Case3 時間切れ③
私の前に現れたのはクリスを名乗る人物。
その容貌は欧米系の男性で、2mほどの身長。
年齢は20代ほどだろうか。その黒髪は清潔的に短く整えられており、黒い服の上からもわかるほどに、鍛えられあげた肉体をしている。
しかし、隆々しいというわけではなく、いつもの私が見たら黄色い悲鳴をあげるような、美しい顔とモデル体型をしている。
「あっ、えっと。あいむ のっと すぴーく いんぐりっしゅ!」
私は咄嗟に足りない脳みそを使い、英文を組み立てる。
「さっき日本語使っただろ」
「あ…そういえば」
たしかに、この人はその容貌からは想像できないほどスラスラと日本語を話している。
ハーフとかなのだろうか。
そんな馬鹿なことを考えてるのも束の間。
「クウヴゥーーークヴゥーーー!!」
あの化け物はかつて聞いたこともない甲高い耳障りな声を上げた。
その様子から、あの化け物が怒っているというのは私にも理解できた。
「あいつ、まだ生きてる!」
私の言葉が言い終わる前にクリスは化け物の眉間に発砲する。
銃弾は的確に命中し、あの化け物は長い首をクネクネと動かしながら痛みを感じているように見える。
「あんなんで死ぬんだったら苦労してねーよ」
そういうと、流れるようにクリスは私を担ぎあげた。いわゆる「おんぶ」の状態である。
「とりあえず、お前の安全確保が最優先事項だからな」
そう言うと、クリスは私を背中に乗せたまま
化け物を背に駆け出した。
その速さは、とても人を乗せているとは思えないほどで、クラスの男子なんて、比じゃないほどのスピードだった。
こんな時にも自分の体重を気にしてしまう私はまだどこかでこの状況を信じきれてないのだろう。
クリスと私は南口の方の昇降口へと移動するが、その扉もまた、固く閉ざされている。
「ちっ、入ることはできても出ることはできねーのかよ」
クリスは思いっきり扉を蹴飛ばすが、扉が開く様子はない。
「こっから入ってきたんですか?」
「ああ。あのSCiPの影響か、それでも別のやつか…」
「SCiP?」
「あー。お前は気にしなくていい。ところでお前、どこか鍵かかってない扉知らないか?」
「確か、購買部の近くの搬入口が壊れてるって」
「購買部だな?よし、案内しろ」
購買部は私たちがいる南口昇降口とはほぼ真反対の位置にある。
クリスは一切の息を切らすことなく、再び走り出す。
階段を駆け上がり、校舎間の渡り廊下を走り去る。
しかし、このまま逃げ切れるほどあの化け物は優しくないのだろう。
「うっ…………」
「なんだ。どうした?」
「また頭に音が…」
チクタク、チクタク。
「どういう音だ?」
「時計……時計の音。ずっと鳴ってる!!」
チクタク、チクタク。
「少し落ち着け。自分名前言えるか?」
「私は……御館…友梨……」
「よし。大丈夫だな。体に何か症状は?」
チクタク、チクタク。
「頭……時計……ずっと……あいつが来る!!」
「あいつ?さっきのSCiPのことか?」
チクタク。
「あっ……」
「どうした?」
私の前に現れたのは、あの、化け物。
「あっ……ああ………」
「なんだ。どうしたお前」
クリスの背中で体を震わせる友梨。
しかし、クリスにはあの化け物が見えている様子はない。
その様子を化け物は嘲笑っているに見える。
「いる。いるんです。あの化け物…」
クリスはそれを聞いた途端、前方に向かって銃を発砲する。
しかし、その銃弾は化け物をすり抜け、向かい側の壁に当たってしまう。
「何か変化は?」
「何もないです!」
「だろうな」
そう言うと、クリスは化け物に背を向け、走り出す。
化け物もそれにつられて、私たちを追いかける。
「他に購買への道は?」
「一階にも、渡り廊下あるけど、外を通る道だから多分開かない!」
クリスはそれを聞くや否やすぐさま踵を返し、化け物へと向かっていった。
化け物はそれを見ると、決して逃すまいとその長い首を構えた。
「な、な、何してるんですか?!」
「どうせこの道しかないんだろ」
クリスは臆することなく、化け物の脇を抜けようとする。
化け物は私へと首を伸ばし、私の襟元に噛み付こうとする。
「ぐっぅぅ!」
私は無理矢理に体を反らし、嘴は私の襟袖を2、3センチ持って行くだけだった。
しかし、化け物もそれで諦めるわけはなく、その長い尾を振り回し、私へとぶつけようとしてくる。
「クリスさん…尻尾が!」
クリスは私の言葉を遮るように、空高く飛んだ。
その有様はまさに運動選手のようで、背中に人を乗せているようにはとても見えない。
空を飛ぶ私の下で化け物の尾は空を切る。
「よし。このまま逃げ切るぞ」
クリスは一切体勢を崩すことなく、再び走り出す。
化け物は狭い廊下で動き回ったためか、うまく私たちの方向へ体を反転できていない。
その隙に私たちは搬入口までやってきた。
玲奈の言っていた通り、扉の鍵は壊れており、扉は半開きの状態になっていた。
「やった……出口……!」
クリスは私を背中から下ろすと、胸ポケットから小さな手帳を取り出し、扉の外へ投げた。
「何してるんですか?」
「まあ、念には念をな。どうやら大丈夫そうだな」
クリスは扉を開き、外へ出ると、先ほどの手帳を拾い、再び胸ポケットへとしまった。
私もクリスの後に続き、外へと出る。
…暗闇から一寸の朝日が差し込む。その光はとても温かくて、とても寂しげだった。
あまりにも非現実的で、荒唐無稽な出来事。しかし、私はこれが夢には思えない。
そこにあるのは失望だし、絶念であるけど、私は心のどこかで気づいていた。
友達の死。
もう二度と、あの頃には戻ることはできない。
私は、どうにか生き残ったことによる安堵のためか、もしくは友達を死なせてしまった絶望のためか、体から力は抜け、床に座り込んでしまう。
温かい光に照らされ、思わず涙が溢れる。
私は……これからどうしたら……
「危ないッ!!」
「へ?」
反射的に後ろを振り向く。
そこには、あの化け物と、もうすぐ私の首まで達するという長い爪。
「あ……」
首筋にゆっくりと伝わる冷たい感触。
続いて、痛み。
皮膚の皮が一枚一枚切り裂かれていくような激痛が首を伝う。
そして再び寒気。今度は冷水を当てられたようなそんな感触。いや、これはきっと私の血液なのだろう。
私は薄れゆく意識の中で、友の顔を思っていた。
(美菜子ちゃん……玲奈ちゃん……)
……私。
御館 友梨は死んだ。
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まだ闇が残る、明け方。
雲の間から微かに見える光が少しだけ眩しい。
校庭には、巨大な鉄の檻が設置されており、中にはあの化け物。
そしてその周りには腰から銃器をぶら下げだ何人かの男がその化け物を睨みつけていた。
そこでようやく、私は仰向けに寝ており、首を横に向けていることに気づく。
(…………?)
なんだ。これ。
続いて私は額に当たる冷たいものに気がついた。
その冷たいものは拳銃であり、私を取り押さえるようにして額に拳銃を向けているのは、クリスだった。
「お前……なんなんだ……?」
これは、
御館友梨が体験した
誰も知らない
不思議な物語である。
「SCP-4975の時間切れ」 は”Scented_Shadow”作「SCP-4975」に基づきます。
http://www.scp-wiki.net/scp-4975 @2019