第19話
「お姉ちゃん、それって一体どういうことなのか、聞かせてもらってもいいですか?」
フォルラは、冷静にファンニへ問いを発すると、ファンニは、難しそうな顔をして答える。
「このままじゃ、うまくいかないってこと──要するに、えっと、今回の問題において、片付けないといけない大きな問題は、二つあるっていうことで、平が片付けることができたのは、一つだけ、つまり、ルバゼン側だけだ、っていうこと……分かるよね、フォルラなら」
ファンニの言葉を聞き、フォルラは、あっ、と小さな声を発する。その声は、発しようと思って発したものではなく、自然に、本当に自然に、発するつもりもなかったのにでてしまったとっさの物。それだけ、フォルラにとってみれば、それは当たり前のことであって、今の今まで、こうしてファンニに指摘されるまで浮かれて気づかなかった自分に対しての驚きの声でもある。目を泳がせて、あー、とまた短く声を出し、ようやく我に返ると、次は慌て始める。
「え、えっと、あっ、そうだ、そうですよ、そうじゃないですかぁ! ええ、あー、どう、どうどう、どうしよう、どうしましょう、どうしたらえっとそのあのあの!」
フォルラはファンニの両肩を掴むとがたがたと揺する。妹に揺すられるがままに体を震わせながら、
「おちついてぇえ~」
と、声まで震わせられてフォルラを落ち着けようとするファンニ。
「お、おいおい! どういうことだ、どういうことなんだ、俺だけ蚊帳の外ってのはぁ!」
そこへ疎外感を感じて慌てて入り込もうとする平。三名は一通りわちゃわちゃした後、三人まとめて深呼吸して、話を整理する。
「──えーと、つまりぃ」
一人だけ事態を理解出来ていなかった平は、二人の話を聞きながら一体何が問題なのかを理解する。
「あれか、ルバゼン側はあれでオッケー開戦しません、ってなったけど、そもそも、今回の交渉の裏には、交渉決裂の末に開戦するぞっていうアファツルの開戦派がいる、と。そんでもって、そいつらをどうにかしないといけない、ってワケだな? おまけに、何とかしないとそもそもこの事実を持ち帰ったところでもみ消されて終わるかもしれない、って、そういうワケだな? 完璧だな?」
「そう、大体あってるー」
「そりゃそうだよ、俺はなんたってアポストルだからなぁ~」
「えぇ……それで、何か、策はある?」
この問いかけに、平は、特に考えることなく、
「そりゃあ~、俺はなんたってアポストルだからなぁ。ちょちょいのちょいよ~」
などと適当に答えてみる。
「何か嫌にテンションが軽くなってない?」
「そう、なんか、何でもやれそうな気がする」
この先が不安になるやり取りであったが、ともあれ、三名は早急に考える必要があった。馬車がスパケルトの街につくまで後一日。残された時間で三名は結論を出さなければならなかったのである。
ベンヤミンとルバゼンの開戦派の議員たちを説得することに成功したにも関わらず、窮地に陥っていた平たちであったが、平の妙案により、今、フォルラと平はスパケルトの街のとある建物の前、物陰に隠れていた。
「なんか、前もこんなようなことしなかったぁ?」
フォルラの率直な意見に、
「大丈夫、突入ってのは、事態が転じる、そう歴史が証明してるのさ」
なんていう、合っているのか合っていないのか分からないが、少なくとも答えに放っていない言葉を返す平。彼らはまさしく、突入のタイミングを計っていた。彼らが突入する建物、それは、議員たちが全て集う場所。本日、議会が招集されるこのタイミングで、彼らはその建物へと突入する。議員たちがすべているその場に突入する、という暴挙こそが、今から平が行おうとしている最終作戦において必要なことなのだ。
警備を次々に突破し、議員たちが全て集う大部屋へたどり着く平たち。
その扉を勢いよくぶち開ける。一斉に向く百を超える視線を受けながら、走り、駆け、辿り着くは大部屋の真ん中。全ての議員が何事かと騒ぎ、混乱に陥ろうとする中で、平はそれら全てをかき消すような大声で叫ぶ。
「静かに! 静かにお願いします! ただいま、緊急、至急、早急に、この議会にいる方々へ伝えなければならない、重大な、世界を揺るがす大きな大きな決定が下されました!!」
平に続き、
