一周年記念特別編 ビッグフット
とある日の朝方。
私はウォルター(SCP-524)の餌やりを終え、収容室へと戻ってくるところだった。
「あ、友梨?!」
最早、アイリは当たり前のように私の収容室にいる。
一応財団も精神的保護の面から許可しているのだが。
まあ、私とアイリが揃ったところで何か出来るわけではない。
「か、帰ってくるの早いね」
「今日は特に予定はないからね……どうしたの?」
明らかに挙動がおかしい。
何かを隠すように手を後ろに回しているし、部屋も何やら荒れているような……?
「ううん、なんでもない!」
「え、でもなんか…」
中に入ろうとする私にアイリはさながらバスケットボール選手のように私を通せんぼする。
「あの……」
「友梨は今日部屋に入っちゃダメ!」
「私の部屋なのに?!」
こんな理不尽があっただろうか。
部屋を追い出された私は渋々食堂へと向かったのだが。
「あ、御館さん!?」
アイリスだ。
彼女もアイリと同じように何かを慌てて後ろに隠したが、隠し切れていない。
紙……?折り紙だろうか…?
カラフルな紙がヒラヒラと舞い落ちる。
「どうしたの?」
「な、なんでもないですよ!」
何処かで見たぞこれ。
「友梨。手伝いたいことあるやけど、ええ?」
「あ、今行きます」
私は流さんに呼ばれ、食堂を後にする。
どうせ行くところないし。
……寂しくなんかない。寂しくなんかないもん!
「夏華博士が調査したい森があるらしくてな。日帰りのもんやし、そんなに過酷な場所でもないらしいで」
「日帰り……?珍しいですね」
「なんでも地元住民から不審な通報があったとか。詳しくは知らんけどな」
不審な通報。
その言葉の時は半分本物、半分デマだ。
不審な人影は実はただの浮浪者だったり、不思議な光がただの自然現象というのはよくある話。
しかし、どうも私の中に違和感が残る。
一つは日帰りの調査ということ。森というからには結構な広さだろうし。
そもそも私に調査を任せることすら珍しい。
大抵そのような仕事はエージェントか、私だとしてもエージェントと共に行くはずだが。
そしてもう一つは。
「なんで遠回りしてるんですか?」
「え?なんのこと?」
嘘だ。
私だって完璧ではないにしろ財団の地図は覚えている。
夏華さんの研究室に行くのに明らかに遠回りをしていることくらいわかる。
「なんのことって…とぼけないで……」
曲がり角を曲がった先。
一人の女性と目が合う。
「「「あ」」」
シャネル・カール。
両手でダンボールを抱えており、その側面には『パーティー』と書かれている。
「流……?」
「……いやー、友梨ごめんな。こっちやなかった」
流さんは私の腕を掴み、来た道を引き返していく……。
「いやいやいや!こっちですよね?!」
「そっちの先工事中やねん」
「シャネルさんはその先から来ましたけど?!」
なんなんだこの人達?!
やっぱりなんかおかしい!!
……と一悶着あったところで。
結局、よくわからないまま遠回りをさせられて私は夏華さんの実験室へと来ていた。
「じゃあうちは用事あるから!」
そういって流さんはすぐに帰ってしまったが。
「あ、来たね友梨ちゃん」
夏華さんは向き合っているパソコンから目を離すと、私を近くの椅子に座らせた。
何ともフカフカな椅子だ。
私の収容室のものもこれに変えて欲しい。
「それで調査って聞いたんですけど」
「そうそう、人手が足りなくてね。友梨ちゃんには一人で調査に行ってもらいたいの」
「一人で……ですか?」
「ごめんね」
いやいやいや。
トップクラスエージェントならともかく。
私が一人で調査?!
流石におかしい。
「行ってもらいたいのはこの森なんだけど」
夏華さんが提示した書類には聞いたこともないような名前があった。
国内の森のようだが、財団の交通機関を使って片道1時間といったところだろうか。
「日帰りで一人って……どんな調査なんですか?」
「大したものじゃないのよ。付近の住民から怪物を見たって通報があってね。少し探索して見つけられなかったらそれでいいから」
いや、おかしい。
いつもの夏華さんから少しの手掛かりでも隅々まで探すように言うはずだ。
アイリとアイリスや、夏華さんの様子も変だったし。
もしかして何かあるのか?!
