Case39 イタチごっこ
「そんなに怖い顔しないでよ。つれないなぁ」
マイクと名乗る少年は笑みを浮かべ、こちらに手を差し伸べる。
「ほら?何がいい?鬼ごっこ?かくれんぼ?」
……しかし、流石に私も馬鹿ではない。
いくら何でも怪しすぎる。
こんなところで子供が遊びましょうって怪しまない方が異常というものだ。
「……困ったな。君からも言ってよ。メリー」
その名に反応して、少女はビクリと体を震わせる。
どうやら、メリーというのがこの子の名前のようだ。
「僕だけだと遊んでくれないようだし。メリーも一緒に遊びたいよね?」
メリーはそれを聞くと私の手を握りマイクの元まで連れて行こうとする。
しかし、私はメリーの手を振り解き銃口をマイクに向ける。
「その子、メリーは怖がってるみたいだけど」
「まさか。そんなわけないでしょ、僕らは友達だもの。ね、メリー?」
そういうと、マイクはメリーの方に手を回す。
メリーの方は体を震わせながらも無理矢理に笑顔を作っているようだ。
……どうするか。
明らかにメリーはマイクを恐れている。
けど逆らえない。何か理由でもあるのか?
脅されているとか……?
だが、実際マイクからは敵意を感じない。
まさか本当に遊びたいだけ?
いや、んなわけない。
これでも幾つものSCPと相対してきた。
人間を騙すSCPというのも存在しないわけではない。
彼も恐らく何かしらの異常性を持っている。
マイクとメリー。
二人が一つのSCPの可能性だってある。
……だけど、遊ばないことが安全なのか?
ここで遊びにのらないと凶暴化……とか。
そういうのもありえるわけだ。
どうすればいい……?
「……わかった。遊ぼうか」
「やった!ありがとう!」
無邪気な笑顔を見せるマイク。
私はシャロット博士の言葉を思い出していた。
「……貴方の異常性の無効化は確かに強力。だけれどその無効化はあくまで自分にしか発動しない。つまり認識障害や精神汚染の類なら貴方はSCPに対して切り札とも言える。しかし、純粋な暴力には敵わない。確かに貴方は死なないけれど完璧ではない。身体中がバラバラになったら生き残るって保証はないの」
との事だ。
「じゃあ僕の家においでよ!」
少年は背後の建物を指差す。
…恐らく彼の見た目からして暴力的なオブジェクトではない。
精神汚染……一生遊ばせる…とかだろうか?
どちらにせよこうなった以上、私は参加せざるをおえない。
彼の家は内装という内装は存在せず子供が遊ぶには十分な空間が存在していた。
「何して遊ぶ?鬼ごっこ?隠れんぼ?」
「……その前に教えて。貴方はなんでこんなところにいるの?」
この質問に特に深い意味はない。
ただ、同じ異常者としての純粋な興味だった。
入り口で出会った少女は治療という名目で騙されていたようだが、この少年からはそのような雰囲気はしない。
むしろ望んでここにいるように見えたのだ。
「……ここしかないんだ。僕は」
マイクの顔はどこか悲しそうだった。
「僕は、遊びたいだけなんだ。このツリーハウスで。それなのに大人は僕の家に火をつけた」
きっとここに来る前の事なのだろう。
マイクは昔のことを懐かしむように淡々と語っていく。
「ここの人に拾われたのはそんな時だったよ。ここには美味しいご飯もあるし、怖い大人もいない」
私はマイクにかける言葉が見つからなかった。
形はどうであれ、彼にとってカオス・インサージェンシーは恩人であるのだろう。
「ほら、そろそろ始めようよ」
「そうだね……鬼ごっこでいい?」
「うん!」
「じゃあ、僕が鬼!二人は逃げてね。範囲はこの部屋で僕の家の外に出てもいいよ。僕はこの部屋の入り口で60秒数えるね」
そういうとマイクは彼の家から外に出て、この部屋の扉に顔を伏せる。
この部屋は軽く体育館くらいの大きさはある。
鬼ごっこには十分だろう。
「さて……どうしようかな」
彼に敵意がないとしても、どんな異常性を持っているかわからない以上捕まらない方がいいだろう。
「おい、白髪の女!お前何遊んでるんだ!そんな暇ないだろ!」
「わかってるって」
確かにそれも事実。
ならここは即座に捕まった方がいいだろうか?
