Case16 幼女②
あの日から2日が経った。
あんな死に方は初めてだ。
痛みはない。しかし、心の底から吐き気を催す感じ。
体の底から犯されているような感覚。
実際、あの翌日には体調を崩し私は業務を休ませてもらった。
私を殺した張本人、シャロット博士と言うらしいができれば二度と関わりたくない。
あの人は絶対やばい人だ。
その時、誰かが扉をノックする音が聞こえた。
「友梨ちゃん、入るよ?」
私の部屋を訪れたのは意外にもミアさんであった。
ミアさんは心配そうな顔で部屋へ入ってくる。
「どう?調子は?」
「まあ、なんとか」
まだ気怠さは残っていたが、私はにこりと笑って見せる。
「そっか。ごめんね。シャロット博士には僕から注意しておくから」
「よろしくお願いします……」
会うたびに殺されてはたまったもんじゃない。
「それで……実はあって欲しい子がいて」
「あって欲しい子?」
誰だろうか。
私に会いたい子供など覚えがない。
「気を悪くしないでね。SCP-053に会って欲しい」
私はその名を聞いた時、無意識に身をビクッとさせる。
SCP-053。荒戸に最初に騙されたときに出会ったあの小さな女の子だ。
当然、いい思い出などない。
「もちろん、強制はしない。貴方の話は聞いたし、無理なら他の仕事を回すから」
……断ろうか。
正直まだ本調子ではないし、精神を抉るような仕事は出来る限りしたくない
「……あの子、初めて泣いたんだ」
「へ?」
「君と出会ったあの日。初めてあの子が泣いたんだ」
今でも耳に残る声。
蚊の鳴くような震えた声。
私はきっと馬鹿なんだと思う。
だけど、あの子に『大丈夫』って言ったからね。
********************
「お姉ちゃん!次はお姉ちゃんがママ役ね!」
「はいはい」
SCP-053の収容施設。
あの子は私が中に入るなり抱きしめてきて、おままごとをしようと言い出した。
こう言うことがあるから英語を勉強しといてよかったと思う。
「お父さん、料理できましたよ」
「なんだこれは!味噌汁が冷たいぞ!」
「あ、亭主関白な感じなのね」
時々ズレたことはするが、この子は普通の少女だった。
時々、年相応の無邪気な笑顔を見せる。
そうだ。この子は何も悪くない。
私と同じ、巻き込まれただけなんだ。
「どうしたの?」
「へ?あ、なんでもないよ」
少しぼーっとしてしまっていた。
ちなみに、前回のことで耐性がついたのかこの子を見ても殺人衝動は湧いてこなかった。
「お姉ちゃん、次!お絵かき!」
「わかった。じゃあちょっと紙と書くもの貰ってくるね」
「ありがとう!」
私はそう言うと、施設の扉を開ける。
一応、彼女のことを見るが、出てこようとする様子はない。
収容違反を起こす意思はないようだ。
私は外でカメラ越しに見ていたミアさんに話しかける。
「あの子が、お絵描きしたいって言ってて。紙とかクレヨンとかありますか?」
「あ、それなら僕の部屋にあるかも。一緒に来てくれる?」
「わかりました」
ミアさんは他の職員にそこの警備を任せると、私と共にミアさんの部屋へと向かった。
「あの子、楽しそうでよかった」
ぼそっとミアさんは呟く。
日常的にヒトの命が関わっているこの仕事でこれほどまで優しいのは、珍しいだろう。
「ミアさん、本当に優しいんですね」
「………そんなことないよ。ただ、僕は、出来るだけのことをしているだけ」
その表情には先ほどとは違い僅かに影が見えたような気がした。
「それってどういう…?」
「あ、二人ともおはよう」
廊下の向かい側から歩いてきたのは夏華さん。
それに、赤いワンピースを着た日本人の少女だった。
「おはよう、夏華さん」
「おはようございます。……その子は?」
私が目を向けると、その子は夏華さんの後ろへと隠れてしまった。
…私の顔が怖かったのかな。
ちょっと凹むが。
「この子、ちょっとシャイみたいで」
夏華さんは笑って答える。
「あぁ、たしかSCP-120-JPの…」
「そう。その子」
なんか二人で話してる。
なんか仲間外れにさせてる気分だ。
「ヤドカリさん知ってるの!?」
しかし、この女の子。
ミアさんの言葉を聞いて、夏華さんの後ろから飛び出した。
「ヤドカリ?」
私が思わずそう尋ねるとその少女は眼をキラキラして語り始めた。
「ヤドカリさんはね!凄いんだよ!凄い強くて!凄い賢くて!すごく偉いの!!それでそれで、子分もたくさんいてね……」
さっきまでの反応が嘘みたいに饒舌になる少女。
語っているうちに恥ずかしくなったのか徐々に声が小さくなり、頰を赤らめ、再び夏華さんの後ろに戻っていった。
「えっと…」
少女はうんともすんとも言わず、夏華さんのズボンを強く握りしめている。
「じゃあ行こっか」
「うん……」
「それじゃ、二人ともお疲れ様」
そう言うと夏華さんは少女を連れて行ってしまった。
「ミアさん、あの子誰ですか?」
「SCP-120-JP-2だね」
「ってことはあの子も異常性を?」
「いや、あの子は持ってないよ。持ってるのは……と、それよりあの子を待たせちゃってるね」
その言葉で、私は頰を風船のように膨らませた幼女の姿を頭に浮かべる。
「それは…急がないといけませんね」
私達は少し笑いながら急いでミアさんの部屋へと向かった。
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「見て!これ!」
その絵には子どもらしい絵で二人の人間が描かれている。
きっと私とこの子だろう。
「凄い!上手!」
「でしょ!」
幼女は誇らしげに胸を張る。
……そうだ。私この子の名前知らない。
「そういえば、お名前なんていうの?」
「名前……SCP-053」
「そうじゃなくて、私の友梨みたいな…」
「ないよ。気がついた時からSCP-053」
この子……。
ずっとここにいるのか?
