ハロウィン特別編 カブチャのジャック
10月29日。
私はとある収容室へと向かっていた。
珍しく、優希さんに呼ばれたのだ。
「こんにちはー」
そこには優希さんと、シロツメさんの姿があった。
「ああ、友梨ちゃん」
二人もこちらに気付いたようだった。
「珍しいですね。二人が一緒なんて」
「本日……博士……が……お休みを…くれたので……星影様の……お手伝いを……」
「僕は大丈夫って言ったんだけどね」
優希さんは苦笑いをする。
恐らく、働く以外にやることがない人なのだろう。
というか、優希さんも大概だと思うが。
「それじゃあ、今回の仕事を説明するね」
「はい」
さて、ハロウィンで浮かれていた気持ちをきっと引き締める。
SCPオブジェクトの仕事は命にも関わる重大な仕事だ(私は死なないが)、油断があってはならない。
「そんな身構えなくても大丈夫。ちょっとお話を聞くだけだから」
そう言ってガラス越しの収容室を指差す。
「あれは……?」
そこにあったのはジャク・オー・ランタンを象ったような野菜だった。
「あれはSCP-1105-JP。彼の話を聞いてあげてほしい」
「……?わかりました」
確かに、SCP-1105-JPには口が象られておりいかにも喋りそうだ。というか喋るのだろう。
私は収容室へと入っていき、SCP-1105-JPに「おーい」と声をかける。
SCP-1105-JPは私の方を向き、口を開いた。
「君、カボチャは好きか?」
「へ?」
突然の言葉に私は戸惑う。
これは、どっちが正解なのだろうか。
「まあ、そこそこ」
私は正直に答えることにした。
「カボチャは南に瓜と書くだろう? 南という漢字、何かに似てると思わないか? そう、カボチャだ。南という漢字は、カボチャをもとに作られたのだよ」
「……はぁ」
何言ってんだこいつ。
「君は足も手も自在に動かすことができるだろう?」
「ええ、まあ」
「それは一重にカボチャのおかげだ。カボチャというのは完全栄養食品なのだ。君の体はカボチャでできてると言っても過言ではない」
いや、何なんだこいつ。
私はガラス越しの優希さんへと視線を送るが、苦笑いを返してくるのみだ。
「えっとカボチャが好きなんですか?」
「何を言ってるんだ。カボチャが嫌いな生物など存在するのか?もしそんなのがいるとしたらカボチャを知らないか、カボチャに嫉妬しているかだ」
めんどくせぇ。
私後どのくらいこいつと話さなきゃいけないんだ?
「『おおロミオ、あなたはどうしてロミオなの?』という台詞は有名であるが……」
「そこは『おおカボチャ』じゃないの?」
「何を言ってるんだ? カボチャがこんなところに出てくるわけないだろう。君はバカブなのか?」
「バ……カブ?」
何だその微妙に腹が立つ言葉は。
「君はバカブも知らないのか。いいか?バカブとはこの世で最も低級な存在だ!バカブなんてものがカボチャと同じ空間にあるというだけで気が狂いそうになる」
……えっと
SCP-1105-JPは私などお構いなしにひたすらに語っている。
『友梨ちゃん、もう戻ってきていいよ』
収容室に優希さんの声が響く。
「ふむ。もう行くのか。次来た時は本当のカボチャの偉大さを教えてやろう」
もうたくさんだっての…
私は得意げなSCP-1105-JPを尻目に収容室を後にした。
「結局何だったんですかあれ?」
「何か変なことはなかった?」
変なこと……?
