第4話
集団は、ひそひそと何やら話し合っているようだった。ローブを纏う者たちは、その顔までもそのローブの下に隠していたため、とっつきづらいと感じた平は、唯一顔を外へと出している少女へ目を向ける。長髪で、手入れされていると見える茶色の髪は、ファンニのそれとは違って巻き毛ということもなく、気品高いという形容詞が似つかわしい。一方で、目の色はファンニと同じく透き通った水色で、数少ない共通点と言うことができるだろう。
全身をぴっしりした服で包んでいる彼女の様子は、この場を取り仕切る者と見るに不思議はなさそうであり、故に、平は話しかける。
「えーと、それで? あれ? まだもしかして撮影は始まってないとか?」
少女は首を傾げて、
「さつ……? なんですか?」
困惑しながらも、空気を仕切り直し、平へ言う。
「初めまして、私は、フォルラ・ケリュビンです」
「私の妹」
ファンニが紹介し、フォルラはペコリと頭を下げる。
「さぁ、もういいでしょう、あなたちは。見たはず。この人の力を。見届けたはずです。今見たことをしっかりと上へ報告してください」
フォルラは若干語気を強めてローブを纏っている者たちへと言う。すると、彼らはまたもやヒソヒソと話をしたのち、一人が代表して口を開いた。
「分かりました。しかし、フォルラ様、本当によろしいのですか? あなたには何も命令は下っていないはずで──」
「しつこいですよ」
男言葉を遮るようにして、フォルラはぴしゃりと叱りつける。すみません、と男は謝ると、言葉を続ける。
「それでは──今後の無事と、交渉の成功を祈り、あなた方をアポストルとして任命致します」
ファンニもフォルラもその言葉に対して、それほど反応することはなく、平が彼らの正体を知るより前に、彼らは扉から外へ出て立ち去っていってしまう。その様子はひどく事務的で、感情の篭っていないような行動に見えた。フォルラに確認を求めたことについても、心配だからというよりは、命令されている存在からそのように確認しろと言われたからしているだけ、そんな様子であった。
こうして召喚陣の周りに残されたのは、三人だけになる。平は、またきょろきょろと辺りを見てみるが、今度こそ誰もいなさそうであった。
「えと、ハマヒラさん、でよろしいでしょうか?」
フォルラが平へ話しかける。
「えぇ? あー、おう、いやぁ、にしても、あれだけのエキストラをもう一瞬で帰しちまうなんてな……すごい演出だ。大規模にも程があるだろ……」
「当たり前ですよ。大規模にやらないと、召喚なんてできないんですから──それで、あなたは一体何を、どこまで知っているのですか?」
「何を、って……? いいや? まだほとんど何も説明してもらっていないはずだぞ。交渉役、って設定、だよな? ていうか、今はもう説明タイムってぇことでいいのか? いいんだよな? ふぅ~、緊張したぁ~それで、取れ高はどうよ。映像はいつ確認するんだ?」
平の言う後半部分の理解がフォルラには出来なかったので、彼女はその余計な部分を耳に入れることなく、求められた説明をすることに決める。
「はい、その通りですよ。これから私が、お姉ちゃんと、ハマヒラさんのお世話、サポートをさせてもらいます。お姉ちゃんは、魔術学校に通っていた時間が長いから、交渉だとか、そういったことはよくわからないでしょうし──それに、私は父のやり方が──いえ、なんでもないです。とにかく、これからは三人で行動することになりますから、よろしくお願いしますね」
ペコリと頭を下げるフォルラ。長い髪も一緒に柔らかく垂れ下がり、おしとやかさを感じさせる。
「いやぁ、両手に花、ってやつかな!?」
チラ、チラとフォルラとファンニを交互に見る平は、もちろんとても浮かれていて、そんな様子を見るフォルラの顔は、若干引きつっていた。
三名は召喚のための施設を外に出て、スパケルトの街へと入っていた。道中、馬車での移動を行ったことで、平のテンションは極限まで上がっており、
