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転生ダラダラ冒険記  作者: 猫頭
第一部 第二章 【冒険編】(仮)
38/39

25 キレましたよ




 北条秋時(ほうじょう あきとき)、転生前の彼はわりとキレ易い男だった。とは言っても些細な事でキレて暴れたり誰彼構わず殴り倒すなんて事では無い。


 過度に理不尽だったりスジの通らない事をされた場合に思考が追い着く前に手が

出てしまうのだ。『思わず手が出た』といった表現が一番近い感じだろう。

 それは厳格な父親の影響など家庭環境もあったのだろうが兎に角キレると瞬間的に殴っては我に返って後悔していた。


 もっとも、殴った事への後悔はあっても相手への謝罪の意思なんてものは微塵も無い。あくまで相手の悪行に対して行った行為なのだから。


 だから若者が言う『キレた』とかは手が出て無い時点でそれは腹が立ってはいても全然キレてないだろうと内心でツッコミを入れてもいた。


 高校時代には教師を殴り停学処分になった事もあるのだが、そんな彼の転機になったのが就職だ。地方公務員になれた事が奇跡と思えた彼にしてみれば問題を起して職を失う事は避けねばならない問題だった。


 だから彼は人との接触を極力避けた。『相手の理不尽にキレるなら人付き合いをしなければ良い』、極端では有ったがそう結論付けた結果だ。


 コミュ障に近いその行動が窓際部署への移動の一端でもあるのだが、彼はそんな事は知りもしないし知った所で変わりはしない。窓際でも在籍出来るだけマシなのだから。


 死という思いも寄らない形でそんな(しがらみ)から開放された彼だが、転生後には貴族という名の別の(しがらみ)が発生する事となる。


 これは彼にしてみれば前世よりも厄介だった。何せ領民や貴族への避けられない人付き合いが発生し、失敗すれば家族にも多大な迷惑を掛ける事になるのだから。


 だから彼はなるべく一人で行動をしてお茶会(パーティー)を避け、万が一のレアケースに対応出来るように父に教えを説いてもらっていた。


 しかし、今は違う。北条秋時(ほうじょう あきとき)、彼の今世に家族や役職等の(しがらみ)は一切無い。この姿で存在する(しがらみ)はギルド登録だけだが、それも『有ったら便利』くらいな物で無くても構わない程度でしかなかった。





 ――だから彼は今、「やっちまった」と呟くしかなかった。



 










  ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆






 ダンジョンでの事から5日も過ぎた朝、ギルマスと受付嬢(しょくいん)が俺達の泊まる宿屋に遣って来た。これから代官の所へ魔族の4人を連れて行くと言うのだ。


 俺は身元を預かった側でもあるので同行する。流石にここでサヨナラは無責任だと思ったからだが、何故かアリッサも付いて来た。


 暫く歩くと大きな屋敷の前に着いた。この町に来て数日過ごしていれば嫌でも目に付く大きさなのだが、正直自分がここに来る事になるとは思わなかったな。


 ここはドイトン伯爵の別荘的な建物で視察等で訪れた際に利用される普段は無人の建物なのだが、時にはこうして代官が公務で利用したりもするようだ。


 屋敷に入って直ぐのロビーには適度に太った代官らしき人物とその両脇に4名、合計5人が立って待っていた。



 俺達が入って直ぐに兵士達が取り囲む様に移動すると剣に手を掛け何時でも抜刀出来るように構える。


 その物々しさにアリッサ達は身を縮める様にして固まった。……魔族を警戒しての事なのだろうが、それでも随分な対応だろう。


 「痛い思いをしたくなかったら大人しくしていろ」


 代官はそう言うと兵士達に4人の拘束を命じたので慌てて止める形で前に出た。


 「おいおい今迄街で大人しくしていたんだ、今更拘束なんて必要n「黙れ!オレ様が命令しているんだ、たかが冒険者風情が口を挟むな! 邪魔をするなら貴様も一緒に拘束するぞ!」


