08 これは困りましたよ
さて、どうしたものかな……
この先にはコルトの街しかなく、馬車の紋章がレイグラートな事からも父様に用があるのだろう。
しかも従者だけで後ろが空だった事から誰かを迎えに来たと思って間違い無い。
嫌な予感しかしないがこのまま知らん振りも出来ないな。
「はじめまして従者さん、エルドニア・バーデンセンです。この度は災難でしたが家に何か御用でしょうか?」
俺が名乗ると少し驚いた後、自己紹介をした。名前はザンと言うらしいが、要件は聞けなかった。まぁ、見た目九才の子供に言う訳無いか。
その後は他愛無い会話で時間を潰したりしていると街に着いた。
そのまま家まで走らせる途中、俺は馬車を降りて学校へ父様を迎えに行く。
家に着いた父様と二人で話したがった従者だったが父様が『家族に聞かせられない話なら聞くつもりは無い』と突っ撥ねたため、渋々家族の前で話し始める。
それは訃報で始まる。跡継ぎである父様の兄夫婦とその子供が事故で他界、跡継ぎを失った侯爵は血縁であるバーデンセン家の子供一人を跡継ぎに迎えたいというもので、最後に『これは父親の頼みでは無く、侯爵からの申し出である』と付け加えた。
『あの人らしい』と、父様は呟くと重たい溜め息を吐いた。それもそうだ、貴族として格上である侯爵家からの申し出を断る事は社交界では死を意味する。
絶縁した状態でそんな事をしたら貴族達から総スカンは当然。最悪、近隣領主が土地を奪いに来るかもしれない。
重い沈黙を破って父様が口を開いた。
「今、この段階で侯爵家へ行きたい者はいるか? いたら正直に言いなさい」
「…………」
誰も何も言わない。まぁ、そうだろう絶縁した家に行くなら一生逢えない可能性が高いのだから。
「そうか……。従者殿、見ての通りだが怪我が癒えるまで待ってもらえないだろうか? その間、子供達にはもう一度考えてもらう。
もちろんお前達がどんな答えを出しても俺は怒らない。ただ、深く考えて後悔の無い様に答えを出して欲しい」
言い終わるとマリアは来客用の部屋へ従者を案内した。従者がいなくなると皆も席を離れ思い思いに動くが、その足取りは重く見えた。
翌日の夕方、俺は書斎に呼ばれると父様から幾つかの話を聞かされる。
「スランからギルド登録とその後の戦闘の話を聞いた。命を奪う事に躊躇するのは優しさとも言えるが、冒険者としては致命的だ。そのような状態で討伐や冒険など危険な事は父親としては感化出来無い。
とはいえ折角登録して使わずというのも納得はできまい。そこで、お前には一つ領主として護衛の依頼を出したい。内容はここから東にある山へ調査隊を出す事になったのでスラン達と共に調査と帰還までの護衛をしてもらいたい。
そしてその間に殺害への躊躇を治すよう努力しろ。治ったならその先は何も言わんが、治らなかったら冒険者にはなる事は諦めろ。
最後に、これは父からの頼みだが……。もし治らず、また誰も侯爵家へ行く事を望まなかった場合はお前に行って貰いたい。調査は一月くらいかかるだろうから、その間に答えを出して欲しい。勝手を言ってすまないとは思うが考えておいてほしい」
父様は言い終わった後、すまなそうに頭を下げた。言いたい事は解るし色々と考えさせられる事もある。
確かに斬る事を躊躇う俺が冒険者になるなんて危険だし心配にもなるだろう。そのうえでスランを連れての護衛ならという所が父様としての妥協点なのも頷ける。
それで治らなかった場合の今後を考えると侯爵家へ行くのも一つの手だ。それでも気になる事が一つ……。
「なぜ、侯爵家へ行くのが俺でなければいけないのですか? 行きたくないと言っている訳ではありませんが理由を知りたいと思います」
そう、長男を残すのは当たり前だし、妹が行くのも不自然だ。なら、俺と弟の違いは何なのか、そこが知りたい。
「……もし、全員が何があっても行きたくないと言うのなら俺はその意見を尊重する。そしてその場合、俺は妻との間にもう一人子を成し産まれた赤子を手放すつもりだ」
なっ! 父様らしからぬ発言に俺は驚愕して耳を疑うが、父様のその顔は苦々しく苦悶に歪み、真実である事を告げている。
そんな事をさせるぐらいなら、いっそ――。そうか、だから【俺】なのか。
「解りました、覚悟はしておきます」
「すまない」
父様は本当に申し訳なさそうな顔をしてもう一度頭を下げた。
コルトを東に出て訓練をしていた丘を越えて二日半、俺達は山の麓に来ていた。
