の3人は、男のカラダ気に入っている様だけど、ホントにこのままでいいのかな?
まあ今のところ、確認する術が無いので、様子見するしかないな。
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