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底辺配信者 平和のアポストル  作者: 上野衣谷
第三章「信じてみた」
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第11話

「それで? 結局、なんでついてきたか、っていう答えが聞けてないような気がするけどぉ」


 ファンニの指摘に、フォルラは、あぁ、そうでした、と前置きする。


「だから、私にはそれを見届ける必要があって──そして、最後、絶対にお姉ちゃんを守らないといけない、って思ってついてきたんです」

「なるほどね」

「でも──」

「でも?」


 フォルラは、平を見つめながら言う。


「その考えは、今変わりつつあります」

「ん?」


 平は唐突に向けられた視線に戸惑いながら、訳を問うと、フォルラはにこにこ笑顔で、嬉しそうに言う。


「ハマヒラさんっ! あなたの力量ですっ! 正直──召喚だなんてもので、そんな、古典的な手法で、本当に平和の使者──アポストルが現れたりするのかと、そう思っていました。けど、私は、事実、あなたに救われた訳です。あのまま、私の身が拘束されていても、目的を果たすためには何ら問題はなかったはず。にもかかわらず、危険を冒してまで私を救ってくれた。計画性のない純粋な気持ちだと私はそう感じてます! そういう人こそ、世界に平和をもたらせるんじゃないか、私はそう思ったんです! ね! そうでしょう? ハマヒラさんっ!」


 今にも抱き着いてきそうなほどの勢いで卓上へ身を乗り出して迫るフォルラ。抱き着かれることは、両者の間を机が遮っているために何とか防がれたが、あまりに笑顔で差し迫るフォルラに、平は、


「お、おう、そ、そうだとも」


 としか言えない。

 そんな二人を交互に見て、ファンニは頷く。


「なるほどねぇ~。まぁ~、うん、そっか……じゃあ、私も、言わないといけないかな……」


 今度はファンニが注目を集める番だった。恥ずかしがるような声で、ファンニは言う。


「正直──私も、今回、うまくいくだなんて思ってなかったんだよねぇ~」


 えっ、と驚くのはフォルラだ。


「どういうことですか?」


 その問いに、ファンニは言うかどうか躊躇った後、決心したらしく、ふー、と小さく息を吐いてから言った。


「いやぁ、自由の身ってのは確かに魅力的な言葉だったよ。でもさぁ~、いやぁ、もう逃げちゃおっかなぁって。いい機会だし、これを機に姿をくらませたら、まぁ、どうにかなるでしょおとか、思ってたワケ。世の中、大体なんとかなるじゃん? でもさぁ──」


 ファンニは、うーん、と間を置く。彼女の口から放たれたのは、意外な言葉だった。


「私も、フォルラと大体おんなじ。このハマヒラとかいう男が、馬鹿で、無思慮で、唐突で、訳が分からなくて、だけど、真っ直ぐだったなぁ、って思ったら、どうせならとりあえず、やってみよっかなぁーって思ったの」

「お姉ちゃん!」


 その言葉に喜ぶファンニ。

 そして、その言葉を聞いて立ち上がるのは平。うんうんうん、と首を何度も縦に振る。ファンニとフォルラの話を聞いて、どこか心にくるものがあったようだ。


「そうか、そうかっ! 感心したっ! 俺は今、猛烈に感心しているっ!」

「え」

「え?」


 唐突な行動に疑問符を浮かべるファンニとフォルラを差し置いて、平はさらに付け足す。


「そうだよな……やっぱり、俺は、すごかったんだな。最初は、君たち二人も、そして、他の人たちも、本当にストリーマーとして生活できてるのかって不安だったよ。駆け出し、なんだよな? いや、でもいいさ。駆け出しでも。そうやって熱い心で目の前のものにぶつかっていく、そういう強い心が大切なんだっ! そうだろ? そうだよな、うんうん、分かる分かる。よし、俺もここから心を切り替えてっ、やるぞ、絶対にこの撮影を成し遂げてみせるっ! いいなっ!? よし、そうだ、ほら、皆で手を重ねて、えいえいおーやろう、えいえいおーを」