「静かに! フォルラ・ケリュビン、サファヴイル・ケリュビンの娘です! この人の身分はこの私、そして、彼の召喚を見届けた人々、父上、あるいは、彼の事情をしる数人の議員が証明します! 彼は、アポストル!」
アポストル、という単語を耳にした議員たちは一斉に静まり返る。彼らは各々の席に着き、平たちの言葉を待つ。
その中には、サファヴイルもいたし、ベンヤミンらもいたし、そして、平たちの行動を見て冷や汗をかいている者たちも多くいた。もっともこの場において、焦りを抱いているのは、勿論、アファツルの開戦派の人間たちだ。彼らは、フォルラがこの場に現れるなどということを想定などしていなかったし、もう数週間の猶予があるものだと思っていたからだ。そのために、フォルラは、決して、自らの父を初めとして、アファツルの議員、及び、その周辺の人々誰にも帰ってきたことを告げることなく、この場に唐突に現れた。
それは、そうしなければならない理由があったからだ。奇襲のように、議員たち全員が集うこの場に、平が降臨する必要があったのだ。
平は、叫ぶ。
「皆さん! 俺は、アポストルに任命された浜平です。俺は、たった今、ルバゼンからここへと帰ってきた。それは、重大な使命──そう、アポストルとしての使命があったからです。そうですよね、サファヴイルさん!」
いきなり声を掛けられたサファヴイルは、仕方なく立ち上がると、
「あ、ああ、そう、だな」
と、覇気なく言って、静かに着席する。相手の狙いが分からない以上、ここで変に誤魔化すのは良くないと考えたからだ。
「そして、重要なことが決まりまったのです!」
再びざわめく議員たち。彼らのざわめきに負けないように平は声を張る。
「皆さんの中には、知らされていない人も多くいることでしょう──しかし、俺はここで全ての真実を話します!」
平は話した。今、このアファルン連合の中で、争いが起きようとしているということ。ルバゼンとアファツルの一部勢力による対立のこと。そして、だが、互いは手を取り合い、ルバゼンとアファツルは再び平和のための活動を活発化し、一体となって前に進むのだということを。
「──つまり、我々は、ここに、改めて、平和のための宣言をする必要があるのです! 俺がアポストルだということは、ここにいる数人の方々が証言してくれるはず。納得していただけますよね? そして、アポストルが現れたということは、この国に平和への危機が迫っているということ、いや、迫っていた、ということを申し上げたい。しかし、ここで再認識していただきたいのは、この国に住む皆が、望むベきもののが何かということです! 戦争? 略奪? いいえ、恒久的にそんなことを望む市民がいるものでしょうか? いいえ、いませんよ。市民は、平和を望んでいる。賛同していただける方は、どうか、拍手を! そして、それを以てして、ここに、二つの地方の一層の結束を再認識するものとしたいと思います」
静まり返る大部屋内。
パチ、パチという一人の拍手。その拍手は、他でもないミドルブ議員から発せられたものであり、その拍手に呼応するように、数人の議員がまばらに拍手をしてくれる。それらの拍手が徐々に大きくなり始めようとしたその時、
「待ちたまえ!」
しかし、それに待ったをする者がいた。それは、ファンニの父であり、フォルラの父である──サファヴイル・ケリュビンだ。
「待ちたまえ、本当にいいのかね、それで──この場の空気に流されてはいけない。ルバゼンの人間がどう言っているのかは知らないが、しかし、アファツルの我らが──」
「おっと、待ってください! それ以上はまずいですよ!」
サファヴイルに対して、待ったをし返す平。そして、彼は、再び主導権を取り返すと、にっこりと笑う。
「実はですね──ここにいる皆さんに、言っていなかったことがあるんです」
「…………」
平を睨みつけるサファヴイルに言うように、平は語りはじめる。
「俺は、ここに来る前、そう、アポストルとしての使命を負う前、ストリーマーとして誇りをもって活動をしてきました。ストリーマーというのは、簡単に言えば表現者です。表現者というのは──」
「御託は良いから、早く重要なことを言いなさい」
