140話 沙耶と上野
1学期が終わりが目前に迫り夏休みに入ろうとした辺り花蓮が俺にこんな話を持ちかけてきた。
「ねぇねぇ、健ちゃん!」
「健斗の彼女は私なのにそんな風に甘えた声で近寄らないでくれる?」
「うるさいわね、えりなちゃんは。そんな顔してると小じわになるよ?」
「ああ言えばこう言って……」
花蓮がえりなを押し退けむふふと意味有りげに笑う。
「夏休みになったら一緒に海行こう?」
「はぁ!? だから何私の前で彼女ヅラしてんのよ!」
「あー、済まないけど俺パスだわ」
「ええ!? なんで? どうして?」
更に花蓮は迫り俺に問い詰めてきた。前の花蓮は知ってるけど今は知らないもんな、俺が泳げないって事に……
「日々野さんも上野君も私誘ったんだよ? 健ちゃんが喜ぶと思って……」
「花蓮ちゃんが勝手に話進めるのがいけないんでしょ? 私も健斗が行かないなら行かない」
「あ、えりなちゃんはもとからいらないからどうぞご勝手に」
「このクソ女ッ!」
「落ち着けって! 俺泳げないからさ。 行ってもしょうがないかなって思ったからなんだよ、花蓮は知らなかったし仕方ないよ」
そう言うとえりなはそういえばという顔になった。 花蓮は俺が泳げないと知り何故か笑顔になる。
前に海行った時は花蓮と一緒に泳いだっけな。 ここではまだ過ぎてないけどなんか懐かしい。
「じゃあ健ちゃんは私が泳ぎ教えてあげるよ! 私運動神経いいし」
「花蓮ちゃん、友達と彼女の関係の意味履き違えてるんじゃない? そこは私が教えるのが普通でしょ!」
「えー、えりなちゃんじゃあ頼りないよ、健ちゃん溺れたら助けられるの?」
「当たり前でしょ! 命懸けで助けてあげるわよ」
「え? そんな海行くので命のやり取りなんか尚更したくないんだけど」
花蓮は新村の奴でも連れてくるのかな? ていうか新村あんな女みたいな顔してるのに水着になれるのか? そもそも来るのかすらわかんないけど。
「花蓮、新村来るの?」
「え? …… うん」
新村の名を出した瞬間花蓮の顔が少し赤く染まった。 やっぱり花蓮って新村と上手くいってるみたいだな。
「新村君が居るなら新村君に甘えときなさいよ! 健斗は私のなんだから」
「いーだ! 健ちゃんは特別なんだから! 新村君もね」
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相変わらず健斗君の所は賑やかだなぁ。 私も新月さんに海に誘われるなんて思ってもみなかった。 えりなさんと新月さんの2人が健斗君を取り合って私も私なりに健斗君にアピールしてたつもりだったんだけどあの2人に挟まれるとどうしても私は影が薄くなっちゃう。
なんせ地味なんだもん。 可愛くなったねとか言われるけどそれでもあの2人には敵わないし……
でもえりなさんが友達になろうって言ってくれたのはとっても嬉しかったな、私は上野君に告白した時お部屋に打ち付けてあったえりなさんと新月さんの写真を捨てた。
もうやめちゃおう、2人の写真に釘を打ち付けるのは。 しっかりと上野君と向き合って健斗君に伝えられなかった想いを上野君に注ごう。 だって今は上野君の方が好きだから。
どうしてなんだろうって最初は思った。 だけど上野君が野外演習で私の作ったお料理1番美味しいって言ってくれた時なんだか認められたような気がしたんだ。
本当は健斗君に言って欲しかったってその時は思ったけど。 だけど新月さんと別れて上野君が落ち込んでいた時……
新月さんも健斗君の事好きだってわかってた。 だからお互い勝ち目なんかない人を好きになって新月さんに別れられた上野君を見た時自分と重なっちゃった。 負けた者同士とか傷の舐め合い? とか思うかも知れないけどそれだって立派な恋だって私は思う。
そしてそんな私の事を受け入れてくれた上野君の事をもっと好きになって……
「日々野、海だってな。 楽しみだな」
「うん、上野君とそれにみんなと行けるなんて信じられないね!」
「謙虚だなぁ、まぁそこが日々野の良い所でもあるけどもっと自信持てってもいいんだぞ? そんなの当たり前だぜ! みたいな」
「あははッ! うん! 当たり前だぜ!」
「可愛いな日々野って」
「…… 不意打ちはズルいよぉ」
私のおでこを人差し指でツンと突きニカッと笑った上野君。 上野君のそんな仕草も大好きだよ。