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転生ダラダラ冒険記  作者: 猫頭
第一部 第一章 【誕生~旅立ち編】 
6/39

06 投げましたよ




 剣術の教師が来てから三ヶ月、あれから俺は大半の時間を走っていた……


 今俺が居る所は何とも言い様のない微妙な場所だ、山と言うには低すぎるが丘と言うには少し高い。


 そんな場所は森とも林とも言うには閑散としか樹が生えておらず、そのほとんどが立ち枯れていた。


 足元には雑草がまばらに生え、石や岩が多く露出している。


 街から見て首都とは反対側の大分外れた場所で、さながらフィールド・アスレチックの様に走っていた。


 普通のランニングと違い普段使わない筋肉を酷使していた為に最初の頃は筋肉痛が酷かったが一月しないうちに筋肉痛は無くなった。


 慣れ始めた頃から徐々に重りを付けられた、これは剣の分、これは鎧の分……といった感じでだ。


 今の俺は剣を腰に下げ、革鎧一式と枯れ木の詰まった革袋を背負っている。


 俺が走るコースを囲むように少し離れた場所をスランは歩いていた、比較的安全な地域と言われているが絶対じゃない。彼は警戒のために巡回しているのだ。


 実際ここを走るようになってから群れから逸れたコボルトやゴブリンを数匹倒している。


 討伐したコボルトの革などを剥いで商人に売って酒代を稼いでいるあたり冒険者らしくもあった。



 ――三か月前のあの日、スランはこう言った。


 「健康の為の運動なら止めない、だが戦うために剣術を学ぶなら木剣は持つな。


 木剣の軽さに慣れると実剣を振った時に重さで軸が振れ易くなる。


 そしてそれを抑えようと不必要な動きが身に付く、そんな癖はいらない。


 今のお前に必要なのは剣を振るい装備を支える筋力と、体で覚えた木剣の軽さを忘れる事だ。それまで素振りをするな」


 あれから俺は素振りをしていない。たまに様々な流派の特徴や動きを教わる以外は走ったり樹や岩をよじ登ったりするだけだ。


 そういや一度だけ素手の格闘をしたっけ……



  ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆




 オレはフリーの冒険家だ特定の主人を持たず、固定パーティーにも属さず旅をしている。


 ある時ギルドで剣術の教師を募集していた、まったく興味は無かったが依頼者の名前を見て驚いた。 ……アルサス・バーデンセン、昔の知り合いだ。


 もっとも、昔の性はレイグラートだ。結婚してバーデンセンになったそうだが。


 最初は冷やかしのつもりだった、懐かしい顔を見てやろう。それだけだった。


 あいつの街の学校に着くと子供が一人で素振りをしていた。あれが生徒だろう、オレは驚かせてやろうとゆっくり近付く。


 だが予想より早く見つかった。足音は立てて無い、気配も消した、油断もない。


 子供は素振りに集中もしていた、それでも気付かれた。つまり、間違いなくあの子供は周囲に気を張れていたのだ。


 オレに気付くと声を掛けてきた、しかし緊張が見て取れる。それに下ろした木剣の持ち方と半歩下げた右足の体重の掛け方に不自然さを感じる。……投げる気か?


 おそらく肘と手首のスナップだけで下から投げてくるのだろう、気付かなければ咄嗟に捌くのは難しいだろうから隙が出来るな。その間に逃げる気か。


 戦闘に慣れ始めた新米冒険者くらいならこれで逃げられるだろう。つまり、こいつはそれ以上だ。……実にオモシロイ。


 オレは用件を言って警戒されないように剣を置くと、案内すると背中を向けた。


 やはりまだ子供だな。戦闘経験も無いんだろう、相手の間合いは測れないか。


 今ならオレの剣はその首に届く――


 瞬間、子供は体を低くして前に飛んだ。微かに漏れた殺気をよんだのかっ!


