第6話
馬車を何度も乗り継ぐ。要所要所においては徒歩で移動したり、はたまた、魔力列車なる魔力の力で動いている乗り物に乗ったりして移動する。ちなみに、魔力列車については、平は単なる機関車だと勝手に解釈していたりする。
時には、農作地帯、時には集落、そして、街の中を横眼に見ながら馬車で移動する。
それらどこを通る時も、平の目はキラキラと輝いていた。今まで海外旅行などしたことのなかった彼にとって、国内の景色とはまるで違う様相の景色を見ることはとても興奮できる出来事であるらしく、ファンニとフォルラが、居眠りをしながら、退屈そうに道中を過ごしているとは正反対の様子であった。
「いやぁ、まだこんなにも馬車が使われているところがあるなんて、すごいなぁ……」
なんて平は独り言を言ったりするが、ファンニもフォルラも首を傾げて互いに顔を見合わせるくらいで、平の言うことに対して答えたりはしなかった。
移動は二日目に突入し、その夕暮れ時、三名は一つの街へと差し掛かる。馬車を降ろされ、街へ入るための門へ足を踏み入れる。
その街は、城壁で囲まれている城塞都市だった。そのまま街の中へいざ入っていこうとするファンニと平を、フォルラが呼び止める。
「待ってください、ここから先はルバゼン地方──そして、ここは都市ベルズモンドであるとともに、ルバゼン地方へ入るための関所でもあって……」
三名は、門をくぐろうとしたところで、複数の武装した兵士たちに取り囲まれる。そこは、城壁の下、間、中、というべきか。城壁を潜り終えるよりも前に、兵士たちに囲まれ、訳も分からぬうちに、そのうちの一人が気だるげに、しかし、何故かにやにやしながら話しかけてくる。
「おぉーい、ちょっとまった、まった。あーあぁ、もうすぐ閉門の時間だってのに……見たところ、行商人でもなければ、観光客でもなさそうだが……とにかく、決まりだ、違法な物を持ちこんでないかとか、そういうことを検査させてもらうぞ。さぁ、あっちへ」
三名には、一人につき二人ずつの兵士が両脇に立ち、まるで束縛するかのように腕をつかむ。
「ちょ、ちょっと待ってください。別に私たちは怪しい者ではありません──ただの──そう、観光客です。勿論、必要な手続きには協力します。こんなことをしなくても」
フォルラが穏便に済ませようとしている一方で、苛立っているのはファンニだった。掴まれた腕を振りほどき、両脇の兵士を威圧するようにして睨んでいる。
「おぅおぅ、まぁー、とりあえず、あれだ、ほら、あっちの部屋! おい、連れてけぇ」
一人が指示すると、兵士たちは三名を連れて、城壁の中の部屋へと入っていく。
夕日が僅かに差し込んでいるだけの薄暗いその部屋の中で、三人が並べられる。兵士たち六名はその後ろに立ち、その中のリーダーらしき男が前へ立つ。
「さーてと──まず、所持物の検査、身体検査……いいな?」
フォルラが頷くと、身体検査が始まる。といっても、別に体を触る訳でもなければ、特に大したこともされず、その途中、男は、
「うぅ~ん」
と言いながら、平たちの誰の目を見るでもなく、それにしては大きな独り言で言う。
「最近なぁ、アファツルから違法な魔術道具が持ち込まれてるんだぁよなぁ……いやぁ、確かに、アファツルの方じゃぁ、それは日用品なのかもしれねぇ、でもなぁ、ルバゼンにはルバゼンの法がある。いくらアファルン連合の仲間だといっても、郷に入れば郷に従え──見たところ、お前たちはわりと育ちのよい人間に見える……分かるだろう。ルバゼン地方へ入っちまえば、もう関所はないんだ。だから、悪いものは全部ここで食い止めないといけない……少々荒っぽいことになってしまっていること、許してもらいたいぃ」