********************
「いやー、すまん。うっかりしててな」
「まあ、結果オーライだったけど。危うくバレるとこだったよ」
友梨が施設を発ってから1時間ほど。
シャネルと流は共にダンボールを抱えて歩いていた。
「てかバレてないん?あれ?」
「バレてないよ。バレてない顔してた」
「なんやそれ」
とは言いつつ流もそんな気はしている。
二人が辿り着いた食堂は、様々な装飾が施されており中央に飾られた旗には『御館友梨誕生日おめでとう!』という手書きの文字が記されていた。
「あ、お疲れ様です!」
「おー、アイリス。お疲れさん」
アイリスは折り紙で作られた輪っかの飾りを飾り付けているところだった。
それは明らかに場違いのように思えるが、手作りの輪っかの飾りが山のように積まれているのを見てそれを指摘できる非情さは二人は持ち合わせていなかった。
「これで装飾は全部。他の人は?」
「アイリちゃんは収容室でプレゼントを作っていて、夏華博士はSCiPの定期検診です。もうすぐ戻ってくると思いますが…」
丁度その時、アイリスの背後の扉が開き夏華が現れる。
いつもの堅い白衣は脱いでいることから、仕事を終わらせてきたのだろう。
「お疲れ様です!」
「お疲れー。とりあえず招待はしたけど集まりは悪いなぁ」
夏華は友梨と関わりのある職員やSCP達に声をかけてきたが、彼らも暇ではない。
実際に来ることができるのはカレナ博士に久馬。
SCPではカイン(SCP-073)だけだった。
マーガレット(SCP-053)も行きたがっていたが、パーティー会場を殺し合いの場にする気はない。
とはいえ、流石にかわいそうなのでプレゼントは預かっておいた。
後日友梨がお礼をしにいくだろう。
「そういえば、御館さんはどこに行ったんですか?」
「ああ、適当な非異常性の森に行かせといた。簡単な調査でいいって言ったしすぐに帰ってくると思うよ」
「じゃあ急いで準備せんとな!」
財団の食堂にはより明るい声が響き渡り、あっという間にその姿をパーティー会場へと変えていくのだった。
********************
夏華の意図とは反対に、御館友梨は非異常性のこの森に並々ならぬ警戒心を持っていた。
「やっぱり今日の皆はおかしかった……。何かのSCPの影響……?だとしたら夏華さんが私をここに向かわせたのはその異常性を止めるため……?」
皆の態度が裏目に出ていたのである。
警戒に警戒を重ねた友梨はその手に込めた拳銃を強く握り、一歩一歩確実に森の奥へと向かっていった。
「異常性はこの森?それともこの森の奥にある何か?落ち着け。私が失敗したら皆が……」
その瞬間、脇の茂みから何かが動くような音がする。
私はすぐさまその拳銃を茂みへと向けるが、そこにいたのは小さな一羽のウサギだった。
「なんだ……脅かさないでよ」
しかし、可愛らしいウサギのおかげで肩の力が抜け私は拳銃を腰へとしまう。
焦ったところで何かできるわけでもない。
ここは一つ落ち着いて……。
「………え?」
体が動かなくなる。
唐突に現れたその存在感に。
チンパンジー……そう。チンパンジーだ。
ただのチンパンジー。
それなのに私はどこかでこの生物を恐れている。
「あ………あ……」
声が出ない。
それはおおよそ自然の力を凝縮したとでもいうような圧倒的な威圧感を放っている。
間違いない。これだ。
この森にいるSCPは、彼のことだ。
「だれ?」
そのチンパンジーは私の方を向き、言葉を発した。
「御館友梨です」
ここで恐れてはいけない。
私は心底の恐怖を隠して冷静に問答を返す。
「ゆり。はなさないか?」
「……わかりました」
チンパンジーは手を振り、私についてくるように言うと森の奥へと進んでいく。
私も周囲を警戒しながらも、彼の後を追った。
彼の案内したそこは森の中でありながらも神秘的な雰囲気を纏っており、切株や焚き火からは生活の跡が窺える。
「すわってくれ」
チンパンジーはそう言うと焚き火の近くの切株に私を座らせ、火をくべた。
「なにしにきた?」
「怪しい影を見たっていう通報があったので調べにきたんです。貴方は何者ですか?」
「そうか。おぼえてないか」
チンパンジーはそういうと焚き火に薪を放り込む。
随分と手慣れておりここには長い間暮らしていたのだろう。
「覚えてないというのは?」
「わたしたちは、かつておまえたちをしはいしていた。とてもむかしのはなしだ」
お前達を支配……?
どういう事だ?
「わからないか。かつて、わたしたちはしはいしゃだった」
支配者……?
なんだこの人(人ではないが)。なにを言っているんだ?
「支配者……?私達を支配してたってことですか?」
「そうだ」
人間が別の生物によって支配される事。
それはK-クラスシナリオの中の一つ。
SK-クラス(支配シフトシナリオ)となる。
しかし、かつて支配していたという事はむしろSK-クラスを起こしたのは人間…?
