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底辺配信者 平和のアポストル  作者: 上野衣谷
第四章「結んでみた」
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第17話

 最終決戦が始まろうとしていた。

 平たちは、物陰に隠れ、ベンヤミンの屋敷前に車両が停まり人が入っていくという光景を何度か観察する。しばらくして、屋敷へ入る人間がいなくなり、ここから三名の行動が始まる。


「ねぇ、本当に、本当にやるの?」


 最後の確認とばかりに、フォルラがひそひそと平へ問う。しかし、平の心はもう完全に決まっていた。


「ああ、勿論だ。もう今更うだうだ言ったところで仕方ないだろ? それに、昨日の今日で準備をここまで整えたんだ、やる以外ないだろ」

「そう、かもしれないけど……だって、本当に、伝わるのかな、っていう不安が──」


 なおも会話を続けようとするフォルラに、平は、ぴしゃりと言い放つ。


「大丈夫! とは言い切れないけど、俺はストリーマーだ。ずっと表現をしてきた人間だ。なるようになる、今は貫くだけだ。──さぁ、時間だっ!」


 三名は準備を始めた。

 屋敷へ向かう集団がある。先頭にはフォルラと平。その後ろには、複数の布をかぶせられた何物か──大きな、車両のようなものが続く。それらは、ラウレンツの情報を元に、平が用意してくれと手配した、とあるものであり、その操縦はファンニが行っている。

 ファンニの魔術によって一瞬で、屋敷と外界を遮る門の錠は破壊され、集団はその門を駆け抜ける。屋敷の人間は誰もが来客の対応に手を取られていたが故、その集団を止めることができるものは誰一人いない。自由に、誰にも遮られることなく、平が率いる集団は屋敷の中へと突入していく。

 ファンニの手によって錠を破壊された門を駆け抜けた車両は、ガシャガシャと大きな音を立てながらも、整った動きをして、青々と茂った広大な芝生の庭へ横一列に並んでいく。もしそこに人がいたとしたならば、それらの人はこの集団に恐怖を覚えるだろう。まるで、そう、この集団は──軍隊。整った動きは、ファンニの操作によるものであるが、一人が操作しているが故に、その動きは単調。もし仮に攻撃が仕掛けられたとすれば、それは不利に働くが、攻撃を仕掛けられる危険性のない中であれば、単調な動きは綺麗というメリットと化す。

 故に、その侵入音を聞いて屋敷から飛び出てきた人間たちは、その脳裏に、軍の反乱さえも予想した。

 彼らの先頭に立つラウレンツがようやく我を取り戻したのは、平が率いる集団が完全に侵入を完了し、布を被せられた車両が横一列に六台並び終えてからであった。

 ラウレンツら使用人が外へ駆け出てくるのに続いて、恐る恐る何事かと屋敷の扉からチラチラと顔を出しているのは、議員たちだ。ベンヤミンも含め、五人の年老いた男たちが、扉から顔を覗かせているのが見て取れる。彼らを背に、ラウレンツはベンヤミン家の屋敷に堂々と侵入してきた侵略者たちに怯むことなく大声で問いかける。


「何事ですか! こんなことが、許されるとでも思っているのですか! ここは、ベンヤミン家の私有地ですよ!? いいえ、それどころか、あなた方はルバゼンの人間でさえない! 戦争でもはじめるつもりですか!?」


 ラウレンツの怒り。

 それに対峙するのは平である。一歩前へ出て、自分が交渉の相手だということを示しつつ、ラウレンツへ、いや、目の前に立っている複数の人間全体へ向けて、大声をあげる。


「はい、どうもぉ! 煩悩煩悩! 浜平こと、ハマヒラでぇーす! 今日はですねぇ──」


 その名乗りを遮るものが現れる。この屋敷の主、ベンヤミンだ。彼はラウレンツを押しのけて前へ出ると、平を指さし、物凄い剣幕で怒鳴る。


「なんだ! お前たちは! この行為が何を意味するのか分かっているのかっ!! ええっ!?」


 平は僅かに怯み。しかし、彼はすぐにその怯えを身体の奥へと無理やり押し込める。今の彼は、ストリーマー。もう彼の中では心の中のビデオカメラが回っているのだ。今の彼に恐れるものなど何もない。そう、人は、カメラの前では変わるものだ。その先に、誰かがいると考えれば、自分一人で行っていることではないと錯覚できる。しかして、その錯覚は確固たる真実となり、平は今、無数の仮想視聴者と共に、この場に立っているのである!

