26 一段落着きましたよ
代官が逃げた(わざと逃がした)事で途方に暮れる兵士達は何をしたらいいかも解らないのだろう、手持ちぶたさからか戸惑いながらも床に押さえつけていたギルマスを持って来ていた縄でグルグル巻きにした。
ところでこの場合は街の牢屋にでも放り込んでおけばいいのだろうか? とりあえず受付嬢に聞いてみたら『ギルド内にも牢屋があります』と言うのでそこに運び込む事にした。
ただ、アリッサと魔族の4人は少しは落ち着かせた方が良いだろうな。それにはこのバカの近くに居ない方が良いと思う。
「話は俺が着けておくから先に宿に戻るなり昼メシ食うなりしててくれ」
アリッサは何か言いたそうだったが、今だ顔色の悪いクレア達を見て頷いた。
縛ったギルマスを運び終え、兵士達も帰すと二階にあるマスター部屋で話し合う事になったが、そこで問題が発生した。
ただ、それは俺が抱えた疑問の答えにもなっていた。
「つまり、このまま上に報告すると揉み消されるだけだと?」
発端というか遠因に近いが事の始まりは先代のギルマスが例のダンジョンを発見した事が始まりだ。出現したばかりで脅威となりうる前に見つけ、ギルドの統治下に置いたのだ。
それ自体は功績だし、それをギルドの為に利用した事も悪くは無い。養殖となってしまったのは良くないが、それは結果論にすぎない。
数年後には高ランクの冒険者を輩出した事も有って先代のギルマスは支店長から支部長に昇進して他の街に移った。
そしてあの男がギルマスになった訳だが、ここに2つの問題が隠れていた。
そもそもギルマスになるには幾つかの条件がある。一つは自身が高ランクの冒険者である事。当然ながら未経験者が上に立っては運営に支障が出るからだ。
そしてギルドに多大な貢献をする、もしくはギルマスの推薦が必要。簡単に言えば人格面の評価という事になるのだが……。
今回の問題はまず高ランクが養殖で実質的な実力と経験が皆無である事。そして推薦した先代が彼の父親だという事。
ギルドが組織運営されている以上、報告は規則に則った形で無ければならない。問題を支部長以外に報告する事は情報管理の上で問題となる。
当然それを無視して別の支部に情報を流せば漏洩として報告した側が処罰対象と成り得るので誰もやりたがらない。
つまり、今回の問題は支部長に報告するしかなく、結果として揉み消されるだけだと。
まさか父親が養殖で育てた息子をギルマスに推薦するとはなぁ……。親馬鹿なのか只の馬鹿なのか。
何でも本部への連絡手段は支部長の居るギルドにしか無いらしく、支部長をすっ飛ばして本部に報告する事は出来無いそうだ。
では今回何が出来るか? 考えた末に出した答え、それがこれだ。
「――なるほど、それで違う支部に連絡をしてきと」
久々のクルダである。ギルドの連絡用のオーブを使っての通話だが、便利な魔道具が有ったもんだ。
「国側からしたらこの街のギルドで起きた問題を同じ国内のギルドに連絡しただけだからな、”たまたま”支部が違かったとしてもそれはこっちの責任じゃない」
ギルド職員が別支店に報告が出来無いなら国側からギルドに苦情を言えばいい。多少強引な手だがギルドが国に縛られない様に国もギルドに縛られる事は無い。
まして国側が支部の管轄範囲を把握していない(だろうと思う)なら苦情を言った先が別の支部だったとしても仕方が無い。
国側は苦情を言っただけだ、支部が違うとか知った事じゃない。まぁ、職員には確かめてから連絡した訳だがな。これなら情報漏洩とは言えまい。
「そちらの言い分は解った。きっちり精査するよう上に報告しよう。……ところで、俺との面識は無いと思うが何故俺の所に連絡を?」
ですよねー、おっさんの声で話してりゃそうなるわな。
「あぁ、少し前だが妙に強い金髪の小僧に逢ってな、『あんたは頼りになる』と言っていたんで頼ったまでだ。俺には他にツテが無かったからな。何つったっけかアルとかイルとかそんな名前の」
「……エルか」
おっ、通じるかどうか不安だったがあれで解るのか、そりゃ何よりだ。
その後の説明はスムーズに進み通話を終えた。投げっぱなしになるがこれ以上は何も出来無いので任せるしかない。
そして魔族の4人なのだがクルダ曰く『ギルドは別に治安維持や犯罪防止の為に設立された組織では無い、あくまで市民と冒険者の仲介を主とした集まりだ。
種族や経緯がどうであれ拘束する権利など無い。もしそれを行うのならそれこそ国側の仕事だ、好きにすればいい』
そう言われたので好きにしようと思う。具体的には宿屋に帰ってから話し合えばいいだけの事だ。
そんな感じで報告も終わったので俺はギルドから出て行った。
肩の荷が下りた所為か腹減ってきたな。そういや昼メシを食ってなかった事を思い出したので大通りを歩いてメシ屋を探す事にしよう、さて何処が良いだろうか?
