Case66 ベニー
SCP-1360による襲撃事故。
扉のノックの音によって目が覚める。
時刻は5時頃。
昨夜にあんなことがあった身としては、もう少し寝ていたいものだが。
しかし、私の思いとは反対に次第にノックの音は大きくなる。
「うぅ……あと5分」
「ダメに決まってるだろう!20分ほど待つから早く準備しろ!!!」
扉の奥の声はレオンさんのようだ。
帰ってきていたのか。
というか意外と待ってくれるのか。優しいな。
私はようやく意識が覚醒し、軽い身支度を整え扉を開ける。
「ごめんなさい、遅れてしまって。こんな朝早くにどうしたんですか?」
扉の先にいたレオンさんは私を見るや否や頭を下げた。
「昨日の件は助かった」
昨日……例の襲撃事件のことか。
あの後、泉博士に全てを任せ寝てしまったが、どうにかなったみたいでよかった。
「えっと…それは当然のことをしただけです!それより……あのSCiPは?」
「あぁ……それについて話があるんだ。ついてきてくれ」
レオンさんが連れて行った先は何重ものセキュリティで覆われた部屋。
その中にはこじんまりとした会議室があり、中にはメアリスさんとアルティ博士。それから泉博士の姿があった。
「ここは、特例会議室。機密事項を話すように作られてる」
だからこの構造なのか。
だけど、機密事項とは一体?
私の心を読んだかのように、メアリスさんが話しだす。
「先日のSCP-1360の襲撃事件。私と支部長が不在の間を狙ったものですが、おそらく意図的によるものだと思っております」
「意図的……?」
「はい。何らかの要注意団体が送り込んだ者の可能性があると言うことです」
要注意団体……。
私の脳裏にカオス・インサージェンシーが浮かび上がる。
財団の敵対組織。きっとロクな目的ではないだろう。
「あとはもう一つあるのよね」
アルティ博士が起動したプロジェクターには、数枚の写真。
非常にブレているが、奥には人型のような者が写り込んでいる。
そして、何より印象的なのが周りの風景。
そのどれもが巨大な何かにぶっ壊されたかのように破壊されている。
そして、その中には当然人の姿も……。
「これは……?」
「最近、地方の農村を破壊して回っているSCP-X。正体不明のSCPよ。本部に連絡したけど、異常性や見た目からのSCPの特定はできなかったの」
その発言にすぐさまレオンさんが噛み付く。
「本部じゃなくて日本支部だ!!!」
「支部長。その議論は後にしてください」
メアリスさんに言われ、しぶしぶ矛を収めるレオンさん。
そして、話を続けるとばかりに、泉博士がプロジェクターを切り替えた。
「そ、そ、れで。クレイと御館の二人に調査して欲しいところがあるんだ。こ、ここなんだけど。正体不明のSCPが現れている地域の近くで」
映し出されたのはとある農村。
当然、破壊はされていない。
「ここでSCPらしき通報があった。まあ、ご存知の通り通報なんて基本嘘っぱちな者が多いし、精神疾患の可能性もあるけど、こ、こんな状況だし不確定要素を残しておくわけにはいかない。だ、だから二人には正体不明のSCPとの関係性を調査してきて欲しい。御館友梨と、レオン・ハーノルドで」
しどろもどろに話をする泉博士に、私は一つの疑問を投げる。
「通報っていうのはどんな?」
「あ、あぁ……。子供だよ。異形のね」
********************
アメリカ支部から車で数時間。
私とレオンさんは報告のあった村に辿り着いた。
その村には殺伐とした雰囲気が漂っており、人は見えるものの心なしか疲弊しているように見える。
その場に着くや否や、現場の職員が私たちをすぐに件の場所まで案内してくれた。
そこにいたのは、一人の赤ん坊。
いや、人形か?
