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不死身の少女とSCP  作者: 白髪 九十九
アメリカ支部編
71/80

Case64 夜が明けるまで踊らせて、それがダメなら貫いて

夜の帳。

黒い絵の具で塗りつぶしたような空。


「では竹中さん、会話を行ってください」


薄暗い街灯が一人の少女を映し出す。

その少女は絶えず美しく踊っている。その緩やかな動きは日本舞踊に通ずるものだろう。


「あぁ……分かってます」


夏華の隣にいる男は、その穏やかな風貌に似つかわしい拳銃を握っている。

震えている手からは何度も拳銃がこぼれ落ちそうになる。


「遥……なんで踊ってるんだ?」

「夜の次には朝が来るから、ずっと、朝が来るまでなら踊っていられる」


少女は答えながらも踊りを絶やすことはない。

美しく、ある意味無機質に舞っている。


「疲れないのか?」

「疲れない。いつまでだって踊り続けられる、そうあってほしいでしょ? だから、朝が来るまでは」


男は沈黙する。

その手は先ほどに増して震えている。

この現実を拒否したいけれど、目の前の彼女がそうさせてくれない。


「ダメなんだ……朝は来なければいけないんだ……」

「そう、分かった。ずっと踊っていたいけど、朝なんて来てほしくないけど。それが駄目なら止めてほしい。ずっと夜の中にいるのが嫌なんだったら」


夏華は震える男に手を添える。


「竹中さん。既に彼女は貴方の彼女ではありません」

「わかってる……わかってるけど………。あの顔はそれでも………」


男はそれでも、握っている拳銃を下に向けている。

夏華は何度か声をかけるが、その言葉は右から左へと通り抜ける。


「……分かってる。楽しかった?」


意外にも、沈黙を破ったのは少女であった。

なお踊り続けながらも、その瞳は男を見つめている。


「ああ、楽しかった、嬉しかったよ、だからとても苦しかった。そしてきっと、もっと、ずっと悲しいんだ」

「泣かないで。私は悲しくないし苦しくないから。だから、夜明けまで踊っているの」


男は、少女に拳銃を向ける。

震えた手つきで、標準を定める。


「……すまない」


********************



「嫌なSCPだよねー」


夏華の同僚……茉莉はため息をついた。

確かに、現在資料をまとめているSCP-1917-JPはお世辞にも楽なSCPとは言えないだろう。


「まあ、それでも対処法が明らかなだけマシじゃない?」

「それもそーだけどー」


SCP-1917-JP

オブジェクトクラスはKeter

世界全土において夜間不定期に現れる人型実体だ。


とはいえ、人を襲うわけではない。


SCP-1917-JPは24時間に死亡した女性の少女期と同じ姿をとり、永遠に踊り続ける。

そして、彼女が踊り続ける限り周辺の生物は夜明けを知覚することが不可能になるのだ。

この異常性の範囲は次第に広がっていき、やがて全国に広がる恐れがある。

その場合「AK-クラス:世界終焉シナリオ」……この世界全てが狂わされてしまう可能性があるのだ。



「だって……それにしても可哀想だよー。愛する人を殺さないといけないなんてーさー」


SCP-1917-JPを止める方法はただ一つ。

現れる少女と関係が深い人物の元には、一丁の拳銃が現れる。

それを使って、関係の深い人物本人が、少女を撃ち抜くのだ。

多くの場合、それは家族、恋人、友人……。


さらにタチが悪いことに、記憶処理を行っても何故か撃った本人だけは忘れることができずに、夜明けが知覚できないという異常性も彼らだけには続いていく。


勿論、少女を止める方法は他にはない。


「……どんなに可哀想でも世界を守る為ならどんなことでもやるのが私達じゃない?」

「相変わらず人の心がないなー」


茉莉が再び資料に目を落としたと同時に、大きな音を立てて、雪菜が部屋に飛び込んでくる。


「邪魔するわよ!!!」

「……雪菜。私仕事中なんだけど」


夏華はやれやれという顔をしながらも、一瞬腕を止め、近くのコーヒーを手に取る。


「仕事仕事っていつもそうじゃん!」

「友梨ちゃんが入ってから、SCPの異常性の研究が進んで、前より仕事が増えたってことは貴方も知ってるでしょ?」


SCP-________…御館友梨。

彼女の異常性の無効化はSCPに対する研究を大きく促進させた。

また、彼女の技術面の向上もあり、より複雑なスキルを必要とするSCPに対しても調べられるようになったことも大きな要因だろう。


「そりゃあそうだけど、たまには休みも大事よ!そして私と勝負しなさい!」

「こんなに一言で矛盾してる言葉初めて聞いた」


コーヒーを置き、改めて資料と向き合おうとする夏華に茉莉が声をかける。


「夏華、私がやっとくから休憩しなよー。しばらく休み取ってないでしょー?」

「今このタイミングじゃなきゃ有難かったんだけどね」


ワクワクとした表情をする雪菜を横目でチラリと見て、夏華はやれやれと机を立ち上がる。


「……わかった。準備するから待ってて」

「よしっ!じゃあ食堂で待ってるね!」


雪菜は慌ただしく部屋を出て行き、その直後、廊下から何かを倒したことが聞こえた。

彼女は落ち着いていられないのだろうか?