 代官が捲くし立てて怒鳴っていると背後からギルマスが『そういう事だ大人しくしとけ』と俺の肩を掴んだ。おい、ギルドとしてそれでいいのかよ。


 「ギルドは国の内政に口を挟まないのが決まりだ。だからこそ国を越えた活動が許されている。

 それにそこの魔物は別にギルド登録した訳でもないからな、ギルドとは無関係だから庇う必要も無い」


 「そういう事だ、そこの魔物が安全だと解れば開放してやるんだ、文句はあるまい。……まずは雌二匹、こっちに来い。別室でじっくりと取り調べてやろう、抵抗さえしなければ助けてやるから、大人しく言う事を聞いていろ」


 下卑た笑いを隠しもしないでクレアとルルナの体を舐める様に見つめて一歩近付くと、震えながらクレアとルルナが一歩下がった。


 その怯えも楽しむかの様にニヤリと笑って懐から二本の首輪を取り出す。あれは【隷属の首輪】と言われる奴隷に使われる持ち主に逆らえなくなる魔道具だ。


 代官の取り出した首輪に体を縮こませる二人を見て代官は嬉しそうに口を開く。


 「なに、怯える事は無い。『ついうっかり』で手が出てはお前達を処分せねばならぬからな。そんな事の無い様にするオレ様の優しさだ」


 少し前からローブの後ろを掴むような感覚が更に強くなる。チラリと後ろを見るとアリッサが青白い顔をして俺のローブを掴みながら震えていた。


 ……クレアとルルナ以上に怯えている事に違和感を感じるが、今はアリッサよりも二人の方を何とかしないとな。


 取り合えず二人を隠す様に立って代官を睨むが、そんな事で止まりはしないだろう。さて、このムカツク代官をどーすっかだ。


 代官は不快な顔をして怒鳴ろうとしたが、次の瞬間、顔を歪ませて笑いながら口を開いた。


 「そんなに心配なら取調べに同行させてやろう。そうだな……ギルドマスターよお前が代表して来るがよい。なんなら取調べに参加してもよいぞ」


 「それは良い」


 代官の提案に乗り気に答えたギルマスの顔は代官と同じ様な笑みを浮かべ、その様子に今迄平静を装っていた受付嬢(しょくいん)も露骨に嫌な顔をする。


 そして、『なんならお前も同行するか?』ギルマスがアリッサの肩に手を置くと彼女は悲鳴を上げてしゃがみ込んだ。


 その瞬間――


 俺は上半身を捻り後方のギルマスに向けて裏拳を打ち上げる。斜め上に振り上がる拳はギルマスの下顎を砕き、その拳が振り上がった頃には代官まで一瞬で間合いを詰めていた。


 振り下ろされる拳(チョッピングライト)が代官の顔面の芯を捉え、そのまま全身を使い力任せに振り抜いた。


 ボグン! 木造の固い床と後頭部がぶつかる音が何ともマヌケな程軽かった事で我を取り戻す。代官の頭はワンバウンドで止まったがその鼻は(ひしゃ)げ鼻血が滝の様に流れ出ている。




 ……やっちまった。小さく呟いて天井を見るが、のんびりもしてられない。


 いきなりの事で兵士達も唖然としているが我を取り戻せば戦闘になるだろう。負ける気はしないが事態が悪くなるだけだ。


 権力を権力で押さえ付けるのは好きじゃなかったがそうも言ってられないな……


 俺はローブの内側に手を入れるとそれ(・・)を取り出すイメージをする。すると指に重さが感じられた。


 どうやらそれ自体に指にフィットする魔法(しかけ)が掛けられているのだろう。ローブから手を出して今だ呆けている兵士に見える様に手の甲を向ける。


 ハッっと我に返った兵士のうち2人に後ろのギルマスを押さえる様に指示して腰を落とす。いわゆるウンコ座りで意識の無い代官の頬を軽く2~3回叩いえ声を掛ける。


 「おい、何時まで呆けている気だコラ」


 まるっきり不良かヤクザの様である。暫くして焦点の定まらなかった虚ろな目が正気を取り戻す。


 「貴様! たかが冒険者の分際で……!」


 怒鳴りかけた言葉が途中で詰まる。視線が指輪に向き、それが何か理解したのだろう。まるでエビの様に後方に飛びずさり、着地をした時には土下座をして額を床に擦り付けていた。


