表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
底辺配信者 平和のアポストル  作者: 上野衣谷
第四章「結んでみた」
18/20

第18話

 続けて、てくてくと左右に歩きながら、平は得意げに演説を始めて見せる。


「俺はね、アポストルなんです。アポストルっていうのは、平和の使者ですよ。使者っていうのは、伝える必要があるんです。伝えるっていうことは、表現するということでもある。あなたたちは、人の上に立つ人間だ。議員という立場だ。少なくとも、あなたたちには、アポストルである俺のことを知る義務がある……理解していただけましたかね? 俺の実力っ、てやつを」


 その顔には、芝居がかったいかにもわざとらしい勝利の表情があった。外から見れば、第三者から見れば、それはあまりに滑稽な猿芝居に見えたかもしれない。その通り、平には、演技力などそこまでない。彼は、あくまで底辺配信者に過ぎず、演技力は素人に毛が生えた程度。

 しかし、この場において、この、理不尽な真実を相手に突き付けるだけの場において、演技力など必要なかった。この場において、彼に必要とされている力、それは即ち、自信である。彼には、ストリーマーとしての自信があった。彼には、底辺配信者としての確固たるプライドがあり、そのプライドが、形を変えて自信となったのだ。この場において、彼に求められるのは、演じきること。最後までやり通すこと。それだけで十二分。ベンヤミンたち議員の心を動じさせるには、特別な才能は必要なかったのである。


「……し、しかし──」


 ところが、ベンヤミンとてそうそう簡単に折れる訳にはいかない。確かに、目の前で、一台の魔導車両が消し去られる瞬間を目にした。けれども、しかし……ベンヤミンの脳にはそんな逆接の接続詞がチラつくが、その先に続く言葉は、出てこない。


「そうですか、そうですか、決心がつきませんか……」


 ここが畳みかけどころだと平は感じ取る。彼の後ろには、未だに五台の魔導車両が見える。平は、議員たちに背を向けると、続いて、両手のひらを魔導車両へと向け、顔だけ振り向き、まるで何かにとりつかれたかのような嬉しそうな表情をして言い放つ。


「じゃあ、続いて、連続でいきますよぉ~!」


 まさか、という言葉がその場の人間全ての頭へと過る。


「はい、どんどんどんどんどぉおーーん!」


 平の、どん、という言葉が発せられる度に、魔導車両が消し飛び、消し飛び、消し飛び、消し飛び、消し飛ぶ。その光景は、まるで地上で打ち上げ花火が次々に炸裂しているよう。この世の終わり、世紀末、激しい光が、場の人間たちを包み、建物を包み、真昼間の太陽がすぐ目前に突然現れたかのような激しい光は、それを直視した人間の脳へ突き刺さる。

 その光は永遠に続くかと思われたが、すぐに収まり、その光以上に衝撃的な光景が、その場に残る。それは、芝の上に残った、たった一台の魔導車両。それが意味するところは、つまるところ、五台もの魔導車両が──通常装備の兵士が数十人、数百人がかりで戦っても勝てるかどうか分からないようなとんでもない代物が、一瞬にして、五台も消し飛んでしまったということである。

 光量は物凄いものであったが、一方で音はほとんど発せられない。それが余計に不気味であった。音もなく起きた現象は、議員たちを、刹那、それが夢であるかのような錯覚へと陥れる。けれど、これは紛れもない現実。これが夢であったとしたならば、彼らにとってどれほど嬉しいことだっただろうか。思考が現実へと引き戻されると同時に、平の力が物凄いものなのではないかという憶測が議員たちの頭へとふつふつと湧き出る。

 あまりの光景に、議員のうちの数人は、がくりと膝をつき、頭を抱え、この世の終わりが来てしまった、もうルバゼンは終わりである、終わった、完全に終了したとおのおのと嘆き始める。立っている者たちも、互いに肩を寄せ合い、あるいは、使用人たちの肩をかり、何とかその場へ座り込むことを避ける。

