Case70 人形作家の仕事道具③
メアリスの前に立ち塞がるのは二人のSCP。
SCP-1034……翻った鉄骨に優雅に腰をかけている少女。
本来ならば、異常性はあるものの、ただの糸と針に過ぎないSafeクラスのSCP。
だが、それが目に見える脅威として、今目の絵に立ち塞がっている。
一方は、SCP-882。
巨大な鉄塊と共に、屋根を破って現れた少年。
その手や足の先は施設の一部と同化しており、無表情にメアリスを見下ろしている。
…失敗した。
…もっと早く捕まえていれば。
…もっと早く動けていれば。
…もっと早く判断できていたら。
焦燥、後悔、悲壮。ありとあらゆる感情がメアリスの脳内を支配する。
「さてさてさてぇ……よくもやってくれたねお人形さん?」
パップは変わらず、ニコニコとした表情でメアリスを見つめる。
だが、明らかに先ほどとは違う。
それは苛立ち。思い通りにいかないことに、彼女は心底苛立っていた。
「ねぇ、カイくん。あの子だけは人形にさせてよ。あとはどうしたって構わないからさ!」
「…勝手にしろ」
「優しいとこも大好きだよ。カイくん」
蛇のようにゆらゆらと鉄骨は地上に降り、フワリとパップは地に足をつけた。
「さて、続けようか?」
「……最悪ですね」
メアリスは天井の照明に向けて弾丸を放つ。
ガラスの割れる音。
奪われる視界。
次の瞬間、メアリスは施設の奥へと一目散に駆け出した。
(1vs2。戦っても勝ち目はない。ここは籠城して、支部長か帰ってくるのを待つ…!)
「あ、待ってよ!お人形さん!」
足音を頼りに追いかけるパップ。
カイはその後ろで、施設の壁に手をふれる。
「…100…102か。随分と少ないものだな」
カイは周囲をくるりと見渡すと、近くのカメラに向けて呟いた。
「誰も逃さない。誰もな」
********************
通信室には怒号が飛び交っていた。
「おいッ!どうすんだよこれ!」
「知らないわよ!逃げるしかないじゃない!」
「そもそも副支部長が遅いから……」
「機動部隊が問題だろ!あいつら裏で繋がってるんだ!!!」
慌てふためく職員たち。
その時、パンッと景気のいい拍音が響く。
「みんな落ち着いて。冷静になりなさい」
それはアルティの声だった。
厳しくも、優しい。そんな声に職員たちはハッとした顔をする。
「こんな時のために訓練してきたでしょ?地下に緊急用の出口がある。そこまで逃げて、支部長の到着を待ちましょう」
一人の職員が震えた声で尋ねる。
「で、でも。そこに行くまでに奴らと会ったら?」
「その時は私が囮になるわよ。とにかく、緊急避難の指示出して」
アルティが指示をすると、一人の職員が機械に触れる。
施設中に緊急用のアラームが鳴り、「直ちに避難してください」と繰り返し響き渡る。
「さて、これでみんな逃げるはず。私たちも行くわよ」
冷静な誘導の甲斐あって、荒れていた人々も我先にと通信室を後にする。
しかし、そんな指令にも従わずに部屋の隅に体を縮めている男が一人。
「聞いてるの?泉」
「し、死ぬんだぁ。僕達全員……」
「はぁ……あんたいい加減に……!」
アルティが泉の胸ぐらを掴んだ瞬間、監視カメラの一つから聞こえる爆音。
反射的に画面を見る二人。
そこには、廊下の上下左右から突き出た針によって串刺しにされた職員の姿。
「は…?なにそれ」
「……SCP-882。あ、あいつは触れた金属を自分のものにする性質がある………だから。も、もう終わりなんだよ。あいつ……この施設全てを乗っ取ってる!!」
アルティは泉から手を離し、画面を食い入るように見つめる。
額からは冷汗。だが、それをすぐに拭う。
「……もう避難は始まってる。私には私。貴方には貴方の仕事があるでしょ」
アルティは駆け出す。
向かう先は地下の緊急用出口。
けたたましいアラートが鳴り響く中、泉は一人。
体を埋めているばかり。
監視カメラの一つに、アルティが映る。
避難者たちの殿に立ち、カメラの外へと発砲を行った。
「あいつ……本当に囮に……」
だが、その銃弾もぬらりと揺れ動く壁や床に弾かれ……やがてそれらはアルティの腹部を貫く。
「あ……あぁ……」
アルティの顔は見えない。
血で滲む腹部を見つめながら、その表情はカメラの死角になっている。
ただ。
それでも。
彼女はカメラに向かって指を刺した。
それは、言葉にしなくてもわかる。
「あとは任せた」と、言っている。
そして、彼女の体は張り詰めた糸が切れるかのように。事切れた。
「なんで……」
一人になった通信室で泉は肩を震わせる。
「なんで、誰も僕も諦めてくれないんだ……」
