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仕返し屋 第1章 第2話

◇――第1日曜日 PM12時30分――◇


 あの後、日曜日の1時ぐらいに待ち合わせて町で遊ぼうという話になった。付き合うことが決まってからわずか2日。その短時間でデートになるのは気が早いと思うが、それでも未来は嬉しさで心躍っていた。あまりの躍りように前日の午後5時には竜輝にアプリで「明日のデート、楽しみにしています」とメッセージを送り、今日は食事を少しで済ませて、約束の時間の30分も前に来てしまったほどだ。


 駅前にある恐竜のオブジェの前で、少し落ち着かない様子で立つ。

 今日はいつも以上に考えて服をコーディネートした。白いシャツに桜色のスカート。あまり派手な服装を好まない彼女にとってはこの格好をすることがもうすでに恥ずかしかった。その上、前髪で目が少し隠れている自分の暗い印象とこの明るい服装はギャップが激しく、似合っていないのではないかとも思い始めた。


 ――なんでこんな服を選んできちゃったんだろう。顔がカァ、と熱くなる。少し気合いを入れすぎた。でも仕方がない。だってデートどころか男の子と遊ぶこと自体が初めてなのだから、どうすればいいのかわからないのだ。


 そうして少し待っていると、「白雪さん!」とさわやかな声が響いてきた。未来はドキドキしながらその方を見る。


 向こうから、手を振りながら竜輝が近寄ってきていた。黒のポロシャツに茶色いパンツ。そんな服を着ていた彼は、いつもの「清々しい」というイメージよりも「格好いい」という印象が先行した。少しうつむいて、耳まで赤くする未来。そんな彼女の目の前に竜輝は近寄って、膝に手を当て息を切らしていた。


「ごめん、待った?」

「う、ううん。今来たところ」


 未来ははにかみながら小さく笑う。竜輝が「よかった」と言いたげに胸をなでおろす。ふと、未来は駅の時計に目を向ける。

 時間はまだ12時40分ほど。彼も約束の時間より早めに来てくれた事に未来は心が弾むのを感じた。と、竜輝が笑いながら目を合わせてきた。


「それじゃあ、白雪さん。行こう」


 未来は少し迷うような素振りを見せて、「はい」と答えた。


 未だに信じられない。雲の上の存在だった彼が、今私の前で笑っている。私と同じ時間を、同じ場所で楽しんでいる。

 白昼夢を見ている気がした。しかし、自分の手を引く彼の感触は本物で、それが今を「現実」だと示す何よりの証拠だった。

 そうしてしばらく、歩いて、歩いて。店のある道を抜け、カラオケ場を通り過ぎ、映画館を後にして、進み、進み。


 ――未来は違和感に気が付いた。


 これは紛れもなくデートだ。竜輝は楽しそうに笑っているし、自分もそんな彼を見ているだけで笑ってしまう。しかし、何か妙だ。心に何かが引っかかる。

 そして未来は、その違和感の正体に気が付いた。

 「どこの店にも入っていない」。デートの定番とも言える「ショッピング」や「カラオケ」、「映画館」。それらを通り過ぎて、無視して、竜輝はどんどん自分を引っ張り先へ行く。そして歩みが確実に、町のショッピング通りを抜け、どこか外れに向かっているのがよくわかった。

 そして、たどり着いたのは――誰も使っていなさそうな、少しさびれた公園。小さなブランコと滑り台、そして砂場だけがある簡素な物だ。そして付近には、少し汚れたトイレがあって――。


「白雪さん、ごめん。俺トイレ行きたくなっちゃった」

「――え? あ、ううん。いいよ、別に」


 おかしい。おかしいとは思っていたけど、信じられなかった。

 そんなことはない。そんなことはない。その予感は現実にはならない。ただの被害妄想、虚偽の内容。頭の中で何度も何度もつぶやいた。


「ごめん、待っててくれるかな? トイレの前で」

「う、うん」


 そして未来は、竜輝の指示通り寂れたトイレの前に立つ。人通りは少ない。少し見ているだけだが、人が誰一人として前の道を通っていない。今日は休日と言うのにおかしな話だ。

