勇者の結末
この世界は、日本とは違う。
そう分かっていたはずだった。
血が流れ、皮膚が裂け、叫び声が轟く中で、僕は力なくうなだれた。
「キミは生きろ」
頭に響いた彼の言葉が頭に響いて、必死にがむしゃらに生きた。
戦って、戦って、戦って。
血に塗れて、片腕をもがれても……。僕は魔王を倒したんだ。
だけど、僕は割り切れなかった。
「バーカ。
死んだら……何も出来やしないだろうが。
せっかくさあ、平和になったのにさ。このバカ野郎が」
彼が最後に望んだのは、国を全部見下ろせるこの丘に埋めてほしいって言ってたから、僕は彼の墓を建てた。
彼はこの国のために、最後の最後まで戦い抜き、たった一人のこっちでできた親友のために戦いぬいた英雄だ。
この世界に来て、路頭に迷う僕を……最後の最後まで守ってくれた。
時には、この国の貴族から。
時には、魔族の手から。
「お前に助けてもらったから、僕は生きている。
僕は……生きているから、僕は僕のしたいように生きるよ?
お前が生きてたら、止めてくれたことも……きっと何も気づかず進んじゃうのかもね……」
もう僕を守ってくれる彼はいない。
そして、もう元の世界に戻る方法もない。
僕は、独りだ。
「だから、そこで見ておけ。このバカ野郎が」
終わりだなんていわせないから。
たとえ、お前が待ちくたびれても、朽ち果てても。
多分僕はもう止まれない。止まらない。
左手に握りしめた日本で唯一の思い出を墓にかけた。
もう、電池はないし。雷魔法で充電しようとして彼に壊されてしまったからお守りにしかなってなかったし、ちょうどいい。
「これあげるよ。欲しがってたでしょ?」
彼が生きていれば、多分喜んでくれたんじゃないかな。
研究者気質だったし、嬉しそうに分解していたことだろうなぁ。
「またね。親友」
もう一度会えるよ。
今から僕……私は不可能をはじめに行くから。
この世界は剣と魔法の異世界というやつだ。
だから、不思議な道具が存在しているのも必然だった。
そして、ある漫画のように願いをかなえてくれるアイテムがある。
それを僕は求めた。
そしてそれが魔王の望んだアイテムで、数億というこの世界の人や魔族の命でできた血でできた結晶だ。
名前は知らない。知りたくもない。
魔王は、たった一人の人間を生き返らせるために魔族の王となった人間だった。
傷つけあう世界を築き上げて、その命をこの結晶に込めた。
それを僕は、力づくで奪い取った。
強盗だとか、そういうのじゃない。
元々、勇者として召喚された僕は、奴隷の印をつけられて……彼以外のこの世界の人間に興味何てなかった。
魔王の意志も行動も共感できるけど、それはそれ。僕にだって譲れないモノがある。
魔王から奪い取ったこの結晶を完成させるために、僕は何百という戦争に参加して……人や魔族を斬った。
血みどろになりながら、血で血を洗うように。
そして、僕はようやく完成させた。
赤く禍々しいまでに輝く結晶に、僕の願いを込めた。
「この世界で死んでしまった人々を悪人を除いて生き返らせてほしい」
彼を生き返らせても、すぐ死んだら意味がないから。
起き上がった昔と比べても何ら変わらない彼の姿を見て、涙がこぼれた。
「……どうして泣いているんだ?」
「どうしてだろう。わかんないや」
目を見開くように開いた彼が、ふと笑みを浮かべた。
「そうか。大分私は寝ていたようだな。すまなかった」
「ホントだよ……。
また今度勝手に死んだら、許さないからね。
このバカ野郎が」
彼がその言葉に、自分の体を数度触って、僕の手の結晶を見た。
赤黒く輝きを失った結晶に焦点があって、目を見開いた。やっぱり知ってたんだね。
「キミは私なんかのために、世界も仲間も自分の命も……全部捨ててきたって言うのか!?」
