第10話
投稿する動画の結末というのは、必ずしも、最初から決まっているものではない。動画は生き物であり、それを生み出すことそのものが芸術活動なのである。平は、そう信じていたし、であるからこそ、今、自分が旅をしているという現状を生産的なものであると捉えていた。
そんな曖昧できっちりと決まったものがない、ふわふわとした存在と向き合っている平から見ると、今、目の前にしている完璧に整備された都市は、少しだけ不気味で、物珍しいものだった。
整った街並み、ベルズモンドという少し古臭い街とは違い、数階建ての建物が立ち並ぶ灰色の街並み。その街並みは、平が普段生活していた街と少しだけ似ていたが、それ以上に整っているものである。また、ファンニやフォルラにとっては新鮮な街並みであり、故に、二人の提案により、街の中を徒歩で歩き、移動することに決定されたのである。
「でも、すごかったですね、びっくりしました! 私、フォルラ・ケリュビンは、ハマヒラさんのことを少し──いいえ、かなり、みくびっていたようです! まさか、私がサグマイアまで来れるだなんて。全部ハマヒラさんのおかげです! ここまで来ちゃえばもうほんの少し、街を出て、一日も経たずに目的地のクーバまでたどり着けますよっ!」
フォルラは、ベルズモンドの街を出てからずっとこの調子である。
その瞳は恋する乙女。彼女からしてみれば、平は、白馬に乗った王子様、姫を救出しにきた勇者様、貴族のような暮らしをして平凡な毎日を送っていた時に現れた救世主なのである。道中の馬車においても、フォルラはやけに平に接近し、隣の席に座って距離を縮め、長い髪が平の手の平に触れるくらいの距離にまで顔を近づけていたりした。
最初こそ、戸惑っていた平ではあったが、サグマイアの街に降り立って、なおもやたら近い距離感で接し続けてくるフォルラに対して、一つの疑問を覚える。
あまり人通りのない、閑静な道の端を歩きながら、そっとファンニの耳元でこそこそと彼は言う。
「な、なぁ……これは、あれか!? ドッキリってやつ、だよな……!? なかなか手が込んだことをしてくれるじゃないかっ、ええっ? こうやって、俺を嵌めこんで、ちょっとしたドジっぷり、鼻の下を伸ばしている様子を写そうっていう魂胆だなっ? わ、分かってるんだぞ、やめさせてくれよっ!」
もちろん、ファンニは意味が分からず、首を傾げつつも、あー、と少し納得したようで、にやにやしながら、フォルラに聞こえないよう平の耳元へ顔を近づけて言う。
「えとぉ~、何かよくわかんないケドさぁ、あの子そういうの縁遠いから──多分、本気だよ~」
そんな二人の会話に割って入る者がいる。
「ちょっとぉ! お姉ちゃんとハマヒラさん! 何を二人でこそこそと仲良く話してるんですか!? 私を差し置いて、一体何を企んでるんですか!? ねぇ、ねぇ~」
フォルラが、ファンニの肩を掴んで前後へ揺する。ファンニは首をがくがくさせながらも、冷静に適当に流し切る。
そんな三人が歩くのは、都市サグマイア。三人の目的地であるクーバの隣接都市であり、多くの建物が立ち並ぶ。街並みや道路は整備されており、区画は綺麗に四角形だ。この都市が計画的に建設された都市であるということはそれらからもよく分かる。
「あー、いいんだ、いいよ、そのことは……それで、それにしても、何か、プランはあるのか? この先」
コンクリートが用いられた地面は、ファンニとフォルラにとって新鮮で、平にとっては親しみ慣れたもの。互いの地面に関する感情などは表に出される訳もない。平の問いに、少し驚きながら答えるのはファンニであった。
「えっ、何も、ないの?」
「何も、ないって?」
「いやその……勿論、何もない。私たちにカードは何もないわ。だから、私がこうしてあなたを召喚したんだから……」
その言葉に一人昂るのは平だ。
「なるほどなぁ! いや、この街並みっ! ちょっと物寂しいが、いよいよ最終決戦って感じがするもんなぁ!」
「そう……?」
