「幸せ運ぶ黄色いタクシー」番外編~ユリア~
この大陸で唯一国としての形態を保っている、つまりはそう、この国唯一の国だと言えるのがこのエヴァレント帝国だ。
この国の政はその宰相、オルドール=レアブレムに一任されている。己を凡庸さに早々に気づいた王は、しかし、その実、有能な者を見つけ出す才に恵まれていた。その王が数多の民草をかき分け探し当てた秘宝とも言える逸材が彼であった。
しかし、オルドールは元がとても低い身分の出であったためか、もしくは、彼の華美を好まぬ性格のためか、宰相の地位に任じられても、受け取ったのは、身分の高い者、高い役職に就く者、何らかの高い功績を挙げた者のみが所有出来る家名のみであり、彼と2人の幼い書生、1人の家政婦が住むその家は、決して豪邸と言えるようなものではなかった。一端の貴族であれば小屋にでもしてしまいそうな狭い敷地に建つ家は、部屋数も多くはない。書生2人は同じ部屋を使い、オルドール自身の私室は彼の書斎も兼ねており、膨大書物の中で眠る。そんな家のたった1つの贅沢が中庭だった。猫の額ほどの小さな小さな中庭だ。ちょっとした手違いで歪な形に残ったその空間は長く放置され、屋内から追い出されたゴミやガラクタが占拠していた。その場所を書生の1人が実家のよく手入れをされた庭を懐かしんで庭にしようと提案した。彼と彼に賛同した家政婦が先頭を切って手入れをし、土がむき出しだったそこには青い芝が、壁際には野花と見紛うような小さく質素なものだが、彩を添える花が植えられた。
そうしてここはこの家での憩いの場となったのだ。
そのすぐ後だった。この家に家族が増えたのは――
「イルヴィ、イルヴィや。言えるか、ユリア」
小春日和の暖かさに今年13歳になるオルドールの書生アーディスは部屋の窓を開け、歴史についての書物を紐解いていた。女神イゼーテへの信仰が過去、政に与えた影響についてレポートを提出しなければいけないのだ。
熱心に文字を追っていたところへよく聞き知った声を耳にした。誰かに話しかけているようだが、なぜか聞こえるのは彼の声だけ。中庭に面した窓から少し顔を覗かせれば、理由はすぐにわかった。
芝に直接腰を下ろし、派手な金髪が日の光を乱反射させ、益々目に騒がしい少年――実際に騒々しくもあるのだが――彼がもう1人のオルドールの書生でアーディスと同い年のイルヴィだ。
そして、その目の前に1人の少女が座っていた。アーディスたちよりはいくつか幼い彼女は飴色の髪が肩で揺れ、幼い輪郭の頬はほんのり色づいていた。同年代の子供に比べれば少々発育が悪いようだが、その小さな手も足もどこもかしこも柔らかそうだった。彼女は先日、家政婦のリベルタがどこからか拾ってきたのだ。その時は髪の色さえもわからないほどに泥だらけのひどい状態で、目は不安そうに揺れていた。だが、リベルタの甲斐甲斐しい世話もあって髪も服もすっかり整えられている。不安そうだった目は今は不思議そうに真ん丸に開かれている。
イルヴィは自分を指さし、彼女に向かってイ、ル、ヴィと1つ1つ丁寧に発音して見せた。
「ほら、言うてみ?」
しかし、彼女はイルヴィの呼びかけに首を傾げるだけだ。
イルヴィはがっくり肩を落としたが、落とした次の瞬間には立ち直って今度は彼女自身を指し示し、
「ユリア」
と言った。
彼女がこの家に来た当初、彼女には名前がなかった。あるのかもしれないが、彼女に名前を尋ねても教えてくれない、いや、教える事が「出来なかった」
彼女は話す事が出来なかった。なぜかはわからない。だが、開閉する彼女の小さな口から何の音も発せられなかった。
だから、リベルタが彼女にここでの名前をつけたのだ、ユリア、と。
「懲りずにまだやっているのか」
外に呼びかけると2人がアーディスに振り向いた。
「ディー」
ディー。アーディスをこの愛称で呼ぶのは、イルヴィとリベルタ、そして、師であるオルドールだけだ。血は繋がっていないが、家族だと言い合った彼らだけ、孤児だったアーディスの唯一の家族。
「そう言うたかて、ユリアの声が聴きたいんや」
いつもは耳が痛いほど大声の南部なまりは、今は意気消沈している。
「別に焦る必要はないだろう。意思の疎通は出来るんだしな。――ユリア」
アーディスがユリアを呼ぶと、ユリアはアーディスのもとまでてけてけと危なっかしい足取りで駆けて来た。アーディスは窓から身を乗り出し、ポケットをさぐると窓枠の下まで来た彼女の手に取りだした飴玉を握らせた。
「飴玉は知ってるだろう? リベルタさんが君にあげた事があったから。あげるよ、イルヴィにつきあってくれたお礼だ」
