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転生ダラダラ冒険記  作者: 猫頭
第一部 第一章 【誕生~旅立ち編】 
9/39

09 死ぬ気で戦いましたよ




 ――あれから半年、結局俺の忌避は治らず侯爵家へ行く事になった。御爺様には早々に隠居してもらい今は侯爵として暮らしている。


 面倒な政務は優秀な執事に丸投げして、美人なメイド数人を侍らせてテラスから中庭の薔薇を観賞しつつ優雅にティータイム中だ。


 今度お茶会でも開いて可愛い娘にでも声を掛けてみるのも良いかもな。


 なんて気楽な生活だろう前世の暮らしが嘘のように満ち足りた世界。これからも幸せが続くそんな予感で一杯だ。


 カップから口を離すと、メイドの一人が背後からお菓子を口に運んで来る。何故背後なのか、それは俺の肩に胸が当たるから。そうするようにお願いした。


 甘いお菓子と柔らかな胸の感触に心地よさを感じつつ、……おわっ!




 ――咄嗟に後ろに飛び、振り下ろされる氷の棍棒をかわす。


 あっぶな! 現実逃避してる場合じゃないな。頭を軽く振ってありもしない未来予想図を振り払い剣を構え直して相手を見る。


 生前TVで見た北極の氷の塊の様な青み掛かった白く透明感のある肌。背は倍近く有り、腕を伸ばして剣を振り上げても胸元に届く位で顔や首は狙えそうも無い。そして氷で出来た棍棒と、それを片手で軽々と振り回す筋肉が迫って来る。


 幸い巨人の動きは然程速くなかったが分厚い皮膚と硬い筋肉によって力一杯斬りつけても皮一枚切るのがやっと、当たり所によっては多少出血もするがそれも一瞬で治る回復力。


 何より厄介なのが隙を突いて急所を狙うもカンか反射神経なのか当たり所を微妙にずらしてくる。そして振り下ろす攻撃はかするだけでも重症は免れない程の威力で、風圧と共に来る冷気が肌を凍り付かせた。


 このままでは駄目か、何度目かの攻防の中で覚悟を決めた俺は変身の応用で筋力を上げる。


 またも振り下ろされる氷の棍棒を前に突っ込む事でかわし、脇腹を切りつける。深い切れ味に手応えを感じるが致命傷には程遠い。すぐさま後ろにバックステップすると先程いた場所を巨人の左腕が横切った。


 距離を取り棍棒をかわしつつ隙を突いて懐に飛び込み斬りつける。致命傷を与えられない以上、相手の体力を削いでの持久戦だ。そう思った時、巨人の動きが止まる。そして……


 『グゥオオオオォォォ!』


 そう吼えたかと思うと筋肉が異様な程隆起し


 『ガァアアアアアアァァァッ』


 二度目の叫びで深かった傷まで塞がり始める。


 次の瞬間、棍棒を真横に振ってきた。――まずいっ! ギリギリでかわす事を考えすぎていた。前後に逃げ道は無いと、咄嗟に体の強度を限界まで上げて剣で受け止める。


 はじめに固いもの同士がぶつかり合う音が聞こえ、押し返される剣が体に当たると鈍い音に変わり、ミシミシと体と剣が悲鳴を上げた。


 足が浮くように地面から離れ、まるで重力が真横に変わったかの様に俺を吹き飛ばして大岩に激突する。


 岩もまた悲鳴を上げ、まるで俺を包み込むように体はめり込み、その勢いで肺の空気が無理矢理押し出される。


 真っ白になりかけた視界の隅で飛び込んでくる巨人の姿を確認した。……不味い!


 悲鳴を上げ続ける体を強引に動かし大岩から飛び出した瞬間、体重を乗せた棍棒の一撃が俺のいた場所を大岩ごと叩き潰した。


 飛び散る石粒の中、転がる様にその場からも離れると、地面にめり込んだ棍棒を俺の方へ薙ぐ様に振り抜き、そして振り上げて何度も地面を叩きつけた。


 それは俺が死んだか確認する素振りすら無く、例え死んでいようが、潰れてシミになっていようが関係無く叩き続ける、まさに全力で戦う姿だ。


 砂と石が飛び散る中、体制を立て直す。あぶなかった、不意を突かれたとはいえあの攻撃はヤバ過ぎる。あんなの何度も耐えられる筈も無い。


 攻撃も速度も段違いに上がっている。振り回す棍棒はまるで暴風の様に懐への進入を拒む。そして勢いに乗せるように攻撃の速度が更に加速していく。


 このままでは避けきれない。筋力に加え俊敏さと動体視力を限界まで上げて応戦する。これ以上は無理だと体が悲鳴を上げるが、無理をしてでも戦わなければ死ぬのは俺だ。目の前の暴風に飛び込み、攻撃の境目を縫う様に斬りつけた。


 お互い叫びながら武器を振る。それが気合なのか殺意から来るものなのか、判断は出来無い。いや、判断とかそんな考えをしてる暇は無い。兎に角必死に避けて必死に剣を振るだけだ。