 未来は不安と違和感を抱えながらただ呆然と立っていた。空が曇りだす。今日の天気予報は晴れだったのに、予報と言うのはよくよく外れる物だ。


 と――何やら草を踏む音が聞こえた。未来はそれに気が付き周りを見ると、

 4人の女子高生が、自分を取り囲もうと集まってきていた。未来の心臓が縮こまり、喉が締まって声が出なくなった。


「やっほー、白雪さーん? こんなところで会うなんて、奇遇だねぇ」


 声を出したのは、薄茶色の巻き髪をした女、青山あおやま美和みかず。自分をいじめるグループのリーダー的存在であり、嫌がらせの主犯。周りの3人も彼女と一緒に自分をいじめる奴らだ。


「ちょうどいいや。ちょっと顔貸してよ」


 美和はそう言うと有無を言わさず未来の腕を強く握り、トイレの中へと彼女を連れた。

 暗く、薄汚れて少し臭う女子トイレ。未来はその中にいた1人の人物を見て、目を大きく見開いた。


 後藤竜輝。そんなバカな、彼は用を足しにトイレへ入ったのだから男子トイレの方にいるはずだ。未来がそこまで考えた途端、頭に電流が走った。

 そうだ。彼は元々、こっちの方へ入ってきていたのだ。そして計画されたように現れた美和たち。連れられた先にいる竜輝。全てが一瞬でつながった。

 簡単な話だ。全て計画通り。美和たちと竜輝は何かしらの繋がりで協力関係にあって、最初からこのトイレの中へ自分を(いざな)うつもりだったのだ。


 未来の視界が次第に黒く染まる。信じたくない未来が、現実の物となってしまった。それは彼女を絶望に突き落とすには十分だった。


 竜輝がトイレの真ん中からどいた直後。美和は未来を投げるように壁に押し付け、追い詰めた彼女に睨みを利かせる。


「ねぇ白雪さん? なんで私の彼氏をたぶらかそうとしたの?」

「……え?」


 突然の言葉に思考が止まった。音として認識した言葉を文として認識できない。しかし目で見た彼女の表情は恐ろしい剣幕で、それがさらに未来の脳を止めた。


「な、なにがなんだか……」

「とぼけんじゃねーよ。私は竜輝からしっかり聞いたんだよ。あんたにしつこく言い寄られているってな」


 未来の視界がぐらりと揺れる。おかしい、何かが、いや全てがおかしい。確かに自分は「好きです」と言われた。確かに自分は「告白したい」と言われ、事実告白された。アレは夢なんかじゃない、確かな現実なのだ。


 未来が確かめるように竜輝を見る。しかし彼は、何も言わず未来から目を逸らし、バツが悪そうに「ッチ」と舌打ちをした。


 そこまで来て、ようやく話が見えてきた。竜輝と美和の繋がりは「恋仲」で、自分はそれを「竜輝を奪うことで引き裂こうとした」人間。そういう設定にされていた。


 美和の剣幕はすさまじい。それは誰がどう見ても“演技”などではなかった。つまり彼女は――本気で私に怒っている。それはすなわち、“美和はこの流れを予定していなかった”ことで、“これらは竜輝だけの計画だった”ということを示している。


「なんか言いなさいよ白雪さん? 私はねぇ、人から何かを奪おうとする人間は最低だと思うんだけど?」

「ち、違う! 違う! 私はそんなことしようとしてない! そ、そもそも好きだって言ってきたのは竜輝くんの方で……」

「私の竜輝がウソ言ってるってのかよ!?」


 「竜輝がウソを言っているわけがない」。今までの会話の流れとその言葉が意味しているのは、竜輝が「自分の方が言い寄られた」と言っていたこと。どんどん話がつながっていく。

 美和は竜輝と恋仲だった。その上で竜輝は自分に迫り交際を願った。そしてそれが何かしらで美和に知られ、竜輝は自分から言い寄ったのではなく相手から交際を申し込まれたと話した。細かい所までは頭が回らないが、そこまでの事が事実なのは確かだった。

 そして竜輝に怒りが向いていない所を見ると、竜輝はうまく言い逃れた。未来の頭でこの一連の流れが出来上がっていく。それは自分にとってどこまでも都合が悪い内容。未来は回転する頭の中で確かな絶望を味わった。


