11. 水球生成魔法の原理 ★
水球生成魔法の原理にせまります。
非常にたくさんの小難しい話が出てきますが、できる限り後書きで説明しようと思います。
今日はこの前に1話同時投稿しているので読み飛ばしにご注意ください。
「落ち着け、落ち着け。もっと冷静になって考えるんだ……」
まず魔法を成功させたことは喜んでいい。これで教師を付けてもらえる。
一方で、魔法の発動原理の方はよくわからないままだ。
水を周囲の空間から集めることははっきりしたが、その凝縮過程がわからない。
水蒸気を手っ取り早く液体の水にするなら冷却するのがいいんだけど……。
そもそも魔力というエネルギーを使って熱というエネルギーを移動させるという発想がおかしい気がする。
エネルギーを使って何とか物体の冷却ができないものか……。
エネルギーは相互に変換できる。これは多分魔力も同じだ。実際に確かめてはいないので要確認事項ではあるが……。
「あ、気体の冷却といえば、気体の断熱膨張……」
そうか、気体の断熱膨張なら、エネルギーを変換して冷却ができるかもしれない。
例えば雲は断熱膨張で空気が冷却されてできているんじゃなかったっけ。
まず魔力を運動エネルギーに変換することを考えよう。運動エネルギーの変化は仕事となる。エネルギーの原理だ。
ここで、KとK0は変化後と変化前の運動エネルギー、Wは仕事だ。
手のひらの前の空間にある空気の分子に運動エネルギーを与え、膨張させる。
このときゆっくりと運動させると外部から熱エネルギーが供給され等温過程になるので瞬時に移動させる。すると外部からの熱の流入がない断熱過程が得られる。
すると気体の内部エネルギーが下がる。熱力学第一法則だ。
ここで、dUは内部エネルギーの変化、d'Wは気体が外部へする仕事だ。左辺のd'Qは、気体にもたらされる熱量だが、今回は断熱過程なのでゼロになる。
気体分子を見ると、乱雑に動いていた外側に動いていた分子は加速され、内側に動いていた分子は減速された後逆向きに加速される。正の仕事が発生しているので、負の内部エネルギー変化が生まれる。内部エネルギーは温度の関数なので、内部エネルギーが下がれば温度も下がる!
ここで、Uは気体の内部エネルギー、nは物質量、Rは気体定数で8.31 J/Kmol、Tは絶対温度だ。
真面目に考察してみよう。
例えば雲ができる高さは、もちろん地上からできることもあるが、だいたい1 kmから10 kmのオーダーだ。この際、1 kmの高さで雲ができると考えて、気温は100 m上昇するごとにだいたい0.6 ℃低下する。すなわち、6 ℃の温度変化があれば雲、つまり水ができると考えられる。
手のひらの前にある空間を先ほどと同様に直径20 cm、体積0.032 m3程度の球体と考える。
空気は実在気体だが、ここはいったん理想気体と考えよう。
理想気体は、標準状態 (1 atm, 0 ℃)では1 molあたり22.4 Lの体積を持つ。
ここから空気の物質量を見積もることにしよう。
空気の体積の単位を直すと、32000 cm3、つまり32 Lだ。
そこから物質量を計算すると、まあざっくり1.43 mol。
温度25 ℃の気体の内部エネルギーは、内部エネルギーの定義式を用いて、
U=1.5×1.43 (物質量)×8.31 (気体定数)×298 (絶対温度なので25+273)
これを計算してだいたい53.1 kJくらいかな。
同様にして温度を6 ℃下げた19 ℃の時の内部エネルギーは約52.0 kJなので、差は1.1 kJになる。内部エネルギー変化と気体のする仕事の関係式から、これが水の生成に必要な仕事の量だ。
後はできた雲、つまり液体の水分子を集めるように運動エネルギーを与えてやればいい。こちらは目に見える速度で水が集まっていたのでそれほど大きいエネルギーは必要ないだろう。
1.1 kJの生成に必要な質量エネルギーはたった12 fg。
実際は、これだけで手のひら大の水球ができるわけではないのでもっと広い空間から水を収集しているかもしれないが、それにしたって消費する血液の量はたかが知れている。
すばらしい。
議論に欠陥はあるかもしれないが、これでなんとなく水球ができる原理を説明できた気がする。
うきうき気分で考察した結論を真新しいノートにメモしているとアニーがやってきた。
「お嬢様。お昼の時間ですよ。そろそろ練習は終わりにして、休憩しましょう」
「はーい」
練習といっても、ほとんど思考実験してただけだけどね!
はい。気体の断熱膨張で水を生成していると結論付けてみました。
多分、いろいろと突っ込みどころはあると思います。
もっといい方法が思いついたらどこかの話で理論の更新をするかもしれません。
※断熱膨張: その名の通り、熱の流入や流出を断って気体を膨張させること
※エネルギーの原理: 本文中にも説明があるが、変化後と変化前の運動エネルギーの差を取ると、系のした仕事がでてくるというもの
※熱力学第一法則: 系に流出入した熱エネルギーは、系の内部エネルギー変化と系のする仕事に変換されるという法則
※内部エネルギー: 気体の持つ運動エネルギーなどをひっくるめてマクロに見た時のエネルギー、気体の温度と関係づけられる
※理想気体、実在気体: 気体分子間に分子間力が働かず、気体分子の大きさがないような気体のことを理想気体という。実際の気体は分子間力も存在するし、気体分子には大きさがある
※fg: フェムトグラム。10^(-15) gのこと
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