38. 万有引力定数の測定 ★
実験開始です。いろいろ書いていたら、意外と長くなってしまいました。
さて実験を開始しよう。
まずわたしは、リーパ光発生用に改良した実験回路をスケールの真ん中に開けられた穴の前に、スケールに接触しないよう慎重に置く。この穴からリーパ光が出て、鏡に反射する仕組みだ。
リーパ光発生装置は、以前作製した照明魔法具用の実験回路の魔法陣をリーパ光発生用の魔法陣に置き換えたものだ。当然マギコンデンサを搭載しているため、手を触れなくても長時間使用が可能になる。
回路のスイッチを入れ、リーパ光を発生させる。
穴から出たリーパ光が鏡に反射して、スケールに反射光が点となって現れた。
「反射光の位置は、ちゃんと静止してますね。小鉛球が安定している証拠です。現在の位置は、170リルランデですね」
わたしは測定した光点の位置をノートに記録した。
「しかしこのリーパ光には驚いたな。光が拡散せずに光線となって発生するとは」
「波の位相と振幅がほぼそろっているため、直進性がいいのです。物理学における波動の講義は、またしますね。現在の大鉛球と小鉛球の距離を測定しておきましょう。実験終了後にも測定して、平均を取ります。測定誤差をなくすには測定回数を増やす必要がありますが、今回はとりあえず2回の測定で我慢しましょう」
小鉛球が箱の中に入っているため、どうしても正確な距離の計測は難しい。こんなことなら箱の前面だけじゃなくて横の面にもガラス窓をつけてもらえばよかったな。
箱にぶつけないようにスケールを近づけ、前面のガラス窓から小鉛球のおおよその位置を割り出し、大鉛球との距離を測定する。
「距離は……、およそ48リルランデですね。では、これから大鉛球を反対側へ移動させます。移動させた瞬間から、10秒ごとに光点の位置を記録していきます」
ここからは地道な作業だ。根気のいる作業だが、今回は記録係を交代制にする。
時間の計測はお父さまの懐中時計を使用する。秒針のある時計がそれしかない。
この世界、科学が発達してないわりに時計は割としっかりしたのがあるんだよね。
なんだかちぐはぐな世界だ。
多分、春分の日や秋分の日の日の出や日の入りから時刻を定義して、その時刻を指すように時計を作っているのだと思う。
大鉛球を静かに移動させる。大鉛球は固い棒に接続されているため、揺れることはない。
大鉛球が箱に接した瞬間、若干箱が揺れてしまうが、これは長時間測定を行うことでデータの誤差を解消する。この瞬間の時刻を秒単位でノートに記録しておく。11時7分12秒だ。
そこから10秒経つごとに光点の位置をノートに記録していく。
初めの方の数値はほとんど雑音だが、これもデータなのでしっかり記録する。
5分経つごとに記録係を交代して記録を続ける。
3人交代制なので、いったん記録係が終わったら10分は休憩になる。
ちょうど30分経ったところで測定をやめる。
これで180点のデータを取ったことになる。
周期Tの計測にはこれくらいで十分だろう。
後はここから1時間から2時間ほど待って、小鉛球が安定するのを待つ。
その間に周期Tを求めるために先ほど取ったデータをグラフにする。
作ったグラフから周期を読み取ると、約600秒だということがわかった。
意外とこのグラフにする作業が大変だった。なんせデータ点が180個もあるし、手作業だからだ。
前世ではパソコンですぐに作れたから手作業というのはなかなか骨が折れる仕事だった。
グラフの作成に1時間くらいかけ、残りの時間を静かに話をしながら待っていると、光点の揺れが止まっていた。どうやら小鉛球も安定したようだ。
わたしたちは光点の位置を記録する。
「328リルランデですね。最初に測定した光点の位置から計算すると、光点の移動距離Sは158リルランデということになりますね。では、最後に小鉛球と大鉛球の距離を測定してしまいましょう」
小鉛球と大鉛球の距離lは約44ミリメートル。最初に測った時は48ミリメートルだったから、平均を取って46ミリメートルだ。
残りの量は全て事前にわかっている。