議員たちの目も、サファヴイル同様に、先をせかす。平は、コホン、とわざとらしく咳ばらいをして、それではぁ~、と若干もったいぶりつつ、片手を耳へそえて、聞き耳をたてるような仕草をする。
「……あ~、聞こえますね、聞こえますよねぇ?」
平はそう言うが、この場の誰にも、何か特別な物音が聞こえてはいない。互いに顔を見合わせる議員たちに対して、平は、くすくすと含み笑いを投げながら言う。
「実はですねぇ~、実は実は、なんと、驚くべきことにですねぇ~。この場所が! 全国に、配信、発信、大拡散されちゃっているんですよぉ! やったね! 素晴らしい!」
少しの沈黙。議員たちを代表して、サファヴイルが、
「どういうことだ」
と、至極冷静に問う。平は、それはですねぇ、と元気に言い放ちサファヴイルの問い、そして、この場にいる全ての議員の疑問に答えるべく説明を始める──かに思われたが、平の代わりにフォルラがその話の説明を引き受け、平は一歩下がる。無論、平では、うまいこと理論が説明できないからである。
「では、代わりまして。──アポストル伝話について、知らない方はいない……ですよね。その中で、アポストルは、この地に住む人々へ話を伝えた、とあります。これは、物理的に、あるいは、他の伝達者がその話を徐々に広めていった、と捉えるのが通常でした。けれど、それは、どうやらおそらく違ったらしい。いいえ、違ったんです。アポストルは、人々へ、直接伝えた。情報というものは、何かを挟めば挟むほど、その形が変わり、伝えたいことが伝わらなくなってしまう。故に、アポストルは、直接、全てを伝えることを選択した。つまり、この地には、そのための手段が残されていたということで──その技術の破片が、魔導通信機にも応用されているんです。そして、今、ここで、その手段を用いて、アファルン連合全土にこの場で起きた情報を伝えている、というのが、皆さんにお話ししていなかったことです」
ざわつく。一体彼は何を言っているのか、という疑念の目が平へと向けられる。そして、しかし、もしかして、本当のことを言っているのだとしたら──そんな、不安めいた感情も場の中に存在する。
「そんなことが、どうやって……」
自然に漏れ出た疑問の声を、フォルラは聞き逃さなかった。
「これは、あくまで仮説でした。たった数日前までは完全なる仮説だったんです。でも、アポストルの召喚が行われた遺跡を用いることで、このことは可能であるという結論に辿り着きました。そして、今、それを私の姉である、ファンニ・ケリュビンがそのたぐいまれなる才能を以て、たぐいまれなる魔力を以て、実践しています……これは、紛れもない真実なのです」
フォルラが後ろに下がり、再びそこに、平が立つ。彼は言う。
「さぁ、選択の時です。いいや、もう答えは出ているはずだ。アファルン連合の民が望む答えが。さぁ、ここに、再度、二つの地域の行く末を約束していただかなければならない! 想像してみてください、この場で起こることが、アファルン連合全土に伝わっているということを! さぁ、俺は求めます。このアファルン連合のための拍手を、全会一致で!」
沸き起こる拍手。その拍手の勢いは、先ほどの勢いのないものとはまるで違うものであった。
彼らの拍手に迷いはない。全ての民が、認識しているというその事実を前に、議員たちは、精一杯拍手をした。たとえそれが、もしかすると、一部の人間にとっては嘘偽りの上での拍手であったとしても、彼らは、拍手によって自らを表現した。その表現に嘘偽りはないのである。
これらの議員たちの様子は、嘘偽りなく、アファルン連合に住むあらゆる民たちの脳へと、頭へと、情報となって伝わった。彼らは、一瞬何が起こっているのか理解できなかったが、しかし、これは、自分たちの住んでいる国で起きている次への一歩であるのだということを認識するのにそう長い時間は必要なかった。
彼らへの情報の正確な伝達が意味するものは、平が感じていた結果と繋がった。
もし仮に、その先にあるものが、争いであったとしたならば、平は、ファンニは、フォルラはどうしただろう。この場にいる、議員たちは、どうしただろう。そのことについての結論は、残念ながらここで述べる必要はなさそうである。平が伝えた先──どうやら、アファルン連合のこれからに在るのは、平和のようであるからだ。




