仕返し屋 第1章 第5話
◇――第1火曜日 AM7時18分――◇
教室に帰ってきた未来は、まず机の落書きを携帯のカメラで撮り、それを拭いた後に背負っていた白のリュックを机の横にかけ、中から今日の授業に必要な教科書などを取り出していた。
「あ、そういえば理科のファイルロッカーの中だ」
未来はそう言って、教室後ろのロッカーへと向かう。出席番号23番、女子だけの順番なら8番目。未来はそのロッカーの中から緑色のファイルを取り出した。
直後、ファイルに引っかかって他の物が2、3個ほどバサバサと落ちてしまった。
「うわぁ……最悪」
落ちた物を確認しながらぼやく。どうやら国語の教科書とノートのようだ、落ちた拍子に開いてしまっている物さえある。
未来はそれを拾って苦々しく顔を歪めていた。自分が多少ドジなのは自覚していたが、こういう時は本当に迷惑だ。責める対象のいないイライラを感じながら、開いたノートへと目を移した。その瞬間。
未来の目に映ったのは、ノートいっぱいに書かれた悪口だった。
数ページにわたって、死ねやブスに代表される侮蔑が大きく羅列している。未来はそれを見て、胸を締め付けられた。
「……これも、証拠になるよね」
未来はそう言って、それを手にして自分の席へと戻った。リュックの中に入れて、絶対に忘れないように。
そして静かな不快感をごまかすために、席に座ってリュックから本を取り出し、それを広げる。
南野慎吾という人が書いた、「被疑者X」というミステリ小説。短小がコンプレックスの天才物理学者と親友の天才数学者が協力して様々な事件を解く大人気シリーズの第3作目にあたる作品だ。今回はハサミ男なるシリアルキラーを追うストーリー。
未来はこの小説を一度読み終えているのだが、再度読み直している最中だ。
もう中盤くらいまで読んでいる。しばらくそうして夢中で読みふけっていると、扉がガラガラと開く音が聞こえた。
いつもなら気にならない音。だけどもその時だけはなぜか反応してしまい、未来はそこから現れた人を見た。
5人の女子。美和たちのグループではないことを確認した彼女は、そのまま何事もなかったかのように本を読み始める。
しかし。5人の女子は、どういうわけか未来の席へと近づいてきた。
な、なに? 未来が驚きと不安を思っていると、いつの間にか席を取り囲まれていた。
「未来さん。話があるんだけど」
「え、え……と、な、なに?」
「なに? じゃないわよ。とぼけないで」
そう言った女子は直後、スマートフォンを取り出してアプリ「TIES」の画面を見せてきた。
そこに写っていたのは。タイムラインに載せられた、美和の書き込み。ご丁寧に未来と竜輝が会話をしていた画像まで晒されて、内容も「未来が竜輝を奪おうとした」というモノだった。
「あんたさ……最低だよ」
「ち、ちが……! 私、そんなことしてない!」
「じゃあこの画像何なのよ? 見苦しい言い逃れしないで、美和に謝りなさいよ」
未来は声が出なかった。そもそも美和が竜輝と付き合っていたなど知らなかった、そもそも竜輝から告白してきた。そんな裏事情を全く知らずに、たかが書き込みだけで全てを断定される。
何よりも感じるのは、目の前にいる彼女らは真っ当な正義感で行動しているということ。未来は、反論の言葉をずっと探った。
「……そ、そうだ! 手紙!」
未来はそう言って傍のリュックから、竜輝からもらったあの封筒を取り出す。そして手紙を出して、その文面を見せつけた。
「ホラ! か、書いてあるでしょ? 後藤君が私に告白するような言葉が! だから、私は青山さんから奪おうとしたわけじゃ……」
直後、目の前の女子はため息をついて、
「本当に見苦しいわね、あなた」
未来を見下す視線を、ぶつけてきた。
「え……?」