「少しカボチャが嫌いになったくらいですかね」
「それならよかった」
「SCP-1105-JPは……言葉を話す以外に…異常性が……見られなかったので……」
「他の異常性を調べるために友梨ちゃんに手伝ってもらったんだよ。もし洗脳系は現実改変系の異常性を持ってたら大変だからね」
なるほど。
現実改変?というのはよくわからないが、とにかくこれで大丈夫なのだろう。
「では……私は……SCP-1105-JPを……Anomalousアイテム収容ロッカーに……」
「Anomalous…確かSCiPにも満たない程の異常物質でしたっけ?」
「そう。どうやらただの喋る植物らしいしね」
そうやって優希さんと話していると収容室からSCP-1105-JPを持ったシロツメさんが出てきた。
心なしかいつもポーカーフェイスのシロツメさんが若干うざがっているように見える。
「実のことを言うと、君もカボチャなのだ。なぜなら全ての祖はカボチャであると言っても過言では無いからだ!」
そんなことを言いながらSCP-1105-JPは連れて行かれた。
********************
だが、そんな日も財団は変わらず……というわけではなく、いつもの無機質な食堂は橙と紫のレースで彩られ、辺りにジャク・オーランタンの置物が見える。
「あ、おはようございます。夏華さん」
「あ、友梨ちゃん。ハッピーハロウィン!」
そんな賑やかな雰囲気に誘われるまま食堂にやってきた私は夏華さんと出会った。
「意外ですね。ハロウィンとか関係ねー!って感じかと思ってたんですけど」
「まあ、何かと精神を使う仕事だからね。こういう時は目一杯騒がないと」
そういう夏華さんは魔女のような帽子をかぶっている。
きっと夏華さんもこういうお祭り事は好きなのだろう。
そんな世間話をしていると、遠くから私たちを呼ぶ声が聴こえる。
「夏華ちゃん!友梨ちゃん!」
そこへやってきたのは天使の格好をしたミアさんだった。
食堂中の職員の目がミアさんへと移る。
「うわ、リアル天使」
ミアさんは純白の天使の姿に身を包んでいる。
ここまで天使の格好が似合う人はいるのだろうか。
それほどまでに違和感が存在しなかった。
「あ、ミア博士。……その服どうしたの?」
「あぁ、そこで流ちゃんに会ったの。それで着せられて」
あー美郷さん、こういうの好きそうだもんな。
その時、食堂の入り口から女性職員の黄色い歓声が上がる。
そうして現れたのは吸血鬼の格好をしたクリスとフランケンのような格好をしたヴァルトさんだった。
「あれ、クリスってそういうの好きなんだ」
「んなわけねーだろ。そこで流につけられたんだよ」
あの人はそこら中で職員に会っては服を強制的に着せる行為を行っているらしい。
〔こんにちは、三人とも〕
「こんにちは、ヴァルトさんは似合ってますよ」
「『は』って何だ『は』って」
「別に?」
なんだかんだ自分の容姿に自信があったのか、クリスは私に突っかかってくる。
「珍しいね。クリス達がこんな賑やかなとこに来るなんて」
「まあ、はい。パンプキンパイがあるって聞いたんので」
パンプキンパイっていうのは確か今日限定の特別メニューだった気がする。
「クリスって、パンプキンパイ好きなの?」
「いや……」
私の質問にクリスは言葉を濁す。
「カレナさんに持ってくんだよね?」
「はい。そうです」
カレナさんか。
確かに妊婦にこの騒ぎはキツそうだ。
〔一人で行くのが恥ずかしいって言って僕をついて来させたんだよね?〕
「うるせぇよ」
ヴァルトさんは喋ってはないっというツッコミは置いといて。
「クリスのくせにいいとこあるんだね」
「……うっせぇ」
そう言い残すと、ぶっきらぼうに二人はカウンターの方へと行ってしまった。
「じゃあ、私達もご飯食べよっか」
「はい!……その前にミアさんは着替えたほうがいいですよ」
「え?なんで?」
この人周りの視線に気付いてないのか。
「ほら、私の着替えあるから。いくよ」
そういって、無理矢理ミアさんは夏華さんに連れて行かれた。
あの二人、まるで姉妹みたいだな。
「ん?」
今、足に何か当たった。
私が足元を見ると、手足の生えたトマトが食堂の外へと走り去っていった。
「…………」
手足の生えたトマトが食堂の外へと走り去っていった。
「えぇぇぇぇぇぇ!!」
私の声と呼応するように、食堂の至るところから人々の声が聞こえてきた。
「お、俺のじゃがいもが!」
「な、なんだこいつは!収容違反か??」
手足の生えた野菜とか絶対SCiPだろう。
「と、とりあえず捕まえなきゃ」
……突然発生した事件だったが、幸い野菜たちの足はそこまで速くなく、クリス達財団職員がこのような事に慣れていたこともあり、直ぐに全ての野菜を確保することができた。
この事態は財団施設のありとあらゆるところで起きていたらしいが、幸い被害と言っても、走り回る野菜に転ばされた程度で大きな怪我を負ったものはいなかった。
そして今、私はこの騒ぎの犯人の前にいる。
「いいか、神は6日で世界を作った。なぜそんなに急いだのか? 7日目にゆっくりパンプキンパイを味わうためだ」
うるせぇよ。
私は今、再び収容室に戻されたSCP-1105-JPと、動く野菜達SCP-1105-JP-1から情報を聞き出すべく、シロツメさんと共に収容室にいる。
「この野菜達は……貴方が生み出したもので……間違い無い……?」
「他の野菜がカボチャに服従するのは当然のこと。そんなこともわからないとは貴様バカブなのか?」
心なしかシロツメさんがムッとした気がする。
とはいえ、今のはSCP-1105-JPが自分のことだと認めたわけだ。
「収容室にいる間は問題なかったんですよね?」
「はい……とはいえ…毎日……実験として……会話を行なっていました……」
「ということは、毎日話さないと今回のようなことが起きるっていうことですか?」
「毎日かは……まだわかりませんが……会話が条件なことは……確かだと思います……」
めんどくせぇ……
メンヘラかよこいつ。
「君たちが存在するのも一重にカボチャのおかげだ。だからこそカボチャについて話を聞くのは当然の義務だろう?」
……あぁ!ムカつくこいつ!
