Case18 世界で一番の宝石②
「アイリ。ここはなんとも大きな施設だ。私にふさわしい場所もどこかにあるかもしれない」
「ふーん。ヤドカリさんの家来たちもそこに呼ぶの?」
「アイリ。私の名前は『深き海とそびえる山を統べる偉大なる王』だ。ここは退屈だ。いつか呼ぶかもしれない」
「ねえイチゴ狩りでとったイチゴでジャム作ったんだけど食べる?」
「食べる」
私は、アイリから受け取った苺のジャムをパンに塗りSCP-120-JPの収容室に入れる。
「美味い」
そりゃあよかった。相変わらず私は睨まれているが。
SCP-120-JPは昨日の夜中に化け物を出現させ、本日収容室を移動となる。
何でも担当の職員が「周りを幾ら装飾しても本体の価値は変わらない」ということに気付いてしまったらしい。
その通りである。
SCP-120-JPとの面会時間を終え、私はアイリと共に食堂へと来ていた。
「アイリのお母さんってどんな人?」
何でそんなことを聞いたのか自分でもわからない。
ただ、なんとなしに会話の種が欲しかっただけだった。
「私のお母さんは死んじゃった。私が小さい時に」
その言葉たくましく、どこか寂しげでもあった。
「お父さんと離婚して、お仕事頑張ってたみたい。それでお婆ちゃんのところに居たんだけど、この前の事故で…」
アイリは少し俯きながらポツポツと呟いている。
「そっか。ごめんね」
悪いことを聞いてしまった。
数秒前の自分を恨みたい。
「でも……私にはヤドカリさんがいるから!」
アイリはそう儚げに、しかし力強く言った。
「そっか」
私にはそうやって返すことしかできなかった。
アイリは笑みを浮かべている。
私は、ただその笑みを返すしかなかった。
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荷台はガタガタと揺れている。
この私になんて扱いをするのだろうか。
アイリがいなければこんな者達蹂躙してやるというのに。
まあ、少し我慢してやるか。
ここにもどうやら私の価値を理解してくれる奴はいるようだからな。
………それにしても、アイリと共にいたあの白髪の女。
私は人が自分に向ける価値観を読み取ることができる。
けど、あいつにはできない。
不気味だ。しかもそんな奴がアイリと一緒にいるのが不安で仕方ない。
それに、白髪の女など、まるで……
「なぁ、聞いたかよ?」
運転席から声が聞こえる。
若い男の声だ。
「余計な事を話すな」
もう一人は中年の男の声だ。
「固てぇなぁ。いいじゃんかよ世間話の一つくらい」
「……SCP-120-JPを載せているのを忘れたのか?」
こいつら……
私の名は『深き海とそびえる山を統べる偉大なる王』だと言っているのに……!
まあ、いい。
この年寄りの方は私に対して敬意を持っているようだ。
それより私は若い男の方の話が不思議と気になった。
「どうせ聞こえやしないって。寝てるだろ」
「おい!」
中年の男が声を荒げる。
しかし、若い男の方は声の調子を変えずに続ける。
「SCP-120-JP-2だよ。アイリちゃんだっけか?あいつずっとこの施設に住むことになるんだとよ」
……なに?
「可哀想になぁ。あれだけ可愛ければ外の世界でアイドルにでもなれたろうに」
「いい加減にしないか!」
アイリが…ずっとここに……?
何故だ……?
……いや、答えはわかっている。
私のせいだ。
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[SCP-120-JPを乗せていた輸送車両で突然SCP-120-JP-1が出現。付近のエージェント及び機動部隊はSCP-120-JP-2を連れて直ちに鎮静に向かってください]
多くの機動部隊が大型車両に乗り込む中、私はアイリの護衛として共に車両に乗っていた。
SCP-120-JP-1が出現したのは橋の上。少ないが近くには大きなビルがあり、付近の住人はテロリストが出現したとして避難は完了しているらしい。
「もう!ヤドカリさんまたユリ達を困らせて……!」
私の隣で座っているアイリは不満そうに頬を膨らませる。
そんなアイリとは違い、私は少し不安を覚えていた。
価値観による注意は散々しているはず。
それなのにSCP-120-JP-1が出現した?