「にんげんは、われわれからうばった。ちしきを。ちのうを」
もし、彼らが言うことが本当だとしたら。
私達が彼らの言う通りに支配権を奪ったとしたなら。
当然彼らは私達の事を恨んでいるのではないか?
「だが、われわれはかんがえた」
私はそっと腰の拳銃に手を伸ばす。
幸い、彼は一人だ。
もし何かしてくるのであればここで対抗する。
異常性も私には効かない。
冷たい汗が額に流れる。
「何をですか?」
「ゆるすと」
「え?」
あまりにも拍子抜けの言葉に私の手が拳銃から離れる。
私が顔色を伺おうとすると、彼の表情はどこか穏やかのものに見えた。
「いつか、ひととはなそう。これまでのことも。これからのことも。ゆるすよ。いまはえらべる、ずっとはまたない。やりなおそう」
そして、彼は私の方へと微笑みかける。
そこにはチンパンジーの面影はなく、私達人間とも相違ないように思えた。
「すいません……私は」
「わかってる。ちょうさにきただけなんだろう?」
そうだ。
私に何かをする力はない。
私はただ彼らの正体を調査しに来ただけなんだから。
「わかってる。まってるよ。わたしたちと、かれらと、それいがいも。なかよくできるのをいのる」
私達と彼らとそれ以外。
仲良くできる未来。
もし、そんなものがあるのであれば。
きっと出来るのは……私だけなのだろう。
人間であり、SCPである私。
「ありがとう。はなしてくれて」
「いえ、私の方こそありがとうございます」
私は腰を上げ、森の入り口の方に向かう。
「あと、なかまは、かりにでているだけだ」
危ねぇ……。
拳銃とか撃ってたら終わってた……。
「ゆり」
「何ですか?」
「まっている」
彼は私の瞳を見つめている。
黒々としたつぶらな瞳で私を見つめている。
「いつか、またお話ししましょう」
私はそう言って森を後にする。
いつか、彼との約束を果たすと誓って。
********************
「「「「「「友梨!誕生日おめでとう!!!」」」」」」
帰ってきた私を迎えたのは盛大なクラッカーの音と沢山の笑顔であった。
「え?え?え?」
「ほら、主役は早く座るものだぞ」
私は久馬さんの言うままに誕生日席に案内をされる。
「ここでは誕生日は盛大に祝うんだよ。日本といえどアメリカの文化が強いからね。それに1年生き延びたって事はおめでたい事だし」
「とはいえ、彼女は死ぬことはないけどね」
夏華さんからさりげなく財団の闇が明かされたがそれを置いておいて。
「私の為にこんな準備を?」
「流のせいでバレるかと思ったけどね」
「堪忍してやー」
確かに、今日のみんなの様子がおかしかった。
まさかこれを準備する為に?
「はい、友梨!これ!」
アイリから手渡されたものは手作りの小さな貝殻のキーホルダーだ。
どこかSCP-120-JPの雰囲気に似ている。
というか似たような貝を取ってきたのだろう。
「御館さん!私からはこれです!」
アイリスからは写真集。
ここ最近の私の様子が写真に撮られている。
というか、クリスと一緒にいるのが多い気がするのは気のせいか?
「普通のカメラで撮ったから少ししか動きませんよ!」
少しは動くのか。
久馬さんからは日本刀のレプリカ。
レプリカと言われるまでは気づかない程に精巧に作られている。
カインさんからは辞書。
今まで見た事のないような厚い辞書だ。
大抵の事は載っているだろう。
流さんからはフラワーロック。
流石大阪人だ。
ネタ振り全開のプレゼント。
しかも最近見ないやつ。
夏華さんからは枕。
低反発というやつだろうか?