飴玉を渡した時にはまだ不思議そうな丸い目だったが、頭をひとなでしてやるとふにゃりと目を細め、猿のように顔をしわくちゃにして彼女は笑った。ユリアの出自は誰にもわからない。リベルタも路地で蹲る彼女を見つけ、親や家族がいないのを見て取って連れて来たのだ。だからという訳ではないが、こんな笑い方を見ると益々どこぞの良家という事は考えられないような気がする。きっと自分と同じで捨てられた身に違いない。
「気にしなくて良い。話せなくとも、関係ない」
もう誰もお前を捨てはしない。そうユリアにだけわかるように囁いたアーディスにユリアはまた不思議そうな目を向けた。
遠くでリベルタの声がした。
「ユリア、来て頂戴な。洗濯を手伝って」
その声にユリアはピクリと子犬が耳を立てるように反応し、踵を返してまたトコトコと早足に駆けて行った。
ユリアは耳が聞こえる。こちらの言う言葉の意味も解している。だから、呼べばやって来る、仕事を頼めば幼い彼女に可能な範囲ならばきちんとこなす。彼女はリベルタを助け、よく働いた。
「でも、やっぱりユリアの声が聞きたいのう」
ユリアと入れ替わりにイルヴィがやって来る。
「お前もしつこいな。焦る方が逆効果だ、身体には支障がないんだ、その内声も出るようになるさ」
「ディーはユリアの声が聞きたくないんか?」
「聞きたくない訳じゃない」
育ちは悪いがユリアは健康そのもの、五体満足で怪我をしている訳でもない。それなのにユリアの声は出ない。
「絶対可愛いんやろうなあ。あんなにふわっふわして」
イルヴィの顔は緩みきっている。幼いながらに将来美男子に育つであろう事が想像できる造作をしているのに、このあほ面のせいでだいぶ損をしている。だが、それがイルヴィという人間の人柄でもあった。イルヴィがここまでユリアに話させようとするのは、会話ができないのが手間だから、可哀想だから、そんな理由ではなく、イルヴィはただ単純にユリアの声が聞きたいだけなのだ、新しい家族の声を。会ったばかりの見ず知らずの少女を家族と言えるかはわからない、ユリア自身も今日から家族の一員だと言われて理解しているとは思えない。だが、イルヴィは本気で彼女を家族だと思っている。だから、応えてもらえるように飽くことなく何度も話しかける。エヴァレント帝国でも有数の名家ラーナス家の直系の子息であるはずなのに高飛車なところは1つもない。きっと幸せな家庭で育ったのだろう。ラーナス家当主は人望のある、領民にもとても慕われた素晴らしい人物だとオルドールから聞いた事がある。
日の下にいる彼と、影にいる自分。
「そうだな」
何に対して自分は相槌をうったのだろうか。下げた視線の先に並んだ自分が書き綴った文字は、まるで何かの解読不可能の暗号のように見えた。
ユリアは拾われる前の記憶が曖昧だった。誰かと暮らしていたような気がするのだが、よく思い出せない。思い出そうとすると体中が痛んで、胸が苦しくなった。だから、思い出さないようにした。
リベルタと名乗った女性に手を引かれ、連れていかれたオルドールの家、当時は彼が宰相である事も知らず、宰相とはなにかもわかっていなかった。ただその時のユリアには暖かい家と優しい人たちがいる、それだけで十分だった。ずっとここにいたいと願った。
ユリア。
彼らが口にするその綺麗な響きが自分の名前だと頭で理解し、心に染み込むには時間がかかった。昔の事はよく覚えていないが特定の呼び名なんてなかったと思う。そして、呼びかけられる事をひどく怯えていたような気がするのだ。だから、呼ばれると一瞬息が止まる。息をひそめ、体を縮め、口を覆って少しも音をたてないように……そんな感覚が蘇る。
けれど、ここでは呼ばれても殴られはしない、怒鳴られもしない、それどころか優しく頭を撫でてくれる。リベルタはまるで母のようにその温かな手で全てを包んで、ユリアという名前をくれた。オルドールは少しだけ恐かったが、一生懸命仕事をする自分を褒めてくれて、時々笑顔を見せてくれる。イルヴィはいつもお日様のようにニコニコして明るい、そして、アーディスは、アーディスは……辛い現実を理解しないよう思考を放棄した自分に、悲しみで壊れないように感覚を鈍らせた心に、届くように伝わるように噛みしめて噛みしめて名前を呼んでくれる。彼が名前という自分をここに存在させるモノがどれだけ大切な贈り物なのか教えてくれた。だから、段々とその響きは溶け入って、「ユリア」は自分の名前になった。
それなのに……それでも……声は出なかった。
「ユリア。悪いけれど、ディーの様子を見てきてくれないかしら」