そんなミスするか?
そんなことを考えているうちに車が止まる。
そこは、まさしく地獄絵図であった。
ビルは倒され、地面にはクレーターが空き、木々は悲鳴を上げている。
まるで怪獣映画のワンシーンのようだ。
そして、SCP-120-JP-1は橋の下を流れる川に足をつき、上流へと向かおうとしていた。
「ヤドカリさん!大きいの出しちゃダメ!」
アイリの声がSCP-120-JP-1へと飛んで行く。
しかし、動くのをやめる気配はない。
「ヤドカリさん!ヤドカリさんってば!」
アイリはさらに声を荒げる。
きっと声が届いていないと思っているのだろう。
SCP-120-JP-1はその声に動きを止め、こちらをゆっくりと振り向き睨みつける。
「黙れ」
少女は初めて叩きつけられた辛辣な言葉に息を詰まらせる。
「……え?……ヤドカリさん」
「アイリ。私の名前は『深き海とそびえる山を統べる偉大なる王』だ。私はお前の言葉でどうこう出来るような陳腐な存在ではない」
アイリは瞳に驚きを浮かべている。
両親を失った彼女の親のような存在。
幼い彼女にその言葉はあまりにも大きすぎる。
「な……どうしたんですか?!急にそんな!」
私の言葉にSCP-120-JP-1は答えない。
ただ、その巨大なハサミを振るうばかりである。
「ヤドカリさん……?」
アイリは震えた声でそう呟く。
「う……」
私の後方で呻き声が聞こえる。
そこには40代ほどのおじさんの姿があった。
財団のエンブレムが描かれたジャージを着ている。
体が強く地面に打ち付けられたようで左手が曲がってはいけない方向に曲がっている。
「大丈夫ですか?」
私はおじさんの元へと駆け込む。
「……お前、財団の職員か?」
「はい。というかその手…」
「手一本で済んだなら安いもんだ。……奴、SCP-120-JP-1の暴走はどっかの馬鹿が口を滑らしちまったせいだ」
「滑らすって何を……?」
「SCP-120-JP-2が永遠に財団の監視下で保護するって言っちまったのさ」
永遠に財団の監視下で保護……?
「それって……」
返事はない。気を失ってしまったようだ。
もし、そうだとしたら。
SCP-120-JP-1の暴走は、アイリを閉じ込める必要を無くすため。
つまり、アイリの言うことを聞かないことでアイリを閉じ込めている意味はないと財団に知らしめている……!