「自分のやったこと誤魔化すために、そんなモノまでわざわざ作ってきてさ」
「ちが、これは後藤君が……!」
「人として恥ずかしくないの? そうやって捏造までして自分の事正当化してさ。本当に、人として見苦しいよ、あなた」
信用、されていなかった。手紙に関してはそもそも捏造かどうか、客観的に見て判断が付くわけがない。それを彼女らは、断定した。人の思い込みの恐ろしさが、未来の胃をかき回した。
「う、うぅ……」
景色が歪む、激しく揺れる。未来は口を押さえて教室から駆け出して、そのままトイレの個室へ向かった。這い上がる絶望感、それを便器の中に吐く。そうしないと、何かがおかしくなりそうだった。
◇――第1火曜日 AM7時23分――◇
怜斗は校舎裏へ来ていた。学校で一番目立たない、告白スポットとして優秀な場所。脇には人が隠れられそうなほど背の高い草がぼうぼうと伸びていて、その向こうから川の音が聞こえる。彼がここに来た理由、それはいたって単純。啓吾から送られてきたTIESのメッセージだ。
≪怜斗君。初仕事ですね。ひとまず君には「仕事の心得」と「事の経緯」を送ります≫
その文面から始まった長い伝言。仕事の心得は全部で3つだった。
第1に。復讐を暴力に頼るな。曰く、暴力を振るえば自分たちが警察に捕まること。失敗しやすいこと。一時的な復讐にはなっても結局元に戻り、意味がないこと。そして、社会的に相手を叩いた方が、相手の苦しみも大きく自分たちの被害も少ないということ。これらが理由だった。
第2に。考えて行動しろ。この仕事は、言い換えれば「相手との心理戦、頭脳戦」。冷静さと思考を欠いた行動は、自分たちの首を絞めるだけだという。
そして、3つ目。「白雪を、守ってほしい」。怜斗はこの最後の一言を見て、大きく気が引き締まったのを感じた。
「――わかってるって、啓吾。俺だって、『守ってやる』って約束しちまったもんな」
この仕事で一番危うい立場なのは、他ならぬ依頼者だ。今も苦しみを受けていて、その上やろうとしていることがバレてしまえばどうなるのか。考えるだけで、恐ろしかった。
その後しばらく書かれていた経緯を見て、怜斗はとりあえず「事の流れに沿って行動しよう」と考えた。
よくわからないが、とりあえず現場に行ってみる。手がかりがあるかどうかはわからないが、それが怜斗の考えた「一番やるべきこと」だった。
そして、しばらくあたりを見回す。ここで白雪は、竜輝に告白を受けた。その時の状況を証明する物は1つもなし、自分たちの不利は明確。苦々しい顔で腕を組んで、今のところ何も見つからないこの状況にため息を吐いた。
「はぁ。やっぱり、告白程度の事が現場に証拠として残るなんてありえねーよな。ここじゃ人もあんま来ないし、目撃者ってのも期待できねーな……」
と、ふと草むらの中を見た。そこには何か、気になる物があった。
訝しんだ目でそれを見つめ、そして顔を近づける。それはメモ帳だった。
手に取って調べる。表には「水野雄」という名前が書いてあった。
「水野雄……確か新聞部の、あの地味な奴。あいつ、こんなところでなにやってたんだよ……。とりあえず、返してやらねーとな。えっと、水野のクラスは……B組か」
怜斗はそう言って。少し土で汚れたそれを持って、ひとまず校舎裏から離れていった。
【技術解説】
□パロディ
物語のリズム(展開運びの自然さ)が崩れない程度にちょこっと入れる。コメディ系ならガッツリ入れてもいいけど、やりすぎは注意。
ただし、前提条件は「リズムを崩さない状態」ということ。
今回の該当部分は「南野慎吾」という作家の小説。何かは書かないけど、いろいろ混ぜてる。
☆象徴
詳しくは書きません。これから投下されていく物語をすべて見てから、改めて考えてみるとわかるかもしれません。仕返し屋のはちょっと拙いですが。






