仕返し屋 第1章 第8話
◇――第1火曜日 PM12時56分――◇
怜斗はソラマメハウスの上、赤坂探偵事務所へ来ていた。未来にはとりあえず自分の制服の上着を被せて、ここまで一緒に連れてきた。
怜斗はポケットから事務所の鍵を出す。啓吾に渡された合鍵。穴に差し込み、回して、開く。扉を押し開けると、汚い部屋が視界に飛び込んでくる。怜斗は未来の手を引くように中へと彼女を連れ込んだ。
「あー、待ってろ。服取ってきてやる」
怜斗はそう言って事務所のタンスをあさりだした。しばらくがさがさと探して、ピンク色の部屋着と、下着を見つける。
「あったあった。白雪、とりあえず風呂入ってよ。これに着替えろよ」
怜斗が未来に近寄って、服を見せつけてくる。と、未来がそれを見て少し目を丸くする。
「ん? どうした?」
「い、いや……その、下着」
「あ……」
怜斗はどこか居心地が悪そうに顔を背けた。ブラジャーとパンツには、虹色のストライプが描かれていた。あまりに派手。あまりに目立つ。未来はそれを見てどこか嫌がるように顔をしかめた。
「お、女の子ってよ。パンツとか、どういうのがいいんだ?」
「す、少なくともそんなに派手じゃない方が。他にはなかったの?」
「いや、あるっちゃあるけど……ヒョウ柄とイチゴ柄、後はハート柄と、なんか銀河が描かれた奴……」
「もうそれでいいよ」
未来は恥ずかしそうに怜斗から服を受け取り、そのまま立ち上がって風呂場へ行く。それを見届けた怜斗は、脱衣所へ続く扉の前に立たないように声を出した。
「と、とりあえずよ! ここにいてくれよ! 放課後には学校からお前の荷物は持ってきてやるし、啓吾には伝えておくからよ! そ、そんじゃーな!」
怜斗は慌てて事務所から出て、鍵を閉めた。ふぅ、と息を深く吐いてドキドキと高鳴った胸を落ち着かせる。
「落ち着け俺、とにかく落ち着け。白雪の裸程度で取り乱すんじゃない」
だが、抑え込もうとする度頭の中に浮かんでくる。濡れた未来、扉へ入ってからの未来。顔を見た限りだが、肌は白かったし滑らかでもあった。プロポーションはそこまでだが、彼女にはむしろそれが合っていて……。怜斗は思いっきり頭を壁に打ち付けた。
「落ち着け俺、とにかく落ち着け。そうだ、今は学校に帰らないと。早く帰って、帰って……まずは啓吾に連絡だよな……」
そう言って怜斗はうわごとのように「むらむら、むらむら」と呟いてゾンビのようにゆっくり学校へ帰った。
◇――第1火曜日 PM4時36分――◇
カチコチと時計が鳴る。未来は赤坂探偵事務所内でソファーに座り、時が過ぎるのを待っていた。
しばらく時間が経ったからか、あの時感じた混乱も少しは落ち着いてきた。と言っても、思い出すとやはり身が凍りそうなほどの恐怖が体を震わせる。
未来は部屋の中を、ゆっくりと観察する。本棚には小説やら難しそうな本が乱雑に置かれていて、探しづらいことこの上ない。だが、それ以上に。未来の目を引いた物がある。
啓吾が座っていた机の上にある、いくつものエッチな本。未来はそれから何度も目を逸らそうとして、やはり気になって見てしまった。別にそういうのに興味があるわけではない、ただ単純に「なんでそんなものを堂々と出しているんだ」という事が気になった。
「あの人、あんなにも何もしなさそうな雰囲気出して……。片付けたいけど、触りたくないし……」
ちらりと表紙を確認しただけだと、イラストの物と写真の物があった。未来から見た啓吾の印象はそれだけで駄々堕ち、ずっとエロ本が置いてあるというこの空気を吸い続けるしかない状況に気が滅入っていた。
と、突然。部屋の扉がドンドンと乱暴にノックされた。怜斗が来たのだろう、未来はそう思ってソファーから立ち上がり、扉の前に行く。
「はい、今開けます……」
そう言って鍵を開けた直後。未来は違和感に気付いた。
そういえば、怜斗は合鍵を持っていた。自分がいたからと言ってもノックをしないでこの事務所には入ってたし、啓吾ならそれらを一切する必要がない。そこまで行きついた瞬間。
「コラー! 啓吾! 今女の子の声聞こえたよ! わたしという女がいるのに、お前は何を……!」
何やら嵐が入ってきた。未来はそれに吹き飛ばされるように後ろへそそくさと下がり、「む?」と言って不機嫌そうな顔をする彼女を見つめる。