私は再びアイリの方を見る。
アイリはボロボロになった橋の上でSCP-120-JP-2に向かって叫び続けている。
「ヤドカリさん!なんで!私が何か悪いことしたなら謝るから!」
「…………」
SCP-120-JP-1は無言でハサミを振り回し、河川敷の土を抉る。
「アイリ。もう私は貴様の言うことなど聞かない」
「なんで……もうヤドカリさんなんて!嫌い!!」
その時だった。
アイリが立っていた足場が崩れた。
「「アイリ!」」
私とSCP-120-JP-1の声が辺りに響く。
私は反射的にアイリの方へと走り出す。
崩れていく瓦礫と落ちていくアイリ。
私は崩れていく足場の中でアイリの手を掴み、思いっきり引っ張った。
「あっ……」
しかし、その反動で私の体は前に押し出されてしまう。
瓦礫と共に落下していく。身体中に重力がかかる。
地面との距離が近づいてきた。
5m…4m…3m…2m…1……
私の体は床に叩きつけられ、上から落ちてくる瓦礫の山に潰されてしまった。
「ユリ!!!」
アイリは瓦礫の山へと叫ぶ。
しかし、返事などあるはずがない。
「ユリ!ユリ!!」
アイリは何度も何度も叫ぶ。
無事なわけがない。
そんなことは彼女もわかり切っているのに。
「アイリ……」
頭上から声がする。
優しい声。アイリのことを心配する声。
しかし、その声も今の彼女にとっては怒りの対象でしかなかった。
「もう……嫌い!!!ヤドカリさんなんて!!ヤドカリさんなんて!大っ嫌い!!!」
少女の悲痛な叫びがこだまする。
SCP-120-JP-1はそれを聞くと静かにアイリに背を向ける。
これでよかったのだ。
これで彼女は自由になれる。
そう心の中で思いながら。
SCP-120-JP-1はその場を去っ……
「ちょっと待ったぁぁぁぁぁ!!!!」
声が響く。
その声は間違いなく友梨の声であった。
「ユリ……?」
アイリは改めて橋から下を覗き込む。
そこにはところどころの皮が破け、筋肉が露呈しているユリの姿があった。
彼女はより損傷が酷い右腕を抱えながら、瓦礫の山の頂上に立っている。
その声にSCP-120-JP-1も足を止めた。
「なんで逃げるの!!お互い大事な人なんでしょう!!自分の気持ちを一方的に言ってそれで終わりって!!!そんなの後悔する!!!」
私の言葉は不思議なくらいスラスラと出てきた。
こんなのが問題の解決にならないことなんてわかっている。
けど、私は言わないと気が済まなかった。
だって!ムカつくじゃないか!
こんな形で別れるなんて!
私は……もう話したくても話せない人がいるのに!
「アイリにとって大好きな人なんでしょう!!!それなのに嫌いなんて言ったら絶対後悔する!!!」
「わ、私は……」
アイリはその言葉で瞳にうっすらと涙を浮かべている。
「ヤドカリ!!」
「なっ……我は『深き海とそびえる山を……』」
「うるさい!!!そんなことより大事なことがあるでしょ!!!貴方の大切な子が悲しんでるんだよ!!!」
SCP-120-JP-1も私の言葉に動揺したような仕草を見せる。
「ふぅ……」
言いたいことは言ってやった。
もうこれで……まん……ぞく……
「あっ……」
体中の力が抜ける。
出血多量?ショック死?よくわからないけど。
まあ……後は大丈夫そう……かな……
私は少しづつ小さくなっていくSCP-120-JP-1を見ながら……気を失った。
*御館 友梨のSCP勉強のコーナー*
「このコーナーでは、私、御館 友梨が画面の前の皆様と一緒にSCPを勉強していくコーナーです!今日の先生はこちら!」
「こんちは!!最近出番の少ない美郷です!!」
「いや……なんか……すみません」
「ま、うちはしょっちゅう外出てるしな。しょうがないわ。今回紹介するのはSCP-013『ブルーレディ煙草』オブジェクトクラスはSafeや」
「おー!なんか大人な感じしますね!」
「やろ?ユリも吸ってみる?」
「やめときます。嫌な予感するし、それ以前に私未成年なんで」
「本編じゃ普通に吸ってたけどな……」
「え?何か言いました?」
「ううん!なんでもない!それより、このオブジェクトの異常性は、吸った人物は自分自身を女と思い込むんや」
「自分自身……てことは」
「そう。側から見たらおっさんがクネクネしてたりするわけや」
「うわぁ……」
「吸ってみる?」
「嫌ですよ!」
SCP-013
『ブルーレディ煙草』
「SCP-013のブルーレディ煙草」はDexanote作「SCP-013」に基づきます。
http://www.scp-wiki.net/scp-013 @2012
「SCP-120-JPの世界で一番の宝石」はZeroWinchester作「SCP-120-JP」に基づきます。
http://ja.scp-wiki.net/scp-120-jp @2014
かなりお待たせしてしまい申し訳ございません!!!
また来週から週一更新目指して頑張ります!!!