八千メートルを越えるだろう山は南北に伸び、国を突き抜けて北側の隣国にまで達しているので山脈と言う方が正確なのだろうか。
山脈の更に東には小国が多数あると聞いた事があるが、山を越えて人が来る事は不可能なので国交は無い。
軍隊が来ないのは安心できるが商隊が来られないのは正直痛い。国の最東端でその先はドン詰まりとなれば街の発展は難しいからだ。
それでも街を拡大させ続けている父様は政治チートとしか言い様が無い。今回の調査も『最近、近隣の領や商人から流れてくる鉄の質が悪い』との事で、採取出来る金属の種類を調べる為のものだ。
恐らくそのまま鉄の精製や加工のための工場を建てる事になるのだろうな。市井に出回る鉄の質が下がったのなら、どこかで良質の鉄を買い込んでいる人がいると考えるべきだろう。
つまりその先にあるのは戦争の可能性だ。自領で鉄が取れるなら軍備の質を上げる事も、鉄の値が高騰した時を狙って売り払う事も出来るだろう。
父様がどちらを考えているのか、そのどちらでも無いのかは解らないが今は鉄の確保が重要なのは確かだ。だからこそ急いで調査隊を出したかったのだろうな。
山に着いて数日、拠点を作り調査を始める。その間、数回の戦闘があったが忌避は治る事も無く俺を悩ませている。心の問題なのは解っていてもどうしたら良いかが解らずにイライラと小石を蹴飛ばしながら調査隊から離れた場所で哨戒活動をしていた時だ。
「おぉ! 何という僥倖。そこの少年よ助けてはくれないだろうか?」
年老いた男性の声が聞こえたがその姿は何処にも無い。辺りを注意深く見渡していると足元から声が聞こえてきた。
「ここじゃ、ここじゃ。足元に居るから気付いてくれんか」
それは額に2センチくらいの水滴型をした橙色の宝石を着けた白い蛇だった。
どうも石が体に落ちて動けなくなったそうだ。老人?は魔術師らしく意識だけを飛ばして動物などに入り、その目で世界中を見て周っているそうだ。
そしてここで落石に遭ったそうで、意識を切り離せば自分は戻れるがそうすれば白蛇を見殺しにしてしまう事が可哀想でどうしたものか困っていた所に俺が通り掛ったと言う事だ。
額の宝石について聞いてみた所、白蛇自体に魔力があればそれを使ってどうにかできたらしいのだが白蛇に魔力が無かった為、大気中のマナを集めて結晶化して作ったのが額の感応石で、価値は高くないが感応石を通して自分の魔法が多少は使える筈だったのだが白蛇との相性が余程悪かったのか何も出来なかったとの事。
使い物にならなかったし、今は他にお礼が出来無いから額から剥がして貰ってほしいと言われたので有難く貰っておこう。
「少年は何故このような場所を歩いていたのじゃ?」
まぁ、普通は疑問に思うわな。ここで会ったのも何かの縁だし主題を暈して相談してみるか。
「ふむ、少年はもしやギフト持ちではないか? ……あぁ、慌てる必要は無い。ワシの師匠もそうであったのでな。
己が力の強さ故に他者を気遣う余裕が出来てしまう、そうであろう? 師はそれを道徳心と言っておったよ。心当たりがあるのではないか?」
「……そう、ですね」
「しかしな、それが倒さなければならぬ相手なら幾度も刻む事こそ残酷ではないかの? 倒すべき相手ならばこそ心臓を突くなり首を撥ねるなり一撃で倒す方が苦しませぬ。そういう慈悲もあると、見方を変えてみる事じゃ。
そんな言葉だけでどうなるものでもないがな、師は道徳心は心の奥深くに根付いてはいても本能ほど深くは無いと言っていたよ。
そう言った師もまた最後の最後まで力を使う事を拒み続け命を落とした。少年には同じ轍を踏んで欲しくはない」
最後の方は寂しそうに聞こえた。過去を振り返りつつ俺の事を心配してくれているのが解る。
それでも……
「結局は心の持ちようで、戦闘を重ねて慣れるしか無いのですか?」
「それは考え違いじゃよ。殺す事に慣れた先にあるのは狂人よ、他者の死を何とも思わなくなったら最早人とは呼べんじゃろ?
一番の原因はその強さじゃが、お主はワシから見てもまだまだ未熟じゃ。お主より強い者は沢山居る、その者と死を隣に置いて戦う事じゃな。
余計な事など考える余裕すら無く道徳心の更に奥、生存本能のみを解き放つ様なそんな相手とな。己の心と限界を超えられるのか、頑張ってみるといいじゃろう」
そう言うと岩陰に隠れるようにして体を丸めた。そして……
突然、凍える様な突風が襲い掛かり、目の前に巨大な人影が現れた。
――それは二メートル半近い霜の巨人だった。