Case50 13インチの包丁
(体が動かない……!)
ルーは笑いながらシュレンに包丁を構える。
鋭い切先がシュレンの表情を映し出している。
シュレンは僅かに動いた瞳でヴァルトを見るが、ヴァルトもただ茫然とこちらを見つめているだけである。
(こいつさっきの事根に持ってんの?!)
途中で逃げようとしたとはいえ、最終的に助けたのは私だというのに。
いや、ヴァルトはそんな子供っぽい性格ではない。
だとしたら、これはこいつの異常性……?
いや、違う。
確かその包丁は……。
「これは僕の力じゃないよ」
シュレンの心の中を読んだかのようにルーが持っている包丁を空に掲げる。
「SCP-668。本部から送られてきたんだけど
、いいねこれ」
SCP-668。
シャネルのいたヨーロッパの支部に収容されていたSCiPの一つ。
カオス・インサージェンシーに襲撃によって数ヶ月前に盗まれたのだ。
オブジェクトクラスはEuclidだが、その危険性はKeterに匹敵する。
「異常性は知ってるよね?」
異常性は、SCP-668の所持している人間の行動を誰も止められない……。
(マズいね……これは……本当に)
被害者も傍観者も一切の抵抗ができない。
それがSCP-668。
その一本で部隊の全滅さえもありえる。
「さて、じゃあ行くよ?」
ルーはゆっくりと。しかし確実に。
シャネルの元へと近づいてくる。
(考えろ……何か生き残る方法……)
体は動かないが、思考が止まるわけではない。
ルーの刃が私に届くまであと数歩。
その間に何か…!
「……ぉぉ…あぁぁぁ!!!!!」
突然、老婆の叫び声が響く。
傷は完治はしていないものの、首の皮はかろうじて繋がっており恨めしい顔でシュレンを睨みつけている。
「あぁ、ガーネット。無事だったのか。可哀想に痛かっただろ?」
ルーの刃が一瞬床に向けられる。
それと同時に今までびくともしなかったシュレンの手が動く。
(……これチャンスだ。でも一瞬)
動けばすぐに警戒されて再び刃を向けられる。
一瞬。それで生き残る方法を探し出せ。
シュレンは頭の中を高速で整理する。
何か活路を。何か道筋を。
********************
「………がぁぁ…!」
私は自分の獣のような声で目を覚ます。
もはや女子高生の片鱗も感じられない。
「な…にが……」
あまりにも一瞬だった。
腹への強烈な一撃。丸々穴を開けるような一撃。
私は、慌てて腹部をさするが何事もなかったかのように戻っている。
「気を失ってたの……?あれからどのくらい….?」
感覚が鮮明になっていく。
視界が開け、人がぶつかり合う音が聞こえる。
「おい、白髪の娘!目覚めたか!」
胸の方から声がする。SCP-120-JP-1だ。
胸を軽くさすると、そこにはゴツゴツとした貝殻の感触を感じる。
「なにが……!」
私は、前を見上げる。
一方はアルデド。筋肉隆々の姿で片手を強く握りしめている。
もう一方は王。たった今、膝から崩れ落ちた。
「王さん!?」
王は私に気づくと、頬の血を拭いニヤリと意地悪な表情を浮かべる。
「やっと起きたんだ。死んだんじゃないかと思ったよ」
アルデドもこちらの方を見ると、一切表情を変えずに淡々と語りかける。
「それが貴様の異常性か。修復能力……殺すのは難しそうだな」
その言葉がいい終わるや否や、王は手に持っていた拳銃でアルデドに銃弾を撃ち込む。