「ごめんね。任せちゃって」

「いいよー、私たち友達だしー?」


相変わらず間延びした声で茉莉は返事をする。

彼女も優秀な職員の一人だ。私がいなくてもこの仕事を無事に終えることができるだろう。


「そうね。まあ、これは借りってことで」

「真面目だなー」

「ところで、雪菜は食堂で何をやるつもりなんだろう」

「あー、大食い競争じゃなーいー?」

「……甘いものの気分じゃないんだけどな」


SCP-871か。

無限に増殖するケーキ。

処理に追われている為、いくら食べても無量なのだが、甘味を食べすぎると体調を崩す可能性がある。

ましてや対決となると……。


「違う違うー。SCP-4503の方ー」


茉莉の言ったSCP-4503とは、簡単に言うと無限にパスタを生成する鍋だ。

SCP-871と違う点は、異常性のオンオフが可能という事。

多少面倒な手順だが、非活性にする手順を辿ればただの鍋になる為、Safe扱いとなっている。


「なんでわざわざSCP-4503を?」

「さあねー、ただ食堂に持ち込んでるとこをさっき見たよー」


まあ、雪菜のことだから大した理由はなさそうだが。

甘いものを食べすぎると太る……とかそんな理由だろう。炭水化物を食べる方が個人的にはまずいと思うが。


「はぁ……じゃあ行ってくるね」

「いってらっしゃーいー」


茉莉は優秀な職員だ。

いくつかのSCPを担当しており、その緩い言動とは裏腹に徹底した管理をモットーとしている。

そして、別の場所ではあるが、夏華と同じく職員養成用の孤児院で育っている。

それもあってか、夏華と茉莉は友人…のような関係にあったのだ。



二週間後。

SCP-________こと御館友梨がアメリカで勤務している丁度その時。


それは起こった。


その日、夏華は茉莉と共にとあるSCPの実験を行なっていた。

SCP-432-JP……。付近の人間を飛び降り自殺させるアパートであり、既にこの建物では四人の死者が出ている。

異常性が発現する範囲はおそらく100メートルほどで、二人はDクラス職員を送り、遠くから映像及び音声を繋いで観察をしていた。


「何か変わったことは?」

「あたまがいてぇ……この階段は……そろそろ屋上に着くぞ、扉が……開いてる」

「では、そのまま扉を開けて西側に手を振って」


このSCPは自殺を促進するビル……正しいが、不十分だ。

異常性を受けた被爆者は、屋上に着いた瞬間、観測不可能となる。

そして、気がついたら地面に飛び降りたであろう死体が落ちているのだ。


そして、今回も例外ではなく。


「映像が途切れた。何かあったの?」

「…ここはどこだ?俺は屋上へ出たはずだぞ…目がおかしくなった!全部白黒に見える、ここはどこだ!」


男は騒ぎ続ける。

映像もGPSも途切れ、ただ男の声だけがヘッドフォンから聞こえる。

そして、男は何かを呟いた後消えた。


いや、正確には落ちたのだろうか。


何かがひしゃげる音と共に男の死体が地上で見つかった。


「抗うつ剤の効果はないか…。精神に関係するSCPではなさそうだね」

「そーだねー、まあそれがわかっただけでも収穫ってことでー」


茉莉はそういうと席を立つ。


「私はもう帰るねー、これから新人の研修あるしー?」

「うん。気をつけて」

「夏華こそ、間違ってもSCP-432-JPに近づかないでよー?」


茉莉はニヤリとした顔。




茉莉はそれから財団に向かう途中、近くの商業施設に寄ったらしい。

買い物袋の中には不摂生なカップラーメンが詰められていた。


彼女は、帰りにとあるアパートに近くを通った。

偶然、袋の中から一つのカップラーメンがコロコロと転がり、茉莉はそれを拾う為にアパートに近づいてしまった。


「あっ………」


茉莉に油断はなかった。

まさか、SCP-432-JPが移動するものだなんてその時はまだ誰も思っていなかったのだから。


「……………」


茉莉は屋上への扉を開き……そして。



********************



「…………くそ」


その晩、茉莉の訃報が知らされた。

飛び降り死体が発見されたのだ。


SCP-432-JPは建物ではない。

五人の死人を出すごとに移動する現象。

直前に起こったDクラスの実験により丁度五人。

茉莉は不幸にも、異動先のSCP-432-JPの異常性に巻き込まれたのだ。


「……気付ける要因はあったかもしれない。アパートの建築会社や過去の事例を辿っていれば」


カフェインを流し込み、夏華は相変わらずパソコンに向かっている。

SCP-432-JPの特別収容プロトコルの制定。

彼女は後悔を口にしながらも、その動きは鈍ることはない。


茉莉…。

彼女と出会ったのは財団に入った直後だ。


嘆きの水曜日があってから、財団は急激な人手不足を補う為、全国の孤児を引き取り育成する施設を建てた。

それは、エージェントを育てる施設、研究職を育てる施設に分類される。

中でも、研究職の育成施設は日本に5つほどあったのだが、夏華はそのうちの一つで育てられた。


その施設には20人ほどの子供達が競うように専門知識を詰め込んでいき、雪菜もその中の一人だった。


今はもう三人しかいないのだが。


茉莉は夏華とは他の施設で育っており、年は同じものの、数ヶ月ほど先輩であった。


彼女は私に親身に接してくれ……



「そんなこと考えてどうなるんだ」


夏華は自身の思考を止める。

これ以上、彼女との思い出に浸ったところで何になる?


