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Case6 ぬ號実験体②

猿の雄叫びとも取れる声が廊下に響き渡る。


「友梨ちゃん……行くよ!」


夏華さんが私の手を取り走り出す。

夏華さんは走るたびに顔をしかめている。

やはり、まだ少し足が痛むようだった。

私達が走り出すと共に、猿も私達を追いかける 。

しかし、どうやら足が速いというわけではないようで、私たちは長い一本道で徐々に距離を引き伸ばしていく。


「あいつ……結構遅いですよ!」


廊下の突き当たりは左右の二手に分けれている。


「そうだね……けど油断は」


夏華さんはそれを言い終わる前に自らの言葉を遮り、叫ぶ。


「しゃがんで!」


私の体はその声に呼応して、前方から床に倒れこむ。

腕や足を伝う摩擦が痛い……。

そんなことを考えるも束の間、私の頭上で空を切る音が聞こえる。

まるで巨大な「何か」が通り抜けたような…。

その「何か」は私たちの頭上を越えると、左の通路に立ちふさがった。

それは巨大な長細い形をしたもので、焦げた茶色の毛で覆われている。


「これ…まさか……」


私は猿の方向に振り返る。

奴は、左手を失っていた。


奴は、奴自身の左手を投げたのだ。

そして、その千切られたはずの左手は消費した肉を補うように、膨れ上がり、また同じように左手を形作ろうとしている。


「言ったでしょ?不死身だって」


夏華さんは呆気にとられている私の手を掴み、立ち上がらせると、右側の通路へと逃げ込む。


「こんな……無茶苦茶な……」


自分の左手を投げる?

そんな生き物……


「私たちの常識で考えない方がいいよ」


夏華さんは私の手を引きながら、そう呟く。


「アレらは私たちの当然とか、常識とか、そういうもので測っちゃいけない」


そういうと、私たちは角を左へと曲がる。

それにしても迷路みたいな場所だ。

夏華さんは道が分かっているのだろうか?


「っ!しゃがんで!」


私は夏華さんの声に反応して腰を低く曲げる。

今度は先ほどみたいに前に転んだりはしなかった。


私たちの頭上を巨大な腕が掠める。

しかし、今度もうまく回避し、腕は左の曲がり道を塞ぐように落下した。


「くっ……行くよ」


夏華さんは投げられた腕を見ると苦しそうに顔を歪める。


通路を右に曲がった先。

そこは行き止まりであった。


「い、行き止まりじゃないですか!」

「ヤバイね……誘導された」

「え?」


誘導……?

まさか……?


「あの腕……」

「そう。見事に逃げ道塞がれてたね、こりゃ」


先程からあの化け物が投擲していた腕。

たしかに、私達に当てる気なら最初から足元を狙えばいい。

あいつ、逃げ道を塞ぐために、あんなことしてたんだ!


廊下に奴の鳴き声が響き渡る。

廊下は突き当たりだか、右側の壁にドアがある。

上のプレートには第51実験室と書かれている。


「とりあえずあそこに隠れよう。奴が来る前に」

「そうだね」


私と夏華さんは実験室の扉を開き、扉の近くで体を小さくして、耳を澄ました。


巨大な足音が廊下に響き渡る。


やがて、ゆっくりと扉を開く音。


奴はその巨大な頭を部屋に突っ込み、中の様子を伺っている。

私達は体をより縮こませて、化け物の様子を伺った。


奴は部屋の中を見渡した後、その部屋から頭を抜き出した。


(行った……?)


奴の足音が離れていく。


「やった……逃げ切った……」


安堵で身体中から力が抜ける。

どうやら上手くやり過ごせたようだ。

夏華さんは足が痛むのか、下を俯いている。

夏華さんのためにも、もっと安全なところに移動した方がいい。

私は早くここから出ようと扉を開け放つ。


「待っ……」

「へ?」


夏華さんの制止に気付いた時、すでにドアは開いてしまっていた。

ドアの向こうは真っ赤な血と肉片に溢れかえっている。

なんだこれ。

誰のものだ?


