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村長の話  作者: 草猫
2/2

リリスティア・クラインフィールドの話

 どうにもおかしい。

 眼前に迫る剣を身を屈めてかわす。そのままの勢いで肉薄し、通り過ぎざまに男の膝を踏み抜く。鈍く重たい感触が踵から伝わる。


「……っ!」


 崩れ落ちる男を確認する間もなく次の男が襲い掛かってくる。男が放った頭上からの一撃を愛用の剣で流し、柄で顎を砕く。

 顎を抑えてうずくまる男を無視して、リリスは周囲を見渡した。足元に転がる者を除けば5人、手近な廃屋にも、おそらくは何人か。いずれもこの先に進むのを警戒しているようだ。何かから遠ざけるように。違和感はこれだ。

 連中は、進もうとしなければ襲ってこない。進もうとすれば先程のようにぱらぱらと数人が仕掛けてくる。あからさまな時間稼ぎである。

 それと、もう一つ。


「クリフト君!」


 声に呼応したかのように、背後の廃屋から男が現れる。短く美しいブロンドの髪をポリポリと掻きながら、腰のホルスターから伸縮式の杖を取り外した。一振りで杖を伸ばし、杖の頭に縫い付けてあるグローブに手を通しながら近づいてくる。


「ああ。こいつらのパートナーはどこにもいない」

「なら……」

「だな」


 ため息混じりに、同意が返ってきた。リリスはややむくれながら、包囲網の先に意識を向ける。

 男達が道を塞いでいる路地跡の奥の廃墟、そのまだ奥。

 彼らの相手をしている間にも断続的に聞こえてくる爆発音と振動。

 手近な廃屋が、振動に揺らされ積もった砂塵を落としながら軋む。


 訓練のためにと敢えて区画整備の際に置き去りにされた廃墟だが、想定人数のためか、訓練内容によるものか、決して狭くない広さではある。訓練の影響で倒壊した廃墟も少なくないが、それでも気取られなければ潜むところなどいくらでもある。たびたび訓練に使わなければ、浮浪者のたまり場になるとの声もあり、実地演習のカリキュラムが増加したのは生徒には不評ではあった。


 そんな広大な、廃墟。


 「降魔の災厄」による被害が甚大であった三十年前までは、開拓した土地も一年と持たずに瓦礫になることはざらにあったらしい。国家間支援要請が隣国で可決されたのが三十年前。それまではただただ疲弊していく上に、一年周期で開拓と衰退を余儀なくされる異様な惨状から「災厄の都」などと呼ばれていた。そのころは「都市連邦ウルペン」という名前も、正しい名前で呼ばれる事は僅かだったそうだ。


「もー」


 リリスは得物を一振りして、感触を確かめた。刃は潰してあるが長らく付き合ってきたもうひとつのパートナー。指に合わせて擦り減った柄は慣れたように伝えてくる。相手の位置、距離、急所、音、色、なにもかも。つまりはまあ、感傷であるが。


「クリフト君、お願い!」

「わかった。離れてくれ!」


 剣を構えたまま後ずさるリリスと入れ替わるようにして、クリフトは進み出た。

 瞬間、不吉な未来を想定したのか、悲鳴と共に男達は一斉に散り始めた。

 クリフトはまわりの些事を気にも留めないかの如く、杖の端を深々と足元に突き刺す。グローブに通した右手に左手を重ね、声高く叫んだ。


「シャルロッテの風紋!」


 力ある声、ではない。声に刻まれたイメージに、力が呼び起こされた。

 クリフトから放たれた衝撃波は、地面を捲り周囲の建物を巻き込み吹き飛ばす。逃げ遅れた何人かは、奔流に飲まれ打ち上げられていた。


「ぐううっ!」


 衝撃波が暴れ、通り過ぎた後に打ち上げられた者がばらばらと落ちてくる。かなりの高度から落下したのだ、しばらくはまともに動けないだろう。

 リリスは視線だけで周囲を見渡すと、鞘に剣を戻す。粉塵で霞んだ目を軽くこすりながら、クリフトの回復を待つ。魔術の代償による気絶作用だ。


 魔術。

 大気中に存在する命素という物質に干渉しエネルギー、質量等に変換する事で行使する術。イメージを媒介に術式を脳内に展開し、命素へと働きかける。

 短時間で発動し強力無比な反面、術式の展開によって一時的な意識のブラックアウトが起きてしまう欠点を持っていた。その為護衛のパートナーとペアを組むことが一般的な運用方法として広く知られている。


「本当にもー! だよね、もー」


 やや憮然として呟く。あまり表には出さないようにはしているのだが、やはりささくれ立った気分は少なからず態度に出てしまう。あまりないことではあるのだが。


「ほんとみんな、なんでこんな事するのかな」


「それを知らないのは多分、君だけなんだと思うよ」


 ゆっくり顔を上げたクリフトは杖にもたれかかったまま、やや投げやりな調子で呟いた。これもまた珍しい姿ではあった。


      ・・・・・・


 三分とたたず、リリスは走るのを止めた。


 広場跡だろう。建屋跡が続く周囲に比べて、ここ一帯だけが開けていた。風の通りがいいのだろう、薄い砂埃が晴れることなく立ち込めている。もっとも、風だけのせいではないのだが。