ファンニの同意しかねるリアクションにもめげず、平は意気揚々と前を歩く。
「そうさ、そうだとも! なるほどな……最後の最後も、アドリブで、流れるままに行こうっていうことか。いいねぇ、いいじゃないのぉ、いい感じよ」
そんな平へ後ろから話しかけるのはフォルラだ。
「アポストル──」
ん、と後ろを振り向く平。話を聞く平とファンニへフォルラは言葉を続ける。
「アポストル、かつて、この地域一帯に起きていた災い、人災、争いを止めた救世主。平和の使者。彼らは、ここら一帯に住んでいた全ての人々へ平和を伝えた。その物語はこの地にも伝わっています」
「いきなり何を──」
戸惑う平へ、ファンニは前方を指さして見せる。
そこにあったのは数枚の広告だ。看板に張り出されている広告。それは、プロパガンダのための広告であり、どこの誰が張っているのかは分からないが、平和を謡うものであり、アポストルの文字が見えた。
「……ほぉー、なるほど、なるほどねぇ」
頷くのは平だ。何がなるほどなのかといえば、そのアポストルというのを念頭に入れておけとにおわせるための掲示物であるということを理解してのなるほどね、である。
「だけど、それが通用したのも今は昔。……正直、私は難しいと思っています。……お姉ちゃん」
「ん? なに?」
「ハマヒラさん」
改まったように言うフォルラの声に、思わず平もファンニ足を止める。
道の端。灰色の空は、決して良くもなく、悪くもない天気である。建造物と建造物の間を鋭い風が吹き抜けて、その風は、フォルラの長い髪を凪ぐ。揺らいだ髪はフォルラの顔へとまとわりついて、彼女の表情を僅かに見えなくさせる。
「すみません」
フォルラは突然、頭を下げた。
驚く平とファンニ。その二人が言葉を発する間もなく、フォルラは、頭を下げたまま、ぽつりぽつりと言葉を吐き出す。
「どうしようか、迷ってました。言うべきか、言わないでいるべきか……」
一体何のことだと戸惑う平は、
「と、とりあえず、頭上げろって。何のことなのか分かってもいないんだからさ」
居ても立っても居られなくなり、頭を上げるよう言葉をかける。フォルラはその言葉に答えるようにして、ゆっくりと顔を上げる。顔を上げるのを見届けたファンニが、
「──重要そうな話だから──何か食べながら話しましょ」
立ち並ぶ建物の一つを指さして、休憩を提案した。
場所を移した三人は、出された料理を前にして、手に付けることなくフォルラの言葉を待っていた。フォルラの対面に、平とファンニが座る。まるで面接官から圧迫面接を受けているように、フォルラは縮こまり、どう言葉を発していいのか戸惑っていた。
静寂に包まれる部屋内。話の内容が重要そうであったために、ファンニは気を遣って個室が設けられている料理店を選択したのだ。店員も、料理を出し終えると同時に奥へと引っ込んでしまい、部屋にいるのはファンニたち三人だけだ。
一度折られたタイミングはそう簡単には復活しない。平はとりあえず出されている飲み物を一口、二口飲みながら訝し気にフォルラの顔を覗き込んでいた。
実に数分の猶予をもってして、ようやくフォルラは口を開く。
「実は……! 言わなくちゃいけないことが、あって! っ……! ゴホッ、ゴホッ」
勢いよく話し過ぎたが故に、フォルラは、喉を詰まらせ咳き込む。水を吸う口飲んでのどを潤し、再び、平とファンニへ向き直る。その目には僅かに涙が浮かんでいるが、それが咳き込んだ故に浮かびあがったものなのか、あるいは、これから話す内容が故に浮かびあがったものなのか、知るのは本人のみだ。
ふー、と息を整えて、フォルラは再び話し始めた。
「その……ですね……今回の、今回の、交渉について、なんですけど……」
それから、また数分間、もじもじとして、話が一向に進まない。平は、これもまた一つの演出かぁ~、なんてことを思いながらついに一人料理に手をつけて、
「うま」
なんて呑気に呟いて、隣のファンニに肘で小突かれ、ぺこぺこと軽く頭を下げたりしている。