初夏の事だった。ユリアがこの家に来て早数カ月が経つ。季節の替われ目でアーディスは風邪をひいて数日寝込んで学院も休んでいた。イルヴィは共に休むと今朝もごねていたが、きちんと講義に出席するアーディスとは逆にいつもはサボってばかりいるイルヴィがこれ以上休めば単位が危ないとアーディスが放り出したのだ。それからは静かに寝かせていたのだが、一応様子を見て水差しの水を変えて来て欲しいというのだ。
ユリアはこっくりと頷いた。これまでの期間でかけられる言葉に速く反応出来るようになった。相手の様子を伺って一瞬固まってしまう事も減った。
コンコン。
控えめにドアをノックする。
応答はない。眠っているのかもしれない。
ユリアはそっとドアを開けた。かすかなドアの軋みにもびくりとしたが、部屋を覗きこむと部屋の両端にある2つのベッドの片方でアーディスが静かな寝息をたてていた。忍び足でベッドに近寄り、膝をついてその顔を覗きこむ。いつもは隙も無く完璧に整えられた姿しか見ていなかったので、無防備な寝顔や寝乱れた髪がとても意外だった。額に乗っていたはずの濡れタオルが落ちているのに気付き、ユリアは水の張ったボウルでタオルを濡らして、リベルタに教わった通りにしっかりとしぼった。この水も変えなくてはいけないなと思い、タオルをアーディスの額に乗せようとした時、彼が苦しそうに眉を寄せている事に気づいた。アーディスは難しい事を考える時によくこうなる。だけど、それとは少し違う気がする。熱のせいだろうか、タオルではなく自分の手を彼の額に当てる。だが、それほど熱が高いわけではない。この数日でだいぶ熱は下がり、今日も大事をとって休んだだけでほとんど回復しているのだ。
呼吸するために薄く開けられた口、そこからかすかに呻くような声が聞こえる。言葉にならない声は、それでも何かを伝えたくて、でも、伝わって欲しくなくて、形を成さない。悪夢を見ているのかもしれないが、悲鳴さえも封じられた彼が小さく身もだえる。
ユリアはおろおろとたじろいだ。自分とそんなに変わらない歳で抱える彼の苦しみを垣間見た気がした。その苦しみが何なのか自分にはわからない。わからないけれど、いつも流暢に流れるように言葉を生み出すはずの彼のその姿に自分が重なった。
多くは望まなかった。伝えたい事などないと思っていた。ここにいられる、それで良かった。
でも、少しだけ望んだ。
大丈夫、ここにいるよ
そう彼に伝えたかった。でも、やはり声は出なくて、形にならなかった言葉はユリアの身の内を引き裂いた。身体の外側の痛みならいくらでも経験したのに、身体の奥底のどこかわからない部分の痛みをどうして良いのか幼いユリアにはわからなかった。それでも、自分の痛みなんかよりもただ伝えたい思いが強くて、ユリアはアーディスの頭を撫でた。その時のユリアには自分がしてくれて嬉しかった事をする事しか思いつかなった。
どのくらいの時間、頭を撫でていただろうか。
ふっと花の蕾が綻ぶようにアーディスの瞳が開く。基本的に寝覚めの良いアーディスは数度パチパチと瞬きするとすぐに覚醒し、目の前の事実に驚いた。
「……ユリア?」
はい。と返事がしたいのに声は出ない。
「何で泣いているんだ?」
いつの間にか流れていたらしい涙をアーディスが手を伸ばして拭う。わからないと言いたくてかぶりを振るとその手を振り払う形になってしまい、ユリアは慌てた。そんな些細な動揺をアーディスは簡単に汲み取って笑った。
「わかってるさ――大丈夫、恐い事なんて何もない。だから、泣かなくて良いんだ」
その笑顔を見てまたぶわりと涙が溢れた。これではアーディスを困らせてしまうだけだとわかっているのに、それを言ってあげたかったのは自分だった。自分が彼に大丈夫だと言ってあげたかったのに――
溢れだした涙は止まらなかった。
声を出さずに大粒の涙を次々に流すユリアを見て、彼女がこんな風に泣くのを見るのは初めてだと気づいた。ユリアは強い訳ではなく、むしろ、ちょっとした物音にも恐がり怯える弱く繊細な少女だ。でも、ユリアは泣かない子だった。もしかしたら泣く方法を知らなかったのかもしれない。心を守る壁を溶かす方法を知らなかったのかもしれない。
アーディスは体を起こすとユリアを抱きしめ、その背中をゆっくりと優しく叩いた。とんとん。鼓動に似せるように、落ち着かせるように、同じ調子で延々とユリアが落ち着くまで続けた。
この方法はアーディスが自分で思いついたわけではなく、孤児だったアーディスがオルドールに拾われ、この家にやってきた後、再び捨てられる事を恐れていた自分にリベルタが同じ事をしてくれたのだ。私たちは家族だから、だから、安心して良いのよとリベルタは言った。