「馬車!? 馬車だって!? もしかして、ここ、海外なの!? いやっ、ちょっと、ちょっとぉ、もう一発やっとく? 煩悩挨拶。今、撮ってないっけ? いやぁ、でもやっちゃうぅう?」
なんて訳の分からないことを叫んでいたが、ファンニの、
「ちょっと、うるさい……」
の一言でひどく心が傷つき、ファンにこんなことを言われるなんてあり得るのだろうか、いやぁ、それはおかしい、おかしなことですよねぇ、と憤慨して馬車の中の時間を過ごした。
しかし、馬車を降りてスパケルトの街の夕暮れの景色を見た途端、平の怒りは一瞬にしてどこかへ吹っ飛んでいき、周りを見るだけでそれはもう精一杯なほどに彼の心は高揚した。
ファンニやフォルラにとっては見慣れた景色であったが、石造りを中心としたそれでいて高階層な建物が立ち並ぶ様、石畳の上を馬車が往来する様は、平にとってはファンタジーの中にいるような衝撃的な光景であったのだ。
「うわぁあ! ま、まだ、こんな国があったんだなぁ~! いやぁ、びっくりだよ、ええ!? だってぇ、これ、撮影のためにわざわざ用意したんじゃないよねぇ、ここにこんな生活があるんだよねぇ! ちょっと、ちょっとぉ、これはもう俺一人で旅動画を撮っちゃいたいくらいの景色だよぉ、って、あれかぁ、ビデオカメラないじゃん! もぉお、寝てる間に連れて来ちゃうなんていう横暴をされたと考えるとちょっとどうかなぁとも思ったけどさぁ、こんな、まさか、海外旅行をできるなんて、ありがとぉーうありがとぉーう!」
ハイテンションで喋りつつ、ファンニとフォルラの手を握りお礼を言う。
「あの、ちょっと、落ち着いてください」
フォルラに言われてようやく平は我を取り戻し、ふー、ごめんごめんー、とテンションを元の位置へと戻す。
「それでぇ、ここは? もしかして、もうこういう過程も撮影しちゃってたりするぅ~? おぉと……そう考えたらあれだな、こうやって撮影どうこう言ってる時間はカットしないといけないから……ごめんごめん、これからはもっと自然体で──」
「何訳の分からないことを言っているんですか……いいですか、ハマヒラさん、あなたはアポストルとして重要な使命を背負っているんですよ? この街はスパケルト。アファツル地方の中心地です。街中で突っ立って話すのもなんですから、泊まる場所でも決めながら話しましょうか。ホテルとかでいいですよね?」
フォルラの提案に、ファンニが少し驚いた顔をして、
「でも、ホテルはお金がかかるからぁ……」
「大丈夫、家から沢山ふんだくってきましたから!」
フォルラは腰につけている麻袋を揺らしてじゃらじゃら音を鳴らす。数人の道を歩く人が振り返り、ファンニがぎょっとして、
「ちょっと、フォルラ、こんな街中で──いくら治安がいいっていっても……そういうところ、抜けてるよねぇ」
「あ、ああ、ごめんなさいっ」
ファンニは振り向く人々を、しっしっと手振りで追い払う。そんなやりとりを見ながら、平は、んん? と首を傾げる。辺りを見回し、ここはどう考えても自分が生まれた国ではないということを確信する。景色は勿論のこと、人々の服装、髪の色などを考えても、その事実は間違いないと言える。そして、だからこそ出てくる疑念を口にする。
「そういえばぁ、ここって外国だよね。治安はやっぱりよくない、ってのはいいとして、なんで、俺の言葉は君たちに通じるんだ……? ハッ、まさか、俺はいつの間にかバイリンガルになっていたのか……世界中の人々へ向けて動画を発信している訳だからなァ~」
「それは恐らく召喚術の過程でしょうね。召喚とは、そもそも、この世界と別の世界を繋げる行為。それ即ち、世界から世界への変換であって共通点を作り出す術──でしたっけ? 私は魔術についてはさっぱりですけど、そうですよね、お姉ちゃん?」
フォルラの説明にファンニは頷くが、昂る平はそれらの言葉はまるで頭に入ってきていないようだった。
歩きながらフォルラの平に対する説明は続いた。