「ねぇ竜輝? あんたの言ってたことはウソなんかじゃないよね?」


 美和が未来の胸倉を握り壁に押し付けながら後ろを向く。竜輝はそれを受けて、ただ迷惑そうに、イライラしたように口を開く。


「ああ。俺は何度も言ったんだぜ? 『他に付き合っている人がいるから無理だ』って。でもそいつは『それでもいいからお願いします』って言って聞かなかったんだ。部活後で疲れてたし、らちが明かないからその場は『いいよ』って言って収めたんだ」


 そんな、バカな! 未来が竜輝を見る。その目には怒りや憎しみよりも、悲しみが大きかった。

 信じてしまった自分が情けない。竜輝の本性に気付けなかった自分が情けない。そして何よりも、

 彼が簡単に自分を切り捨てたこと。それが何よりも、悲しかった。


「わ、わた……し、は……。そんなこと、して、ない……」

「だーれがあんたのことを信じると思うの? それにー、あんたが竜輝をたぶらかした証拠はあるんだよ?」


 美和はそう言ってポケットからスマートフォンを出す。そして未来にその画面を見せつける。どうやら画像のようだ。


 そこに写っていたのは、自分が竜輝に昨日送ったメッセージ。メッセージアプリの「TIES(タイズ)」の画面。美和のスマートフォンに竜輝のアカウントが写っているのは、これが「スクリーンショット」だからだろう。竜輝が画面を撮り、それを美和に送る。そうして彼女はこの画像を入手したのだ。


「ほら? これが何よりの証拠。あんたが竜輝をたぶらかして、私から彼を盗ろうとした証拠」


 おかしな話だった。こんな画像1つでは、竜輝と自分、どっちが先に告白したかなんてわかったものじゃない。しかし彼女はそれを「未来が言い寄った証拠」と信じていた。


 しかしそんなことを主張できるわけもなかった。言えば美和を刺激し怒らせる。それに何を言っても無駄。彼女は冷静な判断ができないのだから。未来はただ、今から始まる仕打ちに覚悟を決めるしかなかった。


「白雪さーん? わかったかなぁ? あんたにはもう逃げ場はないんだよ?」


 未来は歯を食いしばりながら目を逸らす。すると美和はクスクス笑って未来に顔を近づけた。


「あんたがやったことってさぁ、どう考えてもやっちゃいけないことだよね? 裁判になれば私が完全に勝つレベルのことだよね?」


 未来は何も答えない。膝を震わせ、涙を浮かばせ、ただ耐える。黙っていれば、従っていれば、楽になれる。そんな気持ち以上に反抗することが怖かった。だからただ彼女の言いなりになる。道はそれしかなかった。


「そんなことをしたってことはさぁ――罰を受けても、仕方ないよね?」


 何をされるか、それは気になったがどのみちやるしかなかった。全員でボコボコにされるのか、お金なのか。何を要求されるかは大概予想していたが、そのどれもに腹部が痛くなった。胃が、キリキリと音を立てる。


「――脱げ」


 未来はそれを聞いて目を揺らして美和を見た。

 脱げ。確かに、そう言った。未来は大方の予想をつけてそれら全てに耐える覚悟をしていたが――これはさすがに予想外だった。

 あまりの発言に体が拒否する。膝だけでなく唇や息まで震え出し、目に浮かんだ涙がポロポロと溢れだした。


「何やってんの? ホラやりなさいよ。まさかここまでしてお咎めなしとかありえないよね? ホラ脱いでよ。さっさとしないと殴るわよ? ホラやりなさい、やりなさいよ。やれって言ってるのよさっさとしろって」


 美和の声が迫る。脳が、心臓が、圧迫される。悔しさと悲しさと怒り。いろいろな感情がごちゃごちゃと混ざり、顔が歪んでいく。

 音が、空気の振動が大きくなる。押しつぶされそうになった彼女は、ただ大粒の涙を流しながら――自身のスカートに手をかけた。


【技術解説】

□ちやほやの法則

また書いたのは、「ちやほやの法則は落とすところもセットである」ことから。また、ちやほやの法則は「持ち上げられて落とされる」以外にも、「落とされてから持ち上げる」のにも使える。

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