この街で結構足止めされているお陰で何軒かのメシ屋に入りはしたが味は何処も普通といった所だ。日本の味を知る側からすれば、食えるが美味くない。
実際、自分で作った方が美味い事が多いのだが、それでも店を探すのは”外食”という言葉に期待と喜びを感じてしまうからだ。
前世の記憶が無ければこうはならなかっただろうな……。
幾つかの店を覗くがいまいちピンと来ない。昼過ぎでも数人入っていれば美味い店なんだと思うが……
「あくまでこっちの世界基準でなんだよなぁ」
ぼやきながら歩いていると、通りから外れる道の途中に有るメシ屋に一人の男が入って行くのが見えた。
服装からして冒険者、しかもランクは低そうだ。そんな男が昼過ぎに入るとすれば午前中に簡単な依頼を終えて小銭を持って遅い昼食といった所だろう。
なら安い店なのは確実、男の足取りが軽く見えた事から味も悪くは無いのだろう。
「よし、あの男に賭けてみるか」
店は民家を改造した感じで土壁の上に板張りをしているが板の色が統一されておらずチグハグでいかにも素人仕事な感じだが作りそのものはしっかりしている。
それは椅子やテーブルやカウンターにも見て取れる。もしかしたら自分で改装したのかもしれない。
荒さはあるものの店内には清潔さが見て取れた。
……これは”アタリ”かもしれないな。
逸る気持ちを抑えてカウンター席に座るがメニューは無い。
「オヤジさん、ここには何があるんだい?」
先程の男の料理を作っているだろう店主がチラリとこちらを見るが直ぐに料理に視線を戻し、『予算は?』とぶっきらぼうに聞いてきた。
予算に合わせて料理を作るか。なるほど、それなら少ない予算の人でも安心だな。それに即興になりがちになる以上、腕に自信が無ければ出来無い事だ。
ますます期待が持てる。……なら
「予算は銅貨15枚で頼む」
「……あいよ」
視線は料理に向けたまま、またもやぶっきらぼうに答えが返って来た。
正直、一食で銅貨15枚は高い。普通のメシ屋なら2~3食分だ、どんな反応をするかと思ったが反応が思ったより薄かった。
あれか? まんま2~3食出す気のなのか?
待つ間、店内の様子や他の客の料理に目を遣る。もちろん失礼の無い程度にだ。どんな料理を作っているのか見たいが、何が出るのかも楽しみにしたい。
「……ほらよ」
暫くして出された料理を見る。……ステーキか、安くは無いだろう。が、これ1品で銅貨15枚は高い気がする。
まぁいい、先ずは味だ。
……う、美味い。肉は歯応えは有るものの固過ぎず、口の中でほぐれていく。
まず感じるのは肉汁と共に肉の旨味が口を満たす、それを仄かな果実の甘味と酸味が整える。そしてハーブだろうか、スッキリとした何かが鼻腔をくすぐった。
肉汁は溢れる事は無いが噛む度に口の中を満たしていく。肉も臭みを感じさせない。其々の味も喧嘩をせずに後味も良くクドさも感じない。
美味い、これだけ美味い肉料理はこの世界では始めてだ。地球でも普通に店としてやって行けるレベルだろう。
……二口目を口に運ぶ。
先ずは肉だ、味から察するにオーク肉だろうか? だが、オーク肉はもっと臭みが強く油も多くてクドイ。ハーブを使ったとしてもこんなサッパリとはならない。
ならどんな下処理を?