夏華はコーヒーを飲み干すと、近くのカーテンを開ける。


静かな夜だ。

ぼんやりとした月明かりが心を落ち着かせる。


「少し休憩しようかな……」


時計は朝の7時を指している。

いつのまにかこんな時間に…。


「……7時?」


その違和感に気づいたと同時に、夏華の元へと届いたのはSCP-1917-JP発生の通達だった。



********************



墨を塗りたくったような空。

月の薄光の元で彼女は踊っていた。


「久しぶりだね茉莉」

「そーだねー」


その子は暢気な声を出しながらも、可憐なクラシックバレエを披露している。


「意思はあるの?」

「あるー、けどね踊りは止められないよー。本能っていうかー、それでも朝は来てほしくないんだー」


夏華はゆっくりと拳銃を茉莉の方へと向ける。


「貴方はそんなこと言わないと思ってた」

「私もねー。けど、やっぱり異常性なのかな?これもー」


茉莉の踊りは次第に静かになり、二人の瞳が重なり合う。


「夏華、私たちは友達だったよね?」


その言葉は彼女なりの激励だ。

少しでも躊躇うことがないように。


「わかってるよ」


人差し指で優しく引き金を抑える。


「茉莉……でも貴方は茉莉じゃない」

「そーかもねー」


それでも。


「ごめんね、貴方を」

「救えなかった」


一筋の弾丸が。

踊り続ける彼女の頭を貫いた。



********************



あの夜から、夏華は夜明けを自覚できなくなっていた。

これもSCP-1917-JPの異常性だろうか。

任務に支障はないものの、友梨ちゃんが帰ってきたら治療を試みよう。


そんなことを考える夜中の午前10時。


「邪魔するわよ!!!」


静寂を破るように雪菜が部屋に飛び込んできた。


「雪菜…」

「はいこれ!!!」


雪菜はかなり乱暴にホットココアを机に置いた。


「カフェインばっか飲んでないで寝て!!!あんたがずっとそんな感じだとやる気出ないの!!!」


そう言い残すと、彼女は部屋から出て行った。

彼女なりの励ましか。

財団の為だから仕方ない割り切っていたつもりだったのだが。


私はなぜか緩くなっているホットココアを飲み干すと、仮眠用ベットに横たわる。


私は財団の一人だ。

今までたくさんの人の命を犠牲にしてきた。

全て以上存在の隔離の為に。

人々を守る為に。


だが、今は。

一人の友人を失った人間として泣いてもいいのだろうか。

*御館 友梨のSCP勉強のコーナー*


「このコーナーでは、私、御館 友梨が画面の前の皆様と一緒にSCPを勉強していくコーナーです!今日の先生はこちら!」


「雪菜よ!久しぶりね!!」


「お久しぶりデス……」


「なんで元気ないのよ?、まあいいわ!今回紹介するのはSCP-1917-JP『夜が明けるまで踊らせて、それがダメなら貫いて』よ。オブジェクトクラスはKeter!」


