Case51 13インチの包丁②
「さて、気を取り戻して」
ルーが再びシュレンに包丁を向ける。
SCP-668。絶対に逃れられない無敵の刃。
被害者、傍観者は一切の抵抗が不可能になる。
「じゃあ、刺しちゃおうか」
一歩、二歩。
ルーの刃がシュレンに近づいてくる。
しかし、シュレンは宙に浮いた。
無論、自分から動いたわけでもないし異常性に目覚めたわけでもない。
その正体はワイヤーフック。
先程、髪を避ける際に使ったワイヤーフックを再び腰に装着し天井へと浮いたのだ。
自分では動かす事はできないので思いっきり天井にぶつかってしまうが。
(いったぁ……)
背中への強打。
まあまあ痛い。
シュレンは宙吊りになった状態でルーを睨みつける。
「それで勝ったつもり?」
ルーは笑いを堪えているように私の下へとやってくると、再び私の元へと刃を向ける。
鈍色に光る包丁はまるで獣を狩る落とし穴のようにシュレンへ逃げ道を与えてくれない。
「ガーネット。こいつを落としちゃって」
ガーネット。そう呼ばれた老婆は髪の毛を私の元へと伸ばす。
身体中に伝わる毒を含んだ髪の毛。
もし、叩き落とされれば私は身動きもできずにこの老婆の餌となる。
だが、シュレンの仕掛けの方が早い。
(下に来たね……?)
シュレンが一瞬のうちに講じた作戦は二つ。
一つは先ほど使ったまま放置してあるワイヤーフックを利用して天井へ逃げる事。
しかし、それだけではこのように落とされて終わりだ。
ルーは私の下に来て包丁を仕掛ける。
そこまで読めている。
なら二つ目。
SCP-668には弱点がある。
それは、無意識での攻撃は防げないという点。
ヨーロッパの施設にて収容違反された時は3人1組で二人が狙いを定め、何も知らないスナイパーに引き金を引かせたのだ。
しかし、シュレンは1人。スナイパーライフルなどない。
だから、利用したのは重力。
「んぁ……?」
シュレンの懐から一本の小瓶が落ちてくる。
蓋はついていない。
ルーはそれに気づくも、撒き散らされる液体を避ける事はできない。
「うぅ……なんだ……こ…れ……」
ルーは膝から崩れ落ちる。
ガーネットもそれを見て髪の毛を止め、ルーの方を見る。
そして、その手からSCP-668が落ちる。
二つ目の作戦。
それは、老婆の唾液である。
シュレンはヴァルトにも効く強力な毒に興味を持ち、小瓶に保管した。
そして、それを攻撃に用いたのである。
シュレンは小瓶の蓋を開き、懐に落ちやすいようにしまった。
丁度、天井に張り付くような姿勢になった時に床に落下するように。
強力な毒。
髪の末端でさえもヴァルトを動けなくする事ができるのに、唾液なんて食らってはどうなるかは想像に容易いだろう。
「ぁぁ……ぁ……ぁ……」
本来、ゲル状生物であるルーは人間の形を保っていない。
全身をスライムのようにして言葉にならない声をあげている。
「さて…」
シュレンは床に降りると、SCP-668を握り老婆へと向ける。
「一回首切られたんだから、二回も変わらないよね?」
老婆は髪を伸ばし、シュレンを攻撃しようとする。
しかしできない。
SCP-668の異常性。老婆は逃げる事も抵抗する事もできずにただ、呆然と脊髄に刃を入れられる。
「流石に首落としたら死ぬかな?やめとこ」
先程よりも強く首に深い傷をつける。
人であれば即死だが、この老婆は時間さえかければ修復されてしまうだろう。
「さてさて、こいつどうしようかな」
シュレンはゲル状のスライムを見下す。
それはルーであったもの。
全身が弛緩し、人間の形を保てていない。
「ぼ……むて……きの…!!こん……な……ふざ……こ……で…………!!」
「何言ってるかわかんねーよ」
床のスライムを踏みつける。
小さな悲鳴が聞こえた後、やがてそれは動かなくなった。
「あ、やべ。死んじゃったかな?始末書書くの面倒なんだけど」
シュレンはヴァルトの近くへ移動すると、彼の肩を担いだ。
あまりの重さに低い声が出る。
「重……ダイエットとかした方がいいよ」
来た道を引き返そうとするシュレンをヴァルトが引き留め、廊下の先を指差す。
シュレンは呆れた顔をしながら、ヴァルトを床に叩き落とした。
「行くなら一人で行きなよ。そんなボロボロで何ができんの?敵の幹部一人落としただけでも万々歳でしょうが」
シュレンは、クリスやシャネルとは違い戦闘をしない。
彼女にとってこの場で果たすべき職務は職員をここまで誘導し、発見したSCiPの収容を行う事だった。
「私達の仕事じゃないんだよ。そーゆーのは」
きっと誰かが何とかしてくれているという彼女らしい他力本願。
