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Case7 幼女

暇である。

真っ白な天井。

真っ白な壁。

真っ白な家具。


……暇である。



たしか、前に夏華さんと予算内なら物が買えるという話をしたと思うが、あの事件の後、私の元へと訪れる者はいない。

なんだかんだあれから1週間が経っている。

人肌が恋しい。

まあ、色々と忙しいのだろう。

あんなのを何匹も飼っているとなれば、そりゃあ大変だ。

まあ、それなれば私みたいな人畜無害な者は後回しにされるわけで。

……暇である。


「ぬー!」


私は唐突にベッドの上ででんぐり返しをする。


暇なのだ。

それこそ、意味もなくでんぐり返しをするくらいには。


ちょうどその時であった。

あの停電以来、閉ざしたままだった扉が開いたのだ。


「夏華さん!」


私はベットから飛び起き、扉の方へと向かう。

しかし、そこにいたのは彼女ではなかった。


「アハハッ、夏華博士じゃなくて悪いね」


そこにいたのは、白衣を着た男性と、物静かな白い肌の女性だ。

その人は私を見ながら笑っている。

よほど私が残念そうな顔をしていたのだろう。


「えっと……ごめんなさい。どなたですか?」

「あ、ごめんごめん。僕は荒戸。雛染(ひなぞめ) 荒戸(あらと)。夏華と同じく、博士をやってる。で、こっちが僕の助手のシロツメ」


荒戸と名乗った男性は、一般的な日本人の体型で身長は165cmくらいはありそうだった。夏華さんと同じく白衣を着ており、20代くらいの若者という感じだ。


シロツメ、と呼ばれた女性の方は私に軽く会釈をする。

彼女はヨーロッパ系の女性で、金色がかった後ろ髪が、腰のあたりまで伸びている。

その風貌は、ロボットを思わせるほど無気力で、目に生気はない。

彼女も同じく白衣を着ており、その服装が彼女のボタンがはち切れんばかりの胸をより強調している。


「私は、友梨です。御館友梨」

「あぁ、それは聞いてる。前に話してもらったことは全て記録に残ってるからね」


記録に残ってるのか。

なんか恥ずかしいな、私変なこと言ってないよね?


「他に質問は?」

「………えっと、私の予算って使えますか?」

「………ちょっと僕には無理かな。他の人に頼んでくれ」


へぇー。

ってそんなことを聞いてる場合ではないだろう。

荒戸さんも困ったように苦笑いをしている。


「えっと……それで、何をしに来たんですか?」

「まず、君にお礼を言いたくてね。ありがとう」


唐突なお礼の言葉に私は戸惑ってしまう。

おそらく、一週間前のことを言っているのだろう。


「いや、私は人間として当然のことをしたまでです!」

「いや、不死といえど、痛覚はあるんだろ?それなのに自分の身を犠牲に人を助けるなんて想像できることじゃない」


なんだこの人。いい人じゃないか。


「それで、僕たちの君に対する評価も変わってね、今日は君に施設を案内したいんだ」

「えっ?、いいんですか?」

「ダメな理由がどこにある?」


荒戸さんは笑って答える。


「じゃあ、おいで。案内するよ。僕らの財団を」



********************


結論から言うと、ここは凄かった。

私たちの常識では測れないようなものばかりだ。


落下地点から2倍の高さで弾むスーパーボールや、上半身だけの猫、水晶で作られた蝶などだ。


荒戸さん曰く、私に見せたものは危険度の低い物で、見ただけで死ぬような物もあるらしい。(まあ、私は死なないが)


「すごいだろ?ここは」

「はい。すごいです……」


私は博物館へ来た子供のように胸が高鳴っていた。

このネット社会で、世界の事なんてほとんど知ったつもりでいたのに、まだ私たちの知らないものがこんなに溢れていたなんて……



「じゃあ次はちょっと体験してみようか」

「体験ですか……?」


荒戸さんは、一つの扉の前で止まる。


「ここの中で待っててくれよ。私は外から音声で指示するから」

「えっ……なんか危険なものなんですか?」

「まさか。可愛らしい女の子だよ。君と友達になれるかなと思って」


女の子……?