一般的な家族がどういうものかアーディスにはわからない。ここで自分が体験し、得られたものが、アーディスにとっての家族という関係性の全てだった。その全てをこの少女にもあげたいと思った。そうして、自分もイルヴィたちと同様にもうユリアが家族だととっくに思っていた事を知った。
何でも小難しく考えてしまう癖が自分にはあるらしいとアーディスは1人苦笑を零した。
泣き止んだユリアにアーディスはまた何で泣いていたんだ? と問うた。ユリアは助けを求めるようにきょろきょろとあたりを見回したが、彼女の助けになるものはここにはないようだ。胸に手を当て、心細げな動作を示したが、再びアーディスを見るその泣き腫らして赤い目はこれまでのユリアと違って彼女の意思が見えた。
胸に当てていた手を喉に伸ばして、ユリアは口を開けた。まるで胃の中のものを吐き出しでもするかのように、全てを絞り出そうとするように、それでも、声は聞こえない。
何度も何度もユリアは声を出そうと試みているようだった。アーディスは何かを察して、喉に当てられた彼女の手を取った。
「ユリア……お前、何か伝えたい事があるのか?」
ユリアはまた泣き出しそうな目でアーディスを見つめて頷いた。
「俺に?」
また頷く。アーディスは困った。
「そうか……何なんだろうな。リベルタさんやイルヴィならわかるだろうか。俺はそういった誰かの気持ちを理解するのは得意なほうじゃないんだ」
そう言うとユリアは首を横に振った。アーディスは首を傾げる。
「2人ではダメなのか?」
ユリアは小さな頭がもげそうなほどに頷いた。
益々困ったアーディスは先ほどのユリアのように部屋を意味もなく見回しこの状況を打開する糸口がないかと探した。
そして、見出したのは、机に広げられたままの本とペン。しばし逡巡し、アーディスは頷いた。
「わかった」
きっと時間がかかるだろう。けれど、今まで唯々諾々と言われたことのみをこなすだけだったユリアが初めて何かを伝えようとしている。それ自体はもしかしたらその内に忘れ、消えてしまう事柄なのかもしれない。けれど、これからはもっと伝えたい事が彼女の心から生まれるはずだ。それならば――
「俺が読み書きを教えてやる」
読み書きを教えて1つわかった事があった。それはユリアがとても頭の良い子どもであったことだ。確かにリベルタもいつもユリアはすぐに仕事を覚えて助かると言っており、アーディスもそれを認めるところだった。
彼女が熱心に読み書きを学んだというのも理由の1つだが、彼女は瞬く間に一通りの読み書きを覚えてしまうと、アーディスとイルヴィが学院に行って不在の間にアーディスが使っていた教科書を見て独学で勉強をしていたようなのだ。恐る恐る質問を書いたメモを見せられ、アーディスはひどく驚いた。それから2年程は時間を見てはアーディスはユリアに勉強を教えてやるようになった。その頃には互いに筆談に慣れ、アーディスは読み書きを教えるきっかけになったあの時に伝えたかった事は何なのか訊いたのだが、ユリアは顔を真っ赤にして何でもないというだけだった。やはりそんなに重要な事でもなかったのだろうとアーディスはそれ以上追及しなかった。
アーディスは優秀な学生だった。けれど、それが必ずしも良い師になる訳ではない。ただの家事手伝いで終わらせるにはユリアの才を惜しく思ったアーディスはオルドールにユリアを王立学院に入学させ、きちんと教育を施せないかと相談した。学院にもわずかながら女子はいるが、いずれも名家の家の出であり、オルドールの家に住み込んでいるだけで何の後ろ盾もないユリアが入学を認められるのは難しい。でも、オルドールが推薦状を書いてくれれば自分の時のようにもしかしたら――
オルドールも真剣にとりあってくれた。だから、安心していたのだが、まさかそれが自分の予想とは全く違う方向で話が進むとは思わなかったのだ。
オルドールに呼ばれ彼の私室に赴いたユリアを待っていたのは、執務机に座るいつも通りの表情の乏しいオルドールとその傍に立つ顎が抜け落ちそうな程に口をあんぐりと開き美貌が台無しのイルヴィ、そして、珍しく驚きを露わにしたアーディスだった。どうしたと言うのだろうか。ユリアはアーディスの袖を引っ張って何があったのか訊こうとした。だが、その前にイルヴィが呟いた。
「ユリアをオルドール様の養女にする……?」
その一言にユリアも硬直した。
今、彼はなんと言ったのか。
目の前の3人の驚愕を無視してオルドールはすでに2人に告げていたであろう事柄を繰り返す。