けれど、いよいよ、話が前に進まないことに面倒くささを感じ始めたファンニが、はーっ、とこれまた物凄く面倒くさそうな様子を醸し出すため息をついて言った。
「あー、も~、めんどくさいなぁ~、分かってるって、うんうん」
その言葉に驚くのはフォルラだ。ビクッとして、えっ、えっ、と焦り出す。そのフォルラを宥めるような言い方で、ファンニは言う。
「今回の交渉の結果、でしょ?」
どういうことだ、という顔をする平をよそに、ファンニは続けた。
「今回の交渉は、そもそも、成功させる気がない……そりゃあ~そうだよねぇ~。だって、私みたいな小娘、いくら魔術学校を首席で卒業してるからといって、それはあくまで魔術の世界での話……。そんな人間を使って、国の、アファルン連合の、いえ、アファツル地方の運命を決めるような交渉を行わせるワケがない。分かってるの、そのくらいのことは」
さらさらと喋るファンニへ、けれども、フォルラは反論することができない。
「あ、え……っと」
口を挟もうとしても、口を挟むことができない。その視線は、普段しっかりしている彼女とは比較にならないほどに泳いでいた。何故口を挟むことができないかは、明らかだった。それは、ファンニが言っていることが正しいからだ。
「最初からおかしいと思ってたよ~でもさ~、自由がある、って目の前にぶら下げられちゃったら動かない訳にはいかないっていうか……あー、でも、フォルラ。何でついてきたの? それはよくわからない」
問うファンニ。えと、えと、と口ごもるフォルラ。会話の外に一人弾かれている平が、ここぞとばかりに申し出る。
「それは、俺が、大物に憧れてるからだっ! 夢だろ夢、こういう──」
「いや、聞いてないからぁ~」
ファンニへ遮られ、小突かれることによって、押し黙る平。静かになったのを確認して、ファンニはフォルラへ発言を促す。
「えっと、その、お姉ちゃんの、言う通りで──」
フォルラは、ゆっくりと一言一言身長に選ぶように言う。
「アファツルとルバゼンの対立は、昔から続いているものです。外敵から身を守るために連合体を形成したものの、アファルン連合は決して一枚岩ではない。そのことは、お姉ちゃんもよく分かっているはず」
ファンニは頷く。
「けれど、近年になって、私たちアファツルはルバゼンの発展に危機感を覚えています。魔力ではない機関の導入──それは、彼らが自立する術を得始めていると考えることができますし、同時、彼らが近年、外敵への対策という口実で軍事力を用意し始めているのも分かっています。そして、私たちは知りました。彼らが、戦争をしようとしているということを。そして、その標的は、私たちアファツルであるということを……」
ひそひそ声で、決して外に声が漏れないように、フォルラは呟くように言う。
「んん? 細かいことは分からないけど、だから、平和交渉をする、そういうお話、そういうストーリーじゃなかったのかぁ?」
平の声に、フォルラは、大きく頷いて、けれど、その後すぐに首を振った。
「はい……でも、そうですね……それは、理想と言いますか、現実はそんなに甘くないといいますか。結局、アファツルの上の人たちは、そう、お父様、サファヴイルを初めとして、ほとんどの人たちは、この戦争を名目にして、ルバゼンが大きな脅威にならない今のうちに、アファルン連合を統一してしまおうと、そう考えている訳です」
首を傾げる平に対して、ファンニは、フォルラの言いたいことの先がよく分かっていた。だから、フォルラが言及するよりも先に呟いた。
「名目。お膳立て。口実──そういうこと、でしょ?」
フォルラは、少しだけ驚いて、首を縦に振る。
「その通り、お姉ちゃん、やっぱり、流石ですね。そう、私たちの戦いは最初から負け戦。私たちが捨て駒になって、アファツルはルバゼンへ攻め入る口実を得る。ルバゼンが戦闘準備を整えるよりも前に、ね」
重苦しい雰囲気の中、平はただ一人、
「あーっ! なるほどねぇー! いいシナリオだねぇ~! 名案ッ!」
と元気に叫ぶ。




