141話 平穏の陰に
「ほら、健斗行くよ! モタモタしない!」
「お兄! モタモタしない!」
「お前までえりなの真似しなくていい」
結局推しに推され海に行く事になった。 こういう所は前と一緒らしい。 俺が強く断れば良かったんだけど上野達も乗り気だしそんな様子を見ていたえりなもだんだんと行きたくなってきたようで今に至る。
「えりな、俺と行ってもつまんないぞ? なんせ泳げないんだから」
「お兄、泳げない事そんな自慢げに言わないでよ。 えりなさんはお兄の事大好きなようだからいいけど」
「響紀ちゃんそんな…… 大好きだけど」
「あー、えりなさん赤くなってる! 可愛い」
えりなは響紀に揶揄われまくられていたけど本人は惚気ているつもりらしくどこかおかしな会話になっていた。
「お兄をよろしくね! えりなさん。 ドザエモンになってたら笑えないからさ」
「大丈夫よ響紀ちゃん、私泳ぐのは得意だから」
そういやこいつ前回は沙耶と一緒に泳いでたっけな、あいつも泳げなかったんだ。 えりなに溺れさせられそうになってたんだよな確か…… まぁあの時は俺と花蓮の事でイライラしてたんだろうけど。
そして俺はえりなとバスで海に向かう。
「思い出す? 前に花蓮ちゃんと海に行った事」
「なんかトゲのある言い方だな……」
「当たり前じゃない、私が見てない時に何してたかわからないもの。 ま、まさかエッチな事してたんじゃないでしょうね!? 確か水着買いに行ってたし怪しい……」
「みんなが居る海でそんな大胆な事出来るわけないだろ?」
「健斗がしなくても花蓮ちゃんならしそうよ。 あの子手段選ばなそうだし」
ほんわかとした感じを予想していた俺はえりなに花蓮と行った事の一部始終を話す事になりとっとと海に着いてくれと思っていた。
「まぁいいわ。 もう私だけの健斗だもの、それに結婚してくれるって約束もしたし」
「えりな、そういえば今更なんだけど俺なんかと結婚って嬉しいか? 俺はえりなともうそのつもりで付き合ってるけどさ、後から誰か好きになったりとかこれから先俺の嫌な所とかそんなの見えてきたりして卒業する頃には結婚する気がなくなったとかそういう事になったりして」
これは結構思ってた事だ、もしかするとえりなの気持ちが離れてしまうんじゃないかってな……
「はい、愚問ね。 これから先健斗より可愛くてかっこいい人が現れたりしたって私が好きなのは健斗自身だし何より健斗は私の事死ぬ気で守ってくれたでしょ? そこまで出来る人ってそうそういないわ。 仮に例えそんな人が居たとしても私は健斗がいい。 ううん、健斗じゃなきゃ嫌。 健斗だって戻ってきて私なんかに構わない選択肢だってあったはずなのに私を助けてくれようとしたでしょ? とにかく私はこれから先何があっても健斗一筋よ? 健斗が言ってる嫌な所も根こそぎ愛してみせるわよ……」
えりなは言ってて恥ずかしくなったのか俺の胸に顔を当てながらそう言ってくれた。
「恥ずかしい…… 死ぬほど恥ずかしい。 だけど健斗にはちゃんと知っててほしいから」
「ああ、えりながそう言葉にしてくれてそんな風に俺を想っててくれるってちゃんとわかったよ」
「でも浮気したら怒るからね? 健斗モテ期が来てるみたいだから私が目を光らせてないとすぐに毒牙にかかるんだから」
最後にはしっかりと釘を刺され海に着くと花蓮と上野達が待っていた。
「相変わらず遅い! えりなちゃんってば本当に時間にルーズよねぇ」
「それって前にも似たような事聞いたわよ? 言っておくけどね!」
「うん、健ちゃんなら許しまーす」
「よっぽど私を怒らせたいのかしら? 花蓮ちゃんは!」
あれ? 花蓮1人か? なんて思ったら上野の後ろに新村は居た。 やっぱなんだかんだで新村と来たんだな。 てことは上手くいってるんだな花蓮。
「ほら真央ちゃん嫌がらないでこっちに来て」
「海とかマジで勘弁だわ。 公開処刑じゃねぇか……」
新村はそう言って青ざめていた。 新村の気持ちがわかるぞ、あんな女みたいな新村が水着に着替えて男なんだ!? と周りから注目浴びそうだしな。
「真央ちゃんの貞操は私が守ってあげるから心配しなくていいよ?」
「なんでそうなるんだよ? 逆に不安になるわ……」
「本当に女みてぇな顔してるな」
「上野君、シーッ!」
上野の言葉に新村はギロリと上野を睨んだが沙耶に制止され事なきを得る。
「健斗、日々野の胸ってデカいんだぜ」
「あわわわッ、上野君! 健斗君の前でなんて事を……」
「そ、そうか、良かったな上野」
「健斗! 見るなら私を見なさい!」
俺が沙耶の胸に視線が行かないようにえりなは俺の顔を自分の方にズラした。
「わ、私あんなに胸は大きくなくて不満でしょうけどね!」
「あはは、不満なんてあるわけないだろ? うん、えりなを見てるよ」
「あ…… 見ても良いけど程々にしなさいよ! 心の準備があるんだから」
「え? なんか話がどこか飛躍してないか?」
その後泳げない俺にえりなは片時も離れず前の花蓮のように俺と海に入った。 上野と沙耶、花蓮と新村もそれぞれで楽しんだりみんなで集まったりして遊んだりした。
ビーチバレーもどきのような事をして花蓮にビーチボールをぶつけまくられそれに怒ってやり返すえりな。 争うのも前に比べたら随分平和的になった。
そしてしばらくして俺がトイレに行った隙をついて花蓮が俺の所へやって来た。
「健ちゃん、見ててわかったと思うけどさ、私真央ちゃんと付き合う事になったの。 ちょっと前からだけどね」
「なんかそんな気はしてたよ」
「えへへ。 私ね、健ちゃんと同じくらい真央ちゃんの事も大好きなんだ。 でもね、前にも言った通り変わらず健ちゃんの事も大好きだよ、友達として節度は保つけどね! じゃないと健ちゃんにも真央ちゃんにも嫌われちゃうからさ」
そう言って花蓮は俺にニッコリと笑い戻って行った。 花蓮、なんの根拠もないけどさ、新村とだったらきっと上手く行くような気がするよ。 新村だって花蓮の事がもう好きなはずだ。 わざわざお見舞いに行ったり海についてくるくらいだしな。 それに前は1番最初に俺は花蓮の事が好きになった。
そんな花蓮だから俺は花蓮がちゃんと幸せになってくれないと何か引っかかりがあるようで少しもどかしいというか放っておけないのかよくわからないけどそういう感じだった。
えりなも言ってた。 俺は花蓮を特別に感じてるんじゃないかって。 確かにそうかもな。 だけど今の花蓮はとても幸せそうだった。 俺はようやく全ての事にケリがついたと思えた。
だけど終わってなんかいなかった。 花蓮の事が解決し、上手く事が運びそのせいで目が眩み肝心な事が見えていなかった。