Case71 機械
その廊下は暗闇に包まれていた。
照明機器を片っ端から破壊し、闇に潜む。
そんな暗闇の中に反射するのは一人の女性の声。
「そんなに逃げないでくださいよ。私が可愛くしてあげますからね。貴方だけは絶対に……!!」
明るい声に潜む僅かな怒気。
パップの苛立った声が闇の中に響いている。
そんな彼女に一筋の弾丸が放たれる。
闇から放たれたその弾丸は、人間が視認して避けるのはあまりにも無茶。
だが、不幸なことに相手は人間ではない。
「危ない危ない。あたっちゃうところでしたよ」
人間離れした軽業でパップは易々と銃弾を回避する。
「くっ………」
意識外からの跳弾ならともかく。
暗闇とはいえ、銃弾を当てるのは容易ではない。
そして、それは最も悪手だったとも言える。
「み〜〜〜つけた♪」
パップは発砲時の一瞬の煌めきを頼りに、メアリスの元へ急接近する。
まるで、再開を待ち侘びた友人のように両手を重ね、瞳を見合わせる。
それは、暗闇の中でもわかるほどの近距離。
子供のような純真無垢な悪意が、表情となって現れていた。
「しまっ……た……」
メアリスの体から主導権が消える。
SCP-1034の接触。それはたった一つのことを意味する。
「さぁ、人形になりましょう?」
パップはメアリスの黄金色の髪に触れる。
さらさらとその手で髪を溶かしながら、エメラルド色の瞳を凝視する。
「本当に素敵だわ……。その髪、その瞳、その口元、その表情筋。なにもかも!!!」
パップは腰に吊り下げたポシェットから一本の針を取り出す。
「じゃあ、早速始めましょうか……!!」
パップの針が、メアリスの口元に伸びていき。
寸前で止まった。
「誰?あなた?」
パップの片腕を抑えているのは、白髪で赤い瞳をした少女だった。
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「悪いけれど、私は素材に拘るタイプなの。貴方のような粗悪品に構ってる暇はないわ」
目の前のファンシーな格好の女は、私の手に触れる。
「まあ、とびっきりの奴を作る前の練習台には丁度いいかもね……!」
不気味な笑顔をしながら、口元に伸びるその手。
針の先端が口元に触れそうになった時、私はその腕を掴んだ。
「……え?」
腕を引き込み、女を背中に背負う。
「誰が粗悪品だぁぁぁぁ!!!!」
一本背負い。
女は、宙を舞い、思いっきり地面へと叩きつけられる。
「な、なに?!なんで私の力が?!」
私は痺れる体を抑えて、倒れる女を見下ろす。
やはり、人間化したSCPへの抗体は薄いようで、異常性を完全に無効化できない。
肉体の停止こそ防げたものの、身体中の感触が鈍い。
だが、この女は初めてのことに動揺している。
「メアリスさん!」
硬直しているメアリスの手に私の左手を重ねる。
「……!御館様、感謝します!」
硬直が溶けた彼女は未だに座り込んでいる女へと銃弾を三発ほど放つ。
女は「ぎゃあ」と悲鳴をあげ、その場にヘナヘナとへたれこんだ。
「これでもう動けないでしょう」
「……くそ!!くっそ!!!!もう少しでもう少しで私の可愛い可愛い人形がぁぁ…!!!!」
子供のように喚き、憤る女を黙らせんとばかりにメアリスは頭上へと踵落としを食らわせる。
「……ぁ…が…」
女は、前へと倒れ動かなくなった。
「……痛そう。じゃなかった!怪我ないですか!」
私は、埃を払うメアリスさんの方へと向き直る。彼女は改めて私に礼を言うと、現状について教えてくれた。
「やはり間に合いませんでしたか……」
「それで、支部長はどこに?」
「レオンさんは、途中で別れました。他の職員の安否確認といって」
レオンさんはここに吐くや否や、閉まっていた扉を蹴破りどこかに行ってしまったのだ。
その後、私は銃声に反応してここに来たのだが、メアリスさんと合流できてよかった。
その時、メアリスさんのデバイスにノイズが入る。
「……あ、あー。聞こえるかい?」
「はい、泉博士。まだ避難なさっていないのですか?」
「いや、僕のことはいいんだ。それより、奴。SCP-882のデータベースを探っていたら、興味深いものを見つけて……」
泉博士は一瞬、口籠ると早口で捲し立てる。
「いや、正直信憑性はあまり高くない。万全の設備でさえ、データベースの復旧には慎重な作業が必要なんだ…。SCP-191の助力があるとはいえ支部のほとんどの精密機械が使えない状況では、私のスキルにも問題があるかのせいがあるし……それに……」
「いいから早く言ってください!!!」
私は思わず横から口を挟む。
通信機器越しにビクリと体が震えた音が聞こえると、泉博士はゆっくりと話し始めた。
「海水だ。SCP-882は金属を融合していく巨大な構造物なんだが、海水に漬けると錆が発生してその機能が停止する。人間型にもそれが通用する道理はないが……可能性があるならそれだ」
海水……!