言葉は優しい、が、男の目はずっとにたにたと気色の悪い笑みを放っている。けれど、ファルラは彼の言うことももっともだと考えた。この男の表情には納得がいかないところもあるが、検査といっても実に簡易的なもので、所持金などをチェックされるのは気味が悪いが、彼の言っていることが正しいのもまた事実。彼は、それなりに責任感を持ってこの仕事を行っているのだろう、荒っぽいのはそうでもしなければ本物を見抜くことができないから仕方のない事なのだろう、と自分に言い聞かせる。
一人で勝手にのんきにわくわくしている平とは大違いのフォルラは、ファンニの不機嫌そうな顔をちらりと見つつも、ここは下手に出た方がいいと判断する。
「確かに、その通りかもしれません。双方の文化を尊重してこそ平和は続く──」
けれど、男はフォルラの話が終わるよりも前に遮るようにして再び話を始める。
「そぉーそぉー、そういうことよぉ。俺はなぁ、この関所に勤めてもう十数年──どういう奴が金を持ってて、どういう奴はどうでもいい奴か、ということが簡単に分かるんだ」
そう言うと、彼はまずファンニをビシッと指さし、極端に、威圧するように接近する。彼の背は高く、ファンニは上から見下ろされるような形になり、夕日を背中に浴びる彼の影にファンニの体はすっぽりと収まる。
「お前!」
ファンニは、隠す気もなさそうに苛立った表情をしつつ、めんどくさそうに男へ顔を向ける。
「その服、お前は魔術師だろう。困るんだよ──魔術なんてもんをルバゼンに持ち込んでもらうのはさァ……」
ファンニが舌打ちをすると、フォルラが慌ててフォローに入る。
「な、何を言うんですか。お姉ちゃん──いえ、その人は何も違法なものは持ち込んでいないです!
魔術師がルバゼンに入れないという法なんてないはずですよ!?」
すると、男は、首を大きく縦に振り、
「うん、うん、その通り、その通りだ……その通りだ……」
特にそれ以上男はファンニに触れることなく、続いて歩みを進めるのは平の方向。平に歩み寄り、言う。
「お前も怪しい。なんだぁ、その見た事のない服はぁ? 何者かは知らんが──普通の人間ではないのはよぉくわかるぞぉ」
そして、平を睨みつける。平は、それに対抗するように、男を睨みつける。二人はまるで運命の相手に出会ったかのように熱烈ににらめあいっこをし続ける。その様子をフォルラがハラハラと見守る。彼女は願う、いいから大人しくしといてくれ、いいから大人しくしといてくれ、と。そして、その願いを何とか伝えるべく、フォルラは平を睨みつける。
幸か不幸か、平はそんなフォルラの熱烈な視線を僅かに視界に入れる。そして、考える。フォルラは自分へ多大なる期待を寄せているに違いない、と、勝手にいい感じに解釈する。
動くべきか、動かざるべきか──そう、彼は、今、この瞬間まで虎視眈々と待っていたのだ、いや、探していたのだ、自分の出番を。自分がどこで動けば、面白い映像を取ることが出来るのか、自分がどこで何をやれば、視聴者に喜んでもらえるような映像を撮ることが出来るのか、ということを……。
勿論、彼はこの兵士たちはエキストラか何かであると考えているし、であるからこそ、今、このように、自分よりも明らかに難いの良い男を相手にして睨み返して、あろうことか、今、まさに、おでことおでこがピッタンコしそうなほどに至近距離で眼力対決を行うことができているのである。
一触即発とはまさにこのこと……無論、ここで殴り合いの喧嘩が始まる寸前であるということを、平は全く意識していない訳であるが。
「おぉおう、おうおう──なんだぁ、おめぇ?」
男がグリグリと額を平に押し付けてドスの効いた声で問う。あわわわわ、と焦るフォルラをよそに、平は、にやにやと笑う。
「へへへ……あんたがここのボスかぁ? 俺はなぁ……ハマヒラっていうんだぁ、煩悩に生き、煩悩に死す……なんだぁ? やろうっていうのかぁ?」