 「代官()よう、随分とナメタ態度取ってくれたもんだな。手前(てめえ)何様のつもりだ?今更土下座で済むとか思ってんじゃねぇだろうなぁ」


 「もっ、申し訳御座いません。何分知らなかった事でして……」


 「あぁん? 知らねぇで済むとか思ってんじゃねぇぞ」


 頭を斜めに傾けてメンチを切ってドスを利かせて凄むと代官は言葉を詰まらせて只管床に額を擦り付け続けた。


 「手前もこの地の代官なら今の領主の立場と人格を解ってやってんだろうな」


 愚息のしでかした事で肩身が狭い上に、その熱も冷めていない時期に問題を起こす事がどれだけ領主の怒りに触れるのか。


 そして領主に選民意識は無いものの巷ではそう噂されるくらいには平民自体を良く思ってもいない。


 ここで王家縁の者に無礼を働いたとなれば極刑は免れないだろう。



 正直怒りは大分治まっているがコイツを放置しておくつもりは無い。が、ここはあえてスルーして後ろを向いてギルマスを睨む。


 ギルマスも顎を押さえてこちらを睨んでいる。何か言いたそうだが喋れるのか?


 「……放せ……ギルドは、国に…縛られない…」


 痛みに顔を歪ませながらも何とか声を出すが、反省の色が無いなコイツ。


 だからといって国内で好き勝手出来る訳じゃない。度が過ぎれば拘束する事だって出来る。そうじゃないと国は荒らされ放題だ。


 だろう? と、受付嬢(しょくいん)に視線を送ると


 「ギルド規則に基づき全ての権限を取り上げ本部に報告します。そして結果が出るまで身柄を拘束させてもらいます。

 個人的には犯罪奴隷として売り払いたい所ですが、それが出来なくて残念です」


 それを聞いて暴れるギルマスだが兵士2人に押さえつけられていればどうする事も出来無いだろう。


 にしても、なんでこんな奴がギルマスになれたんだろうな?


 とかギルマスに意識を傾けているとドタドタと代官が出口に向かって走り出していた。


 手の空いた兵士が捕らえに行こうとしたのを制止させる。予想通りというか、そうなる様に拘束をさせずに居たので問題は無い。


 『何で?』と周りから視線を向けられるが、理由は簡単だ。


 まずこの問題が領主の耳に入れば只では済まないので領外に逃げるのは確実だ、そして俺(王家の縁者)に無礼を働いたとなれば当然国内に居ては気も休まらないだろう。よって国外に逃亡するしかないのは解りきっている。


 丁度ここから北に向かえば国外に出られるしな。しかも追いかけて来られる事を考えると支度をしに帰るなんて余裕も無い。


 どれくらいの所持金があるのかは解らないが見た感じ大して持って無いだろう。稼ぐ当ても無い奴が他所に行っても飢えるだけ、その先はお察しだ。


 もっとも、運動不足な体で血の匂いを撒き散らして道から外れて進めば街にすら到着はしないだろうがな。


 だから態々捕まえる必要は無いと説明しておいた。


 本当はオッサンの体で指輪を持ってる事の説明が出来無いので大事(おおごと)になって欲しくなかっただけだけどな。


 いまだに暴れて騒ぐギルマスに一撃を加えて黙らせギルドへ運ぶ事にした。




 ――本当に、何でこんな奴がギルマスやってんだろうな






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