小鉛球を支持する棒の長さは100ミリメートル。つまり回転軸まわりの腕の長さdは50ミリメートルだ。
大鉛球の質量Mは1.47キログラム。
スケールから回転軸までの長さLは5メートルである。
これらの数値から万有引力定数Gを計算していく。
計算結果は、約6.235×10^(-11) m^3 kg^(-1) s^(-2)であった。
地球で測られていた万有引力定数の値は6.647×10^(-11)だったから、約6.6%も異なることになる。
「どうだ?」
「それが、元の世界のものと比べると、6.6%ほど小さいです。元の世界の値と一致しているとすると、この大きさの誤差はちょっと見過ごせません」
「お前のいた世界とは異なる可能性もあるだろう」
「それはそうですが、逆にここまで合っているのです。重力加速度の時はともかく、今回はキャヴェンディッシュの装置を使っているのです。一致しているとすればこの誤差は大きすぎます。」
うんうんと考えていると、ふと頭にアイデアが浮かんだ。
「あ、そっか。小鉛球はもう一つの大鉛球からも万有引力を受けるんだ」
小鉛球mは正面にある大鉛球M1の他に斜め後方に位置する大鉛球M2からも影響を受けることを失念していた。
わたしはノートに計算していく。
大鉛球M2と小鉛球mの距離は、大鉛球M1と小鉛球mとの距離lと、回転軸まわりの腕の長さdを使って、三平方の定理から
となる。この時二つの鉛球に働く万有引力fは、mとM1に働く万有引力Fを使って、次のように表せられる。
fのFと反対向きの成分f'は、小鉛球を支持する棒とm―M2間の線分とのなす角をφとすれば
これに先ほどの式を代入して、
ただし、
このため実際に小鉛球に働く偶力はF-f'=(1-β)Fだから、実際の万有引力定数G'は
となる。ここで、βは非常に小さいので、1/(1-β)≒1+βを使用した。
「お父さま、カリーヌ先生。今回の実験で、わたしは小鉛球と斜め後方に位置する大鉛球とに働く万有引力の影響を無視していました。しかし、今回はその距離が約110リルランデと、正面に位置する大鉛球との距離と2倍ほどしか離れていないので、実際はこの力の影響を無視できません。わたしは今この補正係数を計算しました。数値を代入して計算してみると補正係数は……、およそ1.073ですね。改めて万有引力定数を計算してみましょう」
計算結果は……、6.690×10^(-11)だった。
すごい。地球で測られた数値と0.24%しかずれていない。これはさすがに一致しているとみていいと思う。
「前世の世界での値と約0.24%の誤差がありますが、ほぼ一致していると言っていいと思います」
「やはり生物の形態が似ている以上、このような数値は一致していると見るのが正しいのか?」
「そうですね。今まで生きてきた感覚でも前世の世界と物理法則は同じと見てよさそうですし、こういった数値が一致してくるのは当たり前なのかもしれません。しかし、こういったことを調べるのは重要です。多分合っているだろうと思って諸量を計算するのと、きちんと知っていて諸量を計算するのとでは、その信頼性には大変大きな違いが出てきます」
「そうね。あたしも研究者の一人として、その意見には大賛成だわ。あたしは基礎系の研究者だし、こういった実験は好きよ」
何はともあれ、万有引力定数の測定に成功した。
結果は予想通り元の世界とほぼ一致した。
これでひとまず、すぐに測定できそうな重要な物理定数は測定できたと思う。
これからもいろいろな物理定数を測定していこう、とわたしはモチベーションを上げたのだった。
そういえば、最近は単位を単体で使うときはカタカナで表記することにしました。たくさんの単位を使うものは、さすがに単位記号をつかいますが、こちらの方が読みやすいかなと思います。
リルランデはミリメートルです。
しかし、図がないとわかりづらいですかね? いちいちこの記号なんだっけって前の話に戻るのも面倒ですよね……。でも毎回図を載せるのもどうかなと思うんですよねぇ。
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