物心つく頃からずっと?
私はおもむろに、近くの画用紙を手に取る。
それは、彼女が元気一杯に描いたオレンジ色の花畑。
「……貴方はマーガレット」
「え?」
「マーガレットちゃんね。今日から!」
その少女、マーガレットは一瞬困惑した顔を見せるが、直ぐに満面の笑みを浮かべる。
「マーガレット!私はマーガレット!」
その子は嬉しさのあまり立ち上がり、近くを走り回る。
……こんなこと前にもあった気が。
「痛っ…」
ノイズがかかる。
くたびれた白衣。優しく差し伸べられた手。
……これは誰?
「どうしたの?お姉ちゃん?」
「大丈夫、ちょっと頭が痛くなっただけ」
私はマーガレットの声に我に返る。
なんでだろう。
それは、思い出してはいけないような気がした。
『友梨ちゃん、そろそろ戻ろうか』
「あ、わかりました」
私は外からのミアさんの放送にそう答えると、マーガレットにお別れを言って収容室を出た。
「名前…つけてくれたんだ」
「あ、ごめんなさい。ダメでしたか?」
「…上には誤魔化しておくよ」
「すみません」
「ううん、ありがとう」
その言葉は小さく、しかし強く私の心に響いた。
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「ねぇ、シャロット?」
暗闇を照らすのはモニターの光。
「僕、ちょっと怒ってるんだけど」
荒戸はいつもと変わらない笑みを浮かべる。
しかし、いつもの軽い表情ではなく、そこには黒いものが見え隠れしていた。
「……だから謝ってるじゃない」
シャロットは静かに振り返り、荒戸を見つめる。
「ミーム殺害エージェントだなんて。悪戯にしては手が込んでたけど。どうするつもりだったの?」
「…別に」
嫌そうに荒戸の手を払うシャロット。
しかし、その手は返って荒戸に握られてしまう。
「……離して」
「嫌だね」
睨み合う二人。
「はぁ……知りたいことは?」
「お、わかってんじゃん」
その言葉で荒戸は手を離し、プラプラと手を振って見せる。
もう何もしないという意思表示だろう。
「SCP-________について知ってることを教えてよ」
荒戸の薄ら笑いが影に溶けていく。
*御館 友梨のSCP勉強のコーナー*
「このコーナーでは、私、御館 友梨が画面の前の皆様と一緒にSCPを勉強していくコーナーです!今日の先生はこちら!」
「こんにちは!ミア・クルスです!」
「ミアさん!お願いします」
「OK!今回紹介するのはSCP-1199-JP『エノキひとつを友にして』だよ。オブジェクトクラスはSafe」
「それはどんなオブジェクトなんですか?」
「SCP-1199-JPは見た目は普通のCDだね。だけど、それの内容を見ると髪が全てエノキになる」
「えぇ……その内容っていうのは?」
「私も直接見たわけじゃないんだけど、少し昔のコマーシャルみたいな感じ?とにかく意味がわからなかった」
「なるほど。でもそれだけならそこまで危険性はなさそうですね。ハゲには効かないし」
「まあ、そうだったんだけど、突然SCP-1199-JPの影響を受けたDクラスが忽然と姿を消したの」
「え?どこに行ったんですか?」
「それがGPSで彼らを追った結果、南極に巨大なエノキタケが見つかって、彼らはエノキの一部としてエノキのテッペンから生えていたの」
「え、ちょっと待ってそれどういう状況ですか?」
「それから彼らはロケットのように宇宙空間へと打ち上げられた……」
「なんですかそれ、意味わかんない!」
SCP-1122-JP
『エノキひとつを友にして』
「SCP-053の幼女」 は Dr Gears作「SCP-053」に基づきます。
http://www.scp-wiki.net/scp-053 @2008
また、作品進行の都合上仮の名前をつけさせていただいております。
「SCP-1199-JPのエノキひとつを友にして」はrararain作「SCP-1199-JP」に基づきます。
http://ja.scp-wiki.net/scp-1199-jp @2018