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底辺配信者 平和のアポストル  作者: 上野衣谷
第四章「結んでみた」
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第16話

「ないなら、作ればいいんだろ! ないものは作る。ないアイデアは捻り出す。簡単なことだろ!?」


 平の声は室内に響き渡り、フォルラだけでなく、ファンニも目を真ん丸にして驚きを見せる。それは、完全なる勢いによる発言である。その裏に、何か策がある訳ではないのだ。けれど、この状況下においては、平の言っていることは至極正論であって、平たち三名に残された道は、確かに、今、平が述べたことだけであるかのように思われた。


「作、る……?」


 フォルラが、若干の希望を抱きつつ、平に問う。その目に宿る僅かな希望は、平を真っ直ぐに見つめていた。平は、うーん、そだなぁー、とわざとらしく声をあげつつも、精一杯に頭を回転させてその先の言葉を見つけ出す。


「そうだ、作るんだ。だって、俺はストリーマーだからな。いろんな動画を作ってきたんだよ。アイデアだって沢山出してきた。勿論、何もないところからアイデアは生まれない。だけど、ここには俺がいる。ファンニがいる。フォルラがいる。無じゃないんだ。俺には実績はともかく経験があるっ! 考えてやる、出してやる、最高のアイデアを。この危機的状況を一発で切り開く革命的なアイデアをなぁ……!」


 一見、自信に満ち溢れている発言に見えるが、その実情は全く異なる。彼に自信などない。けれども、彼は、それでもずっと前に進むという生活を送ってきた。日々、危機感に苛まれながら、言い方によっては、惰性とも呼ばれうる何かに突き動かされ続けて三年以上もの月日を一つのことに費やしてきたのである。

 そんな中、彼が学んだことを、今、この場で全て放出してやろう、彼はそう考えた。


「それで、何か思い浮かんだのぉ? さぞ、素晴らしいアイデアが思い浮かんだのかなぁ~?」


 ファンニの声が聞こえる。

 あれから、数時間の時が流れた。魔力灯の光は一定の光量で相変わらず室内を照らしている。そんな魔力灯を見ることくらいしかやることのなくなってしまったフォルラは、こっくりこっくり船を漕ぐ。一方のファンニは、もう椅子には座っていない。彼女は一人、ベッドの上であおむけになって天井を見つめながら、定期的に平へアイデアを催促する作業を繰り返していた。


「…………う~~~ん」

「浮かばないのぉ?」

「う~ん、浮かんだようなぁ、浮かばないようなぁ。いやぁ、浮かぶかなぁ、浮かばないかなぁ、浮かんだりぃ~、沈んだりぃ~」


 平は、だーっと叫ぶと、もう一つのベッドへダイブして、天井を見つめる。その叫び声に、目を閉じつつあったフォルラがビクッと反応してきょろきょろ辺りを見渡して、その叫び声が平の悶絶であったことを確認して、ため息をつく。


「やっぱり、どうしようもないん、じゃないですかねぇ……でも、諦めるっていう訳にはいきませんしぃ、明日、もう一度、話し合ってみるしかないのでしょうか」


 フォルラの妥協案は、実に無難な案だ。しかし、その案に勝算がないということは、言っている本人もよく分かっているし、他の二人も分かっていた。代表して、ファンニが否定を示す。


「それじゃあ、変わらないよねぇ~。はー、なんか、こー、実はすごい隠し情報とか持ってたりしないの? フォルラはぁ」


 ファンニの投げやりな質問に、フォルラは首を振ってノーを返す。


「ラウレンツさんが、去り際に言ってましたね。ルバゼン側の開戦派が勝ちを確信している理由──といっても、今更ここで言ってどうにかなるものとは思えません。だって、彼はその情報を大切そうにしていましたけど、私たち、いいえ、私でさえ、そんなことくらい知ってるんですから……」

「え、なになに?」


 フォルラの言葉にファンニが若干の興味を示し、僅かに体を起こす。単なる知的好奇心からくる質問だ。フォルラもまた、隠すようなことではない、という軽い感じでそれに返答する。


「兵器です。お姉ちゃんも聞いた事あるんじゃないですかね。戦闘を行う機械──というか、車両……ようするに、ルバゼンは、私たちアファツルが古くから保有している魔導兵器の魔導機関を用いたものではないもののでも使うつもりなんでしょう。古くから、アファツルが優位を保ってきた理由をそれで跳ね返すことが出来る──なんていう算段でしょうね」


 フォルラの話した内容は、平にとってはまるで新しい情報ではあったが、ファンニにとってはごく当たり前の事実だったようで、


「なぁんだぁ~、そんなことかぁー……そんなの、私どころかアファルン連合中の人だって知ってるってぇ。水平線~ってやつだねぇ~」


 と、つまらなさそうに呟くと、再び体をベッドに預けてしまう。

 二人が常識であるかのように語る一方で、平にとっては、新しい情報ではあったが、しかし、だからといってどうなる訳でもない。むしろ、ルバゼン側の開戦派の根拠がはっきりしたどころか、ファンニの反応で、アファツル側も同じようなことを考えているということもはっきりしてしまう。