夏華さん曰くよく眠れるらしい。
「あ、あとこれも」
夏華さんから渡されたのは一枚の絵。
子供が描いたような温かみを感じる。
これは私と……マーガレットか。
「夏華さんが描いたんですか?」
「マーガレットからのプレゼントなんだけど……」
「そうですよね!そう思ってました!」
多分夏華さんが本気で書いても相違ないだろう。
本人気付いてなさそうだし言わないでおくが。
それにしてもマーガレットが書いてくれたのか。最近会いにいけていないから明日お礼をしに行こう。
「じゃあケーキ食べようか。ホールじゃないのは申し訳ないけどね」
机の上にあるのは様々な種類のケーキ……いやこれSCP-871だ。
皆、わかっているだろうが誰も口にしない。
最早ケーキ=SCP-871は暗黙の了解なのだろう。
だが、味は美味しいし関係ないが。
やがて、ケーキも食べ終わり、話も尽き始めたころ。
夏華さんが手を叩く。
「さて、そろそろお開きかな」
「そうですね。明日も通常業務ありますし」
「私は明日休みやけどね」
「それなら私の鍛錬に付き合ってくれないか?」
「んー、お断りしとくわ」
食器を片し始め、装飾を取り外している時。
私はふと森にいた彼の事を思い出す。
「そういえば、森の中で会ったSCiPの報告書って出すの明日で大丈夫ですか?」
時間が……止まった。空気が沈黙している。
「ごめん。今なんて言った?」
「森の中のSCiPの報告書を明日で大丈夫かなって……やっぱダメですよね。今日中にまとめます」
シャネルさんと流さんは互いに目を合わせる。
「あそこ、何もいないんじゃないの?」
「そう言ってたけどな……」
エージェント達の手が止まる。
「友梨……ちなみにどんなのを見たの?」
「えっと、喋るチンパンジー……って言えばいいんですかね?」
「それは…………SCiPだね」
「SCiPです」
夏華さんは手にしているダンボールを床に置いた。
「久馬!シュレン!今から例の森へと向かって!夏華は近くの住民に聞き込み!友梨は私とインタビュー室に行くわよ!」
「よし、行くぞ。シュレン」
「はいはい」
「私、明日非番なんやけどな……」
……
………
…………
「何でこんなことに……」
ちなみに、既に彼らは森から姿を消していたという。
********************
星が降っている。
こんな星空を見たのは生まれて初めてだ。
「綺麗……」
となりの女性はポツリと呟いた。
「こんな世界なのにこんな綺麗なもの……あるんだね」
「こんな世界だからこそ……じゃない?」
二人の間の焚き火の微かな光が女性の背後の2機のパワードスーツを照らす。
『SCP財団と名乗る………ロンドン………避難………が………を…………消え…………』
ラジオの音は途切れ途切れで、やがて全てが止まってしまった。
「壊れちゃったかなー。電池切れとかならまだ希望はあるかもだけど」
その女性はラジオを持っているドライバーで解体し始めた。
回路がどうとか言っているが、私にはさっぱりわからない。
「ねぇ、███?これあげる」
女性が私に差し出したのは一つのロケット。
確か、中には大切な人の写真があると言っていたはずだ。
「もらえないよ」
「あげるよ。ほら、誕生日!」
「誕生日は2ヵ月後だけど」
「じゃあ先払いで!」
「なんでよ」
私は受け取ったロケットを首にかけてみる。
ズシリとした重さが私の首に伝わってくる。
「それに……2ヵ月後じゃ渡せるかどうかわからないしさ」
女性は何気ないように呟く。
こんな世界だ。明日生きてる保証もない。
「ありがとう。███」
「あ、直った」
「聞いてよ」
なんだかおかしくなって私達は笑った。
世界はこんなにおかしいのに、何一つ変わらない私たちに笑った。
声なんて出さない方がいいのに。
私たちは大きな声で笑った。
『時計の音が………止まらない。ああ、神よ。世界はおしまいです』
「SCP-524の雑食ウサギのウォルター」はDr Gerald作「SCP-524」に基づきます。
http://www.scp-wiki.net/scp-524 @2009
「SCP-120-JPの世界で一番の宝石」はZeroWinchester作「SCP-120-JP」に基づきます。
http://ja.scp-wiki.net/scp-120-jp @2014
「SCP-105のアイリス」はDantensen作「SCP-105に基づきます」
http://www.scp-wiki.net/scp-105 @2008
「SCP-073のカイン」はKain Pathos Crow作「SCP-073」に基づきます
http://www.scp-wiki.net/scp-073 @2008
「SCP-053の幼女」 は Dr Gears作「SCP-053」に基づきます。
http://www.scp-wiki.net/scp-053 @2008
また、一時的に名前をつけさせていただいております。
「SCP-1000のビッグフット」はthedeadlymoose作「SCP-1000」に基づきます。
http://www.scp-wiki.net/scp-1000 @2011
「SCP-871の景気のいいケーキ」はSeibai作「SCP-871」に基づきます
http://www.scp-wiki.net/scp-871 @2011
「SCP-1678の裏ロンドン」はAstronautJoe作「SCP-1678」に基づきます。
http://www.scp-wiki.net/scp-1678 @2012
「SCP-5000のどうして?」はTanhony作「SCP-5000」に基づきます。
http://www.scp-wiki.net/scp-5000 @2020
「SCP-4975の時間切れ」 は”Scented_Shadow”作「SCP-4975」に基づきます。
http://www.scp-wiki.net/scp-4975 @2019




