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底辺配信者 平和のアポストル  作者: 上野衣谷
第二章「暴れてみた」
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第8話

「にしても──お前、なかなかやってくれるじゃねぇか。まさか、たかが観光客が、関所に喧嘩を売ってくるとは、たまげたよ。相当の世間知らず──あー、そうか、そうか、もしかしてあれかぁ? いいとこのお坊ちゃまとかかぁ? それにしちゃあ、サーカスの団員か何かみたいな、おっかしな格好してるよなぁ?」


 ボールはそう言って、がははは、と威圧的に笑って見せる。すると、周囲にいる兵士たちも、その笑いに便乗し、たちまち、この場は平にとって完全なるアウェイと化す。

 その圧倒的アウェイの雰囲気の中で、平は、威勢よく言い放つ。


「フェアーじゃないって言ってんだよ! ここのやり方は汚い! そこまでして金が欲しいのか? 金なんてもんは、ただの道具だ。お前みたいな小さい男に、その金を使えるだけの技量があるってのかぁ?」


 ボールは一歩、二歩、と平へと接近する。彼の顔から徐々に笑いが消えて行き、そして、平の胸倉を簡単に掴みあげる。

 平は抵抗することなくすんなりとその行為を受け入れる。彼はこれ以上何かをされるとは思っていないからだ。若干、表情を緊張させるファンニとは違い、平は至極落ち着いた様子であり、腕力によりプレッシャーをかけるボールへさらに追撃の言葉を放つ。


「俺には自信がある、俺はお前よりよほどうまく金を使えるんだよ、何故かって? ふふ……俺は一流のストリーマー……いや、一流のエンターテイナーだからだ! ボールとか言ったな。お前のねじ曲がった生き方じゃ、金をうまく使うことなんてできない。お前に、俺たちの前に立ちはだかる権利なんてないんだァ!!」


 誰から一流と言われている訳でも決してない。自己評価である。しかし、この場において、彼の言葉に嘘があると考える者はいない。そもそも、この場において、エンターテイナーという言葉はまるで意味をなさないのだ。


「……」


 けれど、ボールは数秒間の沈黙の後、平の服を掴みあげているその手を放し、ふん、と小さく笑う。そして、


「おい! 準備だ。こいつに分からせてやる。ストリーマーだかなんだか知らねぇが、ずぐに泣いて詫びを入れさせてやる! それも、こいつの望むように、フェアーにな──そう、フェアーに、こいつの過ちを証明してやる」

「ほぉ? なぁにを言ってんだァ! お前のやってる略奪行為が正当化されることなんてないんだ! さぁ、観念して、フォルラを返せ。勿論、こっちから渡すものは何もないっ!」


 ビシィと人差し指でボールを指さし言い放つ平の顔は、決まったぜ、という得意げな表情が見て取れる。しかし、今回は、その場にいた誰もが平の言葉にリアクションすることはなかった。兵士たちの中から数人がボールへと駆け寄ってきて、おろおろしながら問う。


「ボールさん、するってえと、もしかして──」


 兵士たちが言うよりも前に、ファンニが冷や汗を浮かべながら言った。


「決闘──か」


 その小さな呟きに、ボールが大きく反応する。


「ああ! その通りさ! ごちゃごちゃうるさい小生意気なお前ごとき、俺の権力で、この場でねじ伏せることくらい簡単にできる。だけどなぁー」


 ボールは不機嫌そうに頭を何回かかきむしる。怒りや憎しみというよりは、苛立ちだ。彼は、平の発言に苛立っていたのである。


「生き方──それをお前みたいな小僧に否定される覚えは、ないんだよ。というかなぁ、ムカつくんだ、お前は。なんだその演技みたいな喋り方ァ。だからよぉ」


 不気味な笑みは、周囲の兵士を怯えさせる。確かに、ボールという男は、その権力を利用して、金品をちょろまかしているような小物に見えた。けれど、ボールにはボールなりのプライドがあり、そして、平の発言はそんな彼のプライドを僅かに傷つけたのである。場の空気が一瞬凍り、しんとなった空間にボールの声が響く。