私のものか。


筋肉の潰される音と骨の軋む音に私は崩れ落ちる。

いや、その表現はおかしいだろう。

私は悲鳴をあげる間も無く叩き潰される。

奴は天井に張り付いて、獲物が出てくるのを待っていたのだ。

一匹たりとも逃さないように。



********************



SCP-279-JPは標的を夏華へと変えた。

ゆっくりと獲物を逃さないようにゆっくりと研究室へと侵入する。

夏華は影に隠れて逃げるタイミングを伺っているが、捕まるのも時間の問題だろう。


(マズイな……これは凄く…)


夏華は限られた状況下で冷静に生存への道を考えていた。


(どうにかあいつの動きを封じたい。幸い塩酸、硫酸はここに揃ってるけど、取る前に殺されるだろうね)


私はSCP-279-JPによって潰されたSCP-________のことを考える。

どうにかしてこのSCiPから逃げて、SCP-________を回収しなければ。


SCP-279-JPはさらに部屋の奥を覗き込むように入ってくる。

私はより体を小さく壁に寄せる。

しかし、誤って棚を小突いて、棚の上の試験管を落としてしまった。


「しまっ……」


硝子の割れる音

その瞬間、巨大な手が棚をなぎ倒す。

私は直ぐにそこから離れる。

しかし、突然足に脱力感が走る。


(くそっ……こんな時に…)


先程、SCP-297-JPから逃げる時に足を挫いたのだ。

SCP-279-JPは私に大きく手を振りかぶる。


「ははっ……ここまでかな」


私は衝撃に備え、強く目を瞑る。

しかし、いつまで経っても問題の痛みはやってこない。


恐る恐る目を開けると、そこにはSCP-279-JPの体を掴むSCP-________の姿があった。



********************



痛い。痛い。身体中が焼けるように痛い。

しかし、その体とは裏腹に頭は冷静に回っている。

まず、最初のSCP-4975。

私は確かに頭部を吹き飛ばされた。

しかし、私はかすり傷一つも負っていなかった。

身体中を見ても、あれだけ走り回ったのにかすり傷一つも負ってなかったのだ。


そして、今回の奴、SCP-279-JP。

私は奴に下半身を潰された。

それなのに、私はすぐに走り出した。


そして、今、私は奴に潰されたのにこうやって頭を回している。


ここはSCP財団。異常な事物を収容する場所。


私はきっと収容される側なのだ。

私は異常。


そして、私の異常性はきっと……



私は目の前の化け物にしがみつく。

きっとこいつは困惑するだろう。

さっき潰したはずの人間が生きているのだから。


化け物は私がしがみつくなり、無理矢理体を振り回し、私を剥がそうとする。

けど、そうはさせない。

どうせ私は死なないんだ。

なら、夏華さんは助けてみせる。


私は引き剥がそうとする巨大な手に捕まらないように奴の背中にべったりとくっつく。


流石に奴もイライラしてきたようで、自らの毛ごと私を捕まえに来る。


「くっ………あぁ!」


私は遂に捕まってしまい、壁に思いっきり叩きつけられる。

痛い。身体中が悲鳴を上げている。

血がぶちまけられ、骨や筋肉が終わる音がする。


「ぐっ…………らぁぁぁ!!」


私は自分のどこから出たかもわからない酷く醜い悲鳴をあげる。

大丈夫だ。私は生きてる。

私は死なない!


