仕返し屋 第1章 第20話
◇――第4火曜日 PM5時00分――◇
白雪未来は赤坂探偵事務所の中で、机に座る啓吾に頭を下げた。
「本当に、今回はありがとうございました」
未来の誠実な声に啓吾は「別にいいですよ」と言って、顔を上げるよう促した。
「今回のことは、僕としてもかなり失敗してますから。あなたから頭を下げられるべきじゃ、ないんですよ。僕は」
「いえ、でも……」
「でも、なんて言わなくていいですから。それよりも、僕は重ねてお詫びします。――白雪さん、本当に申し訳ありませんでした」
啓吾は立ち、そして深々と腰を折りたたむ。
「ちょ、そんな、頭を下げなくて結構ですよ! 私、みんなに助けられたのですから……」
「防げませんでした。あの写真の流出。僕はあなたに一生消えない傷をつけてしまった。だから僕は頭を下げます。何を言われても、これしか僕にはできないからこうするんです。……歯がゆく思います、自分の至らなさを。
これは、謝ってもすまない問題です。だから僕は、あなたからの要求を。全て、甘んじて受けます。許さなくていい、だからこうやって謝らせてください。本当に、申し訳ありませんでした」
未来は、ひたすらに頭を下げ一向に上げようとしない啓吾を見て、いたたまれない気持ちになった。未来は、だから。
「……顔を、上げてください」
啓吾に優しく語りかけた。啓吾は、ゆっかりと顔を上げて。その顔は、情けなく歪んでいた。
「……なんでも、お願いを聞いてくれるんですよね」
「それが、僕なりの最低限以下のケジメです」
「……わかりました。じゃあ――」
◇――第4水曜日 PM4時38分――◇
若山怜斗は赤坂探偵事務所のソファーに座って、天井をボゥ、と眺めていた。蛍光灯が目を刺激する。少し細めながら、怜斗は啓吾に語りかけた。
「なぁ、啓吾。お知らせってなんだよ? 突然呼び出してよ」
「後からどうせわかるんです、気にしないで何か漫画でも読んでてください」
怜斗は啓吾の言葉にソファー前の机を見た。置いてあるのは、あっち系の本とかそっち系の本とかばかり。漫画ではあるが人前で読むのはいろいろ心の問題がある。
「読みたいのがねーんだけどぉ……」
「ウソをつかないでください。本当は読みたくて読みたくて仕方ないくせに。ホラ、目線が表紙の女の子に……」
「ウッセェ!」
怜斗が顔を赤くして叫ぶと、啓吾はクスクスと笑った。首筋をさすりながらずっとソファーに座っていると、直後。
ガチャリ。事務所の扉が、開いた。怜斗はなんとなしにそこを見ると、目を丸くして、現れた存在を凝視した。
「啓吾さん、遅れました! すみません!」
未来――。なんであいつが、ここに。もう依頼も完了したのだから、来る必要なんて無いのに。怜斗が事態を認識できずほうけていると、啓吾がニヤリと笑って怜斗を見つめた。
「白雪未来さんには、今日から一緒に働いてもらうことになりました」
「は? え、え、えええええ!?」
怜斗が目を飛び出さん勢いで叫ぶ。啓吾と未来がそれに顔をしかめて耳を塞ぐと、怜斗は構わず立ち上がり、声を大にして慌てふためいた。
「待て待て待て待て、いつ決まったんだよそれ? 第一、は? え、はぁ!?」
「とりあえず質問を整理してください。……まあ聞きたいことは概ねわかりますがね。
とりあえず、昨日話し合って決めました。未来さんは今日から一緒のバイトとして働きます。ちなみにバイト代は日給3400円」
「ああ、そうか。じゃねーよ! なんで未来が……」
「彼女が頼んできたから、引き入れた。それだけのことです」
「意味わかんねーよ! お知らせってそれかよ!」
怜斗がギャアギャア頭を抱えると、未来は彼の側に寄って「まあまあ!」と手を取った。
「今日から一緒に、よろしくね! 怜斗くん!」
怜斗は、真っ直ぐに見つめる綺麗な瞳を見て。ドキリと、胸を高鳴らせた。
「あ……」
前までの、前髪を下ろした根暗そうな印象じゃない。長い髪は後頭部で団子状にまとめ、前髪はヘアピンで止めて。彼女の眼は、あの頃より何倍も輝いて見えた。
とくん、とくん。不思議なくらいドキドキする感情に、怜斗は思わず瞳から視線そらして。
「よ、よろしく……」
恥ずかしそうに、呟いた。未来がニッコリ、かわいく笑う。
すると、それを見て微笑んでいた啓吾が表情を、キッと切り替えて。
「未来さん。昨日、話し合いの後君は僕にこう言ったね。『この復讐が正しいかどうか、わからない』って」
未来はそれを聞いて、うん、と頷いた。啓吾は真面目に、続ける。
「その答えは、僕から出すことはできない。けど、これだけは言える。君は、優しい。だからその優しさは、この仕事をする時君を苦しめるかもしれない。それでも、いいんだね?」
「はい。昨日も言いました。私はそれでも、ここで働きたいって」
「わかりました。……それでは、採用です。諸々の手続きは面倒なんで後からやっちゃいましょう。今は……そうですね。何かお祝いでしましょう。あなたの加入祝いということで」