 並みの冒険者なら殺気に気付いたとしても振り向いていただろう、反応としては最悪だ首を落とされるのなら気付けないのと一緒だ。


 だがこいつは身を躱したのだ、もし抜いていたとしてもオレの剣は空を切るだけだったろう。


 転がりながら身を捩ってこちらを向く、屈む様に身を低く保ちながらも剣を構える姿勢にブレは無い。


 ただでさえ小さな子供が身を低くしている。大人が打ち込むにはその分大きく踏み込む必要がある。しかし、踏み込めばその足を切ってくるだろう。


 流石に木剣で切断は出来無いが、これが真剣だったならどうだ?


 オレは思わず拍手をした。気配をよんだ事を、躱せる反応をした事を、反撃する意思を、その一連の動作に心から拍手をした。


 幼さの残る子供でこの動き、将来どんな化物に成る事か。


 学校の教師など子守と同じだと思っていたオレにとって嬉しい誤算だ。


 椅子に座ってニヤニヤしているとアルサスが入ってきたので挨拶がわりに一言


 「よう、老けた顔してんな。貴族生活に戻って腹が出たと思ってたんだがなぁ」


 「ほざけ、そんな温い生活おくちゃいない。妻にも嫌われるだろうしな」


 「そういや素振りをしてた子供もバーデンセンだったな、お前の子供か?」


 「ああ、うちの二番目の息子だ。見た感じどうだ? お前の事だ、もうちょっかい掛けたんだろ?」


 「化物だなありゃ、あの年であの動きは異常だぞ? どんな教育してんだ?」


 「俺は長男に付きっきりでな、殆どあいつの独学なんだよ。


 普段から大人しくて喧嘩の話も聞いた事が無いのに場慣れした動きをしやがる」


 「それでどう教えたらいいか悩んでたという事か……。いいぜ、その話乗った」


 「助かるよ、こちらで空家を一軒用意したからそこを使ってくれ」


 そこまで言った後アルサスはぐいっと顔を近づけて今まで以上に真剣な顔でこう付け加える。


 「それと、うちには妻を合わせて女性が三人居るが手を出すなよ。


 特に侍女のマリアは止めておけ。息子のお気に入りだ、殺されても知らんぞ」


 なんて脅してきやがる。ちなみに何番目の息子がご執心なのか聞いたら三人共と返ってきた。



 ――あれから三ヶ月見てきてあいつの異常性にはムラがある事が解った。


 まずは摺り足だ、普段から踵を着けずに足の親指の付け根と指先で歩いているが不自然さがまるで無い。


 言われなければ気付ないレベルで長年そうしてきた事が伺える。しかしそれが次の動作に繋がっていない。


 一度逸れたゴブリンを見つけた時に戦わせてみたが、体捌きは見事だが打ち込みは素人に毛が生えた程度で斬る事に戸惑いすらある。


 剣が性に合わないなら武闘家の方が向いてるかと思って一度手合わせをしてみる事にした。


 動きは悪く無いだろうが所詮は子供の力で大人には勝てないだろうと何処かで軽く見ていた。


 実際、力そのものは他の子供と大差は無い。身長差もあり立っていれば顔を殴られる心配もないから気を付けるのは金的ぐらいだろうと……


 開始直後、軽快なサイドステップでオレの周囲を器用に周り始める。


 見た事の無い構えもしている。移動に合わせて体の向きを変えようと体重移動をしようとした瞬間、ふくらはぎを蹴ってきた。


 良い音はしたが痛みは殆どない。ただ、次の瞬間に後ろに下がり再び周り始める


 こうして攪乱する様に周る動きをするくせに、こちらが体重移動をしようと重心を変える瞬間の打ち込みは外連味が無い。体重移動の所為でどうしても反応がワンテンポ遅くなり、その隙に距離を取られてしまう所が実にイヤラシイ。


 何度かそんな遣り取りが続く。何かを狙っている様子だが、その動きには慣れ始めていた。


 そこで隙を突いて反撃しようと話しかける事にした。


 「ただ戦うんじゃ面白くないだろ? オレに勝ったら出来る事ならしてやるぜ」


 思考による集中の中断、隙を作る常套手段だったが軽くスカされた。


 「そうですね、父様から色々聞いてますが……。


 家の女性に手を出さないでください、ねっ!」


 言い切る直前、一気に懐に飛び込んできた。しまった! 横の動きに慣れすぎていた。いきなりの直線運動、これを狙っていたのかよ。


 しかし急所を打たれなければ、股間を庇う様に内股になるが


 ズンッ!