「私には子がいない。しかし、恐れ多くも王より下賜されたレアブレムの名を私一代で絶やす訳にはいかない。だから、ユリアを養女にし、レアブレムの名を受け継いで貰う」
エヴァレント帝国の宰相オルドール=レアブレムの娘になる。
アーディスにより学問を修得した今のユリアにはその意味の重大さがわかった。しかし、それ以上に思う事があって、ユリアは隣に立つアーディスを見上げた。
なぜだ、なぜ自分なのか。なぜアーディスではないのか。イルヴィは三男坊とはいえ、名門ラーナス家の名前を持っている。でも、元が孤児であったアーディスには家名などない。オルドール自ら拾い手塩にかけて育てたアーディスではなく、なぜ自分を養子にするのか。アーディスはとても頭が良い。だが、これまで優秀な成績を出してきたのはひとえに彼の努力の賜物だ。自分に勉強を教えた後も遅くまで勉学に励んでいた。それは自分を拾ってくれたオルドールの恩に報いるためだ。期待に応えるためだ。それもオルドールはわかっているはずだ、それなのに、なぜ……
自分が異を唱えられる立場でない事はわかっているが、青ざめたアーディスを見ていては我慢出来なかった。オルドールに詰め寄ろうとしたユリアに、しかし、一歩手前で待ったをかけたのはアーディスだった。ユリアの肩に手を置いてアーディスは言った。
「失礼ながら1つだけ質問させて頂いても良いでしょうか」
「もちろんだ」
「オルドール様の養女とはつまり、エヴァレント帝国宰相の娘という事。その責務をユリアを押し付けるおつもりですか――政に利用なさるおつもりなのですか」
「ディー」
珍しく感情の昂ぶりが見える声にイルヴィはアーディスのこれ以上の発言を制止しようとした。が、オルドールがイルヴィを留める。そして、アーディスに向かった。
「権利と義務は切っては切り離せぬ。名を得るには義務と責務を背負わざるを得まい――だがな、」
オルドールはユリアを見た。少し見ない内に皺が増えたような気がした。だが、そこに埋もれるように微笑みが浮かんだのをユリアは見逃さなかった。
「ユリアは家族だ。ユリアの幸せを私も望んでいる。進んでユリアを魑魅魍魎の巣とも言うべき場所に放り込むつもりはない。それにユリアの意思も尊重するつもりだ――ユリア」
オルドールの呼びかけにユリアはオルドールの目の前まで進み出た。
「この家でリベルタとともに穏やかに過ごすのもまた1つの幸せだと思う。だが、遠くない未来、この国に激変が訪れる。その時、私はお前を全力で守るつもりだが、私は宰相だ。国と陛下を優先せねばならない」
ユリアは頷いた。
「お前は賢い娘だ。だからこそ、守られる側ではなく、誰かを守れる力をつけてほしいのだ。そのためにお前を養女に迎え、学院で知識をつけて欲しいと思っている」
ユリアは息をのんだ。自分が国中の選りすぐられた学徒と学ぶ? アーディスやイルヴィと同じ教育を受ける?
訪れる激変が何かはわからないが、過去、歴史上で国が傾きかけた事は幾度もあった。それが将来に起こらない保証はない事くらいユリアにもわかる。そんな時、犠牲になるのは無力な女子供、男に守られ、また、生き延びるにはその大切な兄弟、父親、夫、息子を犠牲にするしかない女。ユリアはアーディスを振り仰いだ。
そんな生き方は絶対嫌だ。
訳が分からず見つめ返すアーディスにユリアは微笑んだ。
大丈夫、ここにいるよ
消えずに残っていた思い。その思いは変質はしてないが、以前よりはそれがどんな感情なのか理解していると思う。だからこそ、言葉にするつもりはもうなかった。彼には不必要な感情だとも知っているから。
もう一度オルドールに向きなおったユリアに、彼女の決心を見て取ったオルドールはもう一度言った。
「ユリア、私の養女になれ」
ユリアは深く頷いた。
部屋に乱暴に入るとアーディスは机に手をつき、熱い息を吐き出した。
「荒れとんな、ディー」
苛立たしげに疲れた瞳を向けるとイルヴィがいた。同室なのだ、戻って来る場所は同じなのだからそこにいるのは当然と言えば当然なのだが、イルヴィはどうしてか1人になりたいときに限って、そして、1人になってはいけない時に限って近くにいる。
「お前が、ユリアを学院に入れてくれと頼んだんやろ」
「でも、養子だなんて」
「じゃあ、他に何があった」
「オルドール様が口添えすれば入れない事はなかった」
「コネと言われていびられるんやろうなあ」
「そんなの俺も他の奴も同じだろう! それに俺たちが守ってやれる」
声を荒げるアーディスにイルヴィはため息をついた。
「なあ、どうしたんや、ディー。いつものお前らしくない。そうやって喚いて周りに呆れられるのは俺の仕事やぞ」
