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仕返し屋 第1章 第9話

◇――第1火曜日 PM4時45分――◇


 日が落ちかけた夕焼け空の下を、怜斗と未来はとぼとぼと歩いていた。

 歩き出してからもう数分。ずっと黙ったままの雰囲気が続いて、怜斗は少々気まずかった。

 チラチラと未来を見て何を言おうか迷っていると。未来が、「そういえば……」と話しかけてきた。


「あの、突然やってきた女の人……涼子さん、だっけ? あの人はいったい誰だったの?」

「あ、あー……涼子さんか。話すとビビると思うよ」

「え?」

「いや。最近さ、時々話題になるだろ? “株式会社O-DANGO”」

「ああ、お団子。それがどうかしたの?」

「あそこの会長」


 未来が目を大きくして歩くのを止めてしまった。


「あっはっはー。若山くん、冗談うまいね。そんなわけないじゃん、ありえないって」

「お団子の元々の名前知ってるか?」

「へ? ……えっと、確か“御手洗”……」

「涼子さんの苗字、御手洗」

「あ、あー!? いやいや、でもでも!」

「涼子さん曰くよ、『そのままの名前だとあまりにも株式会社トイレって言う人が多かったからみたらしからの連想で団子にした』だってよ」

「いやいや、待ってよ。涼子さんができるわけないじゃん、会社経営。だって、あんなにもバカそうだし」

「お前臆面なく言うなよ。……認めるけど。でも、あの人あんな言動だけどめちゃくちゃ頭良いからな?」


 未来が不服そうな顔をする。怜斗はそれを見て「あー」と言いながら腕を組み、やがてピンと人差し指を立てた。


「証拠にはならねーけどよ。ウチの高校、“御手洗高校”だろ?」

「うん。通称トイレ高」

「また臆面なく言うなお前。まあ、何が言いたいかっていうとよ。ウチの校長の娘が、涼子さん」

「え、えー!?」


 未来はとうとう飛び上がってしまった。身近な分会長なんかよりも衝撃が大きかったのだろう、怜斗はそれを苦笑いで見ていた。自分も啓吾から聞かされた時こうなったのをよく覚えている。


「あっはっは。んで、啓吾との関係は……」

「赤坂さんが涼子さんに養われている、って感じ?」

「……お前、肝座ってるって言われたことない? 合ってるけど」

「だって、赤坂さん生活力無さそうだし。頭が良いのだけ?」


 天然の毒舌キャラのようだ。怜斗は苦笑しながら、「ちげーねーな」と答えた。


「……でも、白雪。あいつは確かにあんなダメそうな感じだけど、実力はピカイチだぜ。リュックの奴とか、見抜いちまうからさ。だから、安心してくれよ。俺も、しっかり支えてやるからよ」


 怜斗がにへへ、と笑うと。未来は少し顔を沈ませて、迷ったように。


「でも、やっぱり。怖い、って気持ちは抜けないよ。あの写真の事もあるし……。アレをもしばらまかれたら、私たぶん立ち直れないよ」

「……そんなこと、させねーから。俺と啓吾が丸く収めるからよ。だから、大丈夫だ」


 怜斗が微笑むと。未来は、夕焼けの空を見上げて。


「あの時。もし、後藤くんの誘いに乗らなかったらさ。……こんなこと、ならなかったのかな」


 自分を責めるような物言いだった。確かに、あまり話した事のない男子の告白を受けるなんて軽率だ。怜斗もそんな気は、しないでもなかった。でも、相手はあの竜輝。女子なら話しかけられればイチコロになりそうな美形。……怜斗は、未来にやっぱり笑いかけた。


「俺が女ならよ、同じことしてたと思うぜ。あいつ、腹立つくらい女受け良さそうな顔だからよ」

「……若山くんって、そういう趣味?」

「ちげーよ。とにかく、お前は悪くないんだよ。告白を受けたことと、あんなことされること。そこに関係はねーからさ。たまたま、そうなっただけだ」


 怜斗はそう言ってポケットに手を突っ込んだ。


「俺はだから、役目を果たすよ。しっかりと。啓吾からも、そう言われてるし」

「赤坂さんが?」

「ああ。お前を守れってよ。それに、俺だけじゃねーよ。実は友達にも協力してもらってるんだ」

「……あの、大きな男の人?」

「そー。誠治ってんだ。他にも、あいつの彼女の加奈とか」

「あー、竹内さんか! 同じクラスにいたね!」

「ああ。2人とも、昼休みに突然頼まれたってのにすぐ動いてくれたよ。もらった情報は啓吾に送ったし。今日の昼休みの状況とか、青山たちの帰る時間とか。今は誠治がサッカー部の活動時間調べてる」