 飛び込んだ勢いをそのままに肘が体の中心アバラの真下あたりに突き刺さると、とてつもない痛みに呼吸すら出来なくなる。


 オイオイこんな痛みは初めてだぞ、何をしやがった……


 オレは初撃に顔を顰めるが攻撃はまだ終わらない。


 肘打ちの直後、右足をオレの左足の後ろに掛けると胸元を掴み押してくる。


 このままでは押し倒される! オレは右足で踏ん張る様に体重を前にす――


 グンッ!


 その動きを読んでいたかの様にエルは股の間に体を潜り込ませ、腰でオレを持ち上げると同時に掴んだ胸元を体全体で巻き込む様に引っぱる。


 次の瞬間、オレは地面に背中を打った。投げられた、のか? 子供に……


 あまりの事に思考が停止する。


 そして、俺の右手を内側に捻ねり左足の付け根と腰を使い肘の辺りを固定して、小指を掴んで逆方向に力を加えられる。


 痛みに左腕を伸ばすが右足で手首あたりを蹴られ、そのまま喉を踏まれた。



 オレはそこでエルを見た。俺の意図に気付いたのか手を離し『久し振りで緊張しましたよ』なんて言ってきやがる。


 体を起こしてその場に座る。思えば最初の横移動の時から投げて腕を極める流れだったのだろう、オレは踊らされたわけだ。


 ……エルの動きは凄かったが、それ以上に技そのものが精錬され過ぎている。


 人体を熟知し、どこに力を入れればどう動くか、どこに当てればいいのか考え尽くされている。


 だが、武闘家の技でも無く、見た事も聞いた事も無い技だった。


 長い年月を費やし研磨された格闘術、明らかに独学ではない。


 常識では有り得ない技術だ。通常、武闘家にしろ戦士にしろその技は対魔物戦を想定されていて人だけに特化する事はない。


 アサシンにしても毒や暗器を使うもので一撃で仕留める事を前提にしている。


 だがエルの使った技は対人特化でありながら手加減次第で相手を無力化するに留まる、捕縛や護身といえるものだ。


 もちろん本気になれば殺す事も出来るだろうがそれが本意では無いだろう。


 このご時世、そんな温い技を極めようなんてヤツは居ない。


 「お前、その技何処で誰に習ったんだ?」


 それが知りたい、単純な興味で当然の疑問が口から出た。


 「秘密です、謎は男の魅力の一つですから。戦った事も内緒にしてくださいね」


 変な躱し方しやがって。しかし……


 「それじゃ、願いが二つになるじゃねぇかよ」


 「ならもう一戦しますか? 倒し方なら他にも沢山ありますよ」


 オレに対して体を横にして顔と腕だけをこちらに向けるような、先ほどとは違う構えをしてサラリと言いやがった。


 最初の頃、ふくらはぎに入れられた数発の蹴りが若干効いてるのか足が少し痺れている。それを想定しての発言なのだろう。


 つまり二戦目の伏線すら貼ってある状態か、まさに化物だ。


 「あぁ、もういいよ! 負けだ負け、もうやらんよ。約束も守るさ」


 オレは両手を挙げてヤケクソ気味に負けを認める。


 アルサスの言った通りだな。さっきは家の女性に手を出すなと言われたが、本当に手を出したらコイツにマジで殺されかねない。


 家族と言わなかった辺り、おそらく侍女のマリアの事を言っているんだろう。



 しかし、掴み合いの至近距離でこの実力なら、剣の間合いを物にしたら無敵すぎんだろ。




 ――そう思いながら訓練をもっと実践的なものに変える事にした。






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