Case72 機械②
「支部長……泉博士より連絡が…」
メアリスさんが、レオンさんに耳打ちをしている間、私は一人、彼と向き合う。
SCP-882の少年は静かに私たちを見下ろしていた。
「……貴様は…不気味だな」
「え?」
少年は私に向かって手を翳し、光のない目で睨みつける。
「確かに、我々の中に特殊な動きをする奴がいると聞いたが……貴様のことか?」
「何の話をしてるの…?」
我々の中……?
やはり、人間と化したSCPは他にもいるってこと?それに、特殊な動きって?
「ならいい」
SCP-882は伸ばしていた手を握る。
その瞬間、四方八方の壁から鋭い鉄の針が私に向かって伸び始めた。
「な…やば…」
慌てて回避姿勢をとったものも束の間。
背後から勢いよく引っ張られ、数多の針は空を切る。
レオンさんの手だ。
彼は、そのまま何も言わずに首根っこを掴んだまま、メアリスと共に走り始めた。
「ちょ…首痛いです!」
「まずはルーム18まで誘導する。メアリスとお前は奴に攻撃を続けろ。その隙を見て俺が海に落とす」
何とも乱暴な作戦。だが、先の村で見たレオンさんの実力を鑑みれば、不思議と無理な気はしない。
「誰も逃さない。諦めて潰されろ」
そんな声が聞こえて瞬間、四方の壁が波立つ。
まるで流動性を帯びたその物質は私達を押し潰すように接近してきた。
ふと、首根っこから力が抜け、同時に浮遊感が襲う。
「あっ……ぶねぇ!!」
急な加速と共に、潰しにかかる壁をかろうじて躱す。
気が付いたら、私はレオンさんに担がれていたようだ。
反対側の肩にはメアリスさんも担がれている。
「…ッ!ありがとうございます!」
「感謝します」
そんな礼を言い終わる前に。
背後の潰された壁から、SCP-882が顔を出す。
どうやら、彼にとってこの施設の床や壁はプールのようなものらしい。
「随分と早い小蝿だな」
「お前が遅すぎるんだよ。バーカ」
その煽りに反応したのか或いは。
少年は再び、両手を壁に翳す。
「そうか。ならばこれでどうだ?」
ベコベコと嫌な音が鳴り響く。
聞こえてくるのは遥か背後。私たちが向かう先の廊下より。
「チッ…まずい」
まるで津波のように。
最奥から順に壁が。床が。ひしゃげて迫ってくる。
先程のように逃げることはできない。このままでは押し潰されてしまう。
「おい!俺が道作るから時間稼げ!」
レオンさんのそんな声も虚しく、凸凹な津波はすぐそこまで迫ってきている。
少年は両手を壁につけ、死んだ瞳で私達を見つめた。
「もう諦めろ」
四面が再び流動する。全ての壁が殺意を持ったように棘を生やし始める。まるで、アイアンメイデンだ。
それらの棘は非常に鋭利で、人間の腹部なら簡単に突き刺せそうなほどの迫力を放っている。
「……くっそ!」
私は駆ける。
棘を避けるために中央に向かうのではなく、壁に向かって駆ける。
「串刺しになれ」
瞬間、収縮が始まる。
四方八方から中央の人間を貫かんとする針が、殺意を孕んで襲いかかってくる。
そんな地獄で、私は自ら針に飛び込んだ。
「ッ……!!!ぃだあ……ぃ!!!」
伸ばした左手を、針は貫通している。
ドクドクと流れる血液と、壮絶な痛みに、一瞬気を失いかけるが。
それでも、左手から力を流し込む。
「これも全部……体ですよね!!!!」
急速に迫ってきていた壁のスピードが明らかに弱まる。
「小癪」
そんな呟きを掻き消すかのように、破壊音と共にボロボロと壁が崩れる音が聞こえる。
音の方を見ると、拳に赤い血を垂らしながら、壁を打ち破るレオンさんの姿があった。
「よくやった御館!!ここ突っ切ったら真っ直ぐだ!!!」
そんなレオンさんの声が聞こえた瞬間。
メアリスさんは、SCP-882に銃撃を打ち込む。
「今です。早く」
メアリスさんに手を取られ、土煙が舞う中、レオンさんの作った穴を越える。
塩の香りが増し、ところどころ生まれた穴からは、青白い光が差している。
「ここです」
私とメアリスさんは足を止める。
そこはルーム18。目指していた目的地だ。
「……レオンさんは?」
いない。この部屋にいるのは二人だけ。
そんな疑問を払拭するかのように、私たちが来た道からSCP-882が現れる。
金属を寄せ集め、巨大化した左手には。
レオンさんが握られていた。
「……悪りぃ。しくじった」
レオンの顔は青白い。
ギシギシとした機械音が彼を締め付けている。
「今からこいつを殺す。次はそこの金髪の女。最後に厄介なお前だ」
SCP-882はメアリスさん、私と順に指を指す。
これは、まずい。
チャンスは一瞬。それをモノにできるのは、レオンさんしかいない。