 そして再び訪れる沈黙。

 突如、平がベッドから起き上がり、叫ぶ。


「そうかっ!!」


 平の頭で、足りないピースが合致した。彼は閃いたのである。呟く。


「何もないところからは、何も生まれない。だけど、ここには俺がいるし、ファンニも、フォルラもいる。そうだ、その通り、俺たちの気持ち──いや、そうだな、ファンニとフォルラの気持ち、そして、多くの人たちの気持ちを、あのベンヤミンに理解させることができれば、事態はおのずと解決する……そうだよな?」

「そ、その通り、ですけど……」


 フォルラの返事を確認すると、平は、よし、いけるぞ、いける、いけるはずだ、とぼそぼそと呟き、数秒考えた後、言う。


「教えてやるんだ、ベンヤミンに。フォルラ、君は言ってたよな、こっち側──えーと、つまり、アファツルの側にも、開戦派がいるって」

「そう、ですね。でも、それがどうかしたんですか?」

「どうかしてるんだ。つまるところ、そいつらは、勝つ算段があるから戦うんだろ? そして、逆に言えば、ここにいる連中──つまり、ルバゼン側の人間の中にいる開戦派だって、それは同じ考えのはずだ」

「そうですね、それは、その通りだと思いますが……」


 その先に何を言いたいのか理解できない、そんな表情でフォルラは平を見つめ、先を促す。平は、そんな彼女へ、彼が思いついた画期的な案を告げる。


「簡単な話だ。互いに、互いの気持ちを理解させるんだよ。互いが、互いに勝算があるということを、いや、その事実を見せつける。相手の確固たる勝算を見れば、互いに怯むだろう。その先は簡単だ。とりあえず、その場凌ぎとはいえ、即時の開戦派はいなくなる、そうだろ?」


 平の意見を聞いたファンニがそれに、ぽつりと反応する。


「なるほどねぇー……開戦派は互いに互いを牽制し合って、結果、平和派になる、ってことか……そだねぇ~開戦するぞするぞって息巻いてる連中に、平和が素晴らしい、って解いたところでそれそのままはいそうですかとすぐに納得してくれるとは限らない……にらめっこ下での平和であったとしても、それは一応、平和、ってことだ」

「よくわからんが、そういうことだ!」


 そんな無茶苦茶な二人の会話に割り込むのは、フォルラだ。彼女は正しくストップをかけてくれる。


「待って待って、待ってください。それは、確かに、そうかもしれません。お姉ちゃんの言っていることも分かります。だけど、重要な点が抜け落ちてませんか? そうですよ、その事実をどうやって相手に伝えるか、っていうことです。今であれば、そう、目の前の方々、つまるところ、ベンヤミンさんに、どうやってその事実を理解してもらうっていうんですか? 口で伝えたところで理解してくれるとは思えないのですが……」


 フォルラの主張に、


「そうねぇ~その通りだよねぇ~」


 まずはファンニがあっさりと陥落してしまう。けれど、平は違った。


「そうだな、口で伝えるだけじゃあ無理だ。でも、俺たちは人間だ。人間は言葉以外にも、文字以外にも、情報を伝達することができるんだぜ?」


 フォルラは首を傾げる。


「あー、何、簡単なことだ」


 平は、再び机の前の椅子へと着席すると、自らの案を打ち出した。平の説明は、身振り手振りを交えて実に数十分に渡り繰り広げられた。途中、ファンニやフォルラから質問が飛ぶが、平はそれらに対しても何なりと返答をする。彼は決定的な解答を持っていたのである。

 平の長きにわたる説明を聞き終えたファンニは、いつの間にやらベッドの上から椅子へと移動しており、その顔には、希望の表情が宿っているように見えた。


「──という訳だ。できるよな、ファンニ、フォルラ」


 ファンニは、しばらく考える。彼女が答えを出すよりも前に、代わりにフォルラが、


「その手配は、下準備は可能だと思います。でも、やっぱり、これは危険過ぎますよ! 大体、うまくいかなかったらどうするんですか? どうなるんですか? 私たちがただではすまないどころか、開戦派がさらに勢いづいてしまうと、私はそう思いますけど」