啓吾はそう言って笑いながら立ち上がった。と、怜斗が突然ハッとして。
「おい、啓吾! 俺の時はそんなのなかったぞ!」
啓吾を指差して大声で文句を上げた。それを見ていた未来は、「あはは」と笑って、その景色を眺めていた。
◇――同日 PM5時00分――◇
未来と怜斗は、並んでスーパーへの道を歩いていた。お互い両親には連絡して、今日は食事がいらないと伝えた。今は、食事会の用意のために歩いている最中だ。
と、しばらくそのままでいると。隣の怜斗が、未来に語りかけてきた。
「なあ、お前なんで啓吾の所で働こうって思ったんだ? もっといいところいっぱいあったろうに」
怜斗の言葉に、未来は。心の中で一度、ため息を吐いた。
「怜斗くん。今までに、何百人の人に鈍いって言われたことある?」
「は? なんだよ、その質問」
怜斗の言葉に、未来は少し呆れて。でも、笑いながら前をとんとん、と先に歩いて。
「怜斗くんが、いるからだよ」
怜斗にそう言った。怜斗は「……あー」と呟いたあと、どこかバツが悪そうな顔で申し訳なさそうに。
「悪いけどさ、未来。俺、お前のこと友達だと思ってるから。だから、告白は受けられないぞ? 異性として見てないやつと付き合うとか、俺考えられないから……」
知ってるよ、そんなこと。未来はそう思いながら、あえてムッとした表情をして。
「あー、酷い! 下の名前で呼び合おうってなった時、認めてくれたって思ったのに! 私のことなんて、そんな程度なんだ!」
怜斗が予想外だったろう言葉に、「え?」と素っ頓狂な声をあげた。
「いや、だってよ。仕方ねーだろ、俺の気持ちだって……」
「いいよ、別に。私なんてそんな程度ってわかったから。なら私もそんな程度って思うから。ね、若山くん?」
未来がいじけたように言うと、怜斗は「ちょ!」と明らかに動揺し始めた。
「まさか、俺のこと本当に嫌いになったのか? ま、待てよ、悪かったって。俺だって今は好きじゃないだけで、それだけでよ。だからそんな不機嫌に……」
「うん、いいよ別に」
未来が言葉をいなすと、怜斗は「ヘァ?」とまた変な声をあげた。未来は、そんな怜斗が面白くて、面白くて。
「あはは、本気で信じちゃうんだ。怜斗くんって、単純だね」
「ちょ、お前そういうのやめろよ! 俺バカだからよ、そういうの弱いんだって!」
「こりゃいいおもちゃだわ。これからももっと遊んであげるよ」
「おま、そんな人を道具みたいに言って……」
そして、未来は。「まあ……」と言って笑うと、しっかりと声に出して。
「いつか本当に、『好き』って言わせてやるけどね」
最後にまた、思いを伝えた。未来は惚けた怜斗を置いて、そのまま前に進み。
「――怜斗くんには、小悪魔キャラ、ね」
笑いながらそう呟いた。後ろから怜斗が、「ま、待てよ未来! そんなこといきなり言われてもよ!」と慌てて追いかけてきていた。未来はそれから逃げるように、走り出す。
――単純な人だ。未来は彼を、笑って見ていた。
【技術解説】
○伏線
最後の最後に伏線回収。第4話地の文より「未来は彼を、小さく見た」→「未来は彼を、笑って見ていた」。
こんな感じの、「以前とちょっと違う言い回し」は一応伏線として分類されます。あくまで僕基準。
この、セリフとかが後からまた出てくる使い方は本当にいろんなところで使われてますよね。「立てよド三流!」とか、「誰かが言った……生物の未来を守らねばと」とか。
他にも、未来の母親が言っていた「小悪魔キャラよ」もそうですね。未来は怜斗を弄ぶような小悪魔な雰囲気(ある意味彼女の本性ですが)を出すことで、本格的に怜斗を狙い始めてるわけです。ぞっこんラブ。
○恋愛
実はプロット段階では未来が告白するなんて予想外だったのですがね。まあそんなのはどうでもいい。
何事に関してもあまりに展開が遅いのはイライラします。いえ、うまく焦らすような流れで且つ自然ならまだいいのですがね。あまりに不自然に展開を先延ばししますとやはり。難聴系とか、実はかなり悪手なんですよ。ただ、悪手を面白くすることもできるのですがね。恋愛に疎い主人公という悪手で且つ面白く描けているキャラは、ラブコメ漫画「ハイ○○○ガール」の「矢○○○」とかですかね。アレはかなり展開早いのがありますけど。
あそこで未来が告白しなかったり、怜斗が「え? なんだって?」となり真面目に受け答えなかったらやはり最悪な道を辿ったと思います。その分次回から辛いですけど(´・ω・`)だからこその伊泉詩恵。
ただし、恋愛以外にも面白さがあったり軸があったりとかまあそういう工夫をしていると、多少なら問題無いかと思います。
あとは、そうですね。「女の子の好意に気付かない理由がはっきりしている=読者にも理解できる」のならまた問題は薄いか無いかになります。
その子に対しての罪悪感が邪魔をして、「相手からの好意を感じている」けど「いや、あり得ない」とか「そんな資格無い」と言って頑なに否定し続けるとか。
その子の言葉が拙すぎてうまく聞こえないとか。