荒げるような彼の声に、少し戸惑った。
覚悟は決めたはずだったんだけどね。
独りでいる覚悟。
「うん。もう、僕はこれで終わりだろうからさ。
犠牲にした人たちは生き返ってるはずだからさ」
しっかり笑顔を創った。
僕が浮かべた笑顔を、いつもの仏頂面じゃなく、泣きそうな顔でコッチを見てくる彼に胸の奥が痛んだ。
「どうしてだ……
キミはいつも私を守ってくれていた。
私は最後までキミに助けられてきたと実感したのに。
なんで、なんで、私なんかの……ためにそんなことを!」
絞り出すような声に、僕の痛みは深まった気がした。
抱きしめようとしてくれたのかもしれないが、もう僕にはそれを受け取れるような状態ではなくなっていた。
彼の腕は僕の体をすり抜けて、ズシャと音をたてて、地面に彼が転がり込んだ。
「僕は僕がやりたいように生きただけだよ。
僕の幸せにはお前の存在は不可欠だった。
ただ、それだけなんだ。
それがわかったら、すんなり覚悟はきまったよ」
魔王が望んだ結晶は対価を必要とする。
何百何億の命と、使った本人の命だ。
「キミは勝手だ。そうやって自分を犠牲にして」
地面にうつむいた彼が絞り出すような声を上げた。
でもその言葉にはムッときた。
「お互い様だよ。
ホント、勝手なんだよお前は。好き勝手に僕なんか守って勝手に死んじゃってさ。
もういいって思ってたのに、お前のいない世界なんかどうでもいいっておもってたのに」
自然と言葉が漏れていってしまう。
覚悟が、覚悟したはずなのに。こぼれていってしまう。
「お前が守ろうとした世界を……助けたくなった」
せめて精いっぱいの笑顔をうかべた。
彼が僕を望まないように。僕がこれでいいと言わないといけない。
「バカだよキミは」
泣き腫らした顔で、辛そうに彼は笑顔を作った。
「お互い様だよ。どうせ、僕はこの世界の人間じゃない。
僕はいるはずのない人間だもの。
僕は……あたしはあなたが居たから、人で居られたの。
もうあなたを失ったあの時から、私は人じゃなくなったから……」
彼からもらった青い首飾りを外した。
髪がするりと伸びて、白い髪から黒い髪に戻って、少し視界が落ちた。
すごく懐かしく思うけど、不安で胸がいっぱいになる。
返してあげたいけど、一緒に消えていくのは止めれそうにない。
「もう時間みたいだね……」
手が薄くなっていっていたのは当に分かっていた。
体の大半の感触がない。
だけど、痛みはないし、まだ言葉は残せそう。
「まて、まだ消えるな! 私はキミが!」
彼が必死に言葉を出しているのが見えて、不安を精いっぱいかみ殺して、笑顔を作った。
「さよなら、ゼオン。僕の唯一の親友」
感触が消えた。
「そんなのダメだ。消えるな! ナオ! ナオーーーーーっ!!」
ああ、やっぱり死にたく……ないなぁ……。
「ホントにキミは勝手だ。
いや、勝手なのは私たちか……。
見守っていてくれ、ナオ。
キミが守った世界は、必ず! 必ず私が守り通して見せる。
たとえ、血にまみれても、魔王と呼ばれても! 神さえ敵に回しても!
必ず!!」
世界に奇跡が起きた。
人々がよみがえり、アズガルド王国はその奇跡に沸いた。
そして、その中で国王ゼオン・アズガルドはただ一人として妻を娶らなかった。
王弟であるディオ・アズガルドの子息により国はまとめられていくことになるが、歴史にも彼がどうしてそこまで独りにこだわったのか。知るモノはいない。
そして、彼は高い丘の上に埋葬された。
「また会えたね。ゼオン」
「ああ、ナオ。今度こそキミを守るから」
勇者ナオの存在を知るモノはアズガルド王国でも大勢いるが、
国王ゼオンが唯一愛した女性、ナオのことを知るモノは誰一人としていなかった。