幸い、このサイトは海辺に設置されている。
「僕らは、ルーム18の非常避難用扉を全開にする。巨大なハッチのようなものだ…本来小型飛行機を飛び立たせる為のものだからね。だが、奴も海水には警戒してるだろう」
泉博士の声に力がこもる。
「チャンスは一回だ。君たちの合図で僕らが扉を開ける。その瞬間に奴を海に突き落としてやれ!!」
「「はい!」」
私とメアリスさんの返事が重なる。
チャンスは一回。失敗は許されない。
「その為にも支部長も早く合流したいところですが……」
いい終わるや否や。
暗がりの廊下の壁が突然隆起する。
同時に響くのは破壊音。
施設の壁を破壊して、現れたのは廊下の光とレオン・ハーノルド。
「丁度良かったです。タイミングがいいですね」
「少しは心配とかしてくれねぇのかな?!」
「支部長には不要でしょう」
そして、そんなレオンを覗き込むように。
一人の男が現れる。
「しぶといな……本当に人間か?」
無機質な表情をした少年。
肉体の一部が変貌しており、付近の床や壁と一体化している。
「まあ、いい。お前らは全員ここで殲滅する」
SCP-882の淡々とした声が、施設に響いた。
*御館 友梨のSCP勉強のコーナー*
「このコーナーでは、私、御館 友梨が画面の前の皆様と一緒にSCPを勉強していくコーナーです!今日の先生はこちら!」
「メアリス・ハーゲンバーグです。よろしくお願い致します」
「メアリスさん!よろしくお願いします!」
「了解致しました。本日紹介するのは、SCP-1034『人形作家の仕事道具』でございます。オブジェクトクラスはSafe」
「仕事道具っていうと、糸とか針とかですか?」
「流石ですね。SCP-1034は弦長5cmの錆びた半円形の縫合針と、約1mmの太さの縫い糸1巻で構成されています。人間の皮膚や血液がSCP-1034に付着すると、被曝者は自身の体の自由を失い、SCP-1034を利用して顔面の開口部を縫い始めます」
「開口部って……」
「耳、鼻、口…。あとは目でしょうか」
「いったそう……」
「それから、被曝者は激しい発汗の後、全身の水分が抜けます……所謂、人形になるということですね」
「人形というからてっきり可愛いものを想像してたんですが……これは……」
「これを悪用していた犯罪者もいたようですね。とてもいい趣味とは言えませんが。ところで、前に他の支部からのお土産でいくつか人形をいただいたのですが、要りますか?」
「この話の後に人形ですか……まあ、アイリが喜ぶかもしれないですね!」
「外見はSCP-1486をモチーフにしたそうです」
「ベニーじゃないですか!」
SCP-1486
『人形作家の仕事道具』
「SCP-1034の人形作家の仕事道具」はcontrolvolume作「SCP-1034」に基づきます
http://www.scp-wiki.net/scp-1034 @2012
「SCP-882の機械」はDr Gears作「SCP-882」に基づきます
http://www.scp-wiki.net/scp-882 @2008
「SCP-1486のベニー」はSalman Corbette作「SCP-1486」に基づきます
http://www.scp-wiki.net/scp-1486 @2013