が、まるでそれを拒むかのようにアルデドの筋肉が液体のようにそれを避ける。
その姿はあまりにも異常で、骨や筋肉がある以上あんな動きは到底できない。
「何度やっても無駄だという事がわからないか」
「お前、それすっごくキモいよ」
アルデドの腕がムチのようにしなり、王に叩きつけるが、王はそれを後ろに避ける。
「あれ?怒っちゃったの?」
続いて明らかに不自然な体制から足がゴムのように伸びて辺りを一閃する。
王はそれを避けながら銃弾を撃ち込むが、まるで磁石が反発し合うようにアルデドの体はそれを受け付けない。
「はぁ……はぁ……ほら?もう終わり?僕を殺す気で来なよ」
王はアルデドを煽ってはいるものの、肩で息をしており限界が近づいているのは明らかだった。
「王さん!!」
「来んな役立たず!!!」
王の言葉に止まった瞬間、私のすぐ目の前を目に負えないほどの速度で巨大な肉体が通過する。
アルデドの腕だ。もしもう一歩前に進んでいたら体が真っ二つになっていた。
「くっ……王さん大丈夫で……」
言葉が詰まる。
当たり前だ。
そこに倒れていたのは右足を失った王。
あまりにも乱雑に捻り取られた右足は、王から数メートル先の壁に叩きつけられた。
「ぐぅ……案外……痛くないじゃん…」
王は不自然に笑っており、大量の汗が喉元を伝っていく。
痛くないわけない。あんなに乱暴に足を引きちぎられたのだ。
「SCP-________。君邪魔だから帰っていいよ」
「なっ……!そんなこと!」
「君に何ができるの?こいつは精神汚染系のオブジェクトじゃない。腹に手榴弾でも巻いて特攻するつもりかよ」
確かに……何もできない。
私には力がない。アルデドを倒す方法がない。
いくら不死身といえど私は何の力もない人間だ。
「お前に出来ることは他のエージェントを呼んでくることくらいだろ?さっさと言ってこいよ」
王はこちらに背を向けている。
右足を失ったせいで立ち上がれず、床に座り込みただアルデドの様子を伺っている。
「なに?まだいるの?早くしろよ」
「でも……王さんが…」
「さっき言ったろ。人と仲良くなるな。情に絆されるな。自分の任務だけを遂行しろ」
王の表情はわからない。
けど、多分いつものようなニヤニヤした顔ではないのだろう。
「逃げるなら止めない。この男は殺すがな」
アルデドは液体のように体を流動させ、巨大な腕を作り出す。
大きくて平べったい手。まるで巨大なハエ叩きのようだ。
「待……!」
振り下ろされる。
最後に王は不敵な笑顔を私に向けた。
鈍い音が鳴り響く。
巨大な肉塊を潰すような……いや、例えなどではない。
その音そのものである。
血液が飛び散り、肉体が四散する。
「……あぁ……嘘」
また死んだ。
あの時と同じだ。
目の前で人が死んでいく。
「さて、お前はどうする?」
美奈子も玲奈も殺された。
私は何もできないまま。
今まで見ようとしなかった。
向き合おうとしなかった感情。
怒り。悲しみ。悔しさ。そして絶望。
考えたくなかった。気にしたくなかった。
私はどこかでもう大丈夫だと思ってた。
どこかで異常性に甘んじてた。
死なないから…皆んなを守れるって……。
でも、私は無力だ。
何もできない。何一つ救う事ができない。
私は誰も救えない。
「私は……」
私は……何だ。
守ってもらってばっかりで。
ヒーローになるんじゃなかったのか?
それなのに。こんなの。ただのお荷物じゃないか。
「私は……」
私は…何がしたい?何が出来る?