「決闘だ。両者の合意があれば、こんな今の平和な時代にも成り立つ決闘……やろうじゃねぇか。あの小娘の罪を賭けて」


 ファンニが無表情で見つめる中、平は、


「ふふん、面白くなってきたなぁ……! 受けてたとうじゃないかあ!」


 なんて、進む物語に期限を良くして、ボールの誘いを受けて立つ。

 瞬間、うわぁあ、と兵士たちの喚声が上がり、まるで世界の命運を決める戦いが始まろうとしているがごとく、場は一気に盛り上がった。

 ものすごい速度で進む事態に、平は全く動揺していなかったが、ファンニはその様子を見て逆に心配になる。この男、本当に策はあるのだろうか。周囲が沸き立つ中、そのどさくさに紛れてファンニは平へ近づいて、耳元で問う。


「ハマヒラ、剣に自信はあるの……?」


 平は、その問い、待っていましたとばかりに素早くファンニの耳元へと口を近づけると、こそこそと返答する。


「あのなぁ、あーんなクソ重い物持てる訳ないだろぉ? いいか、初心者かよ、お前らはっ! 別に本物じゃなくていいんだよぉ! 模造刀でいいんだって! そうだな、発砲スチロール、もしくは木製のでいいんだよ。とにかく、素材はなんでもいいから、うんと軽いのを用意してくれ。何か、もうこの後すぐやる流れっぽいし、それまでに準備しといてくれよっ!? いいなっ!?」


 平はそう言うと、ボールへと向き直り、目を見開いて自信満々に言う。


「さーあ! びびってんのか? どこでやるんだぁ!? さっさとつれてってくれよぉ!」


 再び場は湧き立ち、ここに二人の決闘が行われることが明確に決定された。




 ここは、兵士たちの訓練場。いくら平時であるとはいえ、ベルズモンドにいる兵士たちは、それなりに訓練を積んでいる。訓練場はしっかりと手入れされている。簡素ながら周囲を広く木製の塀で囲い、訓練場の外からはその様子が見えないようになっている。ここでどのような訓練が行われているかということをベルズモンドの市民たちは知らない。それは、市民にとって無用な情報であると共に、軍にとってはあまり広く知られたくない情報であるからだ。そこにあるのは、軍と市民の力関係の図。市民は、兵士に対してそれなりの畏怖を抱いていたし、兵士たちも自分たちの地位についてそれなりの自信を持っていた。

 であるからこそ、ベルズモンドの治安は悪くはない。いや、正確には、表立って大きな悪事、度を越した悪事を働くものはいない。ならず者のような小さな集団は存在するが、それらは全て軍、兵たちが管理しているといっても過言ではない。要するに、籠の中の鳥なのだ。だからこそ成り立つ、関所における横暴。ベルズモンドの市民は、ベルズモンドに住む人間以外を、特に、アファツル地方からの訪問者を下に見ている。だから、仮に助けを求められたとしても、余程のことでなければ見てみぬふりをする。市民たちが関所に関して、関心が薄いのは、関所は市民たちには危害を加えてこないという点、関所の人間もベルズモンドの市民であり、彼らは街へ金を落とす存在であるという点、最後に、彼らが狙うのはそれなりの富裕層であり、富裕層は市民から一定の反発を受けているという点があげられる。

 今──そんな、少し特殊な体制を持つベルズモンドの街の兵士たちの訓練場の中央には、二人の人間が立っていた。

 二人の距離は、数十歩分離れ、互いに互いを睨み合っている。二人の間には、剣が二本、地面に突き刺さっている。いずれも正真正銘の本物。アファルン連合内において一般的に使用されている直剣で、主にゼロ距離戦闘において用いられる一般的な武装といえる。

 訓練場の壁沿いに並ぶは、兵士たち。わいわいがやがやと楽しそうに騒いでいる。普段娯楽のない彼らにとって、ボールという身近な人間が命がけの勝負をするにも関わらず、もはや目の前で行われるその決闘は紛れもないショーと化そうとしていた。緊張感のまるでない彼らとは対照的に、ファンニは一人非常に難しそうな顔をしていた。そんな彼女に、隣に居た兵士がまるで古くからの知り合いかのように軽々しく話しかけてくる。


「なぁ、あいつ、強いのかぁ? ボディガードさんなのか? ボールさんはあれでも相当強いんだぜ。戦場に行ったことはないにせよ、ボールさんは、その戦場を経験した前線兵士から戦闘を教わったとか聞いた事がある……なぁ、本当に大丈夫なのかぁ? いくら決闘とはいえ、下手すると、お仲間さん、死ぬぞぉ?」