「ん…?」
そこで、私はメリーが必死に袖を引いているのに気がつく。
「どうしたの?」
メリーは私の体を引っ張ると、先程マイクが座っていた所の床を外す。
「…!なにこれ?」
そこにあったのは無機質な扉。
どうやら地下に続いているようで、上から被せられた木の板で完全に隠れていた。
メリーはさらに腕を引っ張り、地下室について来て欲しいようだ。
「……うーん」
「罠かもしれんぞ?」
「それはわかってるけど」
どうしてもこの子を疑う気にはなれない。
これはただの勘なのだが。
「60〜59〜58〜」
マイクのカウントダウンが始まった。
どうやら部屋の扉までたどり着いたらしい。
「行ってみようか」
この部屋が範囲というなら地下でもルール違反にはならないだろうし。
地下に続く梯子はそれほど長いわけではなく、意外とすぐに底につく事はできた。
しかし、部屋が暗く何も見えない。
たちこめる異臭が私の鼻を刺す。
「それで、どうしたの?」
メリーは少し周りを見渡した後、近くにあったスイッチに手をかける。
どうやらそれを照明のスイッチだったようで部屋の蛍光灯が光り始める。
光に照らされて現れたものは、
山のように積まれた小動物の死体と白骨死体。
なんだこれは……?
白骨死体…?
この子がやったのか?いやだったら見せる意味がない。
だとしたらマイク?
彼がやったっていうのか?
転がっている頭蓋骨は一般的な人間とはひと回りほど小さい。
まるで、子供のもの……。
いや、これは子供の骨……?
待て待て。
いや、
だとしたら。
「アイリ……?」
アイリが……殺された……?
「落ち着け白髪の女!!」
SCP-120-JPの声に私はふと現実に戻される。
「ここの死体は殺されてから時間が経っている。数日前とかそんなものではない」
確かに、そもそも白骨死体という時点で最近殺されたわけではない。
ここにアイリの死体はないはずだ。
「……ごめん」
「貴様がしっかりとしていなければ困るのだ。我がこの施設ごと壊しても良いが、それで万が一でもアイリが傷ついては困る」
落ち着け。
落ち着け私。
私は小さく深呼吸をして、小動物の死体の山を見遣る。
よく見ると、すべての小動物の死体には噛み傷のようなものがあった。
「……噛み傷?食べたってこと?」
「そうだよ」
「?!」
私は背後を振り返る。
だが、間に合わない。
「捕まえた」
私が避けるよりも先にマイクは私の手を掴み、私の体から引き剥がした。
「ぐ……うぅぅ!!!」
私はそれでも体を捻り、無理矢理マイクから距離を取る。
「あーあ。油断させて殺そうと思ったのに……」
私の左手をブラブラと揺らしているマイクは二の腕のあたりに歯を立てる。
「うーん。やっぱり硬いなぁ。もっと小さな子供がいいんだけどなぁ」
「お前……!」
私は生えかけている左手をさすりながらマイクを睨みつける。
「あ、そっか君かぁ。ルーが言ってた不死身のやつって」
ルー……?
誰だ?ここの黒幕か?
「取った手は早く食べないと消えちゃうのかぁ……でもいいねそれ。無限に食べられるんだ!!!」
マイクが消えかけた手を捨てると同時に、私の左手の感覚が戻る。
しまった、油断していた。
マイクは精神系のSCPではなく肉体的なSCP。
私にとって天敵だ。
並大抵の筋力しか持たない私にはとても敵う相手ではない。
どうにかしてここから逃げないと。
私はマイクに注意を向けながらも、部屋の中を見渡す。
出口はマイクの後ろの梯子のみ。
どうにかしてあいつをどかさないと……。
待って、メリーはどこに行った?
メリーがいたはずの場所には私の上着だけが落ちており、彼女の姿はどこにも見当たらない。
「それに比べて……お前は駄目だね」
マイクは目にも留まらぬ速度で手を動かす。
再び、その手が止まった時。
そこには一匹のネズミが握られていた。
「人間の子供を見つけてきたら命は助けてやるって言ってるのに……どうしてこういうことするかね。喰われることには変わらないのにさ」
マイクの手の握る力が強くなる。
ミシミシとなる音にネズミは苦しそうな鳴き声を上げる。
「あと……僕はそっちじゃない方が好きだっていってるよね?」
急に力を弱めたかと思うと、マイクはネズミを床に叩きつける。
ネズミは苦しそうな声をあげ、その場でのたうちまわり徐々にその姿を変える。
「……メリー?」
やがてそのネズミは苦しむ少女の姿となり私の前に姿を現した。
床に倒れ込む裸の少女。
それは間違いなくメリーその人であった。
「どういうこと…?」
「どういう事も何もそういう事なんだよ」
私の脳裏に小動物の死体の山が浮かぶ。
いや、あれは小動物というより……ネズミ。
そうだ、あれは全てネズミであった。
つまり、メリー。
彼女の正体はネズミ。
流石にそれだけではないだろうが、人間の姿になるということは異常性の一つなのだろう。
そして、マイクは彼女の仲間を食い、彼女の命を保障する代わりに私を誘い出した。
しかし、彼女は裏切りマイクの正体を伝えようとした……といったところか。
「まあ、どっちにしろ食べるつもりだったけどね。ネズミは不味いけど腹は膨れるからさ」
マイクはメリーの首筋に手を伸ばす。
しかし、それよりも早く私の体が動いた。
「……僕を殺すつもり?」
銃口を向けられているのにも関わらずマイクの顔には焦りを微塵も感じさせない。
「その子から離れて」
「僕に命令するなよ」
勝てる相手じゃない。
手の震えが止まらない。
だけど、それでも。
私に危機を知らせてくれようとした女の子を見殺しにはできない。
「じゃあこうしようか。君が何の抵抗もせずに僕の家畜になってくれるならそいつには何もしないよ」
「約束を守る保証は?」
「そんなこと言える立場?」
うぐ……その通りだ。
だからといって彼の言う通りにするわけにはいかない。
時間を稼いだところでこの部屋をシュレンさんが見つけてくれるか……?