すぐさま戦闘は始めない、そうさ、これは駆け引きさ、なんてことを考えながら平は挑発に挑発で返す。
数秒の沈黙が流れ、男がスッと身を引いて、拳を振りかぶる。平はこのまま殴られるだなんてことを考えている訳もなく、適当なところで寸止めしたりすんだろぅ? 任せろ、俺が完璧なリアクションを取ってやるぜ、なんてことを考えているため、相変わらずのにやにやでその拳を受けて立とうとしていた。
動く男、拳が迫り──。
「待ってください!!」
フォルラの声が響く。男の拳がすんでのところでピタリと止まる。男は無言で、今度はフォルラに接近する。そして、これ以上に、男はにやりと微笑んだ。
「お前ェ──怪しいなぁ?」
「何がですか?」
フォルラは、その言葉に僅かに危機感を覚えた。男は企んでいた、そして、男はフォルラの後ろにいる兵士二人に視線を送って合図をした。その合図は、男と兵士たちとの間で取り決められた合図。兵士たちも、にやりと微笑み、兵士の一人が懐から袋を取り出す。そして、声高らかに叫ぶ。
「ああ~! ありました! ありました、ボールさん! とんでもないものが! こんなものが!」
わざとらしい、いや、明らかにわざと発している演技じみた声。兵士は、リーダー格の男をボールと呼び、その声に、周囲の兵士、そして、指揮を執っていた男が呼応する。同じようにわざとらしい声で、
「ああぁ~! なんてこった!」
「いやぁ、とんでもないものを発見してしまったなぁ、これはこれは大変なことだよなぁ~」
「うぅん、実に困った……簡単な検査をするだけで、後は、ベルズモンドの中を存分に楽しんでもらいたかったのに、これでは、そのまま通すことができなくなってしまったなぁ」
これらの声を聞いて、最初に動いたのはファンニだった。殺気立った目で兵士たちを睨みつけ、低い声で言う。
「本気で言ってんのぉ?」
ピリリと空気が振動する。けれど、リーダー格の男、ボールは、ガッハッハ、と豪快に笑い飛ばし、凍てついた空気を再び動かす。
「ああ、ああ、本気だぜ、本気だとも。でもなぁ、一つ、良いお知らせがあるんだ」
今にも攻撃しだしそうなファンニの体が、一応の静止を見せる。それを見届けて、ボールは言う。
「最初に言ったっけか。俺は、分かるんだよ、お前らがどういう存在か、ってことをな……あー、まぁ、そうー、だな。お前らが、どこに何の用があるのか、そんなことはどうだっていい。お前らが何か大切な使命を受けているだとか、そういったことに俺は全く興味がないんだ」
「へっへ」
「へへへ」
ボールの厭らしい声に釣られるようにして笑うのは、彼が従える兵士たちだ。
誰も声を発しないのを確認した平が、ここぞとばかりに言う。
「ほぉ~う! じゃあ~なんだってぇんだぁ~、お前たちの狙いってぇのはぁ~聞いてやろうじゃあないかぁ~」
男たちが変に演技掛かった言い方をしていた影響をもろに受けたような、演技がかった言い方であるが、これは、彼なりに空気を読んだ結果であったりする。ボールは怪訝な顔をしながらも平の問いに答える。
「へぇ、物分かりがいいじゃねぇか……教えてやるよ、金だよ、金。分かるか? 金だ。持ってんだろ? 分かるんだよ、俺にはよぉ」
ボールが調子よく答えたものだから、平もこれは負けてられないとばかりに、同じような調子で言い返す。
「ほぉ~! そいつぁ面白れぇ相談だなぁ~! お前が望む、金、とやらに何の価値があるか知らねぇけどよぉ、よこせ、って言われたら、渡したくなくなるよなぁ~!?」
無論、そんなことは平は全く思っていないが、なるべく格好いいことを言おうとはったりだろうがなんだろうが適当なことを言ってのける。
バチバチと両者の間に飛び散る火花。そして、そんな平を見て、若干格好いいと思っているフォルラ……。
ここに、ボールと平のにらみ合いが再開し、激闘の幕が切って落とされようとしていた。