アファルン連合の成り立ち、ここら一帯はアファツル地方と呼ばれており、この場所はスパケルトという大都市であるということ。さらに、この先自分たちは、東部、ルバゼン地方へと足を運び、平和のためのの交渉を行わなければならないということや、そもそも、何故争いが起きようとしているのかという背景及び歴史、そして、何故、そんな大役をファンニ・ケリュビンただ一人が遂行しなければならないのかということ。
それらの事実を、フォルラは熱心に話した。ファンニは一応耳を傾けてはいるようだったが、どこか面倒くさそうで、また、どこか煮え切らない様子である。その一方で、平の目は輝いていて、興味津々であった。
「ちなみに、私、フォルラは、そんな大役を一人に押し付ける父に反発して、家を飛び出してきた次第です! こんなむちゃくちゃなこと、いくらお姉ちゃんが魔術師として優秀だからといって、一人でさせようとするなんてどうかしてるよ! ねぇ、お姉ちゃん!」
加えて、フォルラの大きな決意も聞かされる。それらのたくさんのあまりに現実としては信じがたいであろう言葉を聞いた平は、僅かに歩みを進めながら、頭の中でそれらの言葉を理解し、そして、感動した。
彼は、急に立ち止まると、パチパチパチパチと思いっきり拍手をして、ファンニとフォルラを称賛する。ぎょっとして周囲を歩く人間たちが振り向くのを気にさえ止めず、その拍手は数秒の長い間続けられた。その目には僅かに涙さえ浮かんでいる。
「えっ、ど、どうしたんですか!?」
フォルラが驚いて問い、ファンニは、えぇ~、と小さい声を発しつつ、これから共に行動しなければならないパートナーのような存在が唐突に意味不明な行動をとることに嘆く。けれど、平はそんなファンニを気にすることもなく言う。
「素晴らしいっ……! 一つの企画に対して、ここまで真剣に設定を考え、ここまで大規模に、ここまでリアルにやる……! これぞまさにストリーマー! こんなにも大規模に一つのものと向き合う、凄い事だ、凄い事じゃないか……!」
そして、唐突に頭を下げる。
「こんな作り込まれた舞台に、自分を招いてくれて、ありがとう! 感謝だ、感謝感謝……! 何が求められているのかは分からない、映画? 動画? けれど、そんなものは些細な問題だ。俺は本当に追い詰められていた。そして、何か転機はないかとやけくそになっていたし、諦めていた。そんな俺に、こんなにも素晴らしい舞台を与えてもらえているということ、心の底から感謝するっ!!」
無論、これらの舞台は、ファンニやフォルラにとっては設定したものでもなんでもなく、現実そのものなのである。が、大戦を止めるなんていう物凄く大きな役割に対して、感謝をするという、この奇妙で理解しがたい彼の言動により、フォルラは僅かに、ほんの僅かにではあるが、平に対して、もしかしてこの人は本当に自分たちの危機を救ってくれる存在なのではなかろうか、もしかしてとんでもない力を持つ人物なのではないか、という感情を抱くに至る。いや、至ってしまう。
それからしばらくして、フォルラはホテルを見つけた。もしかして、可愛い女の子二人と一つの部屋で寝るイベントが発生してしまうのか、と高鳴らせる平へ、フォルラは、
「私とお姉ちゃんで一室、ハラヒラ様で一室、です、すみません、バラバラで」
と、やや控えめな物言いで平を一人部屋へとぶち込む。すぐに訪れるのは平一人の孤独な、静かな時間。とりあえず部屋の中を探索してカメラを見つけてやろうと考えた平であったが、
「いかん、いかん! もうそういうことはしないって話だったな……そうだ、自然体、自然体、大丈夫、俺には何年も培ってきた動画配信者としての魅力がある──よな? あれ、うん、多分……」
一人で勝手に少しだけ自信を失いつつも、窓の外を見てみる。そこにはやっぱり先ほどまでとは変わらない景色があり、今自分は夢の中にいないのだという現実を改めて認識する。これから先の行方は平には全く知る由もないが、少なくとも、自分にとって大きな転機になるであろうことを彼は確信していた。
彼は、自分がとてもない勘違いをしているなどということは露知らず、例えこの先どんな状況に出くわしたとしても、その場を乗り切って、ストリーマーとしての最後の意地を見せてやると固く心に誓ったのである。