アーディスはハッとして口を噤んだ。ばつが悪そうに目を泳がせたが、小さく呟いた。
「……ユリアは家族だ……心配して当たり前だ」
イルヴィはクスリと笑って、アーディスの頭に手を置いて髪をかきまわした。
「そうやそうや、俺たちは家族や。でもな」
その頭を自分の胸に押さえつけてイルヴィは囁いた。
「心配もするのも家族やけど信じるのも家族やで――信じたれや、ユリアを。俺たちの妹を」
アーディスは黙り込んだ。規則正しいイルヴィの鼓動を感じながら、胸の内に黒い不安が蠢くのを感じる。
「イルヴィ」
「なんや」
「……恐い……俺は、恐いんだ……」
「何がや」
「……あいつを、ユリアを利用するのは俺かもしれない……」
イルヴィは何も言わない。それが有難かった。
「俺は家族が何か本当はわかってない……理想はなんとなく頭にあるけど、曖昧で雲を掴むようだ。そんな幻想よりも俺は目の前の事を優先する、俺のすべき事を……お前も見ただろう、あの、『あいつら』の大群を、人間を屠る様を……」
「……ああ」
数年前のヒトとシクの大戦とも言えるあの戦いを知っている者は少ない。幼かった自分たちが知っているのはオルドールがわざわざその場に連れて行き、その光景を見せたからだ。その行動の意味がわからないほど馬鹿ではない。
「このままでは、国がどうこうなんてレベルではなく、ヒトという種が絶える……俺たちはそれを止めなくちゃいけない、何をしてでも」
「そうやな」
静かな同意に蠢く闇が濃さを増す。
「……オルドール様は俺が優秀だから選んだんじゃない。俺にはそれが出来ると思ったんだ……誰かを犠牲にして、多くの人間を殺す事を……イルヴィ」
震える声でアーディスは呼んだ。蛇が獲物を狙うように道連れを探して闇が首を伸ばす。
「なんや」
「俺は……お前も殺すかもしれないぞ」
イルヴィは自分の手の下でアーディスが体を強張らせたのを感じた。彼は恐れている、自分の罪に許しを与える答えを。それを一番に願っているにも関わらず――
ふっと吐いた息にアーディスが身じろぎする。
「ええよ。俺、馬鹿やさかい、お前が俺の頭の代わりに命令してや」
アーディスが息をのむ。
「でもな、これだけは約束や。お前が死ぬ前に命令せいよ」
お前が自分の命を供物にする前にこの命をまず差し出せ。
自分の命などとっくにアーディスに捧げていた、国やヒトに差し出され犠牲となる運命を背負う彼に付いて行くと決めた時からこれがイルヴィの本心だった。けれど、こう言う事で同時にアーディスは許されない罪を対価に道連れを得られるのだ。
重い沈黙が落ちる。
そこから浮上した乾いた笑い声が悲しく響いた。
「お前、本当に、バカだな……」
バカはお前やと言いたかった、そんな罪悪感など捨て去って欲しいのに――
盗み聞ぎをするつもりなんてなかった。ただ、彼に謝ろうと思っていたのだ、私があなたの敬愛する師の娘になってしまってと。
そのために出向いた彼らの部屋の前でユリアには彼らの会話を聞いてしまった。けれど、ユリアにはその話の半分も理解出来なかった。それは、つまり、それだけアーディスを理解出来ていないということだ。確かに自分が一番彼といた期間は短い、それでも2年傍にいたのだ。それなのに、彼が自分に見せる姿はほんの僅かで、幼い少女の心を壊さない優しい部分だけだったのだ。
ごめんなさいと書いたメモが滴り落ちる涙で滲む。読み書きができれば何でも伝える事が出来ると思った。だけど、本当に伝えたい事は少しも伝わらない。
傍にいたい、あなたの傍に。あなたが私を見ていなくても、あなたが私を選んでくれなくても。
声があれば伝わるだろうか。あなたの呼ぶ、ユリアという声が自分に魔法をかけて心を縛り付けるように、自分も声があれば、あなたの心を縛れるだろうか。
「……デ、ィー……」
夢見ていたのは、彼に思いを伝えるそのために声を取り戻す、そんな物語だった。こんな風に誰にも聞かせる事無く、1人さみしく名を呼ぶために声を取り戻すなんて思ってなかった。
「……デ、ィー……ディー……ディーっ!」
涙でかすれながら彼を呼ぶ。
こんな弱い声ではきっと彼の心は自分のものにはならない。いや、どんな風に呼んでも彼の心は彼が最も信頼する場所にあって、自分には手が届かないのだ。
アーディスにとってユリアという人間は、家族の1人でしかなかった。それだけの価値しかなかった。幸せを願いはしても、過酷な自分の運命に引き込むほどに求める存在ではないのだ。
ならば――
ユリアは暗い廊下で1人決意した。