「生憎、その子は人見知りでね。私が行くと怖がってしまいそうなので」

「成る程!そう言う事ですか!」


よくわからないが、この人が言うなら大丈夫なのだろう。

友達というのも、私が退屈してるのを見越して気遣ってくれたのだ。

本当にありがたい。


「じゃ、シロツメ」

「はい」


シロツメが扉の隣にある電子ロックをいじると、友梨の前の扉が開いた。


「じゃあ中で待ってくれよ」

「わかりました!」


私は扉の中に入る。

そこは私の部屋と同じように真っ白な四角い部屋で、奥には入り口と同じような扉がある。

しかし、私の部屋との大きな違いはそこに数人の人間がいることだ。

その人間は全員大人だが、男女問わず、年齢に幅があるように見える。

全員オレンジ色のジャージを着ており、その顔や髪からはあまり健康的であるようには見えなかった。


「なにここ?」


私は荒戸さんに質問をしようとするが、既に後ろの扉は閉まっていた。


「あぁ、お前も参加するのか」

「へ?」


私に話しかけてきたのは1番奥の屈強な男性。

逞しいヒゲを蓄えており、その代償なのか、頭には髪一本見当たらない。


「お?女か?偉く若いじゃねーか?」

「えっと、貴方たちは?」


その男はニヤッと黄色い歯を見せた。


「お前と同じだ。奴らが言うには、Dクラスってやつだよ」

「Dクラス?」

「しかし、お前、その歳で死刑囚とは、何やったんだ?強盗?殺人?、いや、お前みたいな骨野郎なら放火なんてもんか?」


骨野郎……だと……?

いや、今反応するのはそこではない。

死刑囚?なんだ?どういうことだ??


「まあ、そんなのもう関係ねぇよ」


男は立ち上がり、私の方へと向かってくる。


「どうせ、死ぬんだ。一発犯させろや?」

「?!」


その途端、男は私の両手を掴み、押さえつけてくる。

残念ながら、筋肉などほとんど付いてない私ではその力に反抗できない。


「やめ……」

「やめるんだ」


その声は私の左前方から聞こえてきた。


「人間として恥ずかしくないのか?」

「はっ!何善人面してんだよ!お前もここにいるってことは人間のクズなんだろ?この女や俺と一緒の!」

「違っ……私は!」

「いいから、その手を離せ」

「うるせぇ!」


その時だった、部屋に放送が響く。


「D-1458、勝手な行動はやめて下さい。さもなければ、僕達もそれ相応の処罰を行わなければならなくなります」


この声!つい先ほどまで聞いていた優しげな声!