まず思いつくのは一旦湯通しをする。こればら余分な油は取り除ける。が、それでは肉が硬くなるしパサつきもする。
それにこのスッキリ感だが、ハーブの様で少し違う。もう一口、うん? スッキリ感の奥に隠れるように微かに感じる匂い……これは。
そうか! スモークだ! 何かハーブに似た香りの樹皮で匂いを着けると共にオーク肉本来の臭みと余分な油を落としたのか。
しかも本来なら保存の意味もありスモークされた肉は硬くなるが、これは匂い付けと油落しを目的に短時間スモークするだけに留めている為に柔らかさをそこまで失っていない。
何よりここの主人はこの料理の為だけに数ある樹の中からこれに合う香りの樹皮を探し出した事になるあたり料理に懸ける情熱は半端じゃない。
だが軽くスモークしただけとはいえここまで柔らかさを残せるものだろうか?
もう一切れをフォークで刺して持ち上げて見てみる。表面はしっかりとした焼き色で中にまで火が……
なるほどそうか、強火で表面に焼き色を着けたら火力を落として蒸し焼きにしたんだ。それでこの柔らかさを出したのか。
そしてこの果実の甘味と酸味、これは解る。果実の自然な甘味と、それを発酵させる事で出る酸味、それを食材に着ける技法……フランベ。
調理の最後に果実酒をフランベして香り付けと共に味を調えたのだろう。
調理時間そのものはあまりかかっていないが下準備にはかなりの時間が掛けられているのが解る。
その後はひたすらこの料理を味わう事に集中する。そして食べ終えて顔を上げると、そこには満足そうな顔をした主人の顔があった。
その顔はまるで入店前、この世界の料理を地球のものより下に見ていた俺を打ちのめして『どうだ、マイッタか』とでも言っている様だった。
完敗だ、だがこんな負けなら何時でも大歓迎だな。
……だが、これで銅貨15枚は安過ぎる。俺はその疑問を店主に投げ掛けた。
「もういいのさ、こんな贅沢な料理をこの先注文する奴はいないだろうからサービスだ」
「それは、ダンジョンが無くなった事と関係が?」
あの養殖ダンジョンが消えたのだ、ダンジョンで栄えた街からすれば差し詰め観光地の無い田舎の様なものなのだろう。
「確かにダンジョンの影響はでかいがな、元々無理があったんだよ」
元々無理が?
「この街はな、昔は寂れた村だったんだよ」
「それをここのギルド支部がダンジョンを見つけて活性化したんじゃないのか?」
「考えてみな、寂れた村にギルドの支部が建ってる訳が無いだろう?」
その通りだ、少なくとも支部が建つ位に発展していなければならない。俺は大前提で考え違いをしていたらしい。
「前の領主が息子に後を継がせる為になハクを着けさせたのが始まりよ……」
つまりは領主代行として領地の一部を任せたのがこの”村”だった。だが、何の特産品も無い村を任せても発展する筈が無い。
だから領内で仕事の無い者達をこの村に移住させ見せ掛けの街へと発展させた。
そしてある程度大きくした所でギルドに支部の設置を依頼したのだろう。おそらくは大量に寄付をして。
そうすれば形としては村を街に発展させたという実績になる。
そうしてから後を継がせたわけだ。つまりその後に偶然見つかったダンジョンは二次的な産物でしかないのだ。
後を継いだ今、この街にテコ入れする理由は無い。ならば後は徐々に衰退していくだけか。
「そんな訳でよ、客の羽振りが悪くなりゃこんな贅沢な料理は出なくなる。もう下拵えも止めるつもりだ」
店主はそう言うと寂しそうに他の客の皿を下げて洗い物を始めた。
――俺は勘定を済ませると、少し重い足取りで店を出た。