「おい、白髪の娘」
マイクに聞こえないくらいの小声でSCP-120-JPが私に話しかける。
「我が梯子を登りあの女を呼んでくる。あんな小童などに人間の力を借りるのは癪だが…」
「その力を使うのは今じゃない。それこそここで暴れたらアイリに何かされるかもしれないし」
「そんなことわかっている。だからお前は少し奴の気を逸らせ。その隙に我が梯子を登る」
「ていうかそもそもできるの?」
「我を誰だと思っている?『深き海とそびえる山を統べる偉大なる王』だぞ」
そりゃあまあ頼もしいこと。
ともかく、ここを乗り切るにはそれしかないようだ。
「どうしたの?早く決めてよ」
「……ねぇ、貴方は何でこんなことするの?」
「何で…?君らだって家畜を飼って食べるだろ。それと同じだよ」
私のポケットから小さなヤドカリのような生物が出てくる。
あのSCP-120-JP-1のミニバージョンといったところだろうか。
とにかく、私はマイクの気をそらし続けなければならない。
「でも……何で子供ばかり狙うの?ここには不自然なくらいに大人の死体がない。どうして?」
その言葉にマイクがピクリと反応する。
しまった……地雷を踏んだか……?
わなわなと震えるマイクの表情に映るものは明らかな恐怖だった。
「大人……?大人だって……?!あんなの襲えるわけないだろ!?!?」
突然の怒号にメリーが怯えて縮こまる。
「奴等は僕の家に火をつけたんだ……!!!人が住んでる家に!!信じられるか!?!?あり得ないだろ!!!」
顔を真っ赤にして恐怖と怒りの表情を交えるマイクの背後でSCP-120-JP-1が梯子を登るのが見える。
とりあえず行かせるのには成功したが、問題はここからどうやって凌ぐかだ。
「はぁ……はぁ……とにかくさ。どうするの?僕の家畜になるの?ならないの?」
部屋の大きさは学校の教室ほど。
追いかけっこにはちょうどいい。
「お断りだ」
発砲。
拳銃の弾が確実にマイクの頭部を捉える。
だけど、そんな簡単に死ぬわけがないというのは十分理解している。
「メリー!」
私は横たわるメリーの手を取りマイクから離れる。
「ああ……そうかよ。なら殺してやる」
*御館 友梨のSCP勉強のコーナー*
「このコーナーでは、私、御館 友梨が画面の前の皆様と一緒にSCPを勉強していくコーナーです!今日の先生はこちら!」
「……クリスだ」
「はいというわけでよろしくお願いしまーす」
(……断る方が面倒くせぇな)
「早くしてください」
「……今回紹介するのはSCP-075『腐食性カタツムリ』オブジェクトクラスはEuclidだ」
「カタツムリってあの食べるやつですか?」
「あんまりカタツムリで直ぐに食べるっていうのは出てこないと思うが……それであってる。SCP-075は全長20cm、幅13cm、高さ15cmで筋肉質なかぎ爪のある6本指の単足を持つ巨大なカタツムリだ。異常性として足の毛穴から強い腐食性を持つ液体を排出する」
「巨大なカタツムリ……キモ……」
「SCP-075は乾燥していない場合、信じられないスピードで移動する。だから特別収容プロトコルには乾燥が義務付けられているらしい」
「塩振ったりしたら消えないんですか?」
「消えたらダメだろうが。それに、塩かけたら消えるのはナメクジだろ」
「カタツムリもナメクジと同じで身体のほとんどが水で形成されてるので塩かけたら消えますよ」
「なんで変なところで詳しいんだお前」
「カレナさんに教わりました」
「えぇ…」
SCP-075
『腐食性カタツムリ』
「SCP-974のツリーハウスの人喰い」はDrewbear作「SCP-974」に基づきます
http://www.scp-wiki.net/scp-974 @2011
また、一時的に名前をつけさせていただいております。
「SCP-1638-JPのイタチごっこ」はVideoGameMonkeyMONO作「SCP-1638-JP」に基づきます
http://scp-jp.wikidot.com/scp-1638-jp @2019
また、一時的に名前をつけさせていただいております。
「SCP-075の腐食性カタツムリ」はAelanna作「SCP-075」に基づきます
http://www.scp-wiki.net/scp-075 @2008
「SCP-120-JPの世界で一番の宝石」はZeroWinchester作「SCP-120-JP」に基づきます。
http://ja.scp-wiki.net/scp-120-jp @2014