「荒戸さん?!」


しかし、荒戸さんは私の無視して、話を続ける。


「貴方たちには、実験の協力と引き換えに減刑の取引を行っておりますが、もしこのようなことをなさるのでしたら、そちらの取引は破棄させていただきます」

「何が取引だ!どうせ俺ら全員死ぬんだろ?」

「それは、皆さんの頑張り次第です」


そう言い残すと、放送は途切れた。


「チッ……」


男は、舌打ちをすると、私から手を離し、元の場所へと戻っていった。


怖かった。犯されるかと思った……

まだ身体中に寒気が残っている。

手の掴まれた感覚が私の震えを止めてくれない。


「大丈夫かい?」


私の側に心配そうに駆け寄ってきたのは、茶髪の男性。

先ほどの声の主だ。


「だ……大丈夫……で……す」

「怖かったね。もう大丈夫だ」


その男は私の背中を優しく撫でる。

その優しさに私は思わず涙を流してしまう。


「君はきっとここに来るべき人ではないんだろう?君が人を悲しませるような人には見えない」

「うぅ……はい。私……なにがなんだか…わからなくて……」

「そうか。やっぱり」


その男は私の目を見つめる。


「僕達はDクラス……と呼ばれている」

「Dクラス……?」

「そう。僕達は減刑と引き換えに実験の参加者となったんだ」

「減刑……?どういうことですか……?」


頭が回らない。

この人の言っていることが理解できない。


「つまり。僕達は犯罪者なのさ。それも死刑囚」

「え……?」

「中にはただの自殺志願者もいるみたいだけど、君はどちらでもないんだろ?」

「はい!……私悪いことしてない!」

「わかってる。僕は信じてる」


男は私の背中を優しく摩る。

それだけで、私はすごく安心感を得られる。

ようやく、頭も落ち着きを取り戻す。


つまり、ここにいるのは、死刑囚達で、罪の減刑の代わりに実験に参加しているのだ。

ということは。


「貴方も、死刑囚?」


途端に私は距離を取る。

先ほどまでの安心感が嘘のようだ。

この人が怖い。


「そりゃあ、怖いよね……でも信じて欲しい。僕はなにもしてないんだ」

「へ?」

「冤罪なんだよ!僕は」

「冤罪?」


思わず、私は彼の言った言葉を繰り返す。


「僕は殺人なんてしてない!全て誤解なんだ!」

「そうなんですか……?」


その男は力なく床に座り込む。


「母がいるんだ。一人暮らしの。母はもう歳だから、僕がいないと……だから、僕は生きて帰らないといけないんだ」


男の瞳に涙が見える。


「君もきっとそうなんだろ……?」


男は私を見つめる。

私は……


「……はい!もちろんです!」


丁度、再び部屋に放送が響く。


「Dクラスの皆様は奥の部屋に進んでください」


その言葉と同時に、奥の扉が開き始める。


「私は御館 友梨です」

「僕は永田(ながた)雄太(ゆうた)。絶対に生きよう」


扉が開いた。



********************


「ふむ。性犯罪への恐怖は一般的なレベルか」


荒戸はモニターを見ながらそう呟く。


「博士……コーヒー…です」

「ありがとう、シロツメ」


荒戸はシロツメから差し出されたコーヒーを啜り、再びモニターへと目を向ける。


「流石、砂糖2つにミルク10ml。わかってるね」

「……いえ」


シロツメは短い言葉を返し、荒戸の一歩後ろへ立つ。


その時、モニター室の扉が乱暴に開け放たれる。


「荒戸博士!今すぐ実験をやめなさい」


多少息を切らして入ってきたのは一週間前、友梨に命を救われた夏華であった。


「おや?夏華博士。どうしたんです?そんなに焦って。あ、コーヒー飲みます?」


荒戸は肩をすくめて、コーヒーを差し出す。


「荒戸!」


夏華は荒戸へ駆け寄り、荒戸の肩を掴む。


「痛いなぁ……」

「貴方、SCP-________をSCP-053と接触させて、不死身の殺戮兵器でも作る気?!」

「あー。そうはならないと思いますよ。僕の予想では」


荒戸は夏華を意にも返さず、再びモニターへと顔を向ける。


「どういうこと?」

「まあ、貴方にとって大事なのは、この実験はO5に承認されたということです」

「O5?何故こんなことを許可したの!」

「さあ?ただ、彼女は僕達にとっての切り札となるかもしれない…からですよ」


********************


扉の先。そこにいたのは、


3歳くらいの幼女。


つみきを重ねて遊んでいる。


「………?幼女……?」

「あぁ?なんだこのガキ?」


幼女は私たちに気づくと、こちらを見る。

顔を至って普通の幼女だ。

ヨーロッパ系の顔つきで、黒い髪をしている。

花柄のワンピースが似合う普通の女の………



普通の……



なんだ……これ…?体が火照る。

熱い。いや、違う。この感覚は……?

頭が痛い。何も……考えられない。


人を殺したい……?

そうだ。

人を殺したい。

すごく!すごく!すごく!すごく!

人を殺したい!!!



私は近くの男へ飛びかかる。


「うぉ!」


男は不意をつかれたのか、そのまま床に倒れこむ。

私はその男に馬乗りになって、顔面に何度も拳を叩き込む。

女性とはいえど、まともに防御もできずに顔を殴られて、男は鼻から鼻血を出す。


「ふざけんな!!死ね!!このアマ!!」


男はそう奇声を上げると、馬乗りになっている私を突き飛ばし、床に叩きつける。

私の首を絞め始める。


「がっ……」


痛い痛い痛い痛い!!

殺したい殺したい殺したい殺したい!!!