 ケラケラと下品な笑いをする兵士を、ファンニは至極面倒くさそうに見て、


「……さぁ」


 とだけ呟いた。反応の鈍さに、少々苛立ちつつも、兵士は面白がってさらに言う。


「あいつ、剣持った事あるのかぁ? 大体、お前らは何者なんだよ。いやぁ、金くらい置いてさぁ、お家に帰った方がいいんじゃないのか? 別にそこまでしてルバゼンへ来ることもねぇだろぅ」


 ファンニは、ため息をついて言う。


「あるんですよねぇ~。やらないといけないことが……面倒くさいですケド」

「はぇ~そうかえ。それは、あの男の命よりも大切なことかい」


 その質問に、ファンニはどこを見るでもなく、少しだけ視線を泳がせてから答える。


「それは──ハマヒラ──あの男が決めることかなぁ~」


 ファンニはいつも通り答えているつもりであったが、兵士から見ると彼女の反応があまりにも冷静で面白みが薄いので、彼はそれ以上ファンニへ話しかけることはせず、隣の他の兵士たちと談笑を始めてしまう。ファンニは後はただ、目の前で行われる決闘を見守るしかなかった。救世主となり得る男が自ら躍り出た場所なのだ、きっと彼にも策があってのことだろう、そう信じて。

 そんなファンニの会話は、距離が離れている平の耳に届いている訳もない。

 平は平で、精神を昂らせていた。


「ルールは簡単だ。ただ、そこにある剣を使って、相手を追い詰める──」


 ボールが決闘のルール説明をしているにも関わらず、平はまるで別のことを考える。いよいよ最大の見せ場到来じゃないかぁ、これはぁ! やってやるぞぉ、やってやるぜぇ、などと自分を奮い立たせているだけで、どうやって戦うかなんてことはまるで考えていない。

 平の様子に怪訝な顔をしつつも、ボールは説明を続け、最後に、にやりと笑いながらこう言った。


「最後に、この勝負で、例えどちらかが死のうとも、互いにその責任は負わない……異存はないな?」


 これは、ボールの威嚇だ。ここで、平が敗走すれば、それもまたよし。この男に、大衆の面前で恥をかかせることができる。そうでなくとも、この一言で、平の動きが鈍るのならそれもまたよし。どう転んでも、この一言は、ボール自身を優位に運ぶ、そう彼は考えていた。

 けれど、平の反応は、ボールが思っていたものとはまるで違った。平は、肩を震わせ、くくくくく、と笑い、顎をくいと持ちあげて、せせら笑いながら言うのだ。


「ああ、いいねぇ~、俺も、久々に両手がうずいてきたよぉう~へっへっへ」


 まるで悪役である。平としては、正義のヒーローっぽく、強い感じで相手を威嚇しようと思った発言であったが、彼は、過去に正義のヒーローの役などやったことがなかったため、ゲーム実況か何かで聞いた事のあるようなセリフを自然と口走る。これぞ、日ごろの積み重ねである。日ごろの積み重ねがこんなところで力を発揮してしまったのである。

 そしてこれは、ボールに対しての挑発としては十二分に効果を発揮した。こんなことで、ボールという男は怖気づかない。逆に、怒る。静かに怒る。何故なら、今すぐに、何を反論せずとも、目の前の男を叩きのめすことができるからだ。彼はしゃがみ、地面に落ちている石ころを手に拾う。


「……よし、じゃあ、この石。これを俺が今から上へ投げる。そいつが落ちたら開始の合図だ。いいな?」


 醸し出される決闘の雰囲気に、平は満足げに頷く。


「審判はこの周りにいるやつら全員っ! なに、審判なんて、そんなもの必要ないけど、なっ!」


 ボールは言うと同時に石を宙へと放り投げた。ボールも、平も、双方の視線がその石を追う。石は自由落下を初め──ポトリと接地する。

 二人の決闘が開始される。

 ボールと平が互いに勢いよく大地を蹴り、周囲の兵士たちは思い思いに叫び、盛り立てる。わーっ、という歓声とともに、両者は剣を握り、反対側へと駆け抜ける。


「用意、いいじゃない」


 平は呟く。彼の手には、先ほど彼が持てなかった剣が持てていた。彼は、その剣をくるくると振り回して見せる。軽い。これなら大丈夫だ。平は確信する。

 平が、過去の動画撮影の際に何となく身につけたそれはもう初歩的で付け焼刃なバトン技術を見て、兵士たちが、おお、と歓声を上げる。そんな中、ただ一人、ふぅと安堵する者がいる。ファンニだ。そう、平が剣を軽々持てたのは、ファンニが魔術によって剣の質量を軽くしたからなのである。

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