だが、そんなことよりも目を引くのはその欠損。
右腕は欠けており、身体中の毛穴からは悪臭を放つ液体が垂れている。
「こいつが例の?」
「はい。SCP-1486です」
SCP-1486は職員に名前を呼ばれたことに気づくと、ゆっくりと瞳をこちらに動かした。
「被爆者の女性は財団の医療用車で処置をしていますが、回復には数日かかるかと。詳しい記録はこちらに……」
職員がレオンさんに渡した書類を私も覗き込む。
SCP-1486。
周囲で性交を行なった女性の腹部に移動する人形。
避妊具の有無は関係なく、腹部に移動した際には100分の1の大きさとなる。
その後、通常の妊娠過程と同じように腹部で大きくなっていき、やがて出産される。
出産の際には、SCP-1486の周囲に生えた刃により子宮を傷つけ、母体を不妊とする。
また、堕ろそうとした場合SCP-1486の大きさが急激に………。
そこまで読んで私はふと目を逸らした。
このような事は大して珍しくはないのだが、一瞬頭の中で想像してしまい、ヒヤリと寒気がしたのだ。
レオンさんは既に資料から目をSCP-1486に移していた。
その表情は恐怖や嫌悪ではなく、淡々と観察するような瞳だった。
「SCP-1486」
「……そいつは俺のことを呼んでるのか?」
SCP-1486はどこか気の抜けたフランクな声でレオンさんに応える。
「あぁ。何か希望があればそれで呼ぶが」
「いいや、まだ俺の母ちゃんが名前を教えてくれてないんでな」
「そうか」
レオンさんはSCP-1486に対して当たり障りのない質問をしていく。
「ところで、最近ここらを暴れ回ってる奴がいる。何か知らないか?」
「俺はさっきまで母ちゃんの腹の中だぜ?知ってるのは母ちゃんの乳の味くらいだ」
SCP-1486は口汚く答えるが、嘘をついている気はしない。
レオンさんもそれを感じ取ったようで、溜息をついて口をつぐんだ。
「交代だ」
「えっ?」
「恐らく正体不明のSCPに関しては何も知らねーだろ。ならこいつ自身のことを聞くのは任せた」
やや乱暴に話を投げられたような気もするが。
まあ、このまま立っているのもどうかと思っていたところだ。
「おお、可愛い嬢ちゃんじゃねーか。俺の話し相手になってくれるのか?」
「そうですね。よろしくお願いします」
SCP-1486の体からじゅくじゅくと液体がこぼれ落ちる。
私はなるべくそれを見ないようにしていた。
「あなたは何でこんなことを?」
「こんなって?」
「その……女の人のお腹の中に……」
「生まれてくるのに理由が必要だってのか?」
やや的外れな回答だが、SCP-1486の語気はわずかに強い。
「ええと……質問を変えます。貴方はどこから?」
「おいおい、コウノトリが連れてきたとでも?」
「そうじゃなくて、その最初。貴方がこのようになったのは?何度も子供になって出産してますよね?その最初は?」
「……そりゃあナンセンスな質問だぜ」
答える気がないのだろうか。
それとも覚えていないのだろうか。
のらりくらいとして態度をとるせいでどこか真意を掴みきれていない。
「ところで……俺の母ちゃんは?」
「あぁ…ええと」
答えて良いものかと、軽くレオンさんに視線を送ったところ。
レオンさんは小さく頷いた。
「出産の時のダメージが大きいので、我々が責任を持って治療にあたっています」
「そうかそうか。ありゃあ難産だったもんな」
誰のせいで……と思ったが、心なしかSCP-1486の表情は先程よりどこか物憂げなものになっているような気がした。
「なぁ、嬢ちゃん」
「なんですか?」
「俺の母ちゃんは恐らくまだ俺の顔を見てねーよな」
「多分。出産後すぐに気絶と聞いてるので」
「……そうか。俺の顔を見たら母ちゃんはどんな顔をすると思う?」
きっと好意的な反応ではないだろう。
人ならあらざるもの。ましてや、その外見はとても可愛らしいとは言い難い。
むしろその真反対に位置しているのだ。
「あぁ、言わなくていいさ。今のでわかった」
SCP-1486は小さくため息をつく。
「母親ってよ。子供を愛するものじゃないのか?」
SCP-1486は一人独白を続ける。
「キツイもんだぜ?生まれて初めて見る母親の顔ってよ。頭の中にくっきり残って離れねぇんだ。名前まで決めて、腹を痛めて産んだ愛しい我が子だろう…?どうして投げ飛ばすことができるんだ?」
「それは……」
私は、SCP-1486の言葉を聞くしかできない。
少しだけ、彼に同情してしまった。
彼はただ、愛情が欲しかっただけ……。
「待てよ」
そんな感情を遮ったのはレオンさんの一言だった。
「そりゃああんまりに自分勝手じゃないか?」
レオンさんはやや呆れた顔をすると、SCP-1486に詰め寄った。
「そんなに母親の愛情に飢えてるんだったらなんで子宮を傷つける?なぜそれほどに汚い言葉を使う?なぜ中絶という選択を認めない?」
SCP-1486は一言も話さない。
怒っているのか悲しんでいるのか。
人形の表情からは何一つ読み取れない。
「お前はただ自分のエゴを他人に押し付けてるだけだ。お前は可愛い赤ん坊じゃない。SCP-1486という害でしかないんだよ」
これ以降、SCP-1486が私たちと話してくれることはもうなかった。
********************
「どうなんですか?」
「何がだ?」
SCP-1486の沈黙ののち、私たちは財団が確保している宿泊施設に訪れていた。
「さっき言ってたこと。アレって本当なんですか?」
私がレオンさんにそう尋ねると、彼は呆気らからんと言った。
「知らん」
その無責任な答えに私が非難しようとすると、さらに彼は言葉を続けた。
「だが、お前は少し人を信じすぎだ。たしかにSCPにも協力的なものはいるが、あまり信頼しすぎると痛い目を見るぞ」
信頼しすぎると痛い目を見る……私の中に最初に浮かんだ顔は雛染荒戸だった。
結果として、マーガレットとは友達になれたものの、何の説明もなく実験室に放り込んだ彼を私はまだ許してはいない。
そんな難しい顔をしていると、どうやらレオンさんは何かを誤解したようで。
「あぁ、いや!もちろんお前はSCPではあるが、同時に仲間でもあるからな!!信頼してるぞ!!うん!!」
レオンさんが目に見えて慌てながら私のフォローをする。
そんなに私は怒りっぽく見えるのだろうか?