「Keter……何度聞いても慣れない言葉ですね」


「Keterはあくまで収容難易度であって凶悪度ではないわよ?」


「それは知ってますけど。今回のはどうなんですか?」


「ん……まあ、マシな方かしらね。世界中の人が狂っちゃう可能性はあるけど」


「どうなんですかそれは」


「まあいいわ!SCP-1917-JPは世界各地で起こる、最近死んだ女性が少女になって踊り出すっていう現象よ!踊り子を中心に周囲の人間は夜明けが感知できなくなるわ。止めるには踊り子と親しかった人間が殺すしかないっていうかなりエグい仕様よ」


「それはかなりエグい……それにしてもこのSCP、お洒落なタイトルですね」


「そうね。『夜が明けるまで踊らせて、それがダメなら貫いて』なんて、小説のタイトルみたいでワクワクするわね」


「雪菜さんって小説とか読むんですか?」


「バカにしてんの?!小説くらい読むわよ。ドグラ・マグラとか、黒死館殺人事件とか、虚無への供物とか!」


「世界三大奇書?!」


「難しくて全然わかんなかったけどね!」


SCP-1917-JP

『夜が明けるまで踊らせて、それがダメなら貫いて』




「SCP-1917-JPの夜が明けるまで踊らせて、それがダメなら貫いて』はkyougoku08作「SCP-1917-JP」に基づきます

http://ja.scp-wiki.net/scp-1917-jp @2019


「SCP-871の景気のいいケーキ」はSeibai作「SCP-871」に基づきます

http://www.scp-wiki.net/scp-871 @2011


「SCP-4503の無限パスタ鍋」はSpoonOfEvil作「SCP-4503」に基づきます

http://www.scp-wiki.net/scp-4503 @2011


「SCP-432-JPの自殺ビル」はmary0228作「SCP-432-JP」に基づきます

http://ja.scp-wiki.net/scp-432-jp @2013

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― 新着の感想 ―
[一言] リクエストを書いて頂きありがとうございます。 また、別のSCPと組み合わせて書くと夏華さんの心がよく表れるように感じます。 きっと、登場人物の名前があって、2人の関わりが会話から伝わるんだと…
[一言] 他にも、久遠の105号室、エンジンにヒビが入ってしまった車、悲しまないで、恩人三部作、先のない扉、世界で1番の宝石、レッド・リアリティ、ビデオゲーム・バイオレンス、人生は続く、終わらない英雄…
[良い点] 『夜が明けるまで踊らせて、それがダメなら貫いて』は、個人的にも好きなSCPだったので嬉しい...のですが、夏華さんにはこれからも頑張ってほしいですね。彼女の人生に幸あれ。 いやはや、小説で…
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