Case53 カオス・インサージェンシー
私が目覚めた時、その人はとても悲しそうな顔をしていた。
不安そうな顔の私を見て、その人は仏頂面で謝ってくれた。
傷つけるつもりはない。
少しだけ我慢してくれと。
私は言った。
「どうしてこんなことするの?」
彼は言った
「自由の為だ」
彼はひどい扱いを受けてきたらしい。
望んだことではないのに。
誰も助けてくれない。
そんな中、彼の友人が現れた。
彼は良い人間ではなかったのだろう。
けど、彼にとっては唯一の仲間だった。
二人は誓った。
「こんな異常な世界を覆してやろう。人間を皆殺しにして」
その人は悲しそうだった。
だから、私は言った。
「ダメだよ」
その人は不思議そうに私に訳を尋ねた。
私は……上手く答えられなかったかもしれないけど。
「貴方が悲しそうにしてるから」
そう答えた。
その人は何も言わなかった。
けど、少しだけ。
辛そうな顔をした。
私には何もできない。
だからお願い。
ヤドカリさん……友梨……あの人を助けて。
********************
「おい、白髪の女。今のは何だ?!」
「私にもわからない。けど、多分」
異常性の抗体。
私の異常性は異常性の抗体を即座に作ること。
だから私には精神汚染系の異常性が効かなくなっていく。
けど、その抗体を打ち込めたら?
私の手はきっとそれだ。
とはいえ、永続的な物ではない。
触れている長さに比例するように一時的に相手の異常性を喪失させる。
私の能力はきっとそういうことだろう。
「だけど……!」
逆にいえば触れなければ意味がない。
アルデドは体全体を刃物のようにして無差別に当たりを切り刻む。
これでは触ることなんてとてもできない。
「最初に仕留められなかったのが辛い……」
「過ぎたことを言っても仕方ないだろう。それより我に策がある。特攻だ!」
「それを策とは言わない!!」
その瞬間、アルデドの刃物が私の寸前にやってきて顔を掠める。
頬からツーっと血が垂れる。
「危な……かった!」
アルデドは私を追い詰めるようにジリジリと壁によってきている。
このままじゃ全身バラバラに切り刻まれてしまうだろう。
最早、安全策はない。
「特攻……いいかもね」
「我から言っといてなんだが……イカれてるのか?」
お前が言ったんだろというツッコミは心の中にしまって。
アルデドの元へと駆ける。
当然鋭い刃が私の首元にかかるが、それを私は銃弾で射抜く。
「多分だけど、アルデドの回避は本能的なもの。こうすれば……」
アルデドの刃が銃弾を避けるように裂けていく。
一瞬、アルデドの動きが完全に止まった。
「これで……!」
私はアルデドの裂けた刃をガッチリと掴む。
アルデドはすぐさまそれを外そうと暴れるが、もう一度弾丸を心臓部へと放つ。
今度は避けられない!
「うっぐ……」
アルデドは心臓部に2度目の弾丸をくらい、ダメージを受けている様子はあるが致命傷には至っていない。
まさか、心臓が胸部にないのか?
「なら……」
私は銃を今度は頭部に向けるが、アルデドの裂かれた刃によって叩き落とされる。
「しまっ……!」
銃を拾おうとする私に強い衝撃。
私が封じる事ができるのはアルデドの肉体操作のみ。
動きそのものを止めることのできるわけではない。
「ぐっ……あっ…」
最初の一撃は肉体操作の伸縮を利用した攻撃のため、あれだけの速度と威力が出たのだろう。
だが、肉体操作が無くなったとしてもこれだけ筋肉質の大男の攻撃が痛くないわけがない。
「きっつ……」
肋骨の骨折は修復されるが、痛みが消えるわけではない。
腹部への強烈な痛みに呻きながら何とか立ち上がるが、狙いすましたかのように再び攻撃が飛んでくる。
私はなす術もなく壁に叩きつけられた。
「異常性は封じられるのに……」
戦闘能力の差。
友梨の実力は星影や流の訓練を得たとしても一般のエージェントクラス。
とても敵う相手ではない。
アルデドは更に私を追い詰めるように、人間の姿へと戻り私の首を絞める。
「く……るし………」
私はアルデドの手を掴むが、意味がない。
肉体操作ができなくても女性一人の首を締めることくらい容易いからだ。
「お前の負けだ。いくら異常性を無効化できようと、お前の実力では意味がない」
考えろ。
どうやったら勝てる?
どうやったら奴に致命傷を与えられる?
