Case48 闇の娘
南施設左通路
ヴァルトとシュレンは目に見えない繊細な髪の毛によって足止めを食らっていた。
「どうしようか、ヴァルト」
〔下手に近づいたら殺されるね〕
毒物に大きな耐性を持っているヴァルトにさえ作用した毒。
もし、シュレンにあの髪の毛が触れてしまえば無事では済まされないだろう。
「もう放っておかない?無理だよ多分」
〔えぇ?!〕
シュレンは来た道を引き返そうとし、ヴァルトはそれを止めることもできずオロオロとしている。
だが、そんなシュレンに立ち塞がるように数多の髪の毛が来た道を塞ぐ。
「わーお」
髪の毛に囲まれた。
それらは距離を積めるようにじわじわと二人に近づいてくる。
〔囲まれたよ〕
「そーだね」
〔このままじゃやられちゃうよ〕
「そーだね」
〔……何準備してるの?〕
「別に?」
シュレンは腰から天井にワイヤーフックを繋げており、すでに空中へと宙吊りの状態であった。
この高さであればきっと髪の毛には触れられずに済むだろう。
〔まさか見捨てる気?〕
「いや、まさか」
目を逸らし、明らかに適当な応答にヴァルトは若干の怒りを覚える。
抗議の言葉をスケッチブックに書き込もうとしたその時だった。
「……!!!!」
身体中に痺れが現れる。
神経毒、あるいは味わったことのない強烈な毒。
いくら抗体のあるヴァルトの体でもこの毒を食らって動くことは不可能だった。
髪の毛達はヴァルトが動けなくなったことを確認すると、やがてヴァルトの体から引き剥がされていく。
その髪の毛が戻るのは廊下の奥。呻き声の元へ。
「………」
ヴァルトはほとんど感覚のなくなった体で辛うじて下半身を支える。
油断したら身体の所有権は2度と戻ってこないだろう。
それほどに体はボロボロだった。
そして、その体にさらなる追い討ちをかけるように老婆の呻き声が響き渡る。
「おぉぉぉぉぉぉ」
その姿はその声から予想する通りの老婆、ひどく痩せ細っておりその頭髪は薄く頭皮が見えかけている。
しかし、その代わりとでも言うべきか体中から細い糸のようなものが出ておりその殆どはあまりにも細すぎて肉眼で捉えることは不可能だ。
老婆はゆっくりと動けなくなっているヴァルトへと近づいていく。
ヴァルトはなんとかしてその老婆から離れようとすると体が動かない。
老婆は近くに来てまじまじとヴァルトを見つめるとボロボロの口を開ける。
髪の毛でもこの毒なのだ。噛み付かれでもしたら動けないじゃ済まされない。
「ぁあぁぁおおおおぉ!!」
老婆が口を大きく開き、ヴァルトの脚へと噛みつこうとした瞬間。
「よーいっしょ」
上からの強襲。あまりにもが軽い掛け声が降ってくる。
老婆は頭上の声に気がつくが、その時にはすでに遅い。
突然背後に現れたナイフに老婆の脊髄が切り裂かれる。
「あ、やば。やっちゃった」
シュレンは老婆の血液が付着したナイフから血液を落とすように軽く振ると、焦りと安堵の混ざった表情をする。
「足とか狙ったんだけど首かぁ……まあ、いいでしょ。やらなきゃやられたってことで」
ヴァルトはどうにかして近くのスケッチブックを手に取る。
〔まさか……隙を作るためにわざと?〕
「あー、うん。そう」
多分嘘だ。
ヴァルトはそう思った。
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西棟
クリスはついに膝をついた。
「少しはやるが、そこまでだな」
身体中の骨が悲鳴を上げている。
クリスも、攻撃を与えられなかったわけではない。
ただ、どんなに攻撃をしても効かないのだ。
銃弾も物理も毒も。
「くっそ………」
その言葉は目の前に立ち塞がるSCPに対してであり、同時に情けない自分に対してでもあった。
呟きと同時に首を狙いに駆け出したSCP-029。
クリスは辛うじて立ち上がり、床に対して倒れ込むように受け身を取り避ける。
「また……何もできねぇのかよ」
クリス・ストレイトには師と呼べる人物がいた。
