仕返し屋 第1章 第12話
◇――第2木曜日 PM4時50分――◇
「なあ、啓吾。俺、何すりゃいいんだろうな」
怜斗は赤坂探偵事務所の中で天井を見つめて声を出した。何もできていない、何も役に立てていない。その感覚が怜斗を包んで、自己嫌悪が大きくなっていた。
「安心してください、怜斗くん。時には何もしないのも仕事だよ」
「つってもよー。ここまで何もできてねーと、いい加減に……」
直後、怜斗の携帯がブブブと震えた。画面を見てみると、水野雄から何かの連絡が。
≪若山くん、突然の連絡ごめんなさい。これまた突然なのですが、明日の放課後、僕と落ち合ってください≫
「なんでんなことしねーといけねーんだよ。そんな暇ねーってのに……」
と、怜斗は次に送られた文面を見て、目を丸くした。
≪誠治くんから連絡先を聞いて話してます。明日の放課後、新聞部部室で待っています≫
誠治から、聞いた? 怜斗はそれに少し興味を惹かれて、考えた。
――あいつから聞いた連絡先。となると、白雪関連か? いや、こいつは事情を知らないはず。なら、なんで……
と、途端。怜斗の頭に、閃きが浮かんだ。
あのカメラ。水野から不自然に渡された、あのカメラ。家で一応大切に保管している、水野雄の高いカメラ。怜斗はコメカミに指を当て、トントンと叩いて考えて。
「……まさか、何かの証拠写真が?」
その答えにまで、行き着いた。
「啓吾! 悪い、俺帰る!」
「どうかしたのですか、怜斗くん?」
「家に大事なモンがある! 役に、立つかもしれねぇ!」
ダッと駆け出して、怜斗は事務所のドアを勢いよく開けて。
飛び出した瞬間、未来と加奈に鉢合わせた。
「わ、若山くん! どこに……」
「俺ん家! 悪い、また明日だ!」
タンタンタンと階段を駆け下りて、そのまま道路を走り続けた。
◇――第2金曜日 PM4時38分――◇
怜斗は新聞部の部室の前で、ジッと扉を睨みつけていた。
黒いリュックにはカメラがある。勝手にデータを見たら、怜斗の予想通り写真が2枚。竜輝が頭を下げた写真と、その後未来が頭を下げた写真。怜斗は高揚感と緊張感で手汗を滲ませながら、トントンと目の前のドアをノックしたら。
「来たね、怜斗くん」
すぐに扉が横に開いた。目の前の水野雄は、ずっと真剣な表情で。怜斗は何も言わず、手招きされるまま部室へと入った。
「――それで、話ってなんだ?」
怜斗は椅子に座って、雄を睨みつける。と、彼は同じ表情を返してきて。
「あの女の子の、力になりたい」
強く。怜斗はハッと目を大きくさせて、そして笑った。
「お前も、白雪の力になりたいって腹か」
「白雪……あの人はそういう名前なんだね。うん、そう。僕は彼女の力になりたい。これは好意とかじゃない、僕の意思で僕の正義感だ」
「その口ぶりだと、お前もある程度話の流れをわかってるみたいじゃねーか。誰に聞いた? 誠治か?」
「はい。彼から説明を受けました。僕のカメラが誰かを不当に傷付けたのなら、僕は全力でそれをどうにかしたい」
と、雄は立ち上がり、怜斗の手を取って。
「怜斗くん、僕も君の仲間です。助け合って、後藤竜輝を、青山美和たちを。打ち倒しましょう」
「おう! お前は情報が広い、仲間になってくれて嬉しいぜ」
「ありがとう。ただ、怜斗くん。君はまだ動いちゃいけない」
雄は睨むように怜斗に釘をさす。怜斗が「なんでだよ?」と聞き返すと、雄は即座に口を開いた。
「その2枚の写真を持っていても、彼に当たったところで砕けるだけということです。その2つは、それだけで決定的な証拠になるモノじゃない。言い訳のしようはいくらでもあるから」
「……言われてみると、確かにそうだ。クソ、俺はまだ動けねーのか……」
「安心して。君には君の役割が、きっとある」
そう言って雄は、携帯を取り出して。その画面を、バン、と見せつけた。
映っていたのは、誠治の言葉。仕返し屋、それに関する話を、誠治は雄にしていたのだ。
「仕返し屋。まさか本当にあるとは思ってなかった。でも、君がそこからの回し者なら。きっとそこの人から、答えをもらっているはず」
怜斗はそれを聞いて思考する。だが、答えが出ぬ間に雄は言う。
「怜斗くん。君は君の役割を、果たしてください。白雪さんを、守ってください」
怜斗はそれを聞いて合点がいった。そうだ、俺は。あいつを守るのが役割なんだ。そのために俺は、何かをするんだ、したいんだ。
怜斗は笑い、そして強く。「おう!」とそう、叫んでいた。
◇――第2金曜日 PM4時40分――◇
青山美和は教室内で、白雪未来を憎悪の目で睨みつけていた。
彼女の隣にいるのは、竹内加奈。最近は何やら他の人までもが、彼女の周りに集まっている。そんな気が、なぜだかした。