オルドールが予言したように激変は訪れた。魔物の増大、それに伴い国中の地域はそれぞれが孤立し、全体を把握できているのは、各地に屯所が設けられた討伐隊のみ。学院を卒業したアーディスとイルヴィは討伐隊に入り、そして、23歳の若さで中央指令室長官と副長官の任に就いた。
それは過去に存在した軍の代わりに国の防衛を背負った組織の長となった事と同じ意味だった。
その時にはユリアも討伐隊に入隊していた。そんなユリアは工学に才が現れ、直々に指名を受けて魔物を個別を狙う狙撃の技術が発達した討伐隊に重火器を導入する事に力を尽くしていた。個体で活動するはずの魔物が急激な増加に伴い今まで考えられなかったような集団で村を襲う事態が相次いだというのが表向きの名目だが、それだけではない事をユリアは知っている。
オルドールの娘とはいえ、一介の討伐隊員でしかないユリアが、長官室に呼び出された時、何か重大な予感を抱いていた。
緊張した面持ちで長官室に入ると、そこにいたのはアーディスではなく、イルヴィだった。
「……イルヴィ」
机の上に長い足を放り出して座るイルヴィは背後の窓から入り込む光を受け、神話を描く絵画から抜け出した神か天使のようであった。だが、だてに何年も一緒に住んではいない。ユリアはおそらくこの世どの女性よりも彼の美貌に免疫がある自信がある。ユリアは腰に手をあてふんぞり返った。
「お行儀が悪いわよ。机から降りなさい」
「これは恐い。ユリア、リベルタさんに似てきたんちゃう」
軽口を叩いてイルヴィは跳び降りた。
そうして、やっとユリアは姿勢を正し、敬礼した。
「ユリア=レアブレム。ご命令によりただいま参上致しました。ご用件は何でしょうか」
イルヴィは苦笑して敬礼を返した。
「口調はこのままにさせてもらうで。堅苦しいのは好かんさかい」
「その前に宜しいですか」
「なんや?」
「……アーディス長官はどちらに」
呼び出しは長官の名前によるものだったはずだ。
イルヴィが苦笑を深めた。
「やっぱり、『あれ』の直後やさかい、ユリアと顔を合わしづらいみたいでな。俺に任せてドロンや」
ああ、と納得してユリアも何とも言えない困った顔を返した。
「あの婚約の話、ですね」
「長官就任を機にユリア=レアブレムと結婚し、レアブレムの名を名乗る事。この討伐隊の長官ともあろう者が家名がないのも恰好がつかないというこっちゃな」
ユリアは思い出して鉛を飲み込んだような気分の重さを感じてため息をついた。
「お父様もそんな命令を出すのであれば、なぜ、あの時私ではなくディーを養子にしなかったのかしら」
つい漏れてしまった本音に、イルヴィも妹に対する体で頭を撫でる。
「オルドール様はディーを養子にするつもりはなかったんや」
「なぜ」
「ディーには必要なかったから。ディーはオルドール様の息子になるつもりはなかったんや。それをオルドール様もご存知やった。でも、周りがうるさいからなあ、一回くらい言っておかんと収集がつかんかったというか――だからな、養子になったからってディーに負い目を感じる必要なかったんやで?」
「あなたには敵わないわ。素知らぬ顔をして何でもお見通しね」
「だからな――ディーはお前が嫌いだから婚約を断ったんやないんや」
「わかってるわよ」
ふてくされて言った。アーディスは自分にはレアブレムの名はふさわしくない、そして、「宰相の娘」にもふさわしい男ではないと婚約を断った
「さよか」
イルヴィはニカッと笑い、手を叩いた。
「じゃあ、この話は終わり。本題に入らせてもらうで」
その瞬間、イルヴィの瞳の色が濃くなる。イルヴィは時々こんな目をする。この目を見ると人間の業が燃えているような気がするのだ。
「お前に重火器専門の部隊の責任者を任せたい」
予感はしていた。肺が毛細血管まで凍り付いてしまったような気さえする。でも、それはこの命令に付加する責任がそうさせているのではなかった。
「それは、副長官の命令ですか、それとも」
「長官の命令や」
その一言で氷は溶けた。僅かにユリアは安堵した表情を見せた。けれど、その唇に赤みはない。
イルヴィの表情も険しかった。確かに1つの部隊を任せられる事は大きな責任を伴うが、イルヴィの人となりを知る者であれば、飄々とした彼がここまで張りつめた空気をまとう事を訝しく思う事だろう。イルヴィは戻らない時間を思って息をついた。
「お前、わかってて工学を専攻してたんやな」
彼がかけるその言葉は家族に向けるものだった。
いつからだった。いつから彼女は知っていた。いや、違う、誰もその意味を教えてないはずだ。ただ、彼女は自分たちにとても近く、聡明で、だからこそ『わかってしまった』のだ。