彼の名はアルダート・クレイナ。財団史上最強のエージェントであり、数々のSCPを収容してきた。
そんな彼がクリスと出会ったのはとあるSCPが引き起こした大量殺人事件。
クリスは両親を失い、師の元で暮らすこととなった。
SCPへの凄まじい殺意を胸に。
「くっそ……なんでこんなこと……」
走馬灯というやつだろうか。
自分で自分に反吐が出る。
師の元で育てられたクリスは伝説の後継者として様々な任務に出向いた。
彼は師を実の父のように尊敬していた。その知識、技術、器量。その全てに。
だが、それはそう長くは続かなかった。
「クソ……」
アルダート・クレイナは。
伝説のエージェントは。
クリスの師は。
「クソッ……!クソッ……!!!」
殺された。
「もういいだろう」
SCP-029はクリスに向き合い、一歩一歩歩み始める。
その距離は僅かに数メートル。
死がクリスへと迫ってくる。
「…………」
クリスは体を壁に寄せるので精一杯だった。
身体も精神もとうに限界を迎えている。
だが、目の前にいるのは殺意の対象。
エージェントとして、男として、人として。
このまま何もせずに死ぬわけにはいかなかった。
「……クソがッ!!!」
クリスは隠し持っていたナイフで自らの右腕を切り裂き、SCP-049の元へと振るう。
当然届く距離ではない。目標は血液による目潰し。
些細な抵抗だろう。SCiPにとっては虫けらのような反撃だろう。
当然のようにSCP-029はそれを後ろに飛び退き躱す。
だが、その反応はクリスの予想したものとは大きく異なっていた。
「くっ………」
SCP-029は明らかにその血液を避けていた。
恐怖か嫌悪か。その様子は表情からは窺うことができない。
だが、それは明らかに血液に対する忌避感であった。
「おい、血が怖いのかよ?」
返答はない。
だが、思えばSCP-029は絞殺を好んでいた。
その運動能力からしたらもっと他の方法もあっただろうに。
「なんだ……そうだろ……?お前よりも馬鹿みたいに強い奴なんて散々会ってきた。お前はアイツの劣化でしかない」
クリスの脳裏に映るのは一体のSCP。
殺戮が人の形をした最強のSCP。
俺をいずれこいつを倒さないといけない。
なのに。
こんなやつで。
負けられるわけがない。
「こいよ。ぶっ倒す」
「……あまり調子に乗るなよ」
*御館 友梨のSCP勉強のコーナー*
「このコーナーでは、私、御館 友梨が画面の前の皆様と一緒にSCPを勉強していくコーナーです!今日の先生はこちら!」
「シャネル・カール。よろしくね」
「シャネルさん!よろしくお願いします!」
「はいはい。今回紹介するのはSCP-352『"バーバ・ヤーガ"』」
「"ってなんですか?」
「さあ?SCP-352は老婆の見た目をしているけど、非常に攻撃的で軽度の肉体負担で200kgを超える荷を動かし、70km/hを超える速度で動けることが確認されてるわ」
「スーパーおばあちゃんじゃないですか」
「しかもただのスーパーおばあちゃんじゃない。SCP-352は身体中のどこからでも非常に長い髪を出すことができて、そこには多量の酵素が含まれるの」
「酵素って納豆みたいな?」
「んー、それはボケなのかな?SCP-352はその唾液と髪に多くの酵素を含み、人体に反応することによって強い幻覚や幸福感、認識力や理論的思考力の低下、痛覚の鈍化を与える。噛まれたらほぼほぼアウトだね」
「じゃあその酵母を使えば最高の納豆を作れますね!」
「んんんー?この子こんなに馬鹿だったっけ?」
SCP-352
『"バーバ・ヤーガ"』
「SCP-352のバーバ・ヤーガ"」はDr Gears作「SCP-352」に基づきます。
http://www.scp-wiki.net/scp-352 @2008
「SCP-029の闇の娘」はAdminBright作「SCP-029」に基づきます
http://www.scp-wiki.net/scp-029 @2010