栗色でさらさらとした、おかっぱ頭。きらきらと大きい目は活発な印象があって、その空色と白のストライプが入ったシャツとよく合っていた。
「あなた、なんでここにいるの?」
「へ!? い、いえ……ここには、事情が……」
「あ! よく見るとわたしの服じゃない! ピンク色の部屋着! となると、下着もわたしのってこと!?」
「あ、え、この服あなたのなんですか!?」
妙に納得だ。そういえばなんで男しかいないのに女物の服があったのか。未来はちょっとした衝撃の事実に打たれ固まっていた。
「と、というか! あなた、誰なんですか?」
「わたしは、御手洗涼子よ。現役バリバリの働くウーマンで、啓吾のガールフレンド! 啓吾はわたしがいないとダメなんだから! あなたには絶対に渡さないよ!」
「え、いや、あの人とそんな気はないけど……」
「さあさ、はじめるわよ! わたしとあなた、どちらかの存在が抹消されるまで続くファイナルバトル! わたしの土水風炎拳が炸裂しちゃうんだから!」
ああダメだこの人全く話聞かない。未来がうんざりした瞬間、彼女の名前からここに初めて来た時のことを思い出した。
『予定の時間は午後って言ってたのにもう来てしまったのですか。お客さんが来るかもしれないのに涼子さんは本当にせっかちですね』
「あー! そういえば、赤坂さんりょうこって言ってました! もしかして、あなたが……」
「んむ? さっきも言ったじゃない。わたしが、涼子。それがどうかしたの?」
「い、いえ。なんか嬉しそうだったなって……」
そう未来がこぼした途端。涼子は「へ?」と言って顔を赤くして、頬を押さえた。
「うへへ~。やっぱあいつ、わたしの事好きなんだね~。いつもはそんな雰囲気出さないのに、もうわかってるって~。本当に、あいつはわたしがいないとダメなんだから……」
「ちょっと、入口からどいてくれませんか? 涼子さん」
くねくねしている涼子の後ろから、冷静そうな声が聞こえてきた。
啓吾だ。啓吾がちょうどよく、帰ってきたのだ。
「あ、おかえり啓吾! なにしてたの?」
「……仕事。2つほど」
「お疲れ! 1つはバイトで、もう1つは探偵業だね。迷子の犬探し?」
「んぐ……」
啓吾が言葉を詰まらせ黙り込む。どうやら仕事関係はあまり口に出したくないようだ。
「ば、バイトはあってるよ。うん、認めるよ。うん。でも、探偵業の方は迷子犬の仕事じゃない」
「へ? 珍しいね、まともな依頼が舞い込んでくるなんて」
「んぐ……。い、依頼主は君の目の前にいるんだけどね」
啓吾がきつそうな顔で未来を指す。と、涼子は未来をじっと見て、「へー!」と大声を出した。
「あなたが依頼人なの!? うわー、勘違いしてた! 啓吾の彼女かと」
「僕に彼女はいない」
「わかってるよ、わたしが彼女だもん」
「君を彼女にした覚えもない」
「そうだよね、わたしは啓吾の嫁だもんね」
啓吾が頭を掻いて「勘弁してくれ」と少しほほ笑んだ。未来は何か、目の前で繰り広げられる惚気にうんざりした。
と、啓吾は未来の方を見た。
「……話は昼のうちに聞いたよ。怜斗くんがいろいろと、僕にメッセージを送ってきてね」
「あ……ありがとうございます!」
「いや、お礼なんて別にいいよ。それが仕事なんだから」
啓吾は「ふぅー」とため息をつきながら、自分の机に向かう。椅子にストンと座った後、あくびをしてから未来を指差し。
「とりあえず、今は怜斗くんが帰ってくるのを待ちましょう。ああそれと、白雪さん。渡したいものがあります」
啓吾はそう言うとポケットから1つ、ペンを取り出した。未来は「なんですか、これは?」と尋ねると、彼はゆっくり息を吐くように。
「ペン型カメラです。以前使っていたモノは壊れていたので、新しく買い直しました」
机の上に置きながらそう言った。未来はそれを手にとって、まじまじと見つめる。
「これも、道具にしてってことですか?」
「はい。胸ポケットにそれを挿しておけば、おそらくバレずに撮影できます。使い方は……」
と、直後。バン、と扉が開いて、後ろから「白雪ー!」という活発そうな声が聞こえてきた。
怜斗が事務所の中に駆けこんでくる。彼の黒いリュックを背負い、右手には未来のリュックが。怜斗は息を切らしたまま、未来に語りかけた。
「悪い、遅くなった! とりあえず、コレがお前の荷物!」