 平は動じない。例えその相手がこれから交渉しなければならない重要人物であったとしても、一歩も引かない。平は思う、自分は一人じゃない。今、これから、表現を叩きつけなければならない。それが、配信サイトを通じてか、直接か、それだけの違い。そこに大きな差異などないっ、そう自分へ言い聞かせて立ち向かう男、浜平。


「あー、あー、そんなに怒らないで下さいよ! いいですか、これから見せるのはちょっとしたショーです。パフォーマンスですよ! 俺は、パフォーマーだ。皆さんのお時間をほんの少しだけ頂きたい! 大丈夫、絶対に皆さんの身に危険は及びませんし、見といて今後の戦略の糧になること間違いなしですからっ! これを見れば、皆さんも、アファツルに勝てるかもしれないっ!!」


 適当なことを並べ立てているように聞こえるが、これは、平の作戦だった。過激なことを言って、相手の注目を引く。彼が述べたことは決して嘘ではない。最初の数秒で相手の注目を最大限に引くことこそ勝利への近道であるということを彼は動画配信を通じて学んでいたのである。

 平の言葉には、ベンヤミンらを引き付けるに十分の内容であった。身の危険が及ばないのに、ただで相手側の情報を得ることができる──これから、重大な決断を下す場面へ直面する議員たちにとっては願ってもみないことである。けれど、だからといって、はい、そうですか、といって大人しく見るのは難しい。ベンヤミンが代表して異を唱える。


「何を訳の分からないことを言っているんだ。大体──」


 彼が言い終わるよりも前に、突如、車両を覆っていた布がバサッと剥がされる。そして、そこに、灰色に輝く金属製らしき塊が六台現れる。それは、ベンヤミンたちを一瞬で硬直させるもの──兵器、破壊の化身、圧倒的な力──それら全てを内包する、魔導車両の姿だった。

 立派な砲塔を備え、そこから放たれる魔力砲の一撃は、歩兵を一瞬で殲滅する。かつて、アファツルとルバゼンが争っていた時、ルバゼンに対する圧倒的な脅威として君臨した魔導車両が六台も、ベンヤミン氏の屋敷前へと君臨したのである。これには、流石のベンヤミンも言葉を失う。ベンヤミン側にいる人間たちは、命の危機を覚えるのだ。目の前に、兵士たちであっても簡単には無力化できない兵器が六台も並んでるのであるからして、当然の反応である。平は、その様子を見て、まずは、うまくいっていると確信する。調子を上げ、ベンヤミンたちへ言い放つ。


「さぁ、口を開けていないで、耳を開けて、俺の話を聞いてくださいよぉ~? いいですか、実は、黙っていたんですが、俺は、もんのすごい力の持ち主なんです……。俺、言いましたよね、ベンヤミンさん。後悔することになりますよ、って」


 ベンヤミンは、平の脅しのような言葉を受け、弱々しく言葉を返す。


「そ、そうか、和平交渉を断れば、この兵器で、我々ルバゼンの議員を一掃する、ということかっ……!」


 けれど、平は、ノンノンノン、と陽気に言い放つ。


「そんな訳ないでしょう? 俺、言ったじゃないですか。俺は、アポストルとしてこの場に立っている、ってね」


 平の様子から、すぐには命の危機にないと感じたベンヤミンの後ろにいる議員たちがそれぞれ口を開く。


「どういうつもりだっ!」

「こんな脅しで和平交渉に応じると思うなよ」

「大体、おかしいだろ、こんな大きな兵器を、クーバへ持ち込ませるだなんて……警備隊は何をやっていたっていうんだっ!」


 彼らの慌てる様に、平の隣に立つフォルラが、笑いをこらえきれずに、クスリと笑む。それに敏感に反応したベンヤミンが、


「何がおかしいっ!」


 と、苛立ちを見せると、平は、待っていましたとばかりに勇んで答える。


「ふっふっふ、さっきの質問お答えいたしましょう! 答えは全て簡単ですよ。警備の人間たちは何も悪くないんですっ! そう、何故なら、俺はハマヒラだからっ! あ、違うわ、えっと、そう! アポストルだから!」