シロツメさんも明らかにムスッとしている。
「ん?」
私のズボンの裾が何かに引っ張られる。
それは、先ほどのトマトだった。
「それ、絵?」
トマト達が持っていたのは子供のような風に書かれた絵だった。
恐らく、SCP-1105-JPが書かれているのだろう。
「なんだその絵は。まるでカブである。才能のない者がピカソを真似たような醜い絵だ」
SCP-1105-JPはそれを見るなりそう言い放つ。
これには野菜達も黙っていられないようで必死に抗議の姿勢を見せていた。
しかし、SCP-1105-JPは取り合おうとしない。
次の瞬間。
「あっ」
野菜達は私の記録用のビデオカメラを奪い取った。
「こら、返して!」
しかし、野菜達は私の腕を巧みにすり抜け、SCP-1105-JPへとビデオカメラを見せつけた。
「「あ…」」
私とシロツメさんの声が重なる。
SCP-1105-JPはそれを見ると驚愕の表情を浮かべる。
やがて、その姿はひどく劣化したものへと変わっていく。
「私は、私は…… なんてバカブだったんだ……」
SCP-1105-JP。
ジャク・オー・ランタンのように顔を象られたカブはそう呟いた。
********************
後日。
SCP-1105-JPの特別収容プロトコルに、彼と一日一回対話を行うこと。という項目が追加された。
……しかし
「ほら、元気だしなって」
「もういい……私は生きる希望を失った」
SCP-1105-JPは項垂れている。
余程ショックだったのだろう。
自分がカブだったことに。
「ほら、案外カブも悪くないかもよ?」
「カブというのは最も低級な存在だ!私がバカブで、バカブがこの世のゴミである以上、私に必要性などあるわけがない。誰も私を見てなどくれない!」
カブにものすごいコンプレックスを持ってるんだな。こいつ。
……待てよ。それなら。
「あー、実はさ、カブってカボチャよりも凄いんだよ?」
「……なに?」
SCP-1105-JPが微かにこちらを覗き見る。
「ほら、カボチャってさ、小さいカブって意味なの!ちっちゃいカブ……カブちっちゃい……かぶちゃい……カボチャ!……なんて」
「なに?!それは本当か!」
SCP-1105-JPの表情に新鮮味が戻ってくる。
よし、もう一声!
「ほんとほんと!世界を作ったのもカブだし!実はカブってこの世で一番素晴らしい物なの!」
「………っフハハハ!やはりそうであったか! なに、わかっていたさ! 私は落ち込んでいたふりをしていただけだ。この世の最高神たるカブである私が、君たちを試験していたのだよ! そもそもカブは素晴らしい野菜なのだ。見たまえこの透き通るように白い……」
SCP-1105-JPは完全に活気を取り戻し、それどころか光り始めた。
やべ、爆発する?
「あ、私は用事があるからこれで……」
「カブの起源はこの世界がまだカボチャスープだったころにさかのぼるのだが……」
私は光を増していくSCP-1105-JPを後に収容室から脱出する。
SCP-1105-JPは私がいなくなってもお構いなしにその後も数時間にわたって話し続けたという……
「SCP-1105-JPのカブチャのジャック」はk-cal作「SCP-1105-JP」に基づきます。
http://ja.scp-wiki.net/scp-1105-jp @2017
今回、本家記事様の発言を原文のまま使用する場面が多々あり、オリジナリティに欠けた話になってしまった事をここに謝罪いたします。