「……ええ」
ユリアは目を伏せた。色の無い唇には笑みが浮かんでいる。
「俺は反対したんや、お前にやらせるなってな」
「何で?」
イルヴィは苦々しく吐き捨てた。
「ディーが苦しむことがわかとったからや! お前が苦しむから、ディーも苦しむ。お前かてそんなん嫌やろ?」
「でも、ディーはこの役目に私が必要だと思ってくれたのよね、だから、私に命じた――大量虐殺の指揮官を」
「違う、あれは、化け物や、だから、虐殺やない」
「もうそんなバカげた嘘は遅いわ。それに私が砲弾を向けるのはシクだけの話ではない。これから先、ヒトを殺す命令も下さなくてはいけない……だって、群れるのはヒトの常套手段じゃない。そういう相手にこそ虐殺兵器は効果を発揮する。全部わかってるの」
震えながらもユリアは言い切った。
一般に魔物と呼ばれるシクと自分たちヒトの境界が曖昧であることも、今後、その境界は益々曖昧になり誰がシクで誰がヒトなのかもわからなくなることも、ユリアはそれをとっくに知っていた。昨日背に庇い守っていた者に対して今日攻撃の命を下さなくてはいけなくなる、そんな日が来る。その時、彼の力になれるように、彼に必要とされるように、自分はこの道を選んだのだ。彼に利用されるために努力してきたのだ。その努力がやっと認められたのだ。
ポロリと大粒の涙が一粒零れた。
「卑怯よ、あなただけディーに必要とされて、一緒に生きて一緒に死んで。卑怯よ、イルヴィ、卑怯よ!」
「ユリア……」
ユリアは叫ぶ。
「せめて、私はあの人のために死ぬ。その大義名分を今手に入れた。あの人がくれた。手放したりなんてしない。捨てたりなんてしない。絶対に!」
大丈夫、ここにいるよ
あの日、それを伝えていたのなら、何か変わっていたのだろうか。
あの日から数年の時が経った。
アーディスは討伐隊の若き長。イルヴィは副長官として今も彼の隣にいる。そして、ユリアは彼らを支える補佐官になっていた。
「ユリア」
書棚の前に立つ彼女からは反応がなく、もう一度呼びかける。
「ユリア」
「あ、はい」
ポニーテールに結った蜂蜜色の長い髪が背中で揺れる。
「申し訳ありません、ぼーっとしていました。なんでしょうか、長官」
アーディスは抑えきれずに喉で笑った。
「誰もいないときくらいディーで構わないさ」
「ご、ごめんなさい。ディー」
「いや、それにしても君がぼんやりしてるなんて珍しい」
「え、あ、ちょっとイルヴィは今どこかなと思って」
「今回はどこまでだったかな」
「彼岸近くの関所までよ」
「そうか」
「シクの集団が確認されている場所ね」
「数はそうは多くない。あいつなら大丈夫だろう」
「そうね、イルヴィなら大丈夫」
会話が途切れる。何か用事があったのではないんだろうかと首を傾げたが、アーディスは書類に視線を落とすばかりだ。
「お茶でも淹れるわね」
そう踵を返そうとすると、
「ユリア」
「何?」
「後悔しているか?」
それこそお茶をと頼むような調子で書類にサインをする手を止めずにアーディスは言った。一歩踏み出した足を戻して
「何を?」
と訊いた。
「今、ここにいることを」
それは全てが詰まった問いだった。
無意識に彼から視線をずらすとアーディスの後ろにある窓から明るい外の光が見えた。ふと、ユリアはあの家の庭の事を思い出した。あの時、自分はイルヴィと外の光の中にいたけれど、自分は何も知らない子供で、イルヴィはあの頃からアーディスと共に歩いて彼の全てを見ながらも笑っていられる人だった。だが、自分も甘い飴玉を与えられる暖かな場所から窓を越えてこちら側に来た。彼の隣へ。冷えた空気が暗闇を纏って漂うこちら側へ。
ユリアはスッと息を吸った。
「いいえ、ちっとも」
アーディスの手が止まり、メガネ越しに目の前のユリアを見上げる。そんな彼にユリアは微笑みかけた。
「大丈夫、ここにいるよ」
いつも滑らかに話す彼の唇からくぐもった音が漏れる。
伝えたくて、伝わって欲しくなくて。
あの日のように。
でも、今は理解出来てしまう。罪深さに苦しみながらも、大切な者の幸福を願うあなたの利己的な優しさを。
アーディスが一瞬泣き出しそうな顔をしたのはきっと幻に違いない。だって、その次の瞬間にはいつもの皆に恐れられる腹黒長官の顔になって笑っていたのだから。
「そうか」
「ええ」
アーディスは執務を再開した。温かいお茶を用意しよう、ユリアはそう思って今度こそ彼に背中を向けた。
私たちはこうして歩いていく。傍にいながら互いの願いを見ないフリをして、そうして相手の幸せを願っていく。
そんな歪な関係を私たちは家族と呼ぶ。
おわり