 ノリノリの平の説明だが、勿論、そんなものがベンヤミンの納得のいく回答になっている訳もない。


「どういうことだね!」


 さらに質問をぶつけるベンヤミンに、平は、それはもうわざとらしい得意げな顔をして、若干仰け反ったポーズで、なるべく偉そうに言う。


「アポストル──ただの平和の使者だとか、交渉人だとか、召喚されたその辺の男とか、そんなこと思ってませんかぁ? 違うんですねぇ、それが。アポストルとは、大いなる力を持つ者!」


 ねつ造である。


「魔術ぅ? 蒸気機関? ふっふ、ぬるいぬるいっ! アポストルの前ではそんなものは無力、無力っ!」


 ねつ造であるが、しかし、


「現に、ここに、アファツルの魔導車両を呼び寄せてやりましたよ。これだけの巨体を、ボンと一気に転移させる──なかなかできないよ、こういうことは。なかなか難しいと思うよぉ、こういうことは」


 目の前で起きている事実が、ベンヤミンらに、平の言葉の数割くらいは信じさせるに至らしめる。

 しかし、だからといって、はい、そうですか、と全てを信じることはできない。ベンヤミンは、目の前の脅威に怯えつつも、議員の誇りを賭けて、ベンヤミン家の誇りを賭けて、強気に平へと向かい合う。


「それで……それが、一体なんだというのだね! いくら、呼び寄せることができるからといって、それが、そんなもので、我々が屈するとでも?」


 けれども、平の答えは、ベンヤミンが考え得るものとは違った。平は、


「いいぇえ!?」


 と、勢いよく言う。次に、何を思ったか、彼は、右手の平を一番端の魔導車両へと向けて、にっこり、と満面の笑みをベンヤミンたちへ向ける。彼は合図したのだ。それ、やるぞ、と。ほれ、やるぞ、と。合図してみせたのである。今から、自分はとんでもないことをやってみせるぞ、準備はいいか、とベンヤミンたちに無言で圧力をかけたのだ。数秒の沈黙。それは、平が、ベンヤミンたちに与えた猶予。心の準備をしろ、ということを暗に示すショーの空白。


「さ、いきますよぉ? 見ててくださいねぇ~? スロー再生とかできないですからね、よぉーく、二つの目をしっかりあけて、注目注目ぅ!」


 その声で、その場にいる人間は、平へ、そして、手の向けられている方向へ注目せざるを得ない。間。大切なのは、間なのである。平はそれを十二分に意識していた。全ての人間の視線が、注目が、彼の意図する方向へと向いたその瞬間。その瞬間に、事を起こすことによって、パフォーマンスは最大限の効力を発揮する。


「はい、魔導車両、消しクズにしてみたぁ~!」


 叫ぶ。刹那、一番端の魔導車両から激しい閃光が放たれ、その場にいる誰もが目を閉じる。

 次に、人々の目が開いた時、そこにある魔導車両は、六台から五台へ減っていた。

 静寂。ほとんどの音なしに、一瞬にして、魔導車両が消え去り、そこに残るは僅かな煙のみ。消えたのである。その魔導車両がどうなったのかはともかく、少なくとも、この場にいる全員の目に映っている残りの魔導車両の数は五台になったのである。ベンヤミンを初めとして、彼の傍にいる全議員が、そして、ベンヤミン家の使用人たち全てが、目をぱちくりさせて、互いに顔を見比べることくらいしかできない。


「さぁ、どうですか? 信じてもらえました? いやぁ、申し訳ないっ、俺、すごいんですよ。ね、分かってもらえましたよね。こういうことなんです。どうですかぁ? どうですかぁ!?」


 ベンヤミンは、冷や汗をかいていたが、しかし、懸命に言葉を探す。だが、見つからない。意味の分からないことを見せられて、思考がこんがらがり、言葉が出てこないのである。口をパクパクさせるのが精一杯で、平はその様子を黙って数秒見つめたのち、


「他の方々は、どうですか? ねぇ、やばくないですか、やばいですよね……やべーっすよ」


 なんてことを問いかけるも、他の議員もベンヤミンと同じく、口をパクパクさせるしかない。

 少しして、ようやくベンヤミンが我を取り戻し、消し去られてしまった魔導車両の跡地を指しながら、


「あ、あんなものは、インチキだっ! 訳の分からんことを見せられて、そんなもので、我々が立ち止まると、お、思うなよっ!」


 少し、強がっていう。

 その言葉を聞いて、平は、にんまり、たっぷりと時間をかけて笑みを作る。そして、ハツラツとした声で、言い放つ。


「そうでなくっちゃ!」

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