「そう……。みんな、助けてくれてるんだ……」


 未来が少し笑った。怜斗もそれを見て安心したように笑って、2人はとことこと歩き続けた。

 そして、しばらくして。未来が「あ、あそこ」と一軒の家を指差した。それは大して特徴のない、普通の二階建てだった。


「あそこがお前の家か」

「うん。若山くん、ありがとう。……それじゃあ、私帰るね」

「おう。じゃ、ばいばいな」


 未来が駆け出し、玄関の扉に手を触れた瞬間。


「あ、待って」


 未来はそう言って怜斗の方を振り返った。


「若山くん、家ってここからどれくらいかかるの?」

「んー、ここからだとたぶん、歩きで1時間くらいかな?」

「ちょ、そんなに遠いの!? ちょ、それは流石に悪いよ! 待ってて!」


 怜斗が「いいって」と言いかけた時、もう未来は家の中に入っていた。「仕方ねーな」とつぶやいて、日の落ちかけたそらをぼうっと見続ける。

 カァカァと、カラスが鳴いた。もう、お帰りなさいの時刻だ。怜斗はつまらなそうにあくびをすると、ガチャリ。ドアが開いて、そこから未来と、彼女の母親らしき人が現れた。


「お母さん、あの子! 若山くんって言うんだけど……」

「あらあら、あなたが若山怜斗くん……」


 未来とは少し印象が違って、明るいかわいさだった。怜斗はカチコチに固まって「ど、どうも」と頭を下げた。


「えっと、それで……どう、したんですか?」

「いえ。未来を送ってもらったって聞いてね。ここから遠いようだから、車で運ぼうかと思って」

「え、いや、そんなわざわざ! 要らないですよそんなの!」


 怜斗がそう言って両手を押し出すと、未来が「ダメ!」と声を出した。


「ここからずっと歩いて帰らせるなんて、私が悪いよ。……まあ、本当なら私が送らないといけないんだけど。でもとにかく、若山くんは1人で帰らせない。送っていく!」


 未来が、なんだかすごい圧力を醸し出した。怜斗はそれに押されて「あ、じゃあ……お願いします」と頭を掻く。


「決まりね。お母さん、運転お願い。私も付いてくから」

「わかったわ。それじゃ、2人とも。早速車に乗って」


 そして、未来と怜斗はガレージの車に乗り込んで。未来の母親が運転席に乗り、キーを挿した。ブルルン、車がエンジンを回し始めた。


「若山くん、場所の案内お願いね」

「あ、はい。わかりました」


 そう言うと同時に。車が発進して、コンクリートの上を走り始めた。

 と、その時。怜斗のスマートフォンが鳴り、怜斗はその内容を確認した。


≪サッカー部の活動時間は、基本午後7時まで。でも今日はサッカー部、なんか早く終わってたぞ。聞いたら先生が用事あるとかなんとか。あと、先週の木曜も早くって5時30分には終わってた≫


 誠治だ。誠治がかき集めた情報を、提供してくれた。怜斗は口角を上げて返信しようとした、その時。さらに、誠治のメッセージは続いた。


≪次にだけどよ。今週の月曜の放課後。少しだけ、竜輝の様子がおかしかったらしい。なんか、誰もいないA組に入るのを見たって。すぐに目撃した人に気付いて慌てて出てきたらしいけど≫


 怜斗は、少し頭を捻らせた。一体なんのためにそんなことをしたのだろうか……? フン、と鼻息を出す。と、


「若山くん。案内……」


 未来の母親が呟いた。怜斗はギョッとして外を見る。


「あ、あー! やば、少し過ぎた!」

「あー……過ぎちゃったじゃない。どうしましょう、ガソリン代がすごくもったいないわ」

「す、すみません……」


 怜斗が申し訳なさそうに首筋を掻くと。未来の母親は、クスクスと小さく笑って。


「冗談よ、本気にしないで。この車エコだからガソリンなんてそんなにいらないから、気にしなくていいのよ」

「え、あ、でも……す、すみません」


 怜斗がさらに謝るのを見て。未来の母親は、また目を細めてくすくす笑っていた。


◇――第1火曜日 PM5時20分――◇


 怜斗を家に送り届けたあと、未来は母の運転する車の助手席で景色を眺めていた。ブン、ブンと車が通り過ぎるのを目で追って、ぼーっとする。と、未来の母親が突然語りかけてきた。


「未来。あなたもなかなか隅に置けないわね」

「え? 何の話、お母さん」

「あの子よ。若山怜斗くん。純粋でいい子じゃない。あなたみたいな暗い子が、よくあんなに明るそうな子を見つけてきたなって思っちゃったわ」

「若山くんとは、そんなのじゃないよ」


 未来は景色を眺めながら、ただ答える。すると、未来の母は。なぜか笑いながら、さらに話を続けた。


「未来、ああいう純粋な子には“小悪魔キャラ”よ。私の冗談も簡単に信じちゃったし、きっと翻弄すればするほどハマるタイプの子だわ」

「お母さん。私、若山くんのこと別に好きじゃないよ。友達、ってだけ」

「今はそうかもしれないわね。でも、私とお父さんも昔はただの友達だったのよ? 聞いておいて損はないと思うわ」


 また、くすくすと。未来は母親のその態度に、あまり恥ずかしいと思わなかった。

 だって、若山くんはただの友達だから。

○伏線

何度でも説明しよう、この技術。今回は「誠治の教えてくれた情報」もそうだけど、解説したいのは「だって、若山くんはただの友達だから」の部分。

前回の「恋愛」にも関わるけれど、このシーンは伏線(僕の定義に従います)として機能しています。どう回収されるかはおたのしみ。

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