きっと、エージェントを呼んだところでまた人が死ぬ。
私が殺すんだ。
……私は無力だ。
…………私は何もできない
………………私は誰も救えない
声が聞こえる。
初めて聞くのに。どこか懐かしい。
そんな声。
「ねぇ、あなたの力が必要なの」
女性の影が私の手を握る。
長い白髪に私と同じ赤い瞳。
こんな記憶はないはずだ。それなのに握られた両手の温かい感触はあまりにも現実的。
体を縛る鎖が一つずつ離れていく。
体が軽くなる。
目が覚めたように視界が鮮明になる。
「私は……でも………」
「大丈夫だよ」
女性は手を強く握りしめる。
温かさが熱となり、体全体に伝わっていく。
まるで、生まれ変わったような。
そんな感覚。
手が光を放つ。
どす黒い絶望のような。
温かい希望のような。
不思議な光。
「まあいい。何もしないのであれば、再び眠ってもらうぞ」
アルデドが手を伸ばす。
肥大化した手はまるで巨人。
アリを潰す子供のように容赦なく振り下ろす。
「くっ……!」
私はそれを間一髪のところで左に躱し、腰の銃を手に取る。
「先程見ていなかったのか?無意味だ」
アルデドはその手を伸ばし、私を壁に叩きつける。
あまりの痛みに気を失いそうになったが、銃は手を離れていない。
「ぐぅぅ…!!」
アルデドはそのまま異形の手で私を壁に押さえつける。
その手は壁にぶちまけられたインクのように最早手という形を保っていない。
「何をするつもりか知らないが、しばらく拘束させてもらうぞ」
左手で拘束から逃れようとするが、その手はあまりにも強固で動かせる気配がない。
私はもう片方の手で手にした銃をアルデドの胸部に向ける。
アルデドは避ける様子もない。その意味がないからだ。
意を決して放った弾丸は友梨の予想していた通りの弾道を描き。
アルデドの胸を貫いた。
「……あ?」
血が吹き出る。
心臓部を貫いたのだ。
通常なら当然だが。この場合それは異常であった。
アルデドは慌てて私を拘束している右手を元に戻そうとするが、動かない。
元に戻らない。
「な…にを……した?」
アルデドは異形となった右手を振り回し、友梨は再び壁に叩きつけられる。
アルデドの腕はしばらくそのまま変わらず、振り回していたが数秒後には再び液体のようにその手に収まった。
「気が変わった。お前は殺さないといけない」
「私も。貴方を倒せる方法が見つかった」
両者は睨み合い、やがて向かい合う。
*御館 友梨のSCP勉強のコーナー*
「このコーナーでは、私、御館 友梨が画面の前の皆様と一緒にSCPを勉強していくコーナーです!今日の先生はこちら!」
「久馬蓮だ!よろしく頼む!」
「久馬さん!この前はありがとうございました」
「あぁ、シュレンの件だな。悪い奴ではないんだが、少々自分勝手なところがあってな……」
(少々……?)
「今回紹介するのはSCP-668『13インチの包丁』だ。オブジェクトクラスはEuclid」
「13インチっていうと……1インチって何センチですか?」
「1インチは2.54センチ。13インチっていうと約33センチだな。SCP-668は見た目は一般的な包丁だが、その異常性はSCP-668の所持者が行う傷害や殺人を誰も止められないというものだ」
「うわ……物騒」
「傍観者はもちろん、本人も抵抗できない。SCP-668の所持者に危害を加える意思がある限り誰も止める事ができないのだ。そのせいで過去に忌まわしい事件も起きている」
「やっぱり、持ち主によってはそうなりますよね……止める方法はないんですか?」
「止める方法か……自爆による特攻で持ち主を殺害したりとかか。実際、SCP-668を持ち出す際には首に爆弾を巻く事が強制されている」
「あーいざとなったらて事ですね。ちなみに久馬さんは使わないんですか?めちゃくちゃ強いと思いますけど」
「相手に奪われた時のリスクが大きすぎるし、対SCiP相手にはほとんど役に立たないからな。それに……格好悪くないか?包丁って」
「まぁ、エージェントって感じはしないですね」
「やっぱり日本刀が最強だという話だ!」
(日本刀使うエージェントも珍しいと思いますけど)
SCP-668
『13インチの包丁』
「SCP-352のバーバ・ヤーガ"」はDr Gears作「SCP-352」に基づきます。
http://www.scp-wiki.net/scp-352 @2008
また、一時的に名前をつけさせていただいております。
「SCP-668の13インチの包丁」はDrClef作「SCP-668」に基づきます
http://www.scp-wiki.net/scp-668 @2008
「SCP-120-JPの世界で一番の宝石」はZeroWinchester作「SCP-120-JP」に基づきます。
http://ja.scp-wiki.net/scp-120-jp @2014