 砂埃は別段何かを隠すほどではなかったが、それでも見えないものを作りだす。

 例えば、広場の中央で土の壁を作り、魔術の斉射に耐えている人の表情だとか。

 いた。


「ナイン!」


 精一杯呼びかけてみたのだが、気づいた様子はない。

 ちら、と視線を変える。土の壁を削る魔術の発射地点。

 間違いない、先程の連中のパートナーだ。


「皆! やめないか!」 


 横ではクリフトが叫んでいた。聞こえないのか無視されたのか、攻撃の勢いは少しも衰えない。


(このままじゃ、ナインが危ない)

「……っ!」

「よせ! リリス!」


 クリフトの制止を振り切って駆け出す。

 けたたましい爆発音が鳴り響く。土の壁が半分吹き飛んだ。すぐに修復されてはいるが、その間にも削られ続けている。

 魔術の余波は、遠く離れたこちら側まで伝わってくる。肩まで伸ばした髪が爆風でなびいた。直撃の被害を考えると、背筋が泡立つ。

 時間が惜しい。身体を軽くするために剣を放り捨てる。


「リリス! 危険だ! 戻れ!」


 クリフトが何か言っているが、気にしている暇などない。

 姿勢をなるべく低くし、駆け抜ける。万が一にも直撃をもらえばただでは済まないだろう。


「っ!」


 目標を逸れた氷塊が額をかすめる。が、リリスは速度は落とす事なく走る。冷や汗で背中がじっとりと濡れた。

 およそ、五メートル。

 衝撃波の余波であおられ、密かな自慢であるプラチナブロンドの髪が後ろで暴れる。不快な感触に思わず眉根を寄せたが、それがいけなかった。

 前方を岩弾がかすめた。すれすれで命を拾った結果に肝を冷やす。当たらなかったのは完全に運だろう。

 だが、隙は見えた。

 リリスは意を決し、ナインの作り出した土の障壁に転がり込む。代償、と言わんばかりに肌が砂に汚されるが、気にしている余裕などない。人一人分ほどしか確保されていない防壁は狭く、遠くで見ていた時より随分と頼りなさげに見えた。


「ナイン! 大丈夫!?」


 素早く身体を起こし、相手を見やる。


「大丈夫なものか」


 目の前の男――ナインは、特にこちらを見ることもなく、疲れた声を返してきた。


「それよりさあ、無茶しすぎだって」

「無茶苦茶なことされてるの、ナインだよ?」


 自分を棚に上げた発言に、リリスは少し呆れてしまった。

 呆れついでに大きめの溜息をつくと、それに反応してだろうか、やや面倒臭そうにナインは視線をこちらに向けてきた。

 疲労が濃いのだろう。指で眉をもみながら、呟く。


「ああやって威嚇してるだけだよ。殺す気ならとっくに挟み撃ちされてる」

「でも私刑には変わらない」

「飽きたらやめるよ。もしくは帰校時間がきたら」

「そこまで持たないでしょ? もう」


 会話している間も、壁は崩壊と修復を繰り返している。壁に大きなダメージが入ると、ナインは踵で軽く地面を蹴る。ナインの使う魔術の発動条件である。


 魔術の発動条件は人によって違う。

 命素にイメージを送り込んで発現する魔術は極度の集中を必要とする。明確で力強いイメージは土壇場や瞬間的には作り出し得ない代物で、何より著しく安定しない。それを補うのが発動条件だ。

 魔術師は魔術を編み出す際、自分の身体に条件を刻み付ける。それはクリフトのように詠唱であったり、ナインのように一定の行動を条件にしたりと様々だ。

 条件を満たせば問答無用に刻まれたイメージを元に、命素へと働きかける為の術式が脳内に展開され、魔術の発現に至る。つまり瞬間的に脳へ膨大な量の情報――魔術陣を形成する。意識のブラックアウトはこのための弊害である。


 ただ。

 ナインにはブラックアウトの弊害が存在しない。

 故に彼が踵を鳴らすたびに魔術が発動し、欠損した土の壁は周囲の土を吸い、壊れた端から補強していく。


「相変わらずナインの魔術は凄いね」

「分割思考だって、前に教えただろ。威力を大きく犠牲にしてるから全然凄くないよ」

「学校でできる人、ナインだけだよ?」

「意味がないから誰もやろうとしないんだよ。凄いってのは、そうだな……。えっと、クリフトに言ってあげたらどうだ? 喜ぶぞ」

「今はナインの話をしてるのに……」


 思わず、ひとりごちる。

 どうも昔からナインは評価されることを避ける傾向にある。目立ちたくないのだろうか、居心地悪そうな素振りでいつもするすると逃げてしまう。


(まあ、らしいといえば、らしい。かな)


 些細な癖だが、それに気が付いたときはなんとなく距離が近づいた気がして、こっそり喜んだものだ。


(充分、仲だって良い方だよね。今はまだ、あの二人程じゃないけど……あ)