私は首を絞める手を離させようとその手を引っ掻くが、その力が弱まる様子はない。

まずい……私……これ死ぬ………

次第に意識は遠くなる。


あ………これ………やば………


しかし、気を失うギリギリで、私の首を絞める力は失われる。

他の男が、私に馬乗りになっていた男を殴り飛ばしたのだ。


「ぐへっ……げほっ……おえっ……」


私は下を向いて蹲り、呼吸を安定させる。


危ない。死ぬかと思った。


………アレ。なんだこれ。


私は周囲を見渡す。


先ほどまで、ただの子供部屋だった部屋は、今では地獄絵図のようになっている。


血が飛び散り、もう動かなくなった体がそこら中に捨てられたように横たわっている。

それを幼女は意にも返さず、つみきを積み上げている。

しかし、まだその中でも複数の男が、殴り合い、殺し合っている。


「なっ……なにをしてるの……?」


私はそれを傍観しているしかなかった。

男たちは次第に数を減らし、命尽きたものは倒れこむ。

やがて、それが最後の一人となった時、その男は私へと目を向けた。


「雄太さん?」


雄太さんが私の元へと駆け寄る。

きっと、またさっきと同じように私を慰めてくれるのだろうか。

また背中をさすって、怖くないよ、大丈夫だよって、私のことを………


雄太さんは私へと近づくと、首を蹴り上げる。


「がっ……」


骨の折れた音がする。

私は床に倒れこむ。

頭を支える力がない。

なんだこれは。

首の骨を折られたのか……?

私は次第に意識を失っていく。


最後に見えた光景。

雄太さんの横顔。

それはとても善人とはかけ離れた、死刑囚の顔だった。


意識が落ちる。









そして、ゆっくりと瞼を開いた。

私は自分の首に手を当てる。

やはり、しっかりと首の骨は完治しており、呼吸には問題ないようだ。


それより…!


私は慌てて部屋を見渡す。

雄太さんはどうしたんだ……?

なんでこんなことに…!


そこで私が見たものは、部屋の壁へとジリジリと幼女を追い詰める雄太さんの姿だった。

どこから手にしたのか、その手には小型のナイフが握られている。


「雄太さん!」


雄太さんは私の声に聞くと、こちらに向かってナイフを持ち突進してきた。


「くっ……」


私はか弱い女の子だ。

相手も筋肉質とは言えないが、普通の男性。

とても正攻法じゃ止められない。

なら!


「ぐぅぅ…!!」


私はナイフをお腹で受け止める。


「痛っ……い!!」


凄い痛い。

死ぬほど痛い!!!

けど、これで、雄太さんの動きは止まった!

ナイフは私の腹部へ深く突き刺さっており、雄太さんは引き抜くことができないようだ。


「ウヴヴヴァァァァ!」


私は出せる限りの全ての力を込めて、雄太さんの手に噛み付いた。


「痛っ!!離せ!!!クソッタレ!!!」


雄太さんは汚い言葉を吐きながらナイフから手を離し、しきりに手を振り回すが、私はより強く噛み付く。


今だ……!


私は手から口を離し、雄太さんの顔の下に潜り込む。

そして、思いっきり雄太さんの顎に頭突きをお見舞いした!


雄太さんは数歩後方へたじろぐと、酔っ払ったようにふらふらと歩き、そして倒れた。


「なんとか……なった……」


私は腹部に刺さっているナイフを引き抜く


「いだぁ! 抜く方が…痛いのかこれ……」


血はかなり流れており、意識は朦朧としているが、どうにか二本足で立つ。


そして、私はおもむろに幼女の方へと向かう。

幼女は私を怖がっている。

そりゃあそうだろう。腹部にナイフが刺さっていた血だらけの知らない女なんて怖すぎる。

でも、この子を放っておくのはなんか、違う。


私は怯え、壁に背を当てている少女を、優しく抱きしめた。


「………もう怖いものはないから。大丈夫だよ」

「………………あ……うぁ…」


少女の微かな声を聞きながら、私は意識を失った。

「SCP-053の幼女」 は Dr Gears作「SCP-053」に基づきます。

http://www.scp-wiki.net/scp-053 @2008


「SCP-018のスーパーボール」 は「SCP-018」に基づきます。

http://www.scp-wiki.net/scp-018 @2008


「SCP-529の半身猫のジョーシー 」 は「SCP-529」に基づきます。

http://www.scp-wiki.net/scp-529 @2008


「SCP-553の水晶蝶」 はDrewbear作「SCP-553」に基づきます。

http://www.scp-wiki.net/scp-553 @2011


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