「あ、ありがとう、若山くん。……これで、とりあえず明日は大丈夫、かな」
未来がホッとしたようにそれを受け取る。直後、啓吾が未来のリュックを睨んできた。
「白雪さん。そのリュック、一度中身をチェックしてもらえませんか?」
未来は突然啓吾に言われて、「へ?」と間抜けな声を出した。だが啓吾は「早くしてください」と急かしてきて、未来は焦るようにバッグの中を確認した。
と、未来は。1つ、ある物が無いことに気付いた。
自分の悪口がたくさん書かれたノート。未来は何度も中を漁って確認したが、やはり、それはどこにもなかった。
「わ、私の悪口を書いたノートが……無くなっています」
「ああ、やっぱりですか」
と、啓吾はとことこと歩いて、自分の机に腰を掛けて大きく息を吐いた。怜斗が、彼に尋ねる。
「やっぱりって、どういうことだよ」
「怜斗くんのメッセージを見て、だいたいの流れを把握してるんです。昼休みに白雪さんはここに来て、それ以降学校に帰ってきてない。となると、僕がいじめっ子なら……戯れに、相手の物で遊びます。その時リュックを漁って、ノートを発見したら――どうしますかね?」
怜斗が「なるほど」と言ってうなずく。と、啓吾は首をぐるぐる回して。
「まあ、今はこのことを気にしても仕方がないです。それよりも、今のうちに連絡先を交換し合いましょう」
啓吾はそう言ってポケットからスマートフォンを取り出し、「TIES」を起動させる。怜斗もそれに習って携帯を出して起動させ、そしてジッと未来を見つめてきた。
「白雪。お前が出してくんねーと意味ないんだけど……」
「あ、そうだよね! ごめん」
未来はそう言ってポケットから携帯を取り出して、TIESを起動させる。友達の数は10人ほど、なんだか物寂しかった。
「と、とりあえずQRコード出すね」
そう言って自分のアカウントを見せると、2人はそれをカメラで写して「ピロリン」と携帯から音を出した。サッと画面を操作して、すぐに未来の携帯がブブブブと震えだした。
友達に2人が登録されている。未来はそれを確認すると、スリープモードにして携帯をポケットにしまいこんだ。
と、啓吾が「よし」と言って言葉を続ける。
「それでは、とりあえず。今日のところはもう、帰ってもいいでしょう。怜斗くん、白雪さんを家まで送ってあげてください」
「んあ? もういいのか?」
「はい。それでは、お気をつけて」
啓吾は笑いながらそう言って。もうこれ以上、何かを話す気は無さそうだった。だから未来は、怜斗の「行こうぜ」の声に引かれるまま、事務所から出て行った。
階段を下りながら。未来は、少し啓吾が気になっていた。
◇――第1火曜日 PM4時40分――◇
階段を下りる足音が小さくなる。啓吾はそれを見計らったかのように、涼子に声をかけ出した。
「涼子さん。少し頼みたいことがあるのですが」
「んー? いいよ、けーご。依頼のことだよね? たぶん、仕返し屋の」
「ええ。怜斗くんから、連絡は受けています。それで、気になることがあったので。だから、涼子さんに頼みたい」
「もったいぶらないで教えてよ。わたしけーごのためならなんでもするよ?」
と、啓吾はふぅ、と息を吐いて。
「……念のため、巨大な掲示板サイト、『よっちゃん』の投稿を、監視してください」
涼子はそれを聞いて、「……うん!」と声を上げた。
【技術解説】
□伏線
いやね、物語は基本これの連続よ。伏線も種類を増やして、うまく扱えるとそれでいいよね。
今回は特にバトルとかじゃなくて思考する系(繰り返しますが推理ではありません)なので伏線がすごく大事。うまく扱えるかしら。
○土水風炎拳
4属性全てを扱う秘奥儀。あらゆる手を使い敵を倒す無敵の技で、中国で太古の昔から発展し、その技量は皇帝でさえも認めたほど。拳をマスターした者は世界一の拳士と認められる、会得が非常に難しい拳法。という涼子の設定。何度か自宅の本を燃やしたり濡らしたりしたことがある。バケモノかしら。
○恋愛
人は本能的に恋愛を求めます。性欲とかも関わってますがそれはもう本当に動物として当然の感情。ため、その傾向は物語という場にも現れます。
恋愛モノがそれだけで面白いのは、人間の本能が起因しているのです。僕もキュンキュンしたい。彼女欲しい(´・ω・`)