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ショートストーリー

音のない夜

作者: mari

 黒い雲から月明かりが覗く。


 寂れた駅前に、彼女は居た。

 周りにはぽつぽつと、人が集まっている。スーツ姿のオヤジ、制服姿の男女。入れ替わり立ち代わり、歌を聞いている。

 彼女は、オレの知らない曲を歌っていた。

 オリジナルだろうか?英語だからひょっとしたら洋楽のアーティストのカバーかもしれない。オレは音楽に明るくないから、その辺の区別がつかない。

 分かるのは、彼女の声が、その華奢な見た目とは裏腹にとても力強いことだった。まるで秘められたパワーが、その時一瞬にして開花するような、そんな感覚。

 歌い終わると、彼女は観客一人一人と、笑顔で何か会話をしていた。遠くから眺めるオレには、話の内容までは分からない。

 暫くすると、彼女の周りから観客が立ち去ってゆく。どうやらもう終わりの時間のようだ。そこでオレはようやく、彼女に向けて足を運んだ。


「よお」


 オレの姿を認めた彼女は、一瞬動きを止めた。僅かに見開かれたその瞳から、驚きが垣間見える。


「キミ、来ないかと思った」

「ああ…まあ。どうしようか迷って」


 適当な返事。それなのに、彼女は怒った様子を見せなかった。寧ろ頬の筋肉を緩ませて、オレに笑いかけたのだ。


「ひとりなの?」

「あ、ごめん。友達忘れた」

「何それ」


 ケラケラと声を上げて笑っている。友達を連れて来ると約束したのは、オレ自身であるのに。


「実は今日、あんま人来なかったんだ」

「そーみたいだね」

「…見てたの?」

「うん。後半だけ。…歌上手いね」

「ありがと」


 彼女は嬉しそうにオレを見つめている。

 彼女とオレの関係…何てことはない、つい先日、偶然知り合っただけの間柄である。

 一週間前、オレの母親は死んだ。

 オレは何だかムシャクシャしていて、葬式が始まる目前、ふらと葬儀場を抜け出して、近くの川辺に出向いた。そこに居たのが彼女だった。

 ほんの少し、気紛れに会話を交わした。そこで偶々、彼女がストレートミュージシャンであることを知ったのだ。


『今週土曜日、駅前でまた歌う予定なの。良かったら来てよ』


 そして今日、歌を聞きに行くと約束をした。

 彼女の名前すら知らない。本当に、たったそれだけの関係。


「歌、もう終わっちゃった」

「別にいいよ。挨拶しに来ただけだから」

「律儀だね」

「一応ね」


 彼女との約束、忘れていたわけではないのだ。ずっと頭の片隅に、残ってはいた。

 でも何となく、面倒臭くなった。

 何故か疲れていた。今日はずっと家でゴロゴロしていたというのに。

 彼女と会うと、あの葬式の日を思い出すような気がして嫌だった。

 このまま無かったことにしようか…。

 けれど目を閉じた暗闇の中では、鬱陶しいくらいその約束が頭を過るから苛々として。


「あのね。せっかくだから、一曲どう?」


 顔を上げると、彼女は片付けかけたギターをまたいそいそと取り出している。


「え、いーの?」


 我ながら間抜けな声だ。それでも彼女は全く気にしていない素振りで頷く。初めからそうするつもりだったみたいに。


「うん。キミが来たら、歌おうと思ってた曲があって」

「マジ?アンタの曲?」

「ううん、残念ながら。人の曲だけど」


 そう言って彼女は微笑み、ギターを構えた。

 細い指が、繊細に弦を弾いて、音を紡ぎだした。




『♪Why does the sun go on shining?

 Why does the sea rush to shore?

 Don't they know it's the end of the world

 'Cause you don't love me anymore?』


 なぜ太陽は輝き続けるのだろう?

 なぜ海は波打ち続けるのだろう?

 みんな世界が終わってしまったことを知らないの?

 だって貴方はこれ以上私を愛さないのに。




 この曲は…オレも知っている。スキーター・デイビスの『The End Of The World』だ。

 理解した瞬間、ずるいと思った。

 なぜ彼女はこの曲を選んだのだろう。

 だって、この曲は。




『♪Why does my heart go on beating?

 Why do these eyes of mine cry?

 Don't they know it's the end of the world?

 It ended when you said goodbye』


 なぜ私の心臓は動き続けるの?

 なぜ私の目から涙がこぼれるの?

 みんな世界が終わってしまったことを知らないの?

 貴方がさようならを告げた時に世界は終わったのよ。




 もう居ない、大切な人を想って作られた歌。

 歌い終わった後、彼女はゆっくりと顔を上げて、真っ直ぐにオレを見つめていた。

 逃げ出したくなる、でも逃げられない。

 何も言えなかった。


「泣きたいときは、泣いていいんだよ」

「はは…何だよそれ」


 オレのことを慰めているつもりだろうか。

 分かったようなフリをされるのは嫌いだ。でも。


「知らないひとのほうが、泣けると思って」

「何だよ。…なんだよ、それ。ぜってえ、泣かない」


 オレには分からないことがある。

 何故母親は死ななければならなかったのだろう?

 病気とか、何か予知出来るものがあればまだ良かった。人が死ぬことに対する心構えなんて、あって無いようなものだけれど、それでも何も無いよりずっとマシだと思った。

 何故だ?

 そんな単純なことも分からないのに、オレは悲劇の主役を演じたりなどしたくない。

 絶対に、泣かない。

 まだ、泣いたりしない。

 俺がそうしていいのは、今じゃ無いと思うから。


「やっぱり、強いね」

「何が」

「…ううん、なんでもないよ」


 彼女は深くを尋ねようとはしなかった。

 だから、良かったのかもしれない。

 オレが今日ここに来る気になったのも、彼女だったからかもしれない。


「また来る…と言いたいところだけど、約束すんのやめとく。すっぽかしたら悪いし」

「ふっ…正直」

「なあ、でも、連絡先教えて」

「はあ?」

「何か、まあ、いいじゃん。別に深い意味なんてねーよ」


 わざとらしい言い訳。彼女もそれに気づきながら、しかしやはり、何も言わなかった。

 丁度良い、胸の騒めき。少しだけ、気分が楽になる。

 彼女は音のない夜に、音楽をくれた。

 次はちゃんと友達を連れてこようか。彼女にとっては、それが一番嬉しいことかもしれない。今日の歌のお礼としては。


「あのさぁ」

「何?」

「歌、良かったよ」

「ふふ。どうも、ありがとうございます」


 照れたように笑う彼女。

 また歌ってよ、という言葉が何故か言えなくて、そんな自分に笑いたくなった。

 あぁ、オレって普通なんだ。

 いつの間にか、半分雲に隠れていた月も姿を現している。明るい夜だった。

『川辺にて』の続編だったりします。

こちらを読んでいなくても、支障は無いと思います。

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