「ところで、正体不明のSCPに関しては何も情報がなかったですね」
私が話を変えると、レオンさんはパッと真剣な顔に戻る。
「SCP-1486はあまり自律的に移動できるSCPではなかったからな……。財団にとって未確認ほど恐ろしいものはない。なんとしても究明しなければ」
自律的移動……。
SCP-1486は多少体を動かすことはできるものの、歩き回って……ということはできない。
周囲の性行為に合わせて女性の腹部に移動してきたのだから、この街から出たこともないかもしれない。
「SCP-1486はどうやって収容するんですか?」
「あぁ、別に普通に持ち歩けるからな。母体となった人物から離れたからと言って特に問題はないそうだ。……もし、妊娠でしか移動できないのであれば、バケツリレーのように性行為を……」
「セクハラですか???」
あまりにもデリカシーのない会話だ。
私だって一応女の子なんだが……。
というか凄いこと考えるなこの人。
「あぁ、すまん。……ところで、御館はSCPの無力化ができるんだろ?お腹にSCP-1486を宿した状態で……」
私はレオンさんがそれ以上言う前に思いっきり股を蹴り上げる。
「いぎっ……?!?!」
「バカじゃないですか?!ちょっと反省してください!!!」
私は股を押さえているレオンさんを残し、一人自室へと戻ったのであった。
*御館 友梨のSCP勉強のコーナー*
「このコーナーでは、私、御館 友梨が画面の前の皆様と一緒にSCPを勉強していくコーナーです!今日の先生はこちら!」
「アメリカ支部長!!!レオン・ハーノルドだっ!!!!」
「元気ぃ……。レオンさん!よろしくお願いします!」
「任せられた!今回紹介するのはSCP-1264『蘇った残骸』で、オブジェクトクラスはKeterだ。実はリクエストを頂いたSCPの一つなんだが、作者の学不足によってうまく出せなかったSCPだ!!」
「なんで誇ってるんですか……?」
「本当に申し訳ございません」
「誰ですか今の?!」
「艦船のSCPなんだが……背景知識が必要でな…。別サイトの解説を見ながらなるべくわかりやすく説明できるように頑張ろう」
「改めてよろしくお願いします」
「SCP-1264は漂流物などのガラクタで構成された物質だ。海の中の特定の区間で確認されている。さらに、SCP-1264-Aと呼ばれる乗組員がおり、戦闘や修理などを行なっている」
「ということは、戦闘意思があるということですね。収容はかなり厄介です」
「あぁ、さらにSCP-1264には艦砲や、魚雷、対空砲などが整備されており、SCP-1264-Aの指揮を取るSCP-1264-1という存在はかなり頭が切れる」
「それでKeterですか……」
「実際、周囲の船を追い払ってはいるが、収容とまでは言ってないならな」
「……けど、ここまでなら背景知識とかそんなにいらなそうですけど?」
「あぁ、実はだなSCP-1264を構成している艦船類はビキニ環礁における原爆実験「クロスロード作戦」で標的となった艦船なんだ!!」
「クロスロード??」
「なんか、アメリカの核実験らしいんだが、ビキニの由来となってるってことくらいしかわからんかった」
「核とビキニになんの関係が??」
SCP-1264
『蘇った残骸』
「SCP-1486のベニー」はSalman Corbette作「SCP-1486」に基づきます
http://www.scp-wiki.net/scp-1486 @2013
「SCP-1360のシュード31号」はJacob Conwell作「SCP-1360」に基づきます
http://www.scp-wiki.net/scp-1360 @2012
「SCP-1264の蘇った残骸」はLurkD作「SCP-1264」に基づきます
http://www.scp-wiki.net/scp-1264 @2013
解説の参考にさせていただいたサイト
→https://www.google.co.jp/amp/s/w.atwiki.jp/aniwotawiki/pages/32650.amp