 などと懸念の色を示すが、


「それは~、まぁ、あれだろ、どうせ、このまま何もやらなくたって開戦なんだからさ。いいんじゃね?」


 という、平にしては珍しく的を得た反論にて鎮圧される。フォルラが鎮圧された後、ファンニは少々考えているようだったが、彼女は、平の意に反して、首を横に振った。


「ダメかなぁ、難しいと思う。私は確かに、スパケルト公立魔術学校を首席で卒業したし、それくらいのことを魔術でやれる自信がないことは、ない……けど、やっぱり──そだなぁ~、何と言っていいか……一歩踏み出せない~というか。うまくいく、っていう確信が持てない~、っていうかぁ~」


 煮え切らない様子のファンニ。それは、軽そうに言っているように見えるが、彼女なりによく考えた結果であった。だが、その結論に納得しないのが平だった。


「じゃあ、何か? このまま何もせずに開戦を待つっていうのか?」


 ファンニはこれにも同意はしない。


「そうは言ってない、そうは言ってないけどさ~? うーん、なんていうかぁ~。後ろめたさ、みたいなのもあるしぃ~」


 口ごもるファンニ。平は何度か頷いて、けれども、ファンニの意見を受け入れることはしなかった。彼は、ファンニの意見を聞くと同時に、それに対抗する完璧な対抗手段を思いついてしまったのである。にやりとほくそ笑み、


「よし」


 一言呟いて、ファンニとフォルラの視線を集める。


「いいことを教えてやろう」


 ファンニとフォルラを交互に見る。二人は、何を言い始めるんだこいつは、という若干不安げな顔で平を見ていた。そんな顔を確認しつつも、平はためらうことなく話す。


「世の中に出回っている情報において、百パーセント真実だ、なんてものはほとんどない。どんな情報も多かれ少なかれ、何らかのフィルターを通って外の世界に出てるんだ。何が言いたいか、っていうとだな、相手がどう捉えるかによって、情報っていうのは変化する、っていうことだ」

「うん、それで?」

「俺が発信した動画──あー、えと、いいや、情報。それもさぁ、俺がどう思っていようが、結局相手の捉え方によってすべては変わるってことだ。今からやることが、真実じゃないとしても、それは、それだ。その情報を受け取るのはあくまで相手。俺たちは伝えたいことを伝えることができればいい。後は相手次第! どうだ、やる気になったか? いいや、もういいよ、よし、多数決! 多数決取ろう! はい、やろうと思う人~!」


 平は、そう言いながら一人手を上げる。

 しかし、ファンニもフォルラもそれには続かない。

 続いて、平は、もう片方の手を上げる。


「はい、絶対やるが二票で、あんまりやりたくないが二票! なので、やりま~す!」

「えっ」

「えっ」


 それは怒涛の展開である。衝撃の展開に慌てふためき、何とか反論をしようと言葉を考えるファンニたちであったが、平の衝撃行為は留まることを知らない。そうだ、彼はストリーマーなのだ。


「いいか!? 世の中、何でもかんでも多数決によって決まると思ったら大間違いだ! 沢山の人が信じていることが正しい道だと誰が決めた! いいじゃねぇか、やってみようぜ。魔法の呪文を教えてやるよ、ほにゃららやってみた、っていえば大体何やっても許されるんだ! 覚えとけ! さぁ、やるぞ、いくぞ、和平交渉やってみた、をやるぞぉ~! どんどんぱふぱふ~」


 一人で拍手する平。一人月走る男に、二人の女はついてくることができないっ! 場は凍り、永遠の静寂が流れ続けるかと思われた。しかし、その沈黙は、


「ぷふっ……あはっあはは」


 という、フォルラの笑いによって打ち消される。フォルラが笑いを発したことに驚いたファンニが、


「えっ、どうしたぁ!?」


 と、問うと、フォルラはしばらく笑った後に、呼吸を整える。それでもなお、笑いが収まらないようで、少しずつ笑いながら話す。


「えっと、違うんです、いやぁ、私とお姉ちゃんが、至極真面目に、真っ当に、頭抱えて悩んでるっていうのに、ハマヒラさんはいとも簡単に、無茶苦茶な提案をしてきて、挙句の果てには一人で決定しちゃって、あは、それが、えっと、なんか、違うなぁ~、って。私たちとは、違うなぁ~って、そう思ったんです。そう思うと、なんだか、おかしくなってきちゃって」

「ははぁ~、なるほどねぇ~」

「よし、じゃあ、おっけーてことな。明日、実行に移すからな!」


 こうして、何ともまぁ、強引な形で、話がまとまる。時には強引な手段も意見をまとめる解決になるのだということが実証されつつ、三名は床に着く。

 既に夜は深く、街はすっかり静まり返り、大通りを行き来する者はいない。厳格なクーバの街は、夜の活動を禁じているからだ。荒らしの前の静けさ──そう感じるのは、この部屋にいる三人だけ。他の、この街に住む人々は、夜が明けてからもいつもと同じ日常を過ごそうとしている。ベンヤミンも、明日の決定を頭に、静かに眠りについていた。

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