再び何事もなかったかのような両手で化け物に摑みかかる。


化け物も戸惑いながらも私に襲いかかってくる。


その時だった。


「友梨ちゃん!避けて!」


背後から夏華さんの声が響き渡る。

私は今日何度も経験した腰を屈める動作を反射的に行う。


私の頭上を越えたのは一つのフラスコ管。

そのフラスコ管は綺麗な放物線を描き、化け物の顔面に直撃する。

硝子は割れ、中の液体が奴の顔面に大量に付着する。

その液体は奴の顔面を焦がし、悲惨な悲鳴をあげさせる。奴はそれを引き剥がそうと躍起になっているが、動けば動くほど液体は手や腕へと付着していく。


「逃げるよ、友梨ちゃん」

「はい!」


私は夏華さんの誘導通りに私たちが元来た道を辿る。

化け物が追ってくる様子はない。

とても今それどころではないのだろう。

私はようやく去った恐怖に胸をなでおろす。


「助かっ……」


望みを絶つ。

絶望という言葉はきっとこういうためにあるのだろう。

私たちの前に現れたのは巨大な犬。

その犬は、あの猿と同様に目が陥没しており、頭の一部も凹んでいる。


「SCP-279-JP-1………」

「……え?、どういうことですか……?」

「最初に話したよね。あの猿は正確にはSCP-279-JP-2」

「…え」

「SCP-279-JPっていうのは突然変異した三匹の化け物の総称。SCP-279-JPっていうのは、1〜3までそれぞれ犬、猿、鳥の化け物がいる」

「……アレが三匹もいるんですか?」

「一人一人特徴は違うけどね。SCP-279-JP-1に際立った知能はない。けど、代わりにあいつは発見時に既に多くの人間を殺してる。単純な力ならこいつの方が厄介だよ」


SCP-279-JP-1は大きく遠吠えをする。


「いよいよ、運の尽きかな」


夏華さんは苦笑いをする。

しかし、目が笑っていない。

きっともう、諦めているのだ。自分の命を。


「夏華さん!諦めちゃダメです!」

「SCP-________。貴方はうまく隙をついて逃げて。気づいてると思うけど、貴方の異常性は特異な再生能力。死ぬことはない」

「私が無事でも夏華さんが…!」

「……………」

「夏華さん!」

「いや、間に合ったみたいだね」

「へ?」


次の瞬間、鋭い爆発音と共に天井が破られる。

砂煙に紛れ、何人かの黒服がSCP-279-JP-1に雨のような銃撃を与える。

SCP-279-JP-1の皮膚は次々と再生しているが、攻撃の速度に間に合っていない。

やがて、SCP-279-JP-1は耐えきれず、前足の膝をつく。


「大丈夫ですか?夏華博士」


砂ぼこりを掻き分けて私たちの前に姿を現したのはクリスであった。


「友梨ちゃんのおかげで、どうにかね」

「…友梨?」

「SCP-________のこと」

「…………あぁ。そうですか」


クリスはそれを聞くと私を見つめる。

けどそれは決して労いや感謝の瞳ではなく、軽蔑と嫌悪の瞳であった。


「安全なところに案内します。どうぞ」


クリスは私の方を見ることなく、夏華さんに対して軽く会釈する。


夏華さんはそれに気づいたのか、苦笑いをする。


「相変わらずのSCP嫌いだね」

「好きな人なんているんですか?」


クリスは夏華さんの手を取り、SCP-279-JP-1のいない方へとエスコートする。


「…………お前もついてこい」

「え、はい」


それをボーッと見ていた私はクリスに呼びかけられ、後を追いかける。

偶然瞳に映ったクリスの横顔は険しいものだった。








その後、無事、SCP-279-JPは重要され、その他の収容違反を起こしたSCPも全て無事再収容された。

犠牲はとても少ないとは言えないが。


もちろん私も例外なはずもなく、再び収容室へと戻されることとなった。


「…………真っ白」


夏華さんの怪我は大したことはないらしく、すぐにいつもの業務に戻ることができたようだ。


まあ、それはそれとして。




暇である。


「SCP-279-JPのぬ號実験体」 はdr_toraya作「SCP-279-JP」に基づきます。

http://ja.scp-wiki.net/scp-279-jp @2014

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[良い点] 面白いです。 [一言] 279の方読んできたけど、あれれ、四体目の素体は人で雌って書いてあるぞ…? 再生能力…ねぇ? ふうむ? まぁミスリードと見た
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