「本当に理解できない。何故反抗する?お前は弱者で。俺は強者だ。お前は負けている」
「……ぐ……ぅ……」
アルデドの首を締める力が一瞬弱まった。
それは弱者への同情であり、圧倒的余裕。
……そして、友梨にも一つの考え。
別に、敵を倒すのに心臓を狙う事なんてない。
「私は……負けてない……!」
「なに?」
「私は負けない!!!貴方がどれだけ強かろうと!!私にはこれがある!!!!」
私は胸を強く叩く。
絶対に負けない。その心の強さの現れ。
アルデドの考えの真っ向の否定。
そして、一つの勝利への道筋。
「心とでも言うつもりか?そんなくだらない物で……!!!」
そして、少女は笑みを浮かべる。
「くだらない……?そんなとんでもない。彼は……」
胸ポケットの中。
巨大な蟹のような腕がそこから姿を見せる。
「「深き海とそびえる山を統べる偉大なる王だぞ!!!!」」
巨大な鋏がアルデドの体を一刀両断する。
体を真っ二つにされたらどんな生物でも生きる事なんてできない。
SCP-120-JP-1には節約があった。
彼の巨大な姿を出すことはいつでもできる。
だが、確実な攻撃。破壊衝動の為にはやはり自分の価値を見誤られる事が必要。
友梨の誘導は一か八かの賭けではあったが、結果としてアルデドは体を真っ二つにされた。
「……はぁ……はぁ……勝てた……!」
私はズルズルと壁にもたれかかり、SCP-120-JP-2は貝殻に戻っていく。
最後の一撃はアルデドの油断、友梨の異常性の無効化、そしてSCP-120-JP-1の破壊力がなければ不可能だった。
「王さん。勝てました」
私は少しだけ目を瞑る。
王さんへの心の中での敬礼。
「……あっ!アイリ!」
そして、私はアイリの元へと駆ける。
アイリは天井から吊るされたゴム縄のような物で腕を縛られ眠っている。
どうやら何かされたわけではないようだ。
少しだけ赤いワンピースが汚れている。
「アイリ!!大丈夫?!」
「娘!怪我はないか?!」
私達の声に驚いたのかアイリはゆっくりと目を覚ます。
「どうしたの?友梨とヤドカリさん」
あまりにも呆気からんとしたアイリの態度に少しだけ安心する。
「アイリ。私の名前は『深き海とそびえる山を統べる偉大なる王』だ。とにかく怪我がないならここから……」
SCP-120-JP-2は言葉を止める。
それは、背後にそびえる殺気。
私もそれに気づき、慌てて後ろを振り向く。
「アルデド……」
アルデドはその肉体を一つに繋げている。
肉体が真っ二つにされたのに死んでない?
そんな事ありえない。
「無駄だ。俺の心臓は2つある。それを潰さない限り死ぬ事はない」
アルデドの右胸部に心臓のようなものが浮き出る。
ドクドクと鼓動を上げ、身体中に血液を回す。
「もう一度……!」
私はアルデドの体に触れようとするが、届かない。
鞭のようにしなる腕によって吹き飛ばされ、壁に叩きつけられてしまう。
銃はない。さっきので弾切れだ。
SCP-120-JP-2も再び貝の中に潜ってしまった。
それに、そもそも私の手が届かなければ攻撃は当たらない。
「友梨!!」
アイリの悲鳴が聞こえる。
こんな状況だとしても私は負けるわけにはいかない。
だけど、もうなにも思いつかない。
「お前達は何故人間に従う」
アルデドはアイリへと近づく。
私は起き上がり、立ち塞がろうとするが体が思うように動かない。
きっと修復に時間がかかっているんだ。
「お前はいつか裏切られるぞ。お前の信頼してる全てのものから」
「なんで……」
アイリは怯えた顔をしながら後退りをする。
「俺達は異常だからだ。異常なものに人々は恐怖を示す。やがて俺たちは全員滅ぼされる」
心臓が脈を打つ。
早く、強く、より強固になっていく。
アイリは、後退るのをやめた。
「大丈夫だよ」
「何故そんな事が言える」
アイリはスッと深呼吸をする。
「私はヤドカリさんと友達だし、友梨とも友達だし、夏華さんとか流さんとか、大人の友達もたくさんいるから!私のことを認めてくれる人がたくさんいるから!!!!」
アルデドは止まる。
その瞳は哀れみであり、希望であり、憎悪であった。
「……頼む。もう死んでくれ」
アルデドはその手を挙げる。
人を圧殺する異形の右手。
しかし、その手が振り下ろされる事はなかった。
「……何?」
「やはり、刀というものはいい。戦い方が豊富だし、場所による制限も少ない。なにより、この手で仲間の仇を討てる。」
心臓から突き出されるのは刀。
「久馬さん……!」
久馬蓮。
片目を瞑り、倒れるアルデドの上に立つその凛々しき姿はまさしくエージェント久馬蓮のものであった。
アルデドは最期に見る。
こちらを心配そうに見つめる少女を。
もしも。
彼女のように「友達」を作れたならば。
私は……きっと。
こうして、財団とカオス・インサージェンシーの日本支部との戦いは幕を下ろしたのだった。
*御館 友梨のSCP勉強のコーナー*
「このコーナーでは、私、御館 友梨が画面の前の皆様と一緒にSCPを勉強していくコーナーです!今日の先生はこちら!」
「久馬だ。よろしく頼む」
「久馬さんいいとこ持って行きましたねー」
「まあ、私片目失ってるからなこれでも。て事で今回も要注意団体紹介だ。今回紹介するのは勿論「カオス・インサージェンシー」だ」
「SCPオブジェクトを私利私欲の為に扱う組織ですよね?」
「本編じゃかなり簡略化されてるが本来はもっと複雑な組織なんだここは。そもそもカオス・インサージェンシーの起源は財団の秘密組織だという事は知っているか?」
「そうなんですか?」
「あぁ、ある日突然の裏切りにより彼らは要注意団体となった。私利私欲でSCPを利用する他に武器の密輸や戦争への関与などまさに悪の所業を為している」
「うわ……まさに悪党って感じですね」
「まあ、彼らにも何かしらの大義名分があるのかもしれないが、基本的に財団と友好関係を結ぶ事はない」
「友好関係を結ぶ要注意団体があるんですか?」
「一時的にはな。世界オカルト連合とは共同作戦を行う事があるし、マナによる慈善団体や酩酊街とは積極的に敵対しているわけではない」
「じゃあ仲間って事ですか?」
「いや、全員敵だ。基本的に会ったら確保しろ」
「うっす」
「SCP-120-JPの世界で一番の宝石」はZeroWinchester作「SCP-120-JP」に基づきます。
http://ja.scp-wiki.net/scp-120-jp @2014