それは一種の信頼でもあった。
********************
SCP-049が一人の女性を捉える。
先程の女と似たような服装をしている日本人。
小柄なその女性は私を見るなり声を上げた。
「SCP-049。こんなとこにいたんか」
流は拳銃をSCP-049へと向ける。
「おや、どこかでお会いしたかな?」
「いや、一方的に知っとるだけやで。それも悪い形で」
「ふむ……覚えがないな」
本気で言っているのだろうなと流は思った。
SCP-049は悪疫と呼ばれる「何か」に冒された人間を治療という名目で死体をゾンビとして蘇らせる。
悪疫が何かはわかっていないし、冒された人の共通点もわかっていない。
ただ、わかる事は彼の手に触れたら死ぬという事。彼は死体を操るという事。そして、財団が収容するべきSCPであるという事。
「嘆きの水曜日の事覚えとるか?」
「ん…?あぁ、もちろん」
全国で同時に起こった収容違反。
財団史上最悪の事件。
流の引き金に籠る力が強くなる。
「なんで……あんなことが起こったんや」
「知らない。だが、そんな事どうでもいいだろう」
SCP-049は手を挙げると、奥から死体の軍勢が現れる。
非常に厄介。この量の敵を相手にするのは。
「君は悪疫に冒されている」
そう告げるSCP-049の背後には、知っている顔もあった。
「シャネル……」
シャネル・カール。
垂れ下がった金色の耳飾りが揺れている。
「……仲間の仇くらい討たせてもらうで」
「仇なんてとんでもない。君の友人は治療されたのだ」
「その独りよがりの盲目がどれだけの人を悲しませたのかわからんのか?」
「何を言っているのか理解できないな」
SCP-049の前に死体共が立ち塞がる。
彼らは人間の一般的な身体能力を凌駕している。普通に戦ってはタイマンでも勝てないだろう。
「……」
それに対して流が取った行動は逃亡であった。
「ふむ……逃げるか。捕まえなくてはな」
SCP-049が手を下ろすと、それに合わせて死体共は流の後を追いかける。
「悪疫は治療せねばいかないのだ」
*御館 友梨のSCP勉強のコーナー*
「このコーナーでは、私、御館 友梨が画面の前の皆様と一緒にSCPを勉強していくコーナーです!今日の先生はこちら!」
「流やで!よろしく!夏華やなくて流やで!!!!!」
「えっと……どうしたんですか?」
「なんか間違われてるような気がしてな!!!!!!」
「はぁ……」
「てわけで今回紹介するのはSCP-159-JP『居ぬ』や!オブジェクトクラスはEuclidやで」
「居ぬ……犬?」
「まぁ、そういうことや。SCP-159-JPは大型犬に似た影の実態で、周囲で一番大きい存在に飛び乗る性質があるで」
「あら、可愛い。癒し系オブジェクトですか?」
「飛び乗られた被害者は四肢の先から炭化していき、炭化するで」
「うわ、そんな事なかった!」
「また、SCP-159-JPは人間……中でも10歳以下の子供に興味を示す傾向があってな。最初に現れたのは幼稚園らしいで」
「えっ……てことは…」
「いくつかの幼稚園が全滅。最終的に財団内の託児所に現れたところを収容したらしいけど……被害は小さいとは言えんな」
「それは……許せない奴ですね。小さい子供を狙うなんて!」
「それが悪意ならまだ救いがあったかもしれんけどな……」
「え?どういう意味です?」
「ううん、なんでもない。このオブジェクトは要注意団体の『だいすきなせかい』が関わってるとされてるんや」
「なんですかそれ?」
「詳細は不明やけどな。子供が関わっているというのは間違いないらしい」
SCP-159-JP
『居ぬ』
「SCP-352のバーバ・ヤーガ"」はDr Gears作「SCP-352」に基づきます。
http://www.scp-wiki.net/scp-352 @2008
また、一時的に名前をつけさせていただいております。
「SCP-668の13インチの包丁」はDrClef作「SCP-668」に基づきます
http://www.scp-wiki.net/scp-668 @2008
「SCP-049のペスト医師」はGabriel Jade作その後djkaktus および Gabriel Jadeによって改訂「SCP-049」に基づきます
http://www.scp-wiki.net/scp-049 @2009
「SCP-159-JPの"居ぬ"」はnekomiya _guu作「SCP-159-JP」に基づきます
http://www.scp-wiki.net/scp-159-JP @2014