 平に腕を掴まれ、テーブルの上で重ね合わせる三人。この行為が何を示しているのか、何を意味しているのか、理解しているのはこの場において平だけであるが、


「よっしゃ、成功を祈って、はい、えいっ、えいっ、おー!」


 平主催のえいえいおーは無事終わり、とりあえず、成功を祈るという言葉で、大体の意味を察するファンニとフォルラ。

 一息ついて、


「さて、まずは腹ごしらえでもするかぁ! な? いいよな、そろそろ」


 平が食事を開始しようと席についたところで、


「あ」


 ファンニが何かを思い出したように口を開く。


「そういえば──」


 けれど、彼女が言うのは、そういえば、で言うことが許されるようなことではなく、もっともっと、重大な事実。


「私たち、何かにつけられてるっぽいよ。わずかだけど、そういう気配がするから」


 差し迫った危機であった。


「ええっ! そういうことは、もっと早くいもごっ」


 大声で言おうとする平の口が、ファンニの手の平で抑えられる。


「しっ! もっと小さい声で話して……!」

「どっどどっどど、どどどうすどどもごっ」


 慌てふためく使い物にならない女フォルラの口も、ファンニの手の平で抑えられる。

 異様な光景であるが、二人の冷静さに欠く者どもを統率するには仕方ないことである。ようやく静かになった室内。さて、と作戦会議を始めようとした途端、けれど、その静寂は破られる。

 個室の扉が思いっきり蹴り開かれる。


「なっ」


 三名の誰もが声を上げるよりも前に、


「おらおら! いけいけいけ! 雪崩れ込め!」


 という声と共に、十人近くの男たちが雪崩れ込んでくる。その誰もが、手に短剣を構えていて、瞬く間に一つしかない出入口をふさぎ、ファンニたちをそれぞれ取り囲むようにして陣取る。


「ほらっ、そこ! 動くな、動くと、こいつの命はないぞっ!」


 真っ先に拘束されたのは、三名の中で最も簡単に拘束できるだろうと狙いを定められたフォルラであり、彼女の首筋には背後に立つ男により脅される。彼らの行動はファンニがほとんど対応できない程に素早かった。彼らはこういった行為に慣れているのだろうということが分かる。何かしらの経験を積んでいなければ、そう易々と無抵抗に終わるようなファンニではないからだ。自分一人だけならまだ戦いようはあっただろうが、戦闘態勢を取るファンニと比べて、フォルラ、それに平は一瞬にして拘束されてしまい、残るは彼女ただ一人となる。こうなってしまえば、抵抗の仕様もなく、彼女は両手を上げて降参のポーズを取るしかなくなってしまう。


「よし、座らせろ」


 恐らく、指揮を執っているらしい男が命令すると、三人は元座っていた椅子へと着席させられる。


「かーっ、なんだぁ、お前らはぁ~! いきなりすぎるよぉ、ねぇ、そんな抑えなくっていいって! そういうの、こっちでちゃんと抑えられてる風にするからさぁ、もぉ~」


 平が悪態をつき、


「うるさいっ、黙ってろ!」


 彼を拘束している兵士に一蹴される。三名が着席させられ、指揮を執っていたであろう男が周りの男たちに目配せをする。変な動きをしないようにと警戒させているのだ。うちの一人は扉から出る。恐らく、扉の外を見張っているのだろうと思われた。


「……さて」


 男が口を開く。他の者たちは、しっかりとファンニらを見張っていて、どうやってこの状況を打開してやろうかと糸口を探るファンニに大きなプレッシャーを与える。ファンニは予想する。こいつらの正体は一体何なのか、と。一番可能性が高いのは、盗賊か、何かだろう。自分たちを金がある人間だと考え、店の個室に入ったのをいいことに命を脅して金品を奪い取る。店の中でやるというのはあまり賢い選択肢には見えないが。

 しかし、となると、疑問が残る。ファンニは男たちの顔を見回す。彼らの容姿、服装は、盗賊や強盗をするようなグループにしては小奇麗で、とても悪党に見えないというのが率直な感想だ。彼らが犯罪グループか何かだというのはそれらの外見からして想定し難い。

 一瞬だけ静まる場に、すぐに男の声が投じられる。


「まずは──」


 けれど、男の言動は、三人の誰もが予想しないものであった。


「手荒な真似をして、申し訳なかった」


 男は謝罪と同時に頭を深々と下げる。目を丸くするファンニたちに男は頭をあげると続きを話す。


「しかし、中での話を聞かせてもらった上では、こうするより他の手段が見当たらなかった。申し遅れた、私はボジャーニという。あなた方──いや、ファンニさん、フォルラさん、そして、ハマヒラさんにお願いがある」