 完全に失念していた。


「ニムは?」

「あそこで寝てるよ」


 ナインの視線を追いかけるように見ると、ひとりの女性が横たわっていた。

 ナインのパートナー、ニム・オルスタッド。腰まで届く髪は今は黒く煤けて、近くの瓦礫でのびている。

 思わず、うめく。


「痙攣してる……」

「心配しなくても無事だよ。離れてるから安全だしね」


 背中越しに、ナイン。


「それはいいんだけど。女の子としてあの姿はちょっと」


 頭から瓦礫に突っ込んだのか、頭だけ山に埋もれさせたまま、身体は力なく垂れていた。時折ピクピクと動く四肢は瀕死の昆虫を連想させる。

 リリスはすこぶる失礼な想像を頭から追い出し、話を元に戻す。


「やっぱり、ナインだけ狙われてるの?」

「そうだね」


 あっさりと告げるナインを見て、知らずため息が漏れる。

 淡白な返事に、どことなく抱いた寂しさはいったん忘れて。

 リリスは意を決し、聞いてみることにした。


「心当たり、あるの?」


 言葉にして、僅かに感じた雰囲気の悪さに、思わず俯いてしまう。

 確かに彼はクラスではかなり浮いた方だとは思う。内向的ではないのだが、明らかに他のクラスメイト達とは距離を置いたりしている上、みんなと少し離れている年齢のこともある。本人が気にしていなくても、周囲はどうだろうか。

 他にも彼には色々問題が多い。そう、色々。

 答えにくいことを聞いてしまったのかもしれない。

 彼が踏み込まれるのを好まないことは知っているが、現にこうして襲われているのだ。知らぬ顔で済ます仲ではいたくないのだ。決して。

 リリスは気まずげにナインの顔を覗き込んだ。ナインは――


「……」


 かなり嫌そうな顔をしていた。眉間の皺を隠そうともせずに、半眼でリリスを睨んでいる。

 ナインはいかにも面倒臭そうに告げてくる。


「君が美しいからだろ」

「え!?」


 予想外の答えに頭が白くなる。


「もう! 変な事言ってる場合じゃないんだから! 心配してるんだよ?」


 言葉とは裏腹に、頬が上気していく。

 上半身に集まった血液のせいで顔が熱い。朱に染まったであろう顔を見られまいと、リリスはナインに背を向けた。

 思考がまとまらない。目の前で壊され続けている壁が目に入るが、そんなことはもうどうでもよかった。なぜならナインは素敵で、無敵であるからだ。


(落ち着け、私!)


 リリスは頭を振って思考と妄想を切り離す。


「えー、変な事ていうか、原因ていうか、元凶なんだけどなあ」

「またそうやって……」


 今の状況を見られたくはなく、意識して怒ったような声音を作ってみる。

 誤魔化せている自信はリリスにはなかったが。


「でもまあ、そろそろ皆にも反省してもらおうかな」


 先程までの不機嫌さが嘘のような軽い声音で、ナインはつぶやいた。


「は、反省?」

「そ。だからちょっとじっとしててね」


 言葉が終わるよりわずかに早く、リリスは背中が温かくなるのを感じた。背中に伝わった温度は、両肩から肘を通り、手の甲に行き着く。


「え、えっ!?」


 お腹の辺りで合流したナインの腕は、そのままリリスの腕を巻き込んで包み込んでいく。

 リリスの心臓が跳ね上がる。今度こそ頭の中が真っ白になり、何も考えられなくなる。気絶寸前といってもいい。


「絶対に動いたらだめだよ」


 言われずとも、突然抱き締められリリスは動けない。身体が固まってしまい、抵抗のなくなった身体はナインのされるがままになっている。

 動けない。

 動けない?

 そもそも、動く意味があるのだろうか。数年間追い求めていたものは、全く意図しないところで偶然にも転がり込んできた。あたたかな体温も、求めるような指先も、微かに感じる鼓動も今、全てはここにある。


(私は今、満たされている……)


 身体から力が抜けていく。弛緩した身体を支えられ、リリスはどこまでも陶酔していく。

 耳元に吐息が掛かる。全てを委ねた今、そんな刺激は麻薬でしかない。

 声には出なかったが、リリスの唇が「もっと」と囁く。背を向けているためか、どこまでも大胆になれる。気が付いてほしい。もっと刺激がほしい。もっと貪欲になれる。

 唇の主は彼女の欲求に気が付いたのか、やや低い声が鼓膜を刺激する。 


「念のため」


 身体を包む人肌のぬくもりは、リリスの両手をクロスさせると、そのままさらにきつく締めた。


「えっ……?」


 気が付けば、軽やかに土を蹴っていた音が聞こえてきてはいない。

 リリスは呆けた視線で足元を見やる。ナインのものと思しき足は、踵ではなくつま先を立てている。


「えっ……?」


 ナインの足はそのままつま先でダン、と地面を叩いた。

 瞬間、目の前で耐え続けていた石壁はボロボロと音を立てて崩れ去った。


「ああいう輩は後悔させるに限る。常識だよね」

「えっ……?」


 魔術の奔流に飲まれる寸前、そんな声が聞こえてきた気がした。







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