 それほどに、平が見せつけた光景はとんでもないものだったのだ。

 にもかかわらず、当の本人である平は涼しい顔をして、満足そうに、何回か頷いて、ベンヤミンへと向き直る。彼は、ベンヤミンたちの言葉を待っていた。けれど、この場の大将的存在であるベンヤミンも、立っていることがやっとで、事態の理解にはしばらくの時間を要した。

 これは、けれども、平にとっては好都合だ。目の前で起きたことを、しっかりと認識してくれている証拠である。彼は、必死に、自分の目の前で起きた異常事態を理解しようとしているに違いないのだ。平の口角が上がる。ほとんど勝ちを確信する。


「……こ、こんな、ことが」


 議員の中の誰かが発した一言。それに反応するようにして我を取り戻したベンヤミンが、パクパクと口を動かしながら、何とか言葉をひねり出す。


「こんなこと、魔術、か。魔術の力で……やはり、我々では……しかし……」


 その呟きは、彼の頭に浮かんだ考えがそのまま垂れ流されているような状態で、誰に何を伝えるものでもなかったが、平は、わざわざ答える。


「魔術? さて、そんなもの、俺は全く使っていませんよ? さっき言ったように、俺の出身はこの世界じゃあない。そのことは、俺の召喚を見守っていたアファツルの人間たちに聞けばすぐにでも分かりますよ。嘘をつく理由などありません」


 これは紛れもない事実であった。そう、彼は、彼自身は、一切魔術など使っていない。当たり前だ、彼は、魔術の使い方など習ったことがない。使い方を知らない。原理さえ知らない。果たして、そんなものが本当に存在するのかということを疑ってさえいた。そんな彼が、魔術を一朝一夕で魔術を使うことができようか、いや、できるはずがない。

 彼は、事実として、魔術は使っていない。彼は。

 その発言が真実であればこそ、議員たちに受け入れられる。それは、平の演技力がどうこうの問題ではない。彼は、嘘をついてないのだから、演技する必要さえない。彼は、ただ、自信満々に真実を口にすればいいだけなのだから。故に、それらの真実は議員へと受け入れられ、彼らは言葉を失う。


「さ、選んでください。いいですか、これは、あなた方が選ばなければならないんです。庶民は──ええ、そう、そうですとも、庶民の気持ち、俺にはよぉく分かる。彼らは自分の生活で精一杯なんだ。勿論、善悪を判断することはできるでしょうよ。だけどね、見えているものは少ないんだ。あなたたちには、正しい判断を下す責任と義務がある。俺の言いたい事、分かりますよね」


 平は適当に頭に思い浮かんだ脅し文句を並べ立てる。少し前に、ファンニとフォルラと、平の間で生じていた価値観の違いがこの発言の糧になっていたりする。

 議員たちの答えが出ない今、最後に、平は残る一台の魔導車両へ手をかざすと、


「はいどーん!」


 と言う。同時、魔導車両は最後の輝きを放って、これで、ベンヤミンの屋敷の庭に陣取っていた魔導車両が全て、跡形もなく姿を消してしまう。


「さあ、答えを出す時間ですよ」


 平の言葉に、ベンヤミンが取るべきは、時間を稼ぐということ。


「ま、待ってくれ。すぐに答えは出せない……まずは、落ち着いて話し合──」

「無理です、ダメです。即断即決! さあ、今すぐに答えを決めないといけないんです! はやくはやく!」


 このタイミングを逃してはならないと平は強く信じていた。

 どんな人でも、冷静になれば正しい判断を下すことが出来る。今、彼らにとって正しい判断とは、平の行っていることが一体どういう原理で行われているのかということについてよく検証し、その上で、改めて検討することであろう。その段階に移行させてはいけない。そうなってしまうということは、平たちにとって大きすぎる不都合であるからだ。

 平は、議員たちへ手のひらを向けてる。ビクリと肩を震わせる議員たちを確認すると、すぐに降ろす。

 その行動は、あくまで平が、脅しではなく、真実を突き付けるために行ったものであった。これは、脅しであってはいけないのだと平は考えていた。脅してであってはいけない──彼らの退路を断ってはいけない。何故なら、退路を断ってしまえば、彼らは意地になって平の要求を飲まなくなってしまう恐れがあるからだ。