それなのに、これは。
「メアリス」
「……なんですか。支部長」
ふと、メアリスさんの横顔を見る。
その顔は焦り。あるいは絶望。
未だかつてないほどに感情を露わにしたその表情に、レオンさんは淡々と告げた。
「3秒だ」
その言葉に、メアリスさんは銃を構えた。
「従います」
SCP-882はそれを見て、さらに締め付けを強める。
レオンさんの鈍い呻き声が部屋に木霊する。
「バカなのか。それとも頭を見捨てたのか」
私にもわからない。
二人の会話も、たった一言でメアリスさんの顔から消えた絶望も。
「……メアリスさん。どうするんですか?」
「……私は、選ぶのが苦手です」
彼女の瞳は依然敵を捉えたまま。
声だけはどこか機械的に私に語りかける。
「無数の選択肢から、最善の選択を選ぶのが苦手です。きっとこれは私が持つ「性」というやつなのでしょう」
発砲音。だが、そのどれもが検討はずれの方向に飛んでいく。
「だけど、今はそれでいいと思っているんです。私には、正解を示してくれる方がいらっしゃるので」
見当違いに思えた銃弾は四方に反射し、やがて、全方位からSCP-882に襲い掛かる。
だが、それは巨大な左手の薙ぎ払いにより一蹴される。
「レオン様は私にとっての絶対です」
「流石に照れちまうな」
声が聞こえたのは、SCP-882の後方数メートル。
薙ぎ払いのあの瞬間。
レオン・ハーノルドは器用にも両手の関節を外した。
そして、薙ぎ払いの時の遠心力で自ら弾け飛んだのだ。
経過時間は2秒。
「覚悟しろよ鉄屑野郎」
レオンさんの蹴り上げ。
SCP-882は宙へと飛ばされるが、近くの壁に張り付き、その追撃を逃れたかのように思えた。
追うように瓦礫を飛び越え、レオン見るまでは。
「3秒……今です」
メアリスの呟きと共に、ゴゴゴという音と共に地面が割れる。
その先に見えるのは青い海原。
SCP-882の顔色が変わる。
「ふざ…けるな」
酷く鈍い音が響く。
レオンさんが、跳躍と共にSCP-882を蹴り落とす鈍い機械音。
鉄をも歪ませるその一撃に、SCP-882は思わず壁を手放した。遥か下には大海原。
「こんなところで終わってたまるか……!俺は全人類を皆殺しにしてやるんだ……!!」
彼は腕を伸ばす。
機械で構成された拡張腕。
私はそれと同時に壁に手を触れる。
SCP-882の腕は壁に届くも、バチンという音と共に弾かれる。
「お前ッ……!!!」
「よくやったッ!!!」
もう一度。落下するレオンさんの一撃が、SCP-882に食らわされる。
さらに落下速度を増したSCP-882は、その手を伸ばすが、間に合わない。
「ふざけるな……なんで俺が…負けなきゃいけないんだ……!俺たちが唯の人間なんかに……!!!」
激しい水音。
地上からも微かに見えたのは、体中が錆びていく一人の少年の姿だった。
*御館 友梨のSCP勉強のコーナー*
「このコーナーでは、私、御館 友梨が画面の前の皆様と一緒にSCPを勉強していくコーナーです!今日の先生はこちら!」
「レオン・ハーノルドだ。よろしくな!今回紹介するのは、SCP-882「機械」だ。オブジェクトクラスはEuclid」
「なんか、まんまって感じの名前ですね」
「だが、このSCPはすごいぞ?なにせ、殿堂入り…だからな!」
「殿堂入り?」
「財団のSCPの中でも数個しか選ばれない、まさに財団の象徴のようなSCPだ!」
「す、すごい!!!」
「さて、じゃあこのSCPについてだが。SCP-882は様々な金属を組み合わせた混合物だ。金属に触れると結合し、何があろうと離れない」
「強力な磁石みたいな…?」
「いや、磁力というよりは、最初から一部だったみたいにくっつくんだ。更に厄介なのが、周囲の人間に研削と機械音の幻聴を引き起こす。これはSCP-882に鉄を放り込まないと消えない」
「それは厄介ですね。無限に鉄を放り込むわけにも行きませんし……」
「無視し続けると、自らSCP-882に体を放り込み自殺する。死体は…かなり無残なモノだな」
「何でこれがEuclidなんですか?」
「まあ、対策法があるからだな。SCP-882は海水に浸けると、錆が発生し異常性が弱まる。この記事は最後のインタビューの部分が「SCP」って感じがしてかなりゾクッとくるぜ」
「これは…不気味というかなんというか…」
「奇怪だって?」
「誰もそんなの言ってません」
SCP-882
『機械』
「SCP-882の機械」はDr Gears作「SCP-882」に基づきます
http://www.scp-wiki.net/scp-882 @2008