 ファンニたちはその言葉に再び目を丸くして驚く必要があった。口をぽかんと開けて反応しない平に変わって、ファンニが少し苛立ちながら言う。


「あんたたちが何者なのかは知らないけどさぁ~。お願いがあるって言っといて、こんな暴力を対価として差し出しているということぉ? その感性、ファンニには理解できないですぅ~」


 こんな状況下に置かれているにも関わらず、ファンニの物言いは挑戦的であったが、にも関わらず、ボジャーニはそれに腹を立てることなく、静かに頷いた。


「それは、もっとも。最初は、我々もこんな手荒なことをするつもりはなかった。ただ、あなたたちを後ろから見守り、監視するだけにとどめておくつもりだった……」

「監視……?」


 フォルラが呟き、ボジャーニが肯定する。


「そう──けれど、事情が変わったのです。あなたたちの決意──それは、もしかすると、もしかする、そんな風に感じられた。であるからして、お願いがある」


 ボジャーニは、ファンニら三名をかわるがわる見ながら、言う。


「後一か月の間、我々に監禁されていただきたい」


 その要求は奇妙なものに聞こえた。監禁されて頂く、監禁という言葉とは裏腹に、言い方は穏やかなのだ。


「……どういうこと?」


 ファンニも、彼の要求が今一理解出来なかったらしく、その真意を探ろうとするも、


「それは言えません。ただし、要求を飲んで頂きたい。私たちは、暴力によって物事を解決したくはないのです」


 ボジャーニのその言葉に、ファンニは嘲笑を返す。


「あぁ~、くだらないー。こんな状況に追いつめておいて、暴力によって物事を解決したくない? もう使われてるってのぉ」


 フォルラも強い同意を含め首を縦に何度も振る。


「……ええ、そうかもしれない。しかし、これは──この先の、アファルン連合のため。大きな目的を達成するためには、多少の力の行使はやむをえないのです。それで……ともかく、同意していただきたい、いいですね?」


 ボジャーニはより威圧感を込めて三名に問う。口ごもるファンニやフォルラに変わって答えたのは平だった。


「くっくっく」


 いきなり口を開いた男に警戒感を抱くボジャーニ。


「なるほど、なんだ、そういうことか。ああ、分かった、お前らのたくらみ、全て分かった、お見通しだ」


 とか言ってみる平。勿論、何も分かっていない。はったりである。


「でもな、全てがお前らの思った通りに動くか──それは、そうじゃないかもしれないんだぜ」

「ど、どういうこと……」


 平は企んでいたのである。この場でどう動いたらなんか画面映えしたりするかというとんでもなくどうでもよいことを。この場において、どうやったら動きがでるだろうか、とかいうこの上なくどうでもよいことを。そして、彼は思いついた。そうだ、相手は油断している。まさかここで自分がいきなり動きだすとは思うまい、と。だから、


「いくぜぇ、ファンニ、フォルラァ!」


 がたっと立ち上がり、飛びあがって、机の上に着地する。卓上に乗っていた皿などがガタガタと振動し、室内の空気は一気に加熱される。室内は一気に戦闘状態へと突入し、けれど、平は誰と戦うこともせず、場を混乱させるだけ混乱させて、扉へと一直線に向かっていく。


「ほらっ、こんなところでとどまってる暇なんてねぇだろ? いくぞ、ファンニ、フォルラ! おい、ボジャーニとやら、会計は頼んだぜ」


 そう言うと、一人で扉を突破して出て行ってしまう。その突然の行動に対応できたのは、いつでも動けるようにと身構えていたファンニだけで、


「助けに来るからっ!」


 とだけ言い残して扉から出て行ってしまう。ファンニは残念なことに平をある程度信頼してしまっていたため、平の唐突な行動にも従ってしまったのである。


「お、おーい!」


 平とファンニの後ろへ声をかけるボジャーニだったが、彼らは振りむことなく店から飛び出しどこかへ駆けて行ってしまう。残されたボジャーニは、頭を抱えて、はぁー、と大きなため息をつく。そして、一人残されてしまったフォルラへ言う。


「……フォルラさん、本当にあんなのを信じるんですか? 我らのアファツルの命運を、あんなやつらに任せていいんですか?」

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