 そうなってしまっては困る。

 平は、待った。ただひたすら、ベンヤミンたちが答えを出すのを待った。そして、その時は、嫌でも訪れる。その瞬間まで、平は、気を抜くことなく、真実の自分を表現し続ける必要があった。




 ベンヤミンたちが出し答えは、平にとって、ファンニにとって、フォルラにとって、最も都合の良いものだった。満額回答といって問題ないものだった。


「いやぁ、それにしても、うまくいったなぁ~!」


 平は、アファツル内スパケルトへの帰路の馬車で、痛快そうに言う。彼の表情は実に嬉しそうな笑顔であって、その笑顔を抱くのに十分な内容を持って帰るのであるから、その顔には得意げな様子も含まれている。

 彼の言葉通り、彼らは、ベンヤミンたち議員らとの交渉を成功させたのである。彼らは、ベンヤミンから、開戦はしない、という確固たる意思表示を貰い受け、めでたく一直線にスパケルトへの帰路を移動していた。ベンヤミンたちも納得してのことである。平は、今、全ての仕事を終えたと考えていた。


「一時はどうなることかと思いました。平さんが、魔術──いいえ、ショーでどうにかできないか、って言い出した時は。というかですね、そもそも、あの場において、平さん、嘘言ってないとか言ってましたけど、大体嘘みたいなもんですよね。召喚しただのなんだのってのも……見ていてハラハラしましたよ。でも、あまりに堂々としているものだから、途中おかしくなっちゃって、笑いをこらえるのに必死でした」

「いや? 嘘じゃないが? あれが嘘だっていうのなら、世の中のことは大体嘘になっちまうぞ! 俺は魔術を使ってない、俺はアポストルとしての力──あー、まぁそのあれだよな、天才的な演技力を使った、っていうそれだけの話さ。要はものの見方の問題であってだなぁ、だってさぁ、実際に魔術を使ったのは、俺じゃなくて──な」


 平の視線の先に居るのは勿論、ファンニである。彼女は、クスリと笑って、


「そだねぇ~。いやぁ、苦労したよ、ハマヒラの意味分からないタイミングでボンボンとダミーを消すのはさぁ~。特に、同時に五個消すってのはなかなか難しかった。あれは、私じゃないと失敗してたねぇ~。魔術っていうのは万能じゃないからね。あくまで、そこにあるエネルギーの形を変えるだけで──ま、こんなことは今はどうでもいっか~」


 そうなのだ。あの場で行われたのは全てパフォーマンスといっていいものだった。ファンニが作った形だけの物体を彼女がもう一回消し去る、ただそれだけのことを見せたに過ぎない。全てまやかしであったのである。


「でも、相手側に魔術に理解がある人間がいなかったのが救いでしたよね」


 フォルラの嬉しそうな言葉に、平も同意を返す。

 続いて、平は、あー、ところでさぁ、と上機嫌に話を転換させ、


「んで~、俺さぁ~、どーやって元の世界に帰るの? 帰してくれるよねぇ?」


 もう帰ることを考え始めている平に、フォルラが言う。


「えぇー! ハマヒラさんは、この私、フォルラを置いて帰ってしまうおつもりなんですか!? もういいじゃないですか、元の世界でハマヒラさんがどんな暮らしをしていたのかは知らないですけど、ここで暮らせば、えーとあれですよ、ほら、アポストルとして成し遂げた偉業をもとに一生不自由ない暮らしができますよぉ?」

「えぇ~、マジでぇ~? それはそれは魅かれちゃうなぁ~!」


 そんな、のほほんとしたお話をしている二人と対称的に、ファンニの顔はあまり嬉しそうな様子ではなかった。外の景色を見つめて、うーん、いや、と唸っているのである。それを気にしないように、平とフォルラは会話を続けていたが、その隙間を縫うようにして、ファンニは突如声をあげる。


「ダメだ。やっぱり、このままではうまくいかない……」


 それは、ファンニの確信。平とフォルラがきょとんとした顔でファンニを見なければならなかった。二人の顔に浮かぶのは疑問符であり、先ほどまで嬉しそうに話していたのは一体どこへ行ってしまったんだという戸惑いを抱かずにはいられなかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