 先に限界を迎えたのは巨人の方だった、もう棍棒を振るう体力が無いのか棍棒を手放して両腕で殴りに来た。リーチが短くなった分手数が増えたが、その腕を斬りつけて威力と体力を削ぎ落とす。


 そして巨人は崩れる様に片膝をついて倒れ掛かるもそのまま右手を振り下ろす。それを見て俺は全力で突っ込むと剣を喉に突き刺した。


 しかしそれだけでは終わらせてくれない。巨人は残った左腕でフックを打つ様に殴りかかる。俺は剣を引き抜くと、かわす事もせず残った力を振り絞るように筋力を限界まで上げ、巨人の首目掛けてフルスイングをした。


 今迄以上に深く斬り込んだ剣が太い血管に届く頃、右半身に衝撃が走る。まるで軽トラが衝突して来たかの様な衝撃にメリメリと肋骨が悲鳴を上げて折れていく。巨人のその力さえも利用する様に剣は首の骨に到達すると、俺を吹き飛ばしながら巨人の首を切断した。


 数度バウンドしゴロゴロと転がった後、俺は立ち上がって傍に落ちた剣を拾う。まだだ、軋む体を無視して巨人に近付くと心臓に剣を突き立てた。


 正直、首を落とした時点で倒せていたと思う。それでもそうしたかった、あの時巨人がそうしたように。死んだかとか関係無しに攻撃を止めたくなかった。



 一度大きく深呼吸をする。今直ぐにでも倒れたいと体が泣き言を言うが限界まで緊張していた感覚がそれを制止させる。


 周囲には血の臭いを嗅ぎ付けた狼の群れ、二十匹はいそうだな。どちらかが倒れるのを待っていたんだろう。漁夫の利といった所か、なかなか賢いじゃないか。


 俺は剣を構える。折角勝ったんだ、生き残って帰ってやる!


 正直、肉体的にもう能力は使えそうも無い、体が本当に壊れてしまうだろう。しかし相手が狼なら筋力を上げなくても斬れる筈だ。


 ジリジリと近寄りつつ包囲してくる狼達、咄嗟に包囲の薄い場所へ向けて駆け出すと狼達も一気に襲い掛かってくる。


 一番手近な狼に斬り掛かる。狙うのは頭か首、一撃で仕留める! それが無理なら足を切り落として機動力を削ぐ。


 真っ直ぐには走らずランダムに曲がりながら近場の狼を斬り付けて行く。包囲されてる今、足を止めでもしたら一斉に襲い掛かられて終わりだ。



 走り疲れ体力も限界に達して近場の木に背中を預け、狼と対峙した頃には狼の数は残り六匹にまで減っていた。そのうちの何匹かは体から血を流している。


 後少し、そう思った矢先、群のリーダーらしき狼が吼えた。すると傷付いた狼達の血は止まり生気を取り戻していく。おいおい、こいつも【吼える】のかよ。


 相手は傷の治った狼六匹、うち一匹はおそらくユニークモンスター。対するこちらは連戦で満身相違。半数以上を失った狼達は勝利を確信しているのか引く事は無いだろう。


 それでも用心深く間合いを詰め、そして二匹が飛び掛ってきた。避けつつ剣を振り下ろして一匹の首を跳ね、返す刀でもう一匹の前足を切り落とす。


 しかし今度は吼えなかった。怪我は治せても斬り落とした部分は戻らないのだろう。ならば残りは四匹。ただ、さっきの二撃で限界を迎えてしまった。もう剣を振るえても断ち切る力は残っていない。


 こっちにも吼えてくれるリーダーがいれば諦めてくれるんだろうけどな……。そう考えた時、閃いた。そうだ、俺が後一押しで倒れると解っているから狼達は数が減っても諦めないんだ、だったら!


 おれは大きく息を吸うと、最後の力を振り絞って【吼えた】。吼えながら戦闘前の自分の姿を強く思い浮かべる。


 スタミナの無くなった今、身体能力を上げても意味は無い。だから、戦闘前の姿に変身する。血が止まり傷も塞がり腫れ上がり変色した打ち身も全てが無かったかの様に見える。そう見えるだけだ、満身相違なのは変わらない。吼えたのも俺が何をしたのか解り易くする為のブラフだ。


 そして剣を構えて狼達を睨み付ける。こんなのは只のハッタリでしかない。それでもリーダーはそれが自分の持つ能力と同質と勘違いしてくれたのか踵を返して立ち去り、他の狼達もそれに続いた。


 俺は剣を杖の代わりにして崩れそうな体を支える。ここで倒れるのは危険だ、狼達が立ち去ったフリをして物陰から様子を見ているかもしれないからだ。


 ここでは休めない、俺はふら付きながらもスラン達の居る拠点まで歩いた。遠いな、くそっ。


 拠点が見えてくる。数人が監視をしていてその中の一人が俺の様子を見て慌てて駆け寄る。来たのはスランだ、俺は一言『痛い』そう告げて、変身を解く。瞬間、全身から血を流し体を腫らして倒れ込んだ。


 誰かが何か叫んでるがそんな事はもうどうでもいい。そこで意識が薄れて行く。




 ――スラン、ボクはもう疲れたよ。






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