静かな通信室に足音が響く。
泉はすぐに近くの放送器具の影に隠れるが、やってきた人物がSCP-191だったことに気づくと、のっそりと姿を表す。
サイボーグの少女はゆっくりと泉に近づくと、その隣に腰をかけた。
「SCP-191……そうか。収容室が壊れたのか。どうしてここに?早く逃げだほうがいい。今は君を閉じ込めるものなんて存在しないだろう?」
少女は、その機械仕掛けでの手を泉の掌に乗せる。
何も言葉は発さない。ただ、その人間の面影が残った片目で心配そうに泉の顔を覗く。
「君も僕に何か期待してるのか……?無駄だよ。僕にできることなんて何も…」
泉の言葉が止まる。
「何も……」
いや、泉は脳を回転させる。
SCP-882。やつには弱点があったはず。
そんな記述を過去に読んだ気がする。
「で、データベース。データベースを」
泉は慌てて近くのPCに手を掛ける。
だが、いくら打ち込んでも反応はない。
この施設が乗っ取られた以上、データベースへのログイン回路も破壊されてしまっているようだった。
「く、くそ……!何か直接……直接データベースにログインできれば……!!!」
SCP-191は再びその手を焦る泉へとかける。
「SCP-191……そうか。君が、協力してくれるのか?」
コクリと、頷く。
泉は、彼女の右手から伸ばされたコードをパソコンへと接続した。
「データの波は僕が案内する。一緒に探してくれ。SCP-882のデータを。これが、僕の。僕たちのやるべきことだ」
少女は少しだけ嬉しそうに、再びコクリと頷いた。
*御館 友梨のSCP勉強のコーナー*
「このコーナーでは、私、御館 友梨が画面の前の皆様と一緒にSCPを勉強していくコーナーです!今日の先生はこちら!」
「シャネル・カールよ。久しぶりね」
「久しぶりっていうのは私にですか?読者にですか?」
「どっちもよ。まさか半年も開くとは思ってなかったみたい。感想欄で好きなだけ作者に罵詈雑言を浴びせてあげてね」
「えっちょ…待っ…」
「なんか知らない人がいるので無視しましょう。今回紹介するのはSCP-1486『"ベニー"』オブジェクトクラスはEuclidみたいね」
「ベニーっていうのは名前ですか?」
「そう…かも?ちゃんとした記述は見つからなかったけど。SCP-1486は醜い子供の人形ね。身体中から体液から流れ出しているのに加えて、かなり痛々しい見た目になってるわ。現在は写真は削除されてしまったけれど」
「これはいかにも凶悪そう……Euclidだし」
「凶悪かどうかはともかく。その異常性はかなり痛々しくて、付近で行われた性行為に反応して女性の腹部に縮小された状態で入り込むの。そしてそのまま出産される」
「ママになっちゃうんですか?!」
「そうなるね。しかも出産の際には外部に生えた棘で子宮を傷つけるから、不妊を引き起こす原因になる」
「それは……最悪なSCPですね」
「まあ、出産に関係するSCPは胸糞って言われることが多いわね。ただ、SCP-1486に関してはあまり聞かないけど」
「え、なんでですか。やってることえぐいですよ」
「まあそうなんだけど、インタビューを見る感じ、この子愛されたいだけなんじゃないかって思えて。醜い見た目だから生まれるたびに母親に化け物扱いされるって涙のようなものを流していたわ」
「……なんか、申し訳なくなってきました」
「いやまあ、仮に可愛くても腹から人形産まれて不妊にされたら私は嫌だけど」
「シャネルさんは子供とか欲しいんですか?」
「欲しいかな。子供は嫌いじゃないし」
「やっぱり野球チーム作れるくらい欲しかったりするんです?」
「いや、折角ならラグビーやりたい」
「それ15人くらい産んでませんか?」
SCP-1486
『"ベニー"』
「SCP-1486のベニー」はSalman Corbette作「SCP-1486」に基づきます
http://www.scp-wiki.net/scp-1486 @2013
「SCP-1034の人形作家の仕事道具」はcontrolvolume作「SCP-1034」に基づきます
http://www.scp-wiki.net/scp-1034 @2012
「SCP-882の機械」はDr Gears作「SCP-882」に基づきます
http://www.scp-wiki.net/scp-882 @2008
「SCP-191のサイボーグの少女」はDrClef, Sylocat共同作「SCP-191」に基づきます
http://www.scp-wiki.net/scp-191 @2010