なんで、あんな奴が。美和は入学式の頃から未来のことが気に食わなかった。
本ばかり読んでいて、どこか幸薄そうな顔をして。地味な雰囲気が漂っていて、でもそれなりに顔は整えて清潔感はあって。そんな彼女はひっそりと、男子の中で人気があった。
曰く、「あの薄幸そうな雰囲気を見てると守りたくなる」。曰く、「浮気とかは絶対しない清楚な子」。曰く、「飾らない感じが魅力的」。
美和はイライラしていた。あんなもの、全部そう見せるための演技に決まっている。飾らないなんて評価も髪を整えたりしているのだから、見当違いもいいところ。わざとそういう風にしてるのだから、清楚という評価も間違っている。なんでそんな簡単なことが、男子にはわからないのか。
だから、いじめてやった。美和は自分のしていることをわかっていた、だが彼女にとってそれは「悪への制裁」だった。
私は間違っていない。あいつが悪い。あいつが気取るから気に食わない。
そんな大嫌いな奴に、仲間ができた。雰囲気から察するに自分に対抗するための仲間。美和のイライラは、ますます大きくなっていた。
と、直後。
≪竹内加奈さん、竹内加奈さん。至急生徒指導室まで来なさい≫
校内放送が鳴り響いた。加奈が「あっ」と言って、目を丸くする。しばらく2人は話していたかと思ったら、加奈はさっさと教室を出て行って、2階の生徒指導室へと駆けて行った。
しめた。美和はニヤリと笑うと立ち上がり、取り巻きと共に未来の周りを取り囲み。
「しーらゆーきさん。ちょっと付き合ってくんない?」
未来がビクリと構える。その瞬間に美和は未来の手を掴み、そのまま無理矢理立たせて、歩き出した。
向かった先は、女子トイレ。そこの壁際にまで未来を追い込んだ後、美和は。
未来の腹を、全力で殴り上げた。
「うぐっ……!」
未来は声を漏らし、地面にうずくまる。美和は髪を握って無理矢理立たせて、その顔をイライラした調子で笑い睨む。
「あんたさ、最近調子に乗ってんじゃない。かわいそうなヒロイン面してれば周りが味方になってくれるって考えが見え透いて胸糞悪いのよ。私は、わかってるんだからね。あんたの本性」
美和はそう言って、腹に向けて膝をめり込ませ、入れ、入れ、何度も入れる。未来が目に涙を浮かべ、「ゲホ、ゲホ」と咳き込む。
地面に這いつくばらせる。背中を足で踏む。何度も踏む、何度も踏む。立たせて、殴って、口から何かを吐かせて吐かせて、体を、揺らして。
直後。未来の胸ポケットから、ペンが落ちた。
音を立てるペン。未来がそれを、異様に怯えたように見る。美和はその様子に気がついて、それを拾ってみると。
それはペンの形をした、カメラだった。よくわからないが、未来が自分を図ったことだけはよくわかった。
「あんた、こんなもの用意して……」
直後、美和は。ギンと目を血走らせ、ペン型カメラを両手で折り。
そして腹をまた全力で殴った。
「……調子に乗って、あんた何するつもりだったんだよ? ああ、そういえばおかしいわよね。こんなことしてたのだから、これだけしか用意してないなんておかしいわよね」
美和はフー、フーと息を荒げて未来の髪を引っ張りあげて。彼女のポケットを、無理矢理漁った。
そして、見つけた。何かの機械を。
美和はそれを取り出した。それは携帯録音機。美和はそれを地面に叩きつけて、メチャクチャに踏み散らした。
部品が吹き飛ぶ、グシャグシャ音を立て潰れていく。ひとしきりやりきって、美和は未来に怒りを露わにして。
「私言ったわよね? 騒ぎを大きくしたらアレをばら撒くって。こんなことしてたってことは、それを覚悟してたってことよね? 当然よね、あんたは約束を破ったんだからそれだけの報いは受けるべきよねぇ?」
美和は笑い、怒り。そして、へたれこんだ未来の腹に、ボールを蹴るようにつま先をめり込ませて。
「覚悟、しとけよ!」
そう吐き捨てて、そのままトイレから出て行ってしまった。そして携帯を取り出して、美和は画面を操作して。
≪渡したアイツの画面を、なんとかしてネットにばらまいて≫
そう、メッセージを送信した。
◇――第2日曜日 PM2時30分――◇
赤坂啓吾はパソコンの前で、カタカタと掲示板サイトを見ていた。
啓吾は、見つけた書き込みを見て頭を抱える。苦々しく表情を歪め、呟く。
「――これはタダ働きだ」
直後、携帯が鳴り出した。出ると、涼子から。啓吾が「もしもし」と言うと、涼子は即座に。
「啓吾。あんたの言った通り、掲示板に――」
「わかってる。――防ぎきれなかった。だから、涼子さん。次に進みます」
そして、啓吾は。言葉を貯めてから、
「白雪未来さんの裸の画像。出